わたしにだけ笑ってなんて
まるでデジャブのようだが、先週の土日の比にならないくらいに今週の私は相当浮ついていたと思う。あの衝撃の事件から今週が終わるまで、同僚に先輩後輩、普段あまり関わりのない上司ですらみんなが1日一回は『どうした?』『先輩大丈夫ですか?』と聞かれ続けたくらいだ。それほど重症だったと自分でも自負してる。
あの日の事は何度も夢かと思った。でも、ほんのり痛みの残る膝の傷と、携帯の中に増えた連絡先がこれは現実だと教えてくれる。心配すぎて、寝る前に毎日5回以上はその連絡先を確認したくらいだ。金曜日はいつもの様に我が家へ直帰して、毎週お馴染みのプレゼントマイクのラジオ。少し寝不足な土曜日が来て、そしていつもとは違う日曜日。
「はぁ……大丈夫かな、これで…」
昨日はどれにしようと家中の服を引っ張り出して悩みに悩んで、髪型やメイクのイメトレを何度もしたりを繰り返しているうちに、時計の針はあっという間に0時を越してしまった。明日に備えて急いで布団に入っても、まるで遠足前の子供のようになかなか寝付けず本格的に困ったものだ。
結局、次の日は寝坊する事はなかったけれど、出かけるまでにいつもの出社の時の倍以上時間がかかった。ネットで検索した知識と自分のクローゼットの中身と相談して決めたコーディネートは、先日に買った黒のロングワンピースにした。ワンピースなら一枚で様になってコーディネートの失敗はないし、シンプルなデザインだが後ろがバックリボンがある作りで可愛いからお気に入りだ。ヒールのあるものはもしかすると行く場所によっては不向きかもしれないからぺたんこのサンダル。緩く巻いた髪の毛を結んで、おくれ毛も出して抜け感があるように。カジュアル過ぎず、彼よりも年齢が下な分幼過ぎずにが今回のテーマだ。でもこんなにも考え抜いた洋服も、時間をかけた身支度も、ショーウィンドウに映る自分の姿を見流度に変ではないかと不安になって何度も家に帰りたくなってしまった。
「えっと、確かこの辺だよね…」
待ち合わせ場所に着いた時には約束の時間の十分前で、それなのにも関わらず探している人物は既にそこに立っていた。以前偶然会った時と同じようにいつものトレードマークの髪型はワックスを付けることなく降ろされていて、少し遠い距離でも太陽の光がブロンドの髪を艶やかに照らしておりその髪の毛の艶やかさが伝わってくる。髪をゆるく後ろで結んで、細身の背格好はもうオーラが違う。そして足が本当に同じ人間か?ってくらい長い。私が並んだらもう大人と子供の違いレベルではないだろうか。一庶民には眩しいその姿に、やっぱり帰りたい気持ちに襲われて何度目かわからないがドッキリのカメラを探してキョロキョロしていると、ふと手元の携帯から顔を上げたプレゼントマイクと目が合ってしまった。
「お、hey Girl!こっちだ」
「お、おはよう…ございます」
「グーッドモーニング!」
こちらに気付いた彼が手を大きく振って、もう逃げる事が出来ない。出会ってしまった緊張もあるが、もう私はガールだなんて年じゃないので少しむず痒い。どうにか声が裏返らないように声を振り絞り近付いてお辞儀すると、とても綺麗な発音の挨拶の後にさらりと名前を呼ばれてしまうもんだから、くらりと目眩がした。たったそれだけで赤くなった頬を隠したくて、少しだけ俯いたけど耳まで熱いのがわかる。
「怪我平気か?痛みとかは?」
「全然平気です!この通りで、傷も残らなそうです。本当あの時は、ありがとうございました!」
「いいってことよ!今日は可愛い格好してんだから、ランニングするのはオススメしねぇぜ」
言われた一言に思い出してロング丈のスカートを少しだけ捲り上げて、絆創膏を貼った膝を見せる。あの日はそれはもう派手に転けたが傷自体は案外小さくて、もう自然に放置してもいいレベルだった。でもあの後プレゼントマイクが丁寧に消毒までしてくれたので、意地でも綺麗に治そうと毎日念入りにお手入れしてる。お陰でもう痛みもなにもない。
上げたスカートをやんわりと大きな手で戻されながら、彼は自然な流れで褒めてくれる。お世辞だとはわかっているけれど、彼のためにオシャレしたのでその一言だけでさっきまでの曇り空の心は嘘のように晴れて心踊りそうになってしまう。
「そんじゃ、行くか!そんなに遠くないんだが、大丈夫か?」
「っはい!あの、ちなみに行きたいところって…?」
あの日、社員証を届けてもらってお礼の代わりに提案された事。それが今日になる。付き合ってほしい場所があると言われたが、寧ろそんな提案は私にとって極上のご褒美でしかないのに、本当にこんな事でいいのだろうか?やっぱり何か菓子折りでも持ってくればよかったかもしれない。
歩きだすプレゼントマイクの横を歩きながら、ふと疑問をぶつける。駅に集合と連絡はやりとりしていたが、実際どこにいくのか教えられていない。首を傾げて背の高い彼を見上げると、いつものサングラスではなく赤縁のメガネをした彼が少し困ったように笑って頬をかく。
「あー…プラネタリウム」
「プラネタリウム?」
「最近よく話題になってるプラネタリウム知ってるか?あれの演出だったりナレーションだったりがすげぇ良いって聞いたから、行ってみてぇなーって思っててよ」
可愛い単語が出てきて、全く予想していなかったからキョトンとしてしまう。そんな私を見て彼が「野郎2人で行くのはちょっとな」と苦笑いを浮かべながら言葉を続けるのを見て、やっと行き先と意味が合点した。なるほど、確かに1人なのも男性2人なのも少し躊躇うのもわからなくもない。…と、いうことは、一緒に行くような俗に言う《彼女》とかいう存在はいないのだろうか?…もしもそうならば、心から安堵するのと同時に嬉しい気持ちが胸の中に膨れ上がる。代理とはいえ、こんな小娘をわざわざ選んでくれたのだ。
その話題のプラネタリウムについては、最近ニュースや雑誌などでも取り上げられる事が多く私も知っている。一面に広がる星空も、壮大な音楽も世界観が凝っていて本物と大差ないとニュースキャスターのお姉さんが確か言っていた気がする。プラネタリウムなんて、小学校の遠足以来行ってないので楽しみだ。
「…嫌いじゃねぇか?」
「え?全然、むしろ好きです!!」
にやけてしまう頬を頑張って引き締め平然を装っていると、心配そうに顔を覗き込まれたので首が取れそうなくらい横に振った。少し挙動不審と思えるくらいのその反応に、彼は良かったと目を細めて笑って私の髪型が崩れないように頭を軽くポンっと撫でられる。この人は私を殺す気なんだろうか。本当心臓がいくらあっても足りない気分だ。
歩きながらテンポよく問いかけられる質問に、失言がないように緊張しながら答えていく。やはり彼はお喋り上手で、少し緊張が解け始めた時にいつの間にか目的地に到着した。流石話題なだけあって、今日が日曜日なのもあるがチケット売り場には人がたくさん並んでいる。列の最後尾に並ぼうとすると、そのままプレゼントマイクは入り口の方へ歩いていってしまうので慌ててその背中を追いかけた。
「あの、チケット買わなくていいんですか?」
「あぁ、もうネットで予約して買ったから平気だ」
「えっ!?払います!」
さらりと言う言葉に思わず大きな声が出てしまった。今まで私がポツポツとしか喋っていなかったので、いきなりの声量に彼も少し驚いたようにまん丸の瞳を何度か瞬きしてる。だって、私が迷惑をかけたから今こうしてここに来ているのに。ネットで買ったならもうカードで支払い済みなはずだ。慌ててカバンから財布を出そうとすると、その手を掴まれそのまま元の場所に戻されてしまった。
「付き合ってもらってるんだから、ノープロブレム!レディーは黙って奢られるもんだぜ」
「でも、プレゼントマイク…」
「Noo!プライベートはその名前は禁止な」
困ったように名前を呼べば、口元で人差し指を左右に振られる。確かに、今の姿で万が一バレなくても、ヒーロー名を聞いた周りの人から気付かれてしまうかもしれない。こんな一般人と2人で出かけているなど知られたら、スキャンダルにでもなって彼に余計に迷惑をかけてしまうだろう。ハッとして今更遅いが口元を両手で覆ってから急いで周りを見渡して確認してみると、運よく誰も気付いてなさそうだった。意味なく止めていた息を肩に入っていた力と共にゆっくりと吐き出した。
「ひざしって言うんだよ。山田ひざし。普通だろ?」
「っいえ、素敵だと思います!太陽みたいで!!」
「ハハっ!そりゃいいな!お嬢ちゃんは本当面白いぜ」
初めて聞いた本名に、彼の性格や見た目の派手さで、苗字はよくありそうな山田なんだ…と申し訳ないが思ってしまった。でもその驚きを超えるほど、教えてもらえた事が何よりも嬉しくて堪らない。全身で肯定するように何度も頷くと、また楽しそうに笑われた。本当に、彼はポカポカと太陽みたいに暖かく笑う人だなと思う。もうずっと赤くなっている頬を誤魔化すように、ちょうど誘導してくれるお兄さんの後をついて奥へ進んで行った。
「可愛い…!」
「だろ?よくリスナーから聞くから気になっててよ!」
扉が開くと、薄暗い室内に天井を見上げるように席が沢山あり意外と広かった。その中でも、前方に白い大きなソファベットタイプになっている席が数台並んでおり、雲をイメージしているのかクッションもソファも柔らかそうな質感で形も可愛らしい。幼い記憶のプラネタリウムとは随分違っていて、感動して無音カメラで何枚か写真を撮っていると、それを後ろから彼に覗き込まれて心臓が止まると思った。そんな私の心境など知ることもなく、ひざしさんはそれ、あとで送ってくれ。とこの空間のせいからか声を潜めて耳元で囁かれる。普段、イヤホンで聞いている声よりも小さい声量のはずなのに、その声は確かに私の耳まで届いてドスンと響いた気分だった。
私が脳内で色んな事が爆発して惚けていると、彼はポスンとその可愛らしいソファベットに彼が横になった。そんな様子につい誘惑に負けて全世界のプレゼントマイクのファンの方々に謝罪しながら音が出ないのをいいことに一枚だけ盗撮した。抜け駆けして申し訳ないけれど、一枚だけなので許して欲しい。満足して携帯を仕舞いながら、よくよく考えると固まってしまう。ここに、一緒に座るのだろうか?このザ・カップル向けですよ!と言わんばかりのソファベットに?いや、寧ろこのタイプの席ならば彼の今の体制のように座るというより横になるタイプだ。え、無理だ。今度こそ本当に死んでしまう。
「ほら、始まるってよ」
「え、あ、はい。お邪魔、シマス」
私のようなそんな煩悩に塗れた葛藤は彼にはないようで、ポンポンと横のスペースを叩かれる。その言葉通り、始まりを告げるアナウンスが流れ始めて覚悟を決めてガチガチに緊張しながら隣に横になった。心臓が爆発してしまわないように出来るだけ落ちない程度に端っこに身動ぎして移動していると、ふわりといい匂いがした。体臭なんて無縁そうないい匂いに、もう女性として色々負けてしまった気がする。一応大きなベットな為お互いに距離は保てているけれど、肌で感じる彼の呼吸だったり、少し身じろぎする度に布が擦れる音に大袈裟にびくりと反応してしまう。もう既に耐えきれずに起きたくなったが、タイミングよく開演してくれた。
そんな緊張も、始まってしまえば一瞬で忘れてしまう程だった。真っ暗に照明が落ちると、クラシック音楽が流れて来て天井一面に光が散りばめられる。色も明るさも大きさも、全てがそれぞれ違っていて思わず息を飲んだ。
「綺麗、ですね」
「都会にいると、こんな量の星なんざ見ねぇからな」
ここで暮らしていると、一番星を見つけれればいい方だ。こんなに星を見たのは初めてで感動する。小さく呟けば、暗闇の中から普段とは違う小さく囁くような声で返事をしてくれた。何だか、それが無性に嬉しかった。
音楽に合わせてオーロラが揺らめき、春夏秋冬に合わせて星たちがゆっくりと移動して行く。星と星が繋がって、その星座の絵を描いていく。星占いとかでなんとなくは知っていたが、自分の星座の形をこうもマジマジと見るのは初めてかもしれない。こう見ると小学生の遠足の記憶は曖昧で、もしかしたら幼い私は寝てしまっていたのかもしれない。ナレーションの人の声は、落ち着きがあってスッと頭の中に響いてくる。ちょうど、今の時期の星たちが全面に広がった。今、私たちの街にも、この星たちは本当はあると思うとなんだか不思議な気分だ。
「あ、ひざしさんの星たちですね。ベガは織り姫様で、アルタイルが彦星様です」
「……そうだな。天の川、ちゃんと見てみたいもんだぜ」
大きな星たちが繋がり、夏の大三角形を作り出す。それと同時に天の川が広がっていってとても神秘的だ。星を追って指差しながら隣に顔を向ければ、薄暗い中にぼんやりとひざしさんの顔が見える。綺麗なエメラルドグリーンの瞳は少し目を開いてからすぐに細め優しく笑ってくれる。何かを想うようなその表情に、どきりと胸が鳴る。
胸の高鳴りがやっと落ち着いてきたころ、星たちが薄れていき音楽もフェードアウトしていった。長い時間だったが、一瞬だったように感じられたひとときだった。周りも明るくなっていき、立ち上がってそれぞれ笑い声や感想を述べている観客の人達でざわつきはじめ先程までの静けさが嘘みたいだった。
ひざしさんも立ち上がり、伸びをして体の骨を小さく鳴らす。横の体温がなくなってしまったのが名残惜しくて夢が覚めた気分だが、続いて立ち上がってスカートの裾を整えた。
「ありがとうございました!とっても楽しかったです!」
「そりゃよかった!こちらこそサンキューな」
改めて頭を下げると、彼は先程の雰囲気でなくいつものプレゼントマイクに戻った笑顔だった。星のロマンティックな雰囲気に、いつの間にか私はマジックにかかっていたのかもしれない。それにしても、本当に素敵な時間だった。
「…なぁ、ヒーローとか好きか?」
「?いや、普通ですかね…?ニュースで名前聞く人くらいなら、わかりますけど」
出入り口に向かいながら、ふと問いかけられて首を傾げた。プレゼントマイクは好きだけれど、それだけであって、そんなコアなヒーローオタク、というわけではない。そもそもラジオが最初の入りだったので、尚更だ。どうしてだろう、と問いかけようとしたけれどそれならいいと簡単に言われてしまって深く私からは追求できなかった。
出口を出ると、太陽の光は少しだけ柔らかくなっているけれどまだまだ夕日は沈む様子はなく明るい。これでおしまいかと残念な気持ちでいっぱいになるが、ただの今までと同じファンな生活に戻るだけだ。仕方ないと自分に言い聞かせながらも、朝までは今日だけでも嬉しいと思っていた心は一回それを知ってしまうと、酷く傲慢になってしまう。また、ただのファンだけの関係に戻りたくなくて、グッと拳を握りしめて口を開いた。
「あの、今度はちゃんとお金出させてください!」
「別にいいって!ある程度は金はあるから気にすんな」
「いえ!…なんで、また、えっと…」
そう言われると、ヒーローと平社員の給料なんて差がありすぎてなんとも言えなくて悲しくなる。もう理由付けが出来なくて、意気揚々と決意していたのに顔はどんどん下を俯いてしまい言葉に詰まってしまった。言わなきゃ、せっかくのチャンスなのに、これでサヨナラなんて嫌だ。でも調子のいい言葉なんて思いつかなくて、迷惑だとわかっているが必死過ぎて彼の服の裾を掴んだ。そうすると、私の様子に気付いたのかひざしさんは足を止めて私を見てくれた。
「…そしたら、また来週どっか付き合ってくれるか?」
「っ、はい!!ぜひ!お願いします!」
弾かれたように俯いた顔を上げれば、先程のように目を細め優しそうに笑うひざしさんがいた。彼の優しさに漬け込む罪悪感と、それを勝るほどの至福感が胸いっぱいに広がる。あぁ神様がこの世界にいるのなら、まだ夢を見させてください。図々しいとはわかってはいるけど、もうこの気持ちは止めることは出来ないんだ。
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