金平糖を瓶に詰める




「えっ……? 邪魔って……? なんの?」



キルアが近付いてくる。キルアの手が髪に触れる。知らず、マヤは緊張していた。それでも心配そうにキルアを見つめる。



「キルア……どうしたの…? クラピカに、何か奪われたの?」

「ステラ...…クラピカに兄を奪われた。今度はお前まで奪われるわけにはいかないんだ」



キルアの目が一瞬だけ暗く影る。手が僅かに震えている。彼はステラの瞳を見つめながら、苦しそうに笑う。



「お前の目が綺麗すぎるんだよ。クラピカみたいな赤い目じゃなくても、俺には特別なんだ。だからここから出さない...…守るために」

「えっ? ど、どういうこと? 兄って……イルミ? ねえキルア。一体何を恐れてるのかわからないけど、落ち着いて。ね、キルア、夕食はどうするの?」



ステラは混乱してたがキルアを落ち着かせようと優しく声をかけた。ふと、時計を見上げるとそろそろお腹も空いてくる時間だった事もありひとまず腹ごしらえをしようと呼びかける。キルアは少し驚いたように瞬きすると、表情が和らいだ。ステラの気遣いが彼の不安を静めたようだ。



「あぁ、夕食か。もうこんな時間だったな。今日はシェフに特別なディナーを用意させてるよ。オレが直接スパイスを選んだんだ」

「シェフって……すごいね、キルア」



ステラは目を丸くさせて驚いた。キルアはステラの手と足元の鎖を確認すると、少し申し訳なさそうに頭をかく。



「食事の間だけは自由に動かせるようにするよ。手だけな。だけど...…約束してくれ。逃げようとしないって」

「外してくれるの? ……うん、わかった。逃げたりしないよ。もう、キルアは心配性ね」



ステラは困ったように笑った。キルアはステラの笑顔に少しだけ緊張が解けていく。手のひらを彼女の手首の鎖に当て、軽く念を流した。



「心配性じゃなくて……大事なものを守りたいだけだよ」



カチリ、と小さな音を立てて鎖が外れる。キルアはステラを見上げ、珍しく優しい表情を浮かべた。ステラは手が自由になると軽く手を振ってみせながら食卓に向かった。そして食卓に並んだディナーに目を輝かせた。



「わあっ、おいしそう! すごーい!」

「ステラの好みも聞いておいたから、きっと気に入ると思う」

「本当に私の好きなものばっかりだ。キルアは、何が好きなの?」



聞きながらステラの頭の中で、どうして私の好みを知ってるんだろう?と微かに思った。キルアはチョコロボをポケットから取り出し、慣れた手つきで包みを開けた。



「チョコレートかな。あとは……ステラの作ったものなら何でも」



ふと言葉を切り、ステラの表情を見つめた。彼女の疑問が読み取れたのか、キルアは少し照れたように髪をかきあげる。



「写真集とか日記、色々調べたんだよ。クラピカやイルミに先を越されないためにね。食べようよ、冷めちゃうから」

「あ、チョコロボ! 私も大好き! よく一緒に食べてたよね……ええっ!? いつの間に!? 日記ってやめてよ! ど、どこまで読んだの!?」



キルアはステラの反応にクスッと笑い、目の前のスパゲッティをフォークで巻き取る。



「全部読んだよ。特に、『キルアのことを考えると胸がドキドキする』って書いてあったページは何度も読み返した」



キルアは茶目っ気たっぷりに言いながらも、ステラの足に繋がれた鎖をチラリと見る。少し表情が曇る。



「そんなこと書いてないよ!! なぁんだ、読んでないじゃん……からかってたのね」



キルアの意地悪にむうっと眉を寄せつつもスパゲッティをフォークで綺麗に巻いて食べ進めていく。キルアはステラの怒った顔も可愛いなと思った。



「ほんの冗談じゃん、本気にすんなよ」

「私の作ったもの好きって言うから、置いてくれたら何か作ってあげようと思ってたのに。やめちゃおーかな」

「ごめんって、材料なら明日買ってくるよ。だから作ってくれない? 材料は何が欲しい?」

「うーん……何作ろうかな? ハンバーグにしようかな」



ステラはハンバーグの材料をさらさらとメモに書いて「じゃ、これで!」とキルアに渡した。キルアは受け取ったメモを見ながら頷き、にんまりと笑った。それから「私、お菓子も食べたいな」と聞くとキルアは「確かにちょうど切らしてたな」と呟く。



「ハンバーグいいね。お菓子もたくさん買ってくるよ。チョコロボも」

「わあ、ありがとうキルア! 嬉しいな。楽しみにしてるね」



キルアと二人の食事が終わると、マヤは食器をまとめ始める。それからお風呂をちらりと見て「どっちから入ろうか?」と言う。キルアはステラの仕草を見て、フォークをテーブルに置いた。



「先に入りなよ。ゆっくり浸かっていいから。俺はこれ片付けるし」



キルアは立ち上がると、ステラの足につけられた鎖をさりげなく確認しながら「温かいうちに入った方がいいぜ。タオルは新しいの出しておいたから」と言った。そのままステラは寝間着と下着を持ってお風呂場に向かう。



「じゃあ……先に入るね」



キルアはステラの後ろ姿を見送りながら、微かに笑みを浮かべた。



「あんまり長風呂すると寒くなるぞ。それに……」



彼は食器を洗いながら、何かを考えるように目を細めた。ステラの後ろ姿を見つめ、声を少し落として続ける。



「いつかは、この鎖なしでも一緒にいられるといいな」

「はあい。……えっ? 外してくれるの? 外したら危ないって言ってたけど……いいの?」



ステラは意外な言葉に驚いてバスルームのドアを開けて顔だけ振り返る。そしてそのまま入ると脱衣場で服を脱いでお風呂に入った。今日一日の会話の流れを頭の中で辿っていたがお風呂の温かさに次第にリラックスしていく。

キルアは窓際に立ち、夜空を見上げながら自分の気持ちを整理していた。ステラの言葉が頭の中でリピートする。彼はため息をついた。



「今すぐ外すとは言ってないだろ……でもいつか……ステラが俺を信じてくれたら……」



彼は自分の手のひらを見つめ、電気を微かに走らせる。ステラを束縛することと守ることの境界線が、日に日に曖昧になっていくのを感じていた。お風呂から上がると夜空を見上げるキルアの姿を見つけた。ステラの肌はやや赤みがさし、しっかり温まってきたことが窺える。パジャマを着て、濡れた髪をタオルで拭いながらキルアに声をかける。



「キルア。上がったよ……そういえばベッドって二つあるの?



髪を乾かしているステラを見て、キルアは一瞬言葉に詰まった。湯上がりで赤く染まった彼女の頬が、月明かりに照らされて綺麗だった。



「ベッド? ああ……一つしかないんだ。気にするなら俺が床で寝るし」

「えっ、一つしかないの?」



キルアは少し照れくさそうに言った。彼はステラの濡れた髪に手を伸ばし、そっと触れる。それからステラの手首に鎖を付け直す。ほんの一瞬だけ彼の指がステラの素肌に触れる。カシャン、と微かに音を立て、二人の間に流れる沈黙を破った。



「今日は特別な日だったから……無理にとは言わないけど、一緒に寝てもいいかな」

「……じゃあ、私が床で寝るよ……」



微かに頬を染めて困ったような顔をする。キルアはステラの言葉に思わず笑みを浮かべた。彼女の困った表情が可愛くて、つい見入ってしまう。



「何言ってんだよ。お前を床で寝させるわけないだろ。俺が床でいいし……」



彼はちらりとベッドを見て、少し声を落とした。キルアは一歩近づき、ステラの肩に優しく手を置いた。彼女の湿った髪から香るシャンプーの匂いに、胸の鼓動が早まる。



「……でも、広いベッドだから、二人で寝ても問題ないと思うけど」

「も、問題あるよ! いくら、友達同士だって言っても……やっぱりなんか恥ずかしいし……」



ステラはあわあわと手を振り、ますます困ってしまい眉を下げてベッドとキルアを交互に見ている。キルアはステラの慌てぶりを見て目を細め、少しだけ肩の力を抜いた。彼女の手首の鎖が微かに揺れる音が部屋に響く。「友達……か」と彼は呟くように言い、少し視線を逸らした。数秒間の沈黙の後、キルアは深呼吸して再びステラを見つめる。その瞳には少しだけ寂しさが混じっていた。



「わかったよ。俺が床で寝るから、ベッドは全部お前のものだ。安心して休みな」

「え……、う、うん……ありがとう……」



ステラはキルアの顔を見て何故か胸が締め付けられるような感覚と少しの罪悪感を感じてしまい戸惑いながらも頷いた。



「じゃあ……髪乾かして寝るね……おやすみ、キルア」



キルアから視線を逸らし、ステラは髪を乾かしてからベッドに入った。確かに少し広めのベッドだった。だから、といって一緒に寝るのは困るけど。キルアはステラがベッドに入る様子を見つめながら、床に敷いた毛布に腰を下ろした。彼女の長いピンク色の髪が枕に広がり、月明かりに照らされて柔らかく輝いている。



「似合ってるよ……そのパジャマ」



キルアは小さく笑い、片腕を頭の下に敷いた。天井を見上げながら、ステラの寝息が聞こえ始めるのを待っていた。彼女の足首の鎖が微かに光り、その光が彼の胸の内の複雑な感情を映し出しているようだった。眠れないかもしれない、そう思っていたがやがてステラは静かに寝息を立てながら眠りについた。キルアはステラの寝顔に近づき、月明かりに照らされた彼女の紫色の瞳が隠れた穏やかな表情を見つめた。柔らかなピンク色の髪に触れたい衝動を抑え、小さくため息をついた。



「いつかちゃんと笑ってくれるかな……」



キルアは足首の鎖を見つめ、胸の内で葛藤した。暗殺者として育てられた自分が、こんな感情を抱くなんて。クラピカの存在が頭をよぎり、無意識に拳を握りしめた。



「守るよ、ステラ。誰からも奪わせない」