溺れる。


呪専七海と灰原と夜食を食べる話。


時計の針が22時を指す頃には、勉強に勤しんでいた校舎も体術をしていた校庭も、昼間の賑わいが嘘のように人の気配はなくて静かだ。山の中に位置しているせいで東京という住所であるのにも関わらず、街中のネオンの光などは全くない。本当に外は暗闇が広がっていて、肌寒さを感じてきた最近は鈴虫の音だけが騒がしく聞こえて来る。そんな中、併設する寮の共同スペースだけが明かりついていて、そこには人影が三つ。

「というわけで、今日はスペシャルゲストのご登場でーす!」
「はい!灰原雄です!食べるの大好きです!」

じゃじゃーん!と効果音がつきそうな勢いで隣に立ってる灰原くんを両手で示すと、灰原くんは元気よく右手を上げて挨拶をした。誰もいない共同スペースのキッチンに声が響き渡るその後には静寂が待っていて、冷蔵庫のぐおんぐおんと低く作動する音が小さく聞こえてくる。その2人の視線の先には、七海くんがいるわけで。

「………灰原、何やってるんですか?」

ピクリとも笑ってくれずに、寧ろ盛大に呆れた様子で冷静に言葉を返してくる七海くんの反応は、まぁ、うん。予想範囲内だけど。ちょっとノってくれないかなー、なんて期待した私が悪いのかもしれない。

「最近二人がこそこそしてるから何してるのかなーと思って彼女に聞いてみたら、夜食会してるって聞いたからさ!」

そんな私たちの様子を気にする事なく、ね!って私の顔を覗き込んで笑っている灰原くんに頷いて改めて七海くんを見れば、腕を組んでジトッとした目で責めるように私を見ていた。また面倒事を増やしたな、とその目線が語っている。思わず逃げるように灰原くんの背後に回ると、思ったより背中が広くてすっぽりと隠れることが出来た。

「だって、灰原くんから子犬みたいな目で見られちゃったら嘘つけなかったんだもん…」
「灰原はどう見ても大型犬でしょう。」

そこなんだ。と思ったけど、ハァっと溜息が聞こえてきたからその言葉は飲み込んだ。もうお風呂に入ってスェットを着ている大きな背中から顔を覗かせると、七海くんの眉間の皺はそんなに深く無くなっていた。どうやら、そんなにご機嫌ナナメではないらしい。

「2人して秘密でこんなに楽しいことしてるのに、なんで誘ってくれなかったのさ」
「灰原は毎日しよう、とか言い始めたり、夜食じゃない量を食べそうじゃないですか。」

灰原くんが一歩前に出て影が無くなってしまったから、私も隠れるのを辞めて横に並んで見た。頬を膨らませる灰原くんに七海くんがズバリと返答してて、確かにと思って苦笑いが溢れる。七海くんもいつも夕食は体の線が細いのに意外と食べるから男の子だなぁって思うけど、灰原くんは漫画みたいな山盛りのご飯を嬉しそうに食べてるし、なんならおかわりもしれるから夜食なんていらないレベルだと思う。だけど、今回話したら目を輝かせて喜んでいたから、男子高校生の胃袋って本当にすごい。今夜の夕飯風景を思い出してると、七海くんが炊飯器の窯を取り出して催促するようにこちらを見ててハッとした。

「とりあえず、人数分お米を炊きましょうか。」

灰原くんと顔を見合わせて、二人して笑うとそれに反して七海くんの眉間の皺は寄ってしまう。でも、今回の顔は不機嫌じゃないのは、なんとなく付き合っている時間でわかる。なんだかんだ優しくて面倒見がいいのだ。でもこれ以上笑ってたらそれこそ不機嫌になっちゃうから、急いで計量カップを取って七海くんと夜食会の為に買ったお米を計ることにした。

「焼きおにぎりだと、やっぱり醤油?」
「私調べて見たんだけど、味噌も美味しそうだったよ!」

お米の早炊き設定にして、シューシューと蒸気を出す音を聞きながら3人で携帯を覗き込みながら今日の献立の作戦会議をする。今日は焼きおにぎりを作ろうって七海くんと話して決めていたのだ。私が調べてきたウェブサイトを見せると、2人がその写真をみてほうっと息を吐き出す。

「へぇ!東北の方は味噌が定番なんだね!」
「調べるとどんどん美味しそうなものが出てきますね」

胡麻を一緒に練り込むもの、ネギを添えるもの、どんどん色々な写真が出てきて食欲をそそられる。夜ご飯はちゃんと食べたのに、人間の欲求って恐ろしい。夜中に食べるご飯って、それだけでとても罪深いからそれが余計にスパイスになる気がする。体重は、うん。きっと普通の女子高生より運動してるから平気だと信じてる。

「そしたら、とりあえずスタンダードな醤油と味噌ですかね」

とりあえず今回は材料は限られているから、色々誘惑があるけれど七海くんが定番なものを決めてくれた。炊飯器の様子を見ていると、意外と雑談していたからか残り5分で炊き上がるのをディズプレイの表示が知らせてくれている。

「あのね、醤油なんだけどね…これ、使ってもいいかな?」

もうすぐ時間なので早速準備に取りかかる為に一度座っていた椅子を端に寄せてる2人に向かっておずおずと手を上げると、一旦手を止めて此方を見てくれる。あまり時間と取らせないために、私は急いで自分の調味料などが入った私物棚のスペースからお目当てのボトルを出して机の上に控えめに置いた。

「あまくち醤油、ですか。」
「なんか私の地域だとこの醤油でさ、なーんかやっぱりこっちの醤油より馴染みがあるんだよねー」

初めて此方の醤油で刺身を食べた時は味が違っていて、ちょっとだけ驚いたのが懐かしい。それ以来親に送ってもらって時々学食の醤油じゃなくて自分のを使っている。多分、焼きおにぎり如きならそんなに味は変わらないかもしれないけど何となく提案してみたものの、しみじみと七海くんがそのボトルを見てるから何だか申し訳なくなってきた。

「そんなデザートみたいに甘いってわけじゃないんだけど、…2人はあんまり好きじゃないかな?」
「食べたことないですが、貴女が美味しいっていうなら嫌いとはならないと思います。」
「そうだね!そしたらさ、こっちの醤油とその醤油で食べ比べしてみようよ!」

棚に戻そうとボトルをまた持とうとすると、その不安を遮るように七海くんが頷いてくれる。それを聞いてひょっこりと顔を出して笑う灰原くんを見てほっとしていると、ちょうどご飯が炊けた音楽が広い空間に響き渡った。早速水を少し入れたボウルと大きめのお皿など必要な準備を3人で一緒に始めて炊飯器の蓋を開けると、炊き立て特有のお米の香りがふわっと広がって、もうそれだけでお腹が減る。チラリと隣の灰原くんの顔を覗き見すると、炊飯器の中の白い米粒に爛々と瞳を輝かせていて、まるで待てを言い渡された忠犬みたいで1人で勝手に笑ってしまった。気を取り直してボウルに熱々のお米を移す。3人で並んでおにぎりを握るのは初めてのことで、何だかとても不思議でとても面白くて思わず頬が緩んでしまう。

「……でも、私3個もおにぎり食べれないよ。」
「じゃあ、俺のノーマル醤油のやつ半分あげる!」
「そしたら私は味噌の方を。それで貴女がその醤油のおにぎりを食べれば、実質2個でしょう?」
「ふふ、じゃあそうしようかな!」

灰原くんの握るおにぎりはぎゅっとお米を圧縮しました!って感じでお米がぎっしり詰まってる形をしていて、七海くんが握るおにぎりは綺麗な三角で何となくスタイリッシュな感じ。大きいお皿に並んでいくおにぎりはその人自身みたいにみんな違っていて、せっかくだから写真を撮りたいけど米粒で手がベタベタだから諦めた。

「オーブンで焼く?」
「いえ、沢山あるのでフライパンで焼きましょう」

お皿に並べたおにぎりに、とりあえずあまくち醤油を何となくスプーンで塗っていると、七海くんがフライパンに火をかけてその上にアルミホイルを乗せていた。残りのおにぎりも普通の醤油と味噌を塗って、温まってきたアルミホイルにゆっくりと崩れないように乗せていく。

「美味しそう…」
「焦げ目ついてきた?」

七海くんがじっと焼けるのを待っているのを横に立って一緒に覗き込む。醤油や味噌の香りが強くなって、さっきからお腹減ったとしか思ってないけど余計に唆られる香りだ。じっと2人で見ていると、使ったボウルとかを洗ってくれていた灰原くんが私と七海くんの間に割って入るように後ろからニュッと顔を出す。

「灰原、邪魔なので下がってください」
「えーなんでさー」
「灰原は体がデカいから幅を取るんです。」

チラリと灰原くんに視線を向けて、七海くんはまたフライパンに視線を戻す。七海くんも、それを言われた灰原くんも特に怒っているわけではないから、灰原くんは構わずに七海くんの肩に腕を回した。ちょっとだけ邪魔そうにしてるけど、七海くんも結局払いのけることもなくて、それを見ていた私に灰原くんが気付いて歯を見せて笑った。

「そろそろですかね。」

何だかこの時間が楽しくて、終わってほしくないなと思っていたけど料理はいつか完成するものでポツリと七海くんが呟けば灰原くんも空気を読んで肩から腕を下ろした。ホイルの上で焼いたからフライパンにくっつくことなく、ゆっくりと菜箸で七海くんが持ち上げて皿に乗せれば良い感じにおこげがついていて最高だ。

「またまた罪深い香りがする…!」
「みんなお茶で平気?」
「大丈夫です。」

その匂いに唸りながら全ておにぎりの乗ったお皿を運んでいると、いつの間にか椅子とお茶を準備してくれていた灰原くんがいた。流石お兄ちゃん、1番早く食べたーい!ってキャラそうなのにこういう時にしっかりしている。出来立ての焼きおにぎりと、あったかい緑茶と、同級生たちとの深夜の夜食。もう全てが完璧だった。

「それじゃ、いただきます!」

3人で並んで座って、顔を見合わせてから手を合わせて言い慣れたフレーズを声を合わせて言う言葉が私たちしかいない空間に響いて消えていく。それぞれが焼きおにぎりに手を伸ばして、私はとりあえず自分の醤油を使ったおにぎりを手に取った。さっきの握る時のホカホカとはまた違った暖かさで、半分に割ると湯気に乗って醤油の香ばしい香りが鼻腔に届く。火傷しないように何度か息を吹きかけて口に含むと、匂いを裏切らない香ばしさだった。

「あふぃ…っ!…でも、美味しー!」
「アツアツなのがたまらないね!」

はふはふと息を吐きながら美味しさに机の下で足をバタつかせると、白米大好きな灰原くんは眩しい笑顔で大きく頷いている。いつもはパン派な七海くんも、黙々と食べているからお気に召したんだと思う。2人は食べるのが早くて、あっという間に一個目を食べ終えていた。

「半分どうぞ」
「あ、俺もどーぞ!」
「ありがとー」

2個目を手に取った七海くんが約束通り半分にして私の皿にそれを乗せてくれると、灰原くんも続いて分けてくれる。味噌と醤油、どちらも美味しそうでこれを食べ終わったらどっちから食べるかものすごく悩ましい。

「あまくち醤油も美味しいですね。」
「うん、何だか優しい味がするね!」
「こっちの醤油も美味しいよ。あと味噌も!」

それぞれ食べながら、思い思いの言葉を交わす。本当、どの味も美味しかった。それに、自分の故郷の味を2人が気に入ってくれてそれが何より安心した。でも、やっぱり一番美味しかった理由は3人で作って、3人で食べたからなんだと思う。なんとなく気恥ずかしいから、直接言わないけど。

「やっぱり2個でちょうどよかったー」
「俺はあと5個くらい食べれそう!」
「それは食べ過ぎです。」

何個でも食べれそう!と食べ始めのときは思ったけれど2個食べ終わるとぼちぼちお腹に溜まってきてこれくらいの方がよく眠れそうだ。元気よく笑う灰原くんに呆れたようにしてる七海くんは勘弁してくれって顔に書いてあるのが珍しくわかりやすかった。

「また、やろうね」

そんな七海くんと灰原くんを見て、頬杖をつきながら思わず呟くと2人がこちらを見る。特に何を作りたいとかは今のところないし、いつしよう!とかもないけれど、こんな日々が続けばいいな、なんて思ってつい言葉が出てしまった。でも、その言葉の裏がわかったのか、瞳の奥が優しい色をしている2人がただ笑ってくれるだけでこの胸の奥の気持ちが救われた。

「そしたら、次は鍋にする?」
「だから、それはもう夜食じゃなくて夕飯でしょう」

意気揚々と机から身を乗り出す灰原くんと、またそれに溜息を吐き出す七海くん。いつの間にか始まった秘密の夜食会は同級生会になって、そのうちコソコソしている私たちに気付いて五条先輩辺りが現れてこじんまりとした会がただのみんなでご飯を食べる会になるのかもしれない。それもそれで楽しいけど、この時間を今だけは大切にしたいなと思いながら残りの緑茶を喉に流し込んだ。

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