拝啓 君へ 愛を込めて
※この後のお話は渋谷事変後のお話です。
渋谷事変後の七海のお話が苦手な方は、
ハッピーバレンタインデー
からお読みください。
拝啓 君へ 愛を込めて
七海が死んだ。この戦いは大きなモノになるとは覚悟はしていた。だけど、きっと七海なら大丈夫だと、そう思っていた。
「なんでよ…。」
真っ暗な自分の部屋で呟いた言葉は、誰に拾われる訳でもなく溶けて消えていく。
七海が死んだ。五条さんも封印されてしまった。伊知地くんも生徒達も、沢山怪我をした。私も家入さんに反転術式で治療はしてもらったが、両手を複雑骨折してしまっていたので流石に大きな傷跡が残ってしまった。だけど、生きてはいる。服越しに傷跡のある部分を強く握りしめると、突っ張った皮膚が痛かった。
「なんでみんな、いなくなっちゃうの…っ」
七海が死んだ。最後の事を、真希ちゃんに聞いた。薄れる意識の中で、七海が上半身が半分焼け爛れた状態で歩いて行ったらしい。人間は、火傷の面積によって死亡率が変わると前習ったことがある。きっと、七海の火傷の面積ならば確率は三十%くらいだったんじゃないだろうか。それで家入さんに治療してもらっていれば、真希ちゃんみたいに跡が残ったとしても今も生きていたんじゃないだろうか。そうすれば、あんな風に身体が半分しかない状態になんて、きっと。
『その代わり、私の知らないところで泣かないでください』
七海の言葉が、耳の奥に響く。でもそうやって優しく囁いてくれる七海はもういないんだ。縋るように、自分の腕を掴む力が強まる。服がじんわりと熱くなってきたから、きっと中では血が滲んでいるんだろう。
「嘘つき…ッ」
絞り出した声は、自分のものと思えないくらいか細くて震えていた。ソファーに置いてあるクッションを手に持ち壁に向かって投げつけたけれど、中身がただの綿なので大した音も衝撃もなく虚しく床に落ちた。一緒に選んだクッションカバーも、お土産で買ったお揃いのマグカップも、この部屋は全部七海との思い出に溢れている。
「おいていかないでよ…!七海ぃ…‼︎」
ボロボロと涙が止め処も無く流れる。そんな私の叫びも、もう彼には届かないんだ。悲しくて、虚しくて辛くて。今までの人生沢山涙は流した事あるけど、迷子になった子供みたいに今日初めて声を上げ彼の名前を呼びながら泣いた。
「……お腹空いた…。」
あれからどれくらい泣き続けたんだろう。ずっと部屋の電気をつけていないから時間の流れがわからなかった。そろそろ涙が枯れてきて、目の周りがジンジンと熱くて痛くなってきたから1時間は経っているのかもしれない。こんなに悲しくてなんの気力も湧かないのに、お腹は控えめに音を鳴らした。そういえば、高専に戻ってから慌ただしくてもう2日まともに食べてないかもしれない。悲しくてもお腹は減る人間の体の正直さに、乾いた笑いが込み上げてくる。ソファーに突っ伏して泣いていたので体をのそりと起こして、キッチンへ歩き出すと部屋が暗いから机の角に指先を打って痛かった。
「いっか、こんなんで…。」
冷蔵庫を開けると、相変わらず食材がほとんど入っていない。今回戦いがどう転ぶかわからないから、燃えるゴミの日に少し古い食材は腐るよりいいから全部捨ててしまったんだった。すぐ食べれそうなものが賞味期限が5日後の卵しかなくて、冷凍庫を開けて冷凍ご飯を取り出した。レンジで解凍じゃなく温めすればすぐに米の氷は溶けて、むしろ熱すぎるくらいだった。火傷しないように包んでいたラップから出して丼に入れて、卵を割り入れる。1個で十分だけど、卵が2個余っていたからついでにもう一つ入れた。そうすれば卵を贅沢二つ使いした卵かけご飯の完成だ。
「…いただきます。」
億劫で冷蔵庫の中から漏れ出す光でご飯の準備をしていたが、流石に部屋の電気をつけた。いきなり眩しくなった視界に目をキツく瞑って、数秒して慣れてきてからゆっくり瞼を開ける。ソファーに腰掛けて、手を合わせて小さく呟く。私が契約して住んでいる部屋だから、もちろん一人だけの時間もあった。でも彼の姿がないのは、物足りなくて酷く寂しい。スプーンで大きめの一口を掬うと、生卵独特の風味が広がる。温めすぎたご飯はやっぱり熱くて、舌先を少し火傷してしまった。
「七海が作ってくれたご飯、美味しかったなぁ…」
私が気が落ちている時に七海は家にきて卵雑炊を作ってくれた。ネギがちょうどいい比率で入っていて、食欲を唆られて結局おかわりしちゃったんだっけ。同じような材料なのに、私の手元の中身はあの日に比べると全然違う。じんわりと目尻に涙が浮かんできて、誤魔化すように丼に口をつけて勢いよく掻っ込んだ。
「…はぁ…ご馳走様でした。」
兎に角全部胃の中に突っ込んで、息を吐き出す。素朴な卵かけご飯だと舐めていたけれど、胃の中が暖かくなると何だか芯から身体に熱が籠ってくる気がした。そういえば、私はずっと拳を強く握りしめていたから指先が冷たかったな。ソファーにもたれかかって、天井をただただぼーっと見上げる。壁にかかった時計の針は、もうすぐ十二時を回ろうとしていた。
「…七海、私、七海と灰原がいるところに一緒に行けるかな…?」
呪霊を祓って、祓って祓いまくって。でもその分、呪詛師などの人間も殺した。私たちの行いは間違いだとは思っていない。祓わなければ沢山の非術師の一般市民が死んでしまう。でも、呪詛師たちも自分の信念を持って行動している。彼らにとっては、私たちが完全な悪だ。そんな私は、死んだら一体どこにいくんだろう?純粋な灰原や、優しい七海と同じ場所に行けるんだろうか。色んな思考がぐるぐると頭の中を駆け巡って、パンクしそうで気持ち悪い。こんな時、七海がいてくれれば。どうしてもそこに行き着いてしまって、弱い自分が悔しくて唇の端を噛みながら自分の腕で目隠しをして視界を遮断した。
「…私、七海なしじゃ生きてけないよ。…生きていけないけど、でも、あともう少しだけ自分で頑張ってみる。」
もし私が、彼のいない世界に見切りをつけて自暴自棄に戦って死んでしまったら、七海は怒るだろう。一人にしないで、と追ったとしても、きっと受け止めてもらえないのが目に見えている。服の袖で乱暴に目元を擦って腕を退ければ、真上にあるライトが眩しかった。
「だから、いつか同じ場所に辿り着けたら、七海と会えなかった期間の話全部してあげるね。もしお婆さんになってても、ぜーんぶ話してやるんだから。」
ライトに手を伸ばしながら、自分に言い聞かせるように、彼に宣言するように言葉を紡ぐ。もしいつか二人に会えたら、ちゃんと怪我してない姿だといいな。上半身の灰原と下半身の七海なんて、変な海外のアニメみたいで笑えなさそう。
「だからね、その時は頑張った分褒めてね。」
両頬を思い切り平手で叩いてみると、鋭く刺さるような痛みとじーんと時間差で鈍い痛みが頬と手のひらに広がる。なんだかそれで目が覚めた気がした。ヨシッと気合いを入れて立ち上がり、私の部屋を見下ろす。まだ彼との思い出の多い部屋に、正面から向き合う事は出来なさそうだ。これから死滅回遊が始まる。それが終わったら、それが生きて帰って来れれば、気分転換で引越ししてみるのもいいかも。そんな事を思いながら私は部屋の電気を消して真っ暗な玄関でパンプルに足を通した。
「大好きだよ、七海。」
玄関の扉を開けながら彼の名前を呼ぶと、夜の闇に溶けていく。もう泣きすぎて枯れたかと思っていたけど、まだ残っているようで一筋だけ涙が出た。泣くのはこれで暫く休戦だ。そう決意して、七海がくれたキーケースに入っている鍵を刺しガチャリと施錠して廊下を歩き出した。
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