言い訳ばかりが増えていく


最悪な事に今日は日曜日なので世間は賑わっているようで、道が混んでいつもより渋滞していた。もうこのまま着かなくてもいいかもな、なんて思い始めた頃には目的地に到着するところが余計に嫌になる。
病院まで着いてしまえば日曜日なので逆に駐車場は空いていて、エンジンを切って車を降りると郊外から外れているのもあり静かだった。この大きな建物は表向きは総合病院だが、一部は俺たち呪術師や窓向けの病棟になっている。その建物の方に向かって歩いていくにつれ気が重くなって、ふと中庭の大きな木の下にベンチがあるのを見つけそこに腰掛けた。
ベンチの背もたれに体重をかけて上を見上げると、俺の気分とは裏腹に空は青くて緑の木々の合間から木漏れ日が漏れている。最近は気温が上がってきて直射日光が暑く感じ始めたが、日陰に入れば逆にちょうど良く風が気持ちがいい。こんな時にタバコでも吸えば余計に気持ち良いだろうが、残念ながらポケットにはそれはないので慣れた手付きで棒付きキャンディを出して包み紙を剥がし咥えた。

「…今日は、帰るか。」

アイツが目覚めてから家入が入院準備をしている時、医務室のカーテン越しに目が合った彼女はよそよそしく俺に頭を下げた。自分がこんなに女々しい奴だと思ってなかったが、あまりもうアイツのあの顔は見たくない。どうやら、自分で思っている以上に、俺を忘れてしまった彼女から否定の言葉や嫌悪の感情を向けられる日がくるのがどうしようもなく嫌らしい。
基本的に、失った時にこうならないように全てに対して距離をとって器用に生きているつもりだった。しかし彼女がズケズケと俺のテリトリーに踏み込んで陽気に笑ってくるせいで、どうやらそれは気付かない内に乱されまくってたみてぇだ。それなのに全て忘れるなんざ、悪質極まりない。
どれくらいそうしていたかわからないが、風に揺れる葉をただただぼぅっと見上げていると口内で転がしていた飴はすっかり無くなってしまって棒だけが残った。そうだ、アイツにとって知らないくたびれたオッサンの男の俺が着替えを持ってくるのも気持ち悪ぃだろ。荷物を持ってくるという使命は達成したので、看護師に渡してしまおうと思いつき自傷気味に笑った瞬間、目の前にニュッと真っ白な物が飛び込んで影を作った。

「うぉ…っ!」
「僕に気付かないなんて、よっぽどセンチメンタルになってますねー」

驚いて状態を起こして振り返ると、そこにはヘラヘラ笑っている五条が立っていた。どうやら先程の侵入物は五条の白髪だったらしい。何故ここにと思ったが、コイツが怪我して病院にお世話になるワケなんざないので、確実に彼女の見舞いに来たのだとすぐにわかった。普段から気配に気を張っているつもりだが目の前に来られるまで気付かなかったのは事実でしかなく苦い顔をすれば、そんな俺を見れて五条は大層面白そうに笑いながら隣に腰掛けてきた。オイオイ、お前居座るのかよ。

「会いに行かないんですか?」
「あー……」

そりゃ大きな鞄を持ったままベンチに座っていればそう言われるのは仕方ないだろう。帰ろうとしていたと言っていいもんかと悩んで言葉を濁していたが、特にそれ以上五条は何も言っては来なかった。野郎2人、目隠しした長身の男とくたびれたオッサンが日曜日の昼間にベンチでただずっと座っているのは、周りの人から見ればかなり不思議な光景だろう。そんな思いに対して木の葉は微風に揺られて爽やかな時間が流れるばかりだ。

「彼女、日下部さんと自分はどんな関係ですかー?って聞いてましたよ」
「……それで?」

聞きたいような、聞きたくないような内容だ。彼女とはあの日以来会っていない。目覚めた時に会っただけの男の事をそんなに気になるなんざ思っていなくて、その言葉しか出てこなかった。すると俺の顔を五条はじっと見てくるので、その数秒の無言が無駄に怖くてピクリと目尻が震えた。

「面白いから本人に聞けって言っておきました!」

そんな俺の様子にニッと口端を上げると、親指を立てグットサインのポーズをしてそれはもう楽しげに言うので、どっと疲れが込み上げたように体が重たくなった。思わず重々しく溜息を吐き出せば、幸せ逃げますよと他人事のように言う。幸せなんざ、もう残ってねぇから逃げるもクソもない。口の中でふやけてきた棒を取り出し代わりに新しい飴を探すためにポケットに手を入れたが、もう中はクシャクシャになったレシートの感触だけだった。しまった、今日は非番だから何も考えずに昨日脱いだままのコートを着て着たからストックをあまり用意してなかった。

「……なぁ、」

とりあえず飴の棒を半分に折りティッシュで包んで、ふと言葉を漏らす。しかし次の言葉を言い淀んでしまい口を噤んだが、五条は特に聞き返す事はなかった。暫く無言の時間が続くと、どこからか小振りな雀が俺たちの足元に飛んできた。ベンチに座った患者達が時々餌でも撒いているんだろうか、人慣れしているのか警戒心は薄そうで小さく鳴いて俺たちの足元をウロウロしている。

「何もかも忘れちまってんなら、もうアイツをこの業界から離れさせるのはどうだ?」

アイツが記憶を無くしたと知ってから、ずっと考えていた。どこからどこまで覚えているかわからねーが、知らなくてもいい事をわざわざ知る必要なんてないだろう。例えそれが俺の事を含めてでも、だ。

「記憶も、術式さえも忘れてんなら完全お荷物だろ。アイツの術式はどちらかというとサポート系だし、そんなに穴もデカくねぇはずだしよ…」

まるで言い訳するように言葉を紡ぐが、言いながらも自分で何馬鹿言ってんだと頭ではわかっている。だからもうそれ以降の言葉は出てこなかった。一秒、二秒と無言が続いた後に、五条が静かに息を吐き出す。溜息とも言えないそれの後に、五条が背もたれに腕を置いて体を預けるので木製のベンチが小さく揺れる。それと一緒に長い足を投げ出すと、流石に雀が驚いて小さな羽を広げて空へと羽ばたいていった。

「今でも術師が不足して手一杯だから無理かな。大体、上が許さないでしょ。僕程じゃないけど彼女も準一級なワケだし。」

わかっている。全てが当たり前の事だし、理にかなっている。最初からわかっていた。だが、ほんの一握りの希望がどうしても捨てられなかった。さっきの雀はすっかりどこに行ったかもうわからないほど見えなくなった。

「…すまん、忘れてくれ。ちゃんとわかってる。…検査の結果が異常がなければ、残穢が残っていた報告にない呪詛師が原因なのが濃厚だ。そうなればアイツには意地でも思い出して貰わなきゃいけない。…だろ?」

鳥みたいに何も考えずに飛んでいければな、と思ってしまうくらい俺は五条のいうようにセンチメンタルなようで重症レベルだ。しかし大人な俺たちは現実を見なければならないので今の現状方針を言えば、五条はそれに関しては何も言わず立ち上がった。そりゃ、こんな腑抜けな事をいう俺にかける言葉もないだろうな。

「んじゃ、僕は帰りますね。伊知地待たせてるし。日下部さんも意地張ってないで彼女のところちゃんと行かなきゃダメですよー」

ひらひらと手を振りながら駐車場の方へ足を運ぶ五条の背中を見守りながら適当な相槌を打つ。五条ががいなくなると、忘れていた鳥の鳴き声や木の葉が風で吹かれる音たちが戻って来るほど静かになった。スマホの画面で時間を確認すれば、もう俺が病院に来て余裕で一時間は経っていた。

「…はぁ。年下に言われるんじゃザマねぇな…」

あぁ言われたが、どうしても会いにいくと思うと重い腰が上がらない。このままだと2時間経過に差し掛かりそうだ。今日は、とりあえず看護師に預けてまた後日出直そう。会わないでいい為の言い訳だけが増えて渋滞して来そうな中、ひとまずは飴切れを一番の言い訳にしてベンチから立ち上がった。

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