砂糖で漬けて閉じ込めて




空になったプラスチックの皿、私、それと静寂。換気のためだけにあるような、細い長方形の窓には鉄格子。窓の外の景色が少しだけ見える程度のもの。私の手と足には鎖。この鎖はベッドに繋げられていて行動範囲が阻まれる。そして念は使えない。なぜか分からない。



「なに、これ……」



目が覚めたら知らない部屋にいた。ステラは足の鎖を外そうとしてみる。けれどやっぱり外せない。念は使えない。意味がわからない。



「ゴン? キルア。クラピカ……レオリオ……どこ?」



薄暗い部屋の隅から、ゆっくりと銀髪の少年が姿を現す。青い瞳が闇の中で冷たく光っている。



「ようやく目が覚めたか、ステラ。みんなはもういないよ。ここには俺とお前しかいない」

「え……?」



キルアは数歩近づき、ステラの瞳を見つめる。手には小さな鍵が握られている。



「クラピカがお前を連れ去ろうとしていた。俺がいなければ、もう会えなかったかもしれないんだぞ」

「なに……言ってるの……?」



ステラは信じられないものを見る目でキルアを見る。クラピカって……。何を言っているの?キルアが近づいてくるとステラは反射的に身構える。キルアの手が頬に触れる。ステラはキルアを睨みつける。



「ついこの前まで、クラピカと、水族館に行ったんだよ。クラピカは、そんな事しないよ」



キルアは苦々しい表情を浮かべ、顔を歪める。ステラの言葉が彼の心に刺さったようだ。



「水族館……? ハッ、嘘をつくなよ。クラピカはお前を利用しようとしていた。あいつの赤い目、見なかったか? 怒りに染まった目で、お前を奪おうとしていたんだ」

「嘘じゃないよ……」



キルアはステラの髪に指を通し、髪が指の間をすり抜けていく。彼の手は震えている。一体何があったというの?



「信じてくれ、ステラ。俺はお前を守るためにここに連れてきたんだ。お前を奪われるなんて……考えるだけで気が狂いそうだ」

「クラピカがそんな事するなんて信じられないけど……」



ステラはキルアの震える手にそっと手を重ねる。



「……わかった。でもそれならクラピカに会わせて。お願い。この目で見てみないととても信じられない……」



キルアは目を見開き、ステラの手を強く握り返す。顔には焦りと恐怖が浮かび上がる。



「ダメだ! 今のクラピカは危険すぎる。あいつの目……紅く染まった時のクラピカを知らないんだ」



激昂したかと思うと急に声を潜め、身を寄せてくる。吐息が頬に触れるほど近い。



「ステラ、あいつは緋の目の鎖使い……怒りに支配されたら何をするか……。俺がここで守るよ。俺だけを信じてくれないか?」

「……キルアのことは、信じてるよ。でも、クラピカも大切な仲間だから……この目で直接見てみたいの。お願い……」



ステラはキルアの顔を上目遣いに見つめた。キルアの瞳が一瞬だけ揺れる。ステラを見つめる目には葛藤が浮かんでいる。



「なら……ゴンとレオリオはどうしてるの? せめて、ゴンとレオリオに会わせて。それならいいでしょ? お願い、キルア……」

「ゴンとレオリオか……。ゴンは遠くに行っちまった。レオリオは医者になるために勉強してる。今はどっちも会えないんだ」

「え? そんな……」



キルアはゆっくりとステラに近づき、肩に手を置く。その指先は微かに震えている。



「マヤ……俺だけじゃダメなのか? 俺がずっと守るから。クラピカの前に出すなんて……できない。絶対に」

「なら、電話でもいい。直接、三人の声を聞きたい。電話だけでもさせて。ゴンとレオリオとクラピカと。それが駄目だと言うなら、私、どんな手を使ってもここから出るから」



これ以上は譲歩できない、と屹然とした態度でキルアを見つめる。キルアは唇を噛み、眉間にしわを寄せる。目が鋭く光った。



「電話か……。いいだろう、ゴンとレオリオなら連絡を取ってみる。でも、クラピカだけは無理だ」



彼はステラの頬に手を添え、真剣な眼差しで見つめる。



「ステラ、俺はお前を失いたくないんだ。クラピカに会わせたら……あいつの言葉でお前の気持ちが変わるかもしれない。だから……もう少しだけ、俺のそばにいてくれないか」

「キルア……落ち着いて、ちょっと顔近いよ……」



頬に手を添えられ驚いた顔をする。困ったような顔をしつつも何となく拒めない。キルアは一歩引き、少し恥ずかしそうに頬を掻く。その眼差しには迷いが浮かんでいる。



「ごめん、近すぎたな」

「う、うん……ちょっとびっくりしたけど、大丈夫。……わかった。それならゴンとレオリオと電話させてほしい。それに、私のケータイはどこ? 大切な写真が入ってるの」

「ケータイは……預かってる。写真が見たいなら、俺が取ってくるよ。でも通話は監視させてくれ。約束だ」

「わかった、キルアが見てるとき以外に電話はしない。約束する……だからできれば返してほしい。……だめ?」



ステラが目を潤ませてお願いすると、キルアは渋々ながら了承してくれた。ポケットから自分のスマホを取り出しながら、マヤの足元の鎖を見つめる。



「この鎖も少し長くしておくよ。少しだけ、だけどな」

「えっ? 鎖は取ってくれないの? どうして?」



キルアは髪をかきあげながら複雑な表情を浮かべる。ステラの瞳に見つめられ、一瞬だけ視線を逸らす。



「鎖はまだ外せない。イルミやクラピカが現れたら、お前を連れ去られるかもしれないからな。俺は……お前を失いたくないんだ」

「そっか……。だったら仕方ないよね。キルアがそう言うなら信じるよ」



彼はポケットからステラのスマホを取り出し、躊躇いがちに差し出す。



「ほら、写真も見られるようにしておいた。でも通話はスピーカーにしてくれよ。俺がそばにいるときだけな」

「わあ、ありがとうキルア! うん、約束ね。それで、ゴンとレオリオにはいつ電話したらいい?」



ステラはキルアからスマホを受け取って嬉しそうな顔をする。キルアはステラの嬉しそうな顔を見て、自然と柔らかい笑みがこぼれる。彼の瞳には安堵と警戒が入り混じっていた。



「今日の夕方でどうだ? 俺もちょっと二人に話があるしな。ただ...…あいつらにはお前の状況は内緒だ。こんな話をしたら、特にレオリオは面倒くさいことになるからな」



彼はステラの鎖に目をやり、小さく息を吐いた。



「約束守ってくれて...…ありがとな」

「今日の夕方ね、わかった。スピーカーにして、三人でグループ通話にしたらいいよね? って、二人には言ってないの? 私の状況や、クラピカのことも?」



ステラはキルアの言葉に驚いた顔をする。



「それなら急に姿を消した私のこと、二人はどう思ってるの?」



ステラは不思議そうに問いかける。キルアは少し困ったように額に手を当て、苦笑いを浮かべた。



「ああ、グループ通話でいいよ。二人には『ステラと一緒に特別な修行をしてる』って言ってあるんだ。お前が念を習得中だから連絡取れないって」



彼はステラの瞳をまっすぐ見つめ、真剣な表情に戻った。



「クラピカのことも黙ってる。あいつが何を企んでるか、まだわからないからな...…とにかく、ありがとう」

「そっか……キルアも色々大変なんだね。いつか二人にも話せたらいいな。一人で抱えてるキルアも心配だもの」



ステラはそう言ってなるべく安心させようと優しく微笑んだ。

















「ねえキルア、二人はどう? 電話できそう?」



夕方になりキルアはスマホを取り出しながら、少し警戒心を隠せない様子だった。彼はステラの足首の鎖を見つめ、少し罪悪感が浮かんだように目を伏せた。



「ああ、もうすぐかけられるよ。でも、ステラ…...一つだけ約束してくれ。俺たちのこの状況については何も話さないでくれ。二人には俺が言う通りにしてくれればいい。お前の安全のためなんだ...…わかるよな?」

「うん、わかった。絶対話さないよ。キルアの言うとおりにする! 二人とも元気にしてるかな? 声だけでも聞けて嬉しいな」



ステラはゴンとレオリオと話せる喜びに満ちた顔でキルアの隣でスマホを見つめている。キルアは緊張した面持ちでスマホを操作する。ダイヤル音が鳴り始め、ステラの期待に満ちた表情に少し胸が締め付けられる。



「ステラ、ちょっと待ってろ...…今、繋がりそうだ」



通話ボタンを押し、スピーカーに切り替える。キルアはステラの近くにスマホを置き、少し距離を取った。



「もし何か変なことを聞かれたら、目配せするからな。俺を信じろ」



ステラはキルアの言葉に頷き、ゴンとレオリオの声が聞こえてくるとその顔がぱあっと輝く。



「ゴン! レオリオ! 元気? ステラだよ!」

『ステラ!? ほんとにステラなの!?』

『お前元気そうじゃねーか! 連絡つかないから心配してたんだぞ!』



スピーカーからはゴンとレオリオの声が流れてくる。スマホから聞こえる友人たちの声に、キルアはピリッと神経を研ぎ澄ます。ステラが嬉しそうに話す様子を横目で見ながら、彼は壁に寄りかかった。



「ああ、ステラは元気だぜ。俺が...…ちゃんと面倒見てるからな」

「うん、キルアが一緒だから大丈夫だよ!」



通話の向こうで一瞬の沈黙が流れ、次にゴンの声が明るく響く。



『キルア! 君もいたんだね! 二人で何してるの?』



その質問にキルアは咄嗟にステラを見つめ、軽く首を横に振った。ステラは瞬時に気付いて口を閉じる。



「ただの旅さ。今は安全な場所にいるよ。ところでお前ら、どこにいるんだ?」




『オレはくじら島だよ! キルアとステラも一緒に来たら良かったのに!』



ゴンの声を聞きながら、ステラはキルアにだけ聞こえるように「さりげなくクラピカも元気にしてる? と聞くのは大丈夫?」と小声で聞いた。キルアは一瞬だけ目を細め、ステラに警戒の視線を向けた。それから小さく頷き、顔を通話に近づける。



「クラピカとは最近連絡取ってないけど、元気なんじゃないか?」

『クラピカなら幻影旅団の調査で忙しいって言ってたよ! でも元気だったよ!』



スピーカーから流れてくるゴンの声を聞きつつ、キルアはステラの表情を見逃さないように注視している。



「そうか...…それじゃ、またな。ステラとはしばらく二人きりで旅するからさ」

「あ……ゴン! レオリオ! またいつか会おうねー! くじら島にも、いつか招待してよ!」



ステラは名残惜しむようにそう言ってからキルアの顔を見て頷く。通話が切れると、途端に寂しそうな顔になる。



「……クラピカ、元気にしてるみたいだね。ゴン達は、本当に何も知らなそう。どうして、そんなことになっちゃったんだろう?」



キルアは通話を終え、ステラの言葉に少し表情を曇らせる。スマホをポケットにしまいながら、窓の外を見つめた。



「ゴンたちには何も話してない。お前と俺のことは...…誰にも邪魔させたくないからな」



足首の鎖が微かに音を立てる。キルアはステラに近づき、彼女の髪に触れた。



「クラピカはいつも俺から何かを奪っていく...…だから今度は、俺が大切なものを守るんだ」