砂糖みたいに甘やかして
「わかった……。それで、キルアが……安心するなら……。とりあえず食べよっか、キルア。料理、冷めちゃうもんね」
ステラは悲しげに笑って、キルアの頭を優しく撫でた。自分がキルアを歪ませてしまったのかもしれない。それがただただ悲しい。キルアはステラの手の温もりに体を強張らせた後、ゆっくりと力を抜いた。
「ありがとう...…ステラ」
キルアは小さく微笑むと、ステラの足元の鎖に一瞬だけ視線を落とした。監禁という現実が彼の良心を責め続けていた。
「いつか...…この鎖を外せる日が来るといいな。でも今はこの料理を楽しもう。特別に作って貰ったんだからさ」
「ちょっと早く起きすぎたかな……」
次の日に目を覚ましても何も変わらない、昨日と同じ部屋だった。夢じゃなかったな、そう思いつつベッドを出る。夢ならいいと思った。やっぱりまだ信じられない。キルアが歪んでしまうなんて。ふと、床で眠るキルアに気が付く。そっと近付き、寝顔を見つめた。長い睫毛が震え、キルアはゆっくりと目を開けた。ステラの瞳が目の前にあることに気づき、一瞬驚いたように瞬きをした。
「おはよ...…ステラ」
「……おはよう。ごめん、起こしちゃった?」
キルアは体を起こし、髪を掻き上げながら微笑んだ。彼の目はまだ眠気に濁っていたが、ステラを見る視線だけは鋭さを失わなかった。ステラも一瞬驚いたもののすぐに気を取り直して微笑んだ。
「床で寝るなんて言ったけど...…実は、お前の寝息を聞いてたかったんだ」
「今日は、ハンバーグの材料と、お菓子を買いにいくんでしょ?」
ステラはほんの少しだけ寝癖をつけたまま、きょとんと首を傾げた。キルアは伸びをしながら、ステラの寝癖を見て思わず微笑んだ。彼女の首を傾げる仕草がかわいいと感じる。
「ああ、約束したよな。買い物、行こうぜ」
キルアはベッドから飛び降り、ステラの手首と足首の鎖をチェックする。慎重に鍵を持ちながら、ふと顔を上げた。
「お前、寝癖ついてるぞ。……かわいいけどな」
「えっ? やだ、見ないでよ、行ってらっしゃい。キルア。チョコロボ、楽しみにしてるね」
ステラは鎖のついた足を引きずって、キルアを見送る。キルアの言葉に頬を赤らめて慌てて頭を手で押さえた。キルアは片手をポケットに突っ込み、クスッと笑った。
「寝癖も俺だけに見せてくれ。今日はチョコロボだけじゃなくて、特別なディナーの材料も買ってくるからな」
キルアしか見れないでしょ。そんな言葉は飲み込み、ステラは小さく手を振る。キルアは扉の前で立ち止まり、ちらりとステラを見る。
「少しだけ待っててくれよ。帰ったら、もっといいもの見せてやるから」
キルアが出たあとステラのケータイに電話がかかってくる。
クラピカだ。
ステラはどうするか迷ったあと、ベッドに入り、布団の中に潜り込んで通話ボタンを押す。クラピカと小声で通話をした事でおかしくなってるのはクラピカではなくキルアだと確信を得る。誰に監禁されてるかは言えないまま電話を切る。そのクラピカの着信記録だけを消去して、ケータイをポケットにしまう。ドアの鍵が回る音に、ステラは慌ててベッドから飛び起きた。足首の鎖がかすかに音を立てる。
「おかえり……買い物、どうだった?」
キルアは買い物袋を床に置くと、ステラの表情を鋭く観察した。何か違和感を感じたのか、彼の青い瞳が細められる。ステラはそんなキルアに気がついてないフリをして、床に置かれた買い物袋に手を伸ばす。冷蔵庫に入れておくね、そう言おうとした。
「何かあったか? 顔色が悪いぞ。それとも……誰かと話したとか?」
どきん、と心臓が鳴る。
「……そんな事してないよ。ここには誰も来ないし、通話はキルアのいる時だけでしょ? 今日はハンバーグ作るね、キルア。待ってて」
そう言ってステラはにっこり笑った。どこかぎこちない様子で買い物袋を持ってキッチンに向かっていく。キルアは言葉では満足げな表情を見せたが、鋭い目はステラの不自然な動きを見逃さなかった。無意識に手を握りしめる癖が出ている。
「そうだな。でも今日は俺が料理するよ。特別なディナーだからさ」
ステラの背後に立ち、優しく肩に手を置く。その指先から微弱な電流が流れ、彼女の体が一瞬固まった。
「大丈夫、ステラ。何も隠さなくていい。俺はずっとそばにいるから」
電流が流れ、ステラの体が崩れ落ちていく。キルアはステラの体を受け止め、軽々と持ち上げると静かにリビングのソファに彼女を横たえた。薄い意識の中でかすかに震える彼女の長い睫毛を見つめる。
「……クラピカに話しかけたのが分かったんだ。誰にも渡したくないんだよ、ステラは俺のものだから。目が覚めたら、もっと優しくするから……待っててくれよ」
震える指でステラのピンクの髪を優しく撫で、額に軽くキスをする。彼の瞳には後悔と執着が入り混じっていた。
「クラ……ピカ……」
ステラは薄れゆく意識の中、先程通話していたクラピカの名前を口にし、そのまま完全に気を失う。キルアの瞳が一瞬だけ暗く変わり、そこには暗殺者の冷たさが戻っていた。ステラの唇から漏れたクラピカの名が、彼の心を針のように刺す。
「なんでだよ……なんでいつもクラピカなんだ」
キルアは念力を抑制する毒を口に含み、マヤの唇に自分の唇を重ねさせるとそっと流し込んだ。ステラの喉がこくん、と小さく動くのを見て唇を離す。もう二度とクラピカとは会わせない───そう心に誓う。
「ステラ、目が覚めたら一緒にあのディナー食べような。ずっと二人きりで」