俺以外見るな
キルア、ステラ、ゴン、クラピカ、レオリオはとあるハンターの仕事で協力して調査をする事になり、遊園地に来ていた。遊びに来たわけではないがステラは賑やかな雰囲気に釣られそうになる。
「任務中じゃなかったらなぁ……」
ステラがキャラメルポップコーン売り場をちらりと見ながら残念そうに言うとクラピカはふっ、と柔らかな笑みを浮かべた。
「お腹が空いたなら別に買って食べるくらいは構わないと思うが」
クラピカの言葉に、ステラがパァっと顔を輝かせる。俺はその様子を横目で見て、思わず口元が緩んだ。
「バーカ、クラピカの言うこと真に受けんなよ。任務中だろ。……でも、腹減ってちゃ集中できねーもんな。一個だけだぞ」
わざとぶっきらぼうに言って、ステラの頭を軽く小突く。そして俺はさっさとポップコーン屋に向かって歩き出す。振り返らずとも、ステラが嬉しそうに後をついてくるのが気配でわかった。ったく、甘すぎだろ俺も。するとその様子を見ていたレオリオがからかうように言った。
「ったく……キルアとステラどっちが歳上なんだかわかんねーな」
「ふーんだ、レオリオは老け顔だからってひがまないでよねー!」
キルアの後をついていたステラは足を止め、振り返ってレオリオに顔を向けるとべーっと舌を出してみせた。
俺はレオリオに言い返すステラの子供っぽい仕草に、思わず吹き出しそうになるのを堪える。ったく、ホントに17歳かよ……。
「おいステラ、レオリオの挑発に乗んな」
くるりと振り返ってステラの頭を再び軽く小突く。さっきより少しだけ力を込めて。
「いったーい! さっきより強く叩いたでしょ!」
「それに、お前のその童顔は今に始まったことじゃねーだろ。俺だってお前が年上だって知った時、マジでビビったんだからな」
レオリオの方をちらりと見て、ニヤリと笑う。わざと聞こえるように「まあおっさんも同じ10代だと知って驚いたけどな」と言ってやると、案の定レオリオが「なんだとコラ!」と声を上げた。
「なによー、人の頭ぽかすか叩くキルアなんてこうしてやるー」
ステラはキルアの両頬を摘んでむにーっと引っ張った。レオリオはそれを見て「へっ、そうやってるとまるでガキ同士のじゃれあいだぜ」と更にからかう。
頬をむにっと引っ張られ、一瞬俺の動きが止まる。ステラの手は小さくて、少しひんやりしていた。レオリオのからかいが聞こえるが、それどころじゃない。
「……っ、てめ、何すんだよ!」
慌ててステラの手を振り払うが、顔が熱くなるのを感じて思わずそっぽを向く。耳まで赤くなっているのがバレたら、またレオリオに何を言われるか。
「うるせーなレオリオ! おっさんにはガキのじゃれ合いにしか見えねーんだよ!」
「そうよ! おっさんだからガキのじゃれ合いに見えるんでしょ!」
ステラと揃って言い返すと、なんだかおかしくて少し笑ってしまった。
「ほら、さっさとポップコーン買うぞ。置いてくぞ、チビ」
「チビってなによ!」
わざと悪態をついて、ステラの手首を掴んで歩き出す。これなら顔を見られずに済むだろう。するとすでにクラピカがキャラメルポップコーンを購入していた。それを笑顔でステラに差し出している。
「遅いからもう買っといたのだよ。ほら、ステラ」
「わー、ありがとう! いつの間に買ってたの?」
ステラは嬉しそうに笑ってそれを俺に掴まれてない方の手で受け取る。クラピカは「ああ、君達がじゃれあってる間にな」と言った。クラピカからポップコーンを受け取って嬉しそうにするステラを見て、内心でチッと舌打ちする。俺が買ってやろうと思ったのに、クラピカに先を越された。掴んでいたステラの手首をそっと離す。なんとなく面白くない。
「……んだよ、クラピカ。気が利きすぎだろ。ま、手間が省けたからいいけどな」
そっぽを向いてぶっきらぼうに言うと、ステラがポップコーンを一つ、俺の口元に差し出してきた。
「……ん、サンキュ」
素直に受け取って口に入れる。キャラメルの甘い香りがして、さっきまでの苛立ちが少しだけ和らいだ。だが、ステラはゴンの口元にもキャラメルポップコーンを差し出していた。ゴンは嬉しそうにそれを食べて「甘くて美味しい!」と無邪気に笑う。
「みんなで食べるともっと美味しいね!」
ステラがゴンにもポップコーンを分け与えるのを見て、さっき和らいだはずの苛立ちが再び胸にこみ上げてくる。なんでゴンにもやるんだよ。
「……へぇ、そうだな。みんなで食べると美味しいよな」
わざとらしく棒読みで同意してやる。ゴンは俺の皮肉にも気づかず、「キルアももっと食べなよ!」と無邪気に笑っている。ったく、お前はもう少し周りの空気読めよな。
「いらねーよ。お前らで全部食っちまえ」
ふい、と顔を背ける。ステラが少し心配そうな顔でこっちを見ているのが視界の端に映ったが、気づかないふりをした。大人気ないとは分かってる。でも、面白くないもんは面白くないんだ。クラピカはそんな俺を見てクスッと微笑むとステラの手にあるキャラメルポップコーンを一つ取って食べた。そして「そうだな、たまにはこういうのも良い」と微笑む。
「うん、ポップコーンってこうやってシェアできるから楽しいよね」
ステラは笑ってポップコーンを摘んで食べる。ゴンもポップコーンを摘んで一緒に食べて楽しげに笑っていた。ゴンとクラピカがステラのポップコーンを当たり前のように食べている。しかも、ステラ自身もそれを嬉しそうに許している。その光景に、俺の苛立ちは頂点に達した。
「……あー、そうだな。シェアって楽しいよな。だから、俺にもシェアしろよ。全部な」
俺はそう言うと、ステラの手からポップコーンの容器をひったくった。呆気にとられるステラとゴンとクラピカを尻目に、ポップコーンを一人で食べ始める。
「うめー。やっぱポップコーンは一人で食うに限るな」
これは俺が買ってやるはずだったんだ。他の奴らに、特にクラピカなんかに一口だってやるもんか。そんな子供じみた独占欲が、俺を動かしていた。
「ちょっとキルア! 独り占めしないでよ!」
「そうだよ! オレ達だって食べたいし! キルアだけずるい!」
一人で食べ始めるキルアにステラとゴンが一緒になって抗議する。そのポップコーンを買ったクラピカは苦笑していた。そこにレオリオが来て「ほら、ステラ。ポップコーンもいいがこっちもうまいぞ」と言ってステラにチョコチュロスを差し出している。
「えっ!? レオリオいつの間に!? ……さっきおっさんとか言ったの訂正するね、レオリオはみんなのお兄さん!」
「ったく調子いいよなステラは」
レオリオからチョコチュロスを受け取って、さっきまでの不満が嘘みたいに嬉しそうな顔をするステラ。その単純さに呆れると同時に、俺のあげたポップコーンよりレオリオのチュロスの方が嬉しいのかと、胸の奥がチリっと痛んだ。
「……へぇ、よかったじゃん。おっさんからお兄さんに格上げしてもらえて」
わざと棘のある言い方をして、手元のポップコーンをガリガリと噛み砕く。全然美味しく感じない。
「そのチュロスも、どうせみんなで仲良くシェアすんだろ?」
「え、くれるの!?」
俺の言葉に反応したゴンがそう言って目を輝かせるのを横目に、俺はステラをじっと見つめた。お前は、誰に一番それをやりたいんだよ。そんな嫉妬が、言葉の端々に滲み出てしまう。
「うん、もちろんだよ! はい、ゴン。いいよね、レオリオ?」
ステラはチュロスをちぎってゴンに差し出し、レオリオを伺い見る。レオリオは揶揄うような顔でキルアを見ながら言う。
「もちろんいいぜ。俺はガキとは違うからな」
「えー! 私ガキじゃないもん」
「ステラじゃなくてその横の奴な」
「……私が買ったポップコーンなんだがな」
レオリオの言葉も、クラピカの呆れたような声も、耳には入ってこない。ただ、ステラが当たり前のようにチュロスをゴンに分け与える光景だけが、スローモーションのように映る。ポップコーンの時と同じだ。俺の気持ちなんて、こいつは全然わかってない。カチン、と頭の中で何かが切れる音がした。手の中にあったポップコーンの容器を、近くのゴミ箱に叩きつけるように捨てる。
「……ふん、どいつもこいつもお人好しで反吐が出るぜ。俺は先に行ってる。ガキ同士、仲良くやってろよ」
わざと大きな音を立てて。わざとみんなに聞こえるように。冷たい声で吐き捨て、くるりと背を向けた。もう、ステラの顔なんて見ていられなかった。嫉妬でぐちゃぐちゃになった顔なんて、見せたくない。足早にその場を離れる俺の背中に、ステラの戸惑ったような声が聞こえた気がした。
「……どうしちゃったのかな、キルア。ポップコーンよりもチュロスが良かったのかな」
思わずクラピカは「多分違うと思うが……」と突っ込んだ。ステラはゴンと分け合ってチュロスを食べ切ると早速調査を開始する。調査内容は脱獄し、遊園地に紛れ込んだ死刑囚を探し出すこと。ステラは操作系能力を使って岩人形を作り、周囲に走らせた。
一人で調査ポイントに向かいながら、胸の奥で渦巻くイライラを持て余していた。なんであんな態度とっちまったんだよ、俺……。ステラの顔が頭に浮かんで、自己嫌悪で舌打ちが出る。
「……ったく、ガキみてーなことしちまった」
独りごちた時、足元を小さな岩人形が走り抜けていった。ステラの能力だ。あいつももう調査を始めてる。俺もさっさと切り替えねぇと。俺は「……よし」と声に出して気合を入れ直し、円を使って周囲を探る。だが、意識のどこかがずっとステラの気配を探していた。すると、ステラが作り出した岩人形の一体が俺の足にわざとぶつかってきた。
「……んだよ、これ」
見下ろすと、岩人形が俺の靴をちょんちょんとつついている。まるで「こっちに来い」とでも言うように。……あいつ、俺のこと気にしてんのか。少しだけ、ささくれていた心が温かくなるのを感じた。
ステラは死刑囚と対峙していた。一番戦闘能力の低いステラが一番先に見つけてしまうとは。それでもハンターである以上、立ち向かうべき時はある。死刑囚は念を使いながら「なんだあ? こんな女のガキが刺客かよ?」とせせら笑う。
「私だって、ハンターなんだから」
ステラは風を操作して自身に身体能力向上のバフをかけ、スピードで翻弄しながら死刑囚を近くの水場から操作した水のリングで押さえつけた。死刑囚の念の刃がステラの頬を掠め、血がたらりと流れる。
ステラの岩人形が、さっきとは違う切迫した様子で俺の足元を叩く。何かがおかしい。人形が示す方向へ、俺は迷わず駆け出した。嫌な予感が胸をざわつかせる。
「ステラ……!」
胸騒ぎを振り払うように速度を上げる。角を曲がった先、路地裏で対峙する二人を見つけた。ステラの頬から流れる赤い筋が、目に入り息を詰める。
「てめぇ……ステラに何してんだよ」
全身から殺気が溢れ出すのを止められない。目の前の男の命が、今はどうでもよかった。ただ、ステラを傷つけたという事実だけが、俺の怒りを燃え上がらせる。