骨の髄まで君が欲しい


こう、お互いに思っていたことを言い合うと何だか気恥ずかしさが込み上げてきてしまって、彼女の家に着くまで2人とも無言だった。でも、繋いでいる手は暖かくてそこに言葉がなくてもどことなく安心したし、気まずさはなかった。時間はあっという間に過ぎて、二度目の彼女の家にあっという間に着いてしまう。

(…手、離したくねぇ。)

小さいこの手を離してしまえば、次はいつ会えるんだろうか。今週の週末はまだ会う予定をたててないし、寧ろ解決はしたが次も会ってくれるのかもわからない。今日みたいに、会いたいと焦がれるのはもう耐えられそうにない。名残惜しくて、手を握り締めるとピクリと小さく震えた。無言で、マンションのロビーの前で2人で立ち尽くしていたけれど、流石に夜も遅いしこのままじゃどうしようもない。心を固めて言葉をかけようと思い顔を上げたが、同じタイミングで彼女も俺を見上げてきて視線が絡む。

「あの、良かったらお茶でもどうですか…?」
「…俺も、ちょうど部屋寄っていい?って聞こうと思ってた」

先手を打たれてしまい、格好つかなくなって力なく笑えば2人で目を合わせて小さく吹き出して笑った。

「ちょっと、5分だけでも待っててください!」

そうと決まれば、前回は此処で別れていたがロビーを抜けてエレベーターに2人で乗り込む。小さな密室に緊張してしまいそうだったが、シンプルなマンションは階数はそんなに多くはなくて、ポンッと軽快な音で到着を知らせてくれたので安心した。彼女の部屋の前に到着すれば、思い出したように慌てて俺に釘を刺すように何度も念押しして素早く部屋に入ってしまう。別に、気にしなくていいのにと思いながらも女心を察して、扉の前で待機する。扉一枚越しにパタパタと歩き回る足音が聞こえてくるのすら心地よくて、目を瞑って耳をすませていると数分経って控えめに扉が開いた。

「…どうぞ。」
「ん、おじゃましまーす」

おずおずと扉を開ける彼女に導かれて玄関に一歩足を踏み入れると、ほんのり彼女の匂いが香ってきた。気取らない香水とも違う甘い香りで、何だか擽ったくてぐっと息を飲む。部屋に入ると自分のものと違って可愛らしい色使いの小物が多く、まさに女子の部屋という印象だった。

「すみません、ひざしさんの家に比べたら狭いですよね…」
「いや、そんな事ねぇって!…女の子の部屋、って感じだな」

部屋も綺麗に片付いていて、感心しながら部屋を見渡すと恥ずかしいのか背中を押されて部屋に押し込まれた。少し遠慮気味にソファに腰掛けると、なかなか座り心地が良くて思わず声を漏らしてしまった。

「何か飲まれますか?」
「いや、気を使わなくて大丈夫だぜ!」
「私が、気を使いたいんです。」

申し訳ないので首を振れば、彼女の方が困ったように笑いながらキッチンへと向かってしまう。お言葉に甘えてコーヒーを頼んで、ソファに置いてあったウサギのぬいぐるみを撫でながら辺りを控えめにまた見渡す。ふと、テレビ脇の棚に見慣れたケースが並んでいるのを発見してぬいぐるみを抱きしめたまま近寄って手に取ってみた。

「凄ぇな…ちゃんと揃えてんだ」

並べられてるのは間違いなく俺のラジオCDで、第一回目の放送から番外編の物まで綺麗にケースで並べられてるので驚いた。彼女が俺のファンとは聞いてはいたけれど、本当にそれを目にすると何だか気恥ずかしいものだ。

「え?なんですかー?」

キッチンからマグカップを2つ持って顔を覗かせて、そのまま机にカップを置いている彼女が俺の手物の物に気付いて一瞬で固まった。

「わー!!」
「うぉ!?」

数秒遅れて、まるで突進してくるように飛びかかってきたので慌てて割れないようにCDを頭上に上げどうにか避けた。思わずそのまま小さな体を抱き止めたが、凄い勢いで阻止しにきていたので少しだけよろけてしまい左足で踏ん張った。

「こら、近所迷惑でしょうが」
「す、すいません…つい…」

腕の中の頭を空いた方の手でチョップすると、唸りながら謝って来る。それがなんとも可愛らしくて、そのまま頭を撫でてからCDを棚に戻して2人でソファに戻った。

「それにしても、本当にファンなんだなー」
「うぐ…そりゃモチロン」

淹れてくれたコーヒーに口をつけるとじんわりと苦味が口内に広がってきてほろ酔いの体には丁度良い。好かれているのは素直に嬉しいもので、にやにやと緩む口元のまま隣の彼女を覗き込むと目を逸らしながら背けられた。他にはないかと探してみると、見慣れた文字が綴られた色紙が他のインテリアと浮いて控えめに飾られていた。

「お!懐かしいな!あれ、ラジオのプレゼントコーナーのやつじゃん!」
「あぁ…これのために切手沢山買いましたよ」

記憶にも新しい企画の品で、気分が昂って指差すと彼女は遠い目をして呟いていた。確かに、ラジオのお便りのピックアップもだが、こういうプレゼント企画だとかなりの倍率になる。彼女の気苦労を嫌でも感じて、自分のチャンネルだが苦笑いしてしまった。

「そういえば、ラジオネームなに?」
「へ!?」

ふと、そういえばこの間から気になっていたことを口にする。こんなにお便りを送ってくれてるから、恐らく言われればラジオネームを覚えてる自信はある。マグカップを置いて彼女を見やると、大きい瞳がいつも以上に開かれていた。その瞳の周りは、泣いたせいか赤い。出会った時も、こんなウサギみたいな目だったなと数週間前が懐かしくなる。

「え、だってこれ持ってるからお便りとかも送ってくれてただろ?」
「そう…ですけど…いや、本当対した奴じゃないので、沢山あるハガキに埋もれてると思いますので…」

彼女はもごもごと言葉を濁しながら甘そうなカフェオレを啜っている。誤魔化そうとしてるみたいだが、俺が視線を逸らさないでいると苦しそうに唸り始まる。あともう一押しのようだ。

「…笑わないですか?」
「笑うわけないだろ?俺の事想ってお便り書いてくれてる大切なリスナーなのに」

ようやく諦めたのか意を決したように俺を見上げてる彼女は、目だけじゃなくて頬もみるみる赤く染まっていく。何だか、まるっと一飲みで食べれそうだな、なんて馬鹿げた思考が浮かんでくる。そんな彼女はそんな煩悩に気づいた様子もなく、俺も自分を誤魔化して小さな頭を撫でてやると緊張している様で膝の上の小さな手を握り締めた。

「うさぎ、りんごです…」

名前を言われて、一瞬固まってしまう。それは最近よく読み上げる名前で、昔からよく知ってるラジオネームだった。

「…なにメルヘンな名前にしてるんだよって感じですよね!すみません!」

俺が黙ったのを勘違いしたのか彼女は焦ったように両手を振りながらそっぽを向いてしまった。違うぜ、そんなこと思うわけがない。寧ろすぐ真っ赤になって、すぐ泣いちゃう君にぴったりの名前だと思う。

「あのさ、」

でも、君は好きな奴がいるんだろ?知ってるさ、俺は悩めるリスナーに言葉を届ける人気者のラジオDJだから。
彼女が他の誰かと並んでいるのが一瞬脳裏を過って一気にドロリとまた汚い感情が顔を覗かす。この笑顔を知らない男に見せたくないし、誰にも渡したくなくて、彼女の名前を呼び細い腕を掴んだ。細くて折れてしまいそうで、彼女が何か反応する前にその体を抱き締めた。腕の中に閉じ込めると、彼女は思っていたよりもとても小さい。触れ合う場所から伝わってくる体温が熱くて堪らなくて、それをもっと感じたくて首筋に顔を擦り寄せた。

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