溺れる。


呪専七海と夜食を食べるお話



ジクジクと体の内側からも窓から入ってくるぬるい風も全てが暑さに繋がる。頑張って寝ようと思っていたけれど、どうにも寝付けなくてお腹に気持ちだけかけていたタオルケットを剥いで起き上がった。

「あっつー…」

寝る前にお風呂に入ったのに、もうしっとりと汗をかいている肌は濡れているはずなのに暑いのには変わりなかった。もう寝るのを諦めて、スリッパを履いて部屋の扉を開けて外に出ると廊下の方が少しだけ涼しい気がする。山の中にある学校は街灯なんてないが月の光は爛々と窓から差し込んでそんなに真っ暗ではないから慣れてしまえばあんまり怖くはない。
共同キッチンにある冷蔵庫に入れておいた私の名前が書いてるお茶を目的にのんびり歩いていると遠くで色んな虫の鳴き声がする。アイス、は確か食べちゃった気がする。五条さんのとかあるかも、勝手に食べても明日に補充しておけばバレないかな?と悪巧みしてると、目的地には灯りが灯っていた。

「あれ、七海くん?」

まさか人がいると思わなくて恐る恐る覗き込むと、数時間前まで一緒にいた見慣れた後ろ姿があった。声をかけると彼方も人が来るとは思わなかったのか、ビクッと肩を揺らしてゆっくりと首だけ振り返ってくる。

「何してるの?」

眉間の皺を寄せている七海くんに問い掛ければ、気まずそうに口元をへの字に曲げている。七海くんは身長があるから、手元で何をしてるか見えなくて首を傾げながら私も広い厨房に足を運んだ。

「…貴女こそ、何してるんですか?」
「私は喉乾いちゃって。七海くんは……何か作ってるの?」

冷蔵庫を開けると油性ペンで名前がデカデカと書かれている2リットルのペットボトルがある。面倒なのでそのままキャップを外して直に口付けて飲んでいると、横から行儀悪いですよと言葉が飛んでくる。けれどそれよりも乾いた喉に流れ込む冷たい水分の感覚が心地よい。ポカポカになっていた体も食道や胃などの内側から少し冷えてくれた気がした。飲み口を軽く手で拭いてキャップを締め元通りの場所において冷蔵庫の扉を閉じて、改めて七海くんに向き直ると彼の手元の小さい鍋がコトコトと湯気をあげていた。

「少し小腹がすいたので、夜食を作ってます。」

七海くんは見られた事をもう諦めたように手元に視線を戻す。パッケージを開けて包装のビニールがペリッと音を鳴らすと、静かなキッチンにはそれだけでも響いた。七海くんはそのまま袋から乾麺を沸騰した鍋の中に放り込んで、底に落ちている崩れた小さなカケラも残さずにお湯に降らせた。

「へー、ラーメンかぁ…」

壁にかけられている時計はもうすぐ十二時を刺そうとしている。そんな時間のラーメンなんて、とっても罪深いけれど、きっとそれがスパイスで背徳感から美味しさが増し増しになるんだと思う。七海くんの隣に立ちグツグツと揺れる麺を眺めてると、深いため息が上から降ってきた。

「一袋、食べれますか?」

顔を上げると、七海くんは仕方ないと言いたそうにこちらを見下ろしている。なんでも七海くんにはお見通しらしい。顔はぶっきらぼうだけど、七海くんなりの優しさが長く一緒にいるとわかるので思わず頬が緩んでしまった。

「多分!でも、七海くんが多めにとってもいいよ!」

頷けば七海くんはもう一つインスタントラーメンのパッケージを開けて鍋に放り込む。2玉だとスープが足りなくなるので計量カップに入れた水を継ぎ足してくれるから、プツプツと浮かんで消えていた泡が温度が下がったせいか消えてしまってちょっとだけ申し訳ない。

「七海くん、いつも夜食食べてるの?」
「いえ、時々です。…実技があった日は、食べてるかもしれません」

コンロの火とお湯が沸騰する音と、七海くんが菜箸で混ぜた時に水面が揺れる音が二人だけの厨房に響く。確かに今日は午後はずっと実技で私は七海くんと灰原くんに何回も投げられた。授業が終わった後に三人で残って自主練して、終わった頃にはヘロヘロのボロボロで、時々はみんなでご飯作ったりなんかもするけど流石に今日は寮母さんのご飯を一緒に食べた。その時もお米大盛り食べてたのになぁと横目で見ていると、麺がいい具合に茹で上がってくる。うずうずしているうちに七海くんが一度鍋を離れてすぐに冷蔵庫から何か取り出して戻ってきた。

「うわ、卵いれちゃいますか!」

七海くんが綺麗に卵を割って二個スープの中へ沈んでいった。大興奮の私を七海くんはこれまた綺麗に無視してじっと鍋の中を見つめている。スープの中に溶けていきそうだった卵は、白味がふつふつと透明から白く色付いてきて美味しいよって語ってるみたいだ。楽しくなってきて鍋を覗き込もうとすると、それと同時に七海くんが横に不自然に体ごとズレてしまった。

「なに?汗臭かった?寝る前にお風呂入ったんだけど…」

七海くんの眉は深く皺を刻んでいて、もしかしたら不快にさせてしまっただろうかと確認のために自分の二の腕付近を嗅いでみる。でもお気に入りのボディーソープの匂いがちょっとだけするから、多分平気だとは思う。

「いえ、シャンプーの匂いがするくらいです。」

はて、そしたらシャンプーの匂いが嫌いなのかと思って自分の髪を鼻先に近づけて嗅いでみた。友達にオススメされて買ったシャンプーはお花の香りだから好きだったけど、七海くんには甘すぎたのかな?申し訳なくて困ったように首を傾げると、七海くんは何か悩んだように口の開閉を繰り返して、結果また深い溜め息を吐き出した。

「貴女は、いつもそんな格好なんですか?」
「うん、だって部屋暑いんだもん」
「だからって、せめて外に出る時はもう少し着込んでください」
「だって誰かいるなんて思わなかったんだもーん」

どうやら匂いじゃなくて私の格好のせいだったらしい。寝る前だから私はカップ付きのキャミソールとショートパンツの寝巻きスタイルだ。寧ろ今日は中学のジャージとかじゃないから可愛げがある方なのに。まるでお母さんのような七海くんに少しおどけてみせれば、いつも以上に眉間の皺が深くなる。あ、やばい、これはちょっと怒りモードだ。

「あ、そうだ!良いものあげるよ!」

七海くんから次のお叱りが来る前に、慌ててキッチンの自分の私物スペースへ走っていく。私が逃げたことによって七海くんの思考はまたラーメンに戻ったようで、丼を二つだして麺と卵を丁寧に均等に入れてくれる。スープが入って完成のそれに、私はもってきた秘密兵器を振りかけた。

「…へぇ、便利ですね」
「でしょでしょ?ネギってたまに欲しくなるけど、保存が効かないから悩ましいよね」

瓶に入ったドライネギは、スープの水分を吸ってちょっとずつ下の形を取り戻していく。七海くんのご機嫌も器の中の彩りに少しは収まってくれたみたいだ。熱々の丼をどうにかテーブルに持っていって、今度こそちゃんとコップを持ってきてお茶を二つ分用意した。

「いただきまーす!」
「もう少し静かにしてください。」

パンっと手を合わせると目の前に座る七海くんに静かに怒られる。いつも人の声が絶えない寮はしんとしていて、小さくごめんねと謝ってから湯気が上るラーメンに向き合った。見た目から熱いスープから麺を掬い上げると、念のために五回くらい息を吹きかけて冷ましてから口の中に運んだ。とんこつ味のスープを少し麺が吸っていて、夜ご飯を数時間前に食べたのにも関わらず堪らなく美味しくて思わず頬が緩んでしまう。卵もちょうどいい半熟具合で、どう食べるか悩むけれど半分に切ってスープと一緒にレンゲに掬って食べることにした。ふと七海くんを見れば、熱そうにさらりと落ちる横の髪を耳にかけてラーメンを啜っている。その姿は彼の外国の血がそうさせるのか、私なんかより大変色っぽい雰囲気を出している。私がずっと見ているからか不意に七海くんが目線だけ上げて、バチリと目があった。

「七海くん、美味しい?」
「えぇ、美味しいです。」

七海くんは卵をスープの中に溶かしてラーメンと一緒に食べてる。まるで私が作った人みたいに聞いちゃったな、と思ったけど、七海くんは特に気にする素振りはなく一度お茶を飲んだ。

「夜のラーメンって罪深いから、いつもより美味しく感じるね」

七海くんはコップに口をつけてるから返事はないけど、水分を胃に流し込む為に喉仏がコクリと動いている。やっぱり彼は男の子なんだなぁと、こうしたふとした仕草で思う。

「七海くんと食べてるから、余計に美味しいのかもね!」

その燻る感覚を誤魔化すように、笑ってみせれば七海くんが飲みかけのお茶をゴフッと吹き出した。少しむせてしまった七海くんが心配になり何か拭くものを探したけれど生憎ティッシュが見当たらなくて、仕方なくキッチンペーパーを数枚千切って渡してあげた。

「貴女って人は……はぁ、全く…」

色々言いたげだったけど、七海くんは呆れたように溜め息を吐き出す。彼は沢山溜め息を吐くから、いつも灰原くんが幸せ逃げちゃうよ!と注意してるけど、本当そう思う。気を取り直して少し伸びてきた麺を啜って、足を椅子の下でぶらぶらと揺らす。

「七海くん、また夜食食べる時誘ってよ」
「太っても知りませんよ。」
「あ、酷い。そんなこと言っちゃうんだ」

七海くんはもう食べ終わってしまったようで、飄々と言葉を返してくるから傷ついたふりをして自分の肩を抱いて見せた。でも確かに引き寄せた二の腕がぷにぷにしてる気がする。心配になって二の腕に触っていると、少しして冗談です。と声が返ってきた。

「貴女がちゃんとした服を着てくるなら、いいですよ」
七海くんは、怒っても呆れてもない表情で此方を見ている。やっぱり、七海くんはなんだかんだ優しい。彼から誘ってもらえるなら、中学のジャージでもいいのかもしれない。
何回か夜食会をして、焼きおにぎりの会の時にセンサーが反応したのか灰原くんがやってきて結局夜食会はただの同級生会になってしまったのはまた別のお話。

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