言い訳するのはもうやめた
「あの、大丈夫ですか?」
「……え?」
何処かへ飛んで行っていた思考は、目の前に現れた人影の存在でハッと戻ってきた。不思議そうな顔で覗き込んできていたその人は、私の意識が戻って来たのに気付いて笑いながら体を起こして視線を橋の向こうに戻した。
「あー……いや、あはは…」
そうだった。私は今予定されていたお見合いに参加しているんだった。橋の木の柵に手を置いて、誤魔化すように笑いながら彼と同じ方に視線を向けると池に浮かぶ蓮の葉の間から赤と黒の模様の入った鯉が静かに泳いでいる。
今日の為にレンタルした着物は濃すぎず淡すぎずの落ち着いたピンク色で素敵なものだった。しっかりと締められた帯でカッチリとした料亭での食事は美味しかったけど、あまり落ち着いて食べれなかった。
相手の上司の甥っ子さんはやはり見かけた事ある方で、その時の第一印象と同じように物腰柔らかい方で上司と同じようによく笑う青年だった。食事を終えて庭を散歩して、ただただ自分達の自己紹介も兼ねて世間話をしている。決して退屈なものではないけれど、やはり頭の隅では彼の事を考えてしまう。
あの日、当たり前だが元の場所に戻っても七海さんに会えることはなく、私の落とした携帯は律儀に事務室に届けられていた。そして、今日まで七海さんからは連絡は来ていない。
「もしかして、好きな人のこと考えてました?」
「へぁ?!」
またボーっと思い耽っていると、不意にその言葉をかけられて思ったよりも大きな声が出てしまった。自分で声量に驚いてしまいながら彼の方を勢いよく向くと、私の反応にキョトンとしていた。そして一拍置いてから噴き出して、お腹を抱えて大きな口で笑い始める。次は私がポカンと呆けてしまって、一通り笑うとごめんごめんとまだ肩を震わせながら目尻を拭って呼吸を整えようとしている。ふと、笑っている顔や仕草がやっぱり上司に似ているなぁとなんとなく思った。
「やっぱり、何と無くそうかなぁって思いました!今日も叔父さんに無理矢理連れてこられたんじゃないですか?まったくもう…あの人強引な所あるからなぁ」
「えっと、あの、無理矢理とかではないです!…えっと、なんで…?」
腕組みしてうんうん頷いてる様子に、慌てて両手を振って否定しておく。後々は困惑の方が多かったが、最初提案された時に同意したのは私の意志だ。それよりも、何故自分の考えている事がわかったのかわからなくておずおずと彼を見上げると、んー。と間伸びした言葉を漏らしながら柵に手をついて後ろに伸びをする。そしてどこか楽しそうに目を細めて笑ったので、なんとなく胸がそわりとした。
「なんでかな?僕と同じ顔してるから、かな?」
悪戯っぽく首を傾げると、彼のスタイリングされた癖のない黒髪が目元に一瞬影を落とす。それでもすぐにニカっと歯を見せて笑う仕草は年齢より下に見えた。
仕事で見かけた時や写真で拝見した時になんだか初めて会う気がしないとは思っていたけど、なぜかわかった。彼は、どことなく灰原先輩に似ている気がする。
「それで?なんでそんな浮かない顔してるんですか?」
彼の笑顔を通して昔の記憶を遡っていると、答えに反応する前に逆に今度は問いかけられてしまった。どうしよう、お見合いに来て初めて会ったその相手に自分の恋愛相談なんてしていいものだのだろうか。
…しかし、ここ数日ずっと悶々として落ち込んでを繰り返していたので、誰でもいいから話を聞いてほしい気持ちもある。ちらりと視線を彼にやれば、もう聞く気でいてくれているようで私の言葉を待つように此方を見ていた。絶対、この人も灰原先輩と同じでお兄ちゃん属性だと思う。色々な葛藤も抱えながらも、姿を重ねて勝手に当初よりも彼との壁を感じなくなってしまい恐る恐ると口を開いた。
「うーん、それは君が全部悪いよね」
「うっ…」
橋の上に並んだまま全て話終える頃には陽が高い位置まで登っていた。結局伊知地くんに話さずじまいだった事も全部今日初めて会った彼に打ち明け終わると、少し間を置いてからズバリと言い捨てられて言葉に詰まった。ずっと静かに聞いてくれていた彼は懐を何か漁ると小さな巾着袋を取り出す。その中には色々な色のアラレが入っていて、躊躇う事なく何粒か池に投げ入れそれに静かに泳いでいた鯉が勢いよく群がり始めた。
「なんで伝えてないのに勝手に相手の気持ち決めつけて逃げちゃうんですか?自分が傷付くのを怖がってばっかりで、全然相手の事見てないですよね。」
「ちょ、ちょっと待ってください…何も反論出来ないくらい正論すぎて、ズバズバ刺さって心が傷付いて追いつけません…」
「だって、君も同じことしてるようなもんじゃないか。」
勝手に鯉にお菓子をあげていいのかな、と思ったけれどグサグサと突きつけられる正論を何一つ論破出来無くてそれどころではない。彼の方に手のひらを見せてストップのジェスチャーをしてみるが、また核心を言い当てられて私のライフポイントはもう0に近い。
でも、彼は悪気があって意地悪してるわけじゃなくて、純粋にそう思って言ってくれているだけだと表情を見ればわかるので余計に心に刺さった。池ではもっとご飯がほしいと水面をバシャバシャと揺らし鯉が顔を出していて、口元を目掛けるようにまたあられを放り投げた。
「そう、ですよね…相手も、周りも巻き込んで、こうやって今もご迷惑おかけして…何やってるんだろう…」
着物に合わせて淡いピンクで塗った指先は自分でも見慣れず違和感しかなくて、指先を無意味に弄りながらどんどん下を向いてしまう。今日だってお見合いの席で恋愛相談始めてしまうし、上司や伊知地くんにも迷惑をかけたし。
…何より、自分がツラいって気持ちばかりで見ないふりをしていたけれど、あの日七海さんの前で泣いてしまった。せっかく食事に誘ってもらったのに何度も断ってしまった。冷静に考えれば私は最低だ。
「何をそんなに怖がってるんですか?人を好きになるのって、そんなに駄目なことなのかな?」
あられを口に放り込みながら彼は不思議そうに言う。自分でもよくわかっていない事まで指摘されて何も言葉が出なくて、彼の喉仏が動くのをただただ見ていた。すると何を思ったのか、手のひらにザラザラと沢山あられを出して私に差し出してくれる。
「一度きりの人生なんだし、自分の出来ることを全力でやって、思ってる事全部やっちゃった方が良くないですか?」
そう笑う笑顔は例えるなら太陽みたいでやっぱり灰原先輩みたいだけど、やっぱりちょっとだけ違う気がする。白に茶色にピンクに薄い緑。カラフルなあられを見下ろして、その中からピンク色を一粒摘み口の中に放り込む。小粒のあられはすぐに口内で溶けて消えて、ほんのり塩気が美味しかった。
『貴女は、自分がやりたい事をやればいいと思います。他人がどうこう言うことは気にしなくてもいい。全て、貴女自身が決めるべきだ。』
昔、そう言ってくれた七海先輩の姿が脳裏に過ぎる。そうだった。ずっとその言葉を自分の支えにしてしていたのに、いつの間にか周りからの評価ばかり気にして、本来の気持ちを忘れてしまっていた。
「あの!すみません!今回のお話はなかった事にさせてください!」
色々な感情に決心がついて、勢いよく頭を下げて大きな声で謝罪した。顔を上げて彼を見ると、最初からわかってたような表情で笑っていた。
「いーよいーよ、僕から叔父さんに言っておくから。君は行って来なよ」
「…ありがとうございます!失礼します!」
ヒラヒラと手を振ってくれる彼に礼を告げ、走り出すと池を泳いでる鯉たちもまるで応援してくれるように水面を跳ねた。きっと私は吹っ切れたような顔をしている気がする。そう思えるくらいに、今までの出来事が嘘みたいに心が軽くてどこまでも走っていける気がする。よしっと小さく独り言を漏らして気合を入れ直してグッと地面を蹴った。
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