俺についてくればいい




「キルア……!」



死刑囚はステラの操作した水に巻きつけられ、動きを封じ込められながらも「またガキかよ」と言った。念の刃をまた飛ばしたがステラは今度はすべて避けきる。死刑囚の言葉に、俺の中の何かがプツリと切れた。ガキ?こいつが今、ステラを傷つけておいて、ヘラヘラ笑いながらガキだと言ったのか。



「……テメェ、今なんて言った?」



声が自分でも驚くほど低く、冷たくなっているのが分かった。一歩、また一歩と、ゆっくり死刑囚との距離を詰める。足音だけが路地裏に響いた。手の中にバチバチと紫電が迸る。怒りで視界が赤く染まっていく。もう容赦する気はなかった。こいつは、俺が殺す。



「もう一度言ってみろよ。ステラにしたこと、全部後悔させてやる」

「キルア、気を付けて。まだ何か隠してるかも……!」



ステラはキルアの考えてることも知らずに風のバフをキルアにもかけ、キルアの身体能力を二倍に上げた。死刑囚は不気味に笑い、キルアの足元に念の刃が突然出現する。

ステラの風が俺の体を軽くする。だが、そんなことはどうでもいい。足元から突き出す念の刃を、俺は紙一重でかわしていた。死刑囚の不気味な笑い声が耳障りだ。



「……へぇ、やるじゃねぇか。でもな、そんなもんじゃ俺には掠りもしねぇよ」



口の端を吊り上げて笑ってやる。だが、目は笑っていない。ステラにかけられたバフのおかげか、体がいつもよりずっと軽く、速い。一瞬で死刑囚の背後に回り込み、その首筋に手刀を当てる。バチッ、と紫電が走り、男の体が痙攣した。怒りで冷え切った声で、耳元に囁く。



「ステラを傷つけた手、足……それからその減らず口。全部、動かなくしてやる」

「キルア!! 危ない!!」

「う、っ……」



死刑囚が最後の悪あがきとばかりに俺の足を念の刃で突き刺していた。ステラは水の範囲を少し広げて死刑囚の顔を覆い尽くした。すると息ができずにもがき出す。一応気絶させるのが目的だった。

足に突き刺さる鋭い痛みに、一瞬動きが止まる。だが、それよりもステラの焦った声の方が俺の意識を引いた。死刑囚が水の中でもがくのが見える。窒息させる気か。



「……チッ、余計なことすんなよ、ステラ」



こいつを殺すのは俺だ。誰にも邪魔させねぇ。突き刺さった刃をものともせず、俺は男の首筋に当てた手にさらに強い電撃を流し込んだ。



「テメェの相手は俺だろ? さっさとくたばれよ、ゴミが」



肉の焼ける嫌な音と匂いが立ち込める。男の体から力が抜けていくのが分かった。最後に最大出力の電撃を浴びせ、完全に意識を断ち切ってやる。ステラがこれ以上危険な目に遭うのは、もうごめんだ。



「……キルアっ! 大丈夫!?」



目の前の状況に一瞬呆気にとられていたが、キルアの足の怪我を思い出したステラは急いで駆け寄り、水を操作してキルアの傷口を癒やし、止血をする。ステラの温かな念能力がキルアの傷口を癒やしていく。ステラは額に汗を滲ませ、頬の傷口から血が流れ出ていくのも構わずにキルアの治療に集中する。

ステラの温かい念が足の傷に流れ込んでくる。ジンジンとした痛みが、少しずつ和らいでいく。だが、それよりも俺の目に映るのは、自分の頬から血を流しながらも、必死に俺を治療するステラの姿だった。



「……っ、バーカ。てめぇの傷が先だろ」



ぶっきらぼうに言い放ち、そっとステラの頬に指を伸ばす。流れ落ちる血を親指で拭ってやった。柔らかい肌の感触に、心臓が小さく跳ねる。



「足、大丈夫? 痛くない?」

「俺は平気だ。……それより、お前が無事でよかった」



安堵のため息が漏れた。ステラを傷つけたあの男への怒りはまだ燻っているが、今は腕の中にいるこいつの無事を確かめる方が先決だ。ステラは俺の足の傷口を確かめている。傷口がもう塞がっているのをみて安心したように微笑んだ。それから思い出したように言う。



「あ……、そういえば私も怪我してたんだった」



俺の傷が塞がったのを確認して安心したように笑うステラに、俺は思わず眉を寄せた。こいつ、自分のことになると本当に鈍い。



「……ったく、今頃気づいたのかよ。アホ。……動くなよ。俺が治してやる」



呆れた声とは裏腹に、ステラの頬に触れたままの指先は離せない。血で汚れたそこを、今度は優しくなぞる。ステラが何か言う前に、俺は自分のハンカチを取り出した。近くにあった水道で濡らし、そっと傷口に当てる。



「……痛むか?」



心配で、自然と声が低くなる。こんな傷、絶対に残させたくない。俺の知らないところで、こいつが傷つくのはもう嫌だった。



「大丈夫……。ちょっと念使いすぎたかも。えへっ。大丈夫だよ、この傷も念で治せるし。でも、冷たくて気持ちいい……」



治療する時は念力の消耗が大きいようだった。ステラは少し疲れたように笑う。俺が濡れタオルを当てると、ほっとしたように気を緩めて笑う。ステラの気の抜けたような返事に、俺は眉をひそめた。念を使いすぎた?無理しやがって……。こいつはいつもそうだ。自分のことは後回しにしちまう。



「……へらへら笑ってんじゃねぇよ。無理したくせに」



口では悪態をつきながらも、タオルを当てる手つきは自然と優しくなる。熱を持った頬が、冷たいタオルで少しずつ落ち着いていくのが分かった。そっとステラの体を支え、近くの壁にもたれさせる。反抗しないところを見ると、本当に疲れているんだろう。



「気持ちいなら、しばらくこうしてろ。念なんて使わせねぇからな。俺がそばにいてやる。だから、今は少し休め」



誰にも聞かれないように、小さな声で呟いた。……お前を守るのは、俺の役目なんだから。



「うん……ありがとうキルア」



別の死刑囚と対峙していたクラピカとレオリオとゴンは気絶した死刑囚を引きずってやって来る。それから疲れた顔のステラとズボンのところに血痕が付いたキルアを見て「大丈夫か!?」と声を荒げる。

クラピカたちの慌てた声に、俺は思わず舌打ちする。せっかくステラと二人きりだったってのに、タイミング悪いヤツらだ。



「……うるせぇな。見ての通り、大したことねぇよ。それより、そっちの雑魚は片付いたのかよ」



ステラを支えたまま、ぶっきらぼうに答える。ステラから手を離したくない、なんて思ってるのがバレたら面倒だ。顎で引きずられてきた死刑囚を指し示す。俺の足の傷より、今はステラの体調の方がずっと気がかりだった。



「こいつ、念を使いすぎてヘバってんだ。少し休ませる」



クラピカたちの心配そうな視線を遮るように、ステラの前に立つ。お前を心配するのは、俺だけでいい。



「だ、大丈夫だよ……っ。ちょっと疲れただけだし!」



ステラは慌ててキルアから少し距離を取ろうとする。仲間たちにくっついてる所を見られるのは少し恥ずかしかった。クラピカは「ああ、そいつはゴンの一撃で吹っ飛んでいった」と言い、レオリオは「おかげでどこまで飛んでったか探す方が大変だったっつーの」と肩をすくめた。



「それより俺に見せてみろ、俺は医者志望だからな」



レオリオが医療鞄をごそごそと漁るのを見て、俺は思わず舌打ちした。こいつがステラに触るのか?俺が手当てしたのに。ステラが離れようとするのを、腕を掴んで引き留める。なんで離れんだよ。俺のそばにいりゃいいだろ。



「……いらねぇよ、んなもん。俺がもう手当てした。てめぇは医者志望なだけで、医者じゃねぇだろ。ヤブ医者にステラを任せられるかよ」

「んだと!? いいから見せてみろって! 女の子の顔に傷が残ったらどうすんだこの野郎!」



レオリオを睨みつけながら吐き捨てる。ステラに触れていいのは俺だけだ。そんな独占欲が、胸の中で黒い炎のように燃え上がっていた。お前は俺が守る。誰にも渡さねぇ。ステラの腕を掴む手に、無意識に力がこもる。レオリオの野暮ったい手がステラに触れるところなんて、想像したくもなかった。



「……聞こえなかったのかよ。こいつは俺が診るって言ってんだ」



苛立ちを隠しもせず、もう一度レオリオを睨みつける。ステラが俺の腕の中で戸惑っているのが気配で分かったが、今は構っていられない。



「お前らもさっさとそいつを縛り上げちまえよ。それとも、まだ他に敵がいんのか?」



わざと話を逸らし、他の連中の意識を死刑囚の方へ向けさせる。ステラの頬の傷も、俺の足の怪我も、全部俺が面倒を見る。誰にも指一本触れさせたくない。この独占欲が、俺を突き動かしていた。



「……キルアっ! 大丈夫? キルアの足の傷そんなに酷かったの? とにかく落ち着いてよ」



ステラはキルアの頬を軽くぺちぺちして落ち着かせようとする。



「レオリオもありがとう、今はとにかく仕事を終わらせよう」

「あ、ああ……そうだな……」



ステラはこの妙な空気をなんとかしようと声をかけ、キルアに寄り添いながら歩き出す。気を取り直したように、クラピカは死刑囚を縛り出した。



「ほら、行くよキルア。部屋に戻って休もう」



ステラの言葉に、俺はハッと我に返る。頬に触れる柔らかな感触と、「落ち着いて」という優しい声。俺は今、何をしていた?レオリオに噛みついて、ステラを困らせて……。



「……ん」



短く返事をしながらも、掴んだままの腕は離せない。ステラが俺に寄り添って歩き出す。その温もりに、さっきまでの苛立ちが少しだけ和らいでいく。



「……別に、大した傷じゃねぇよ。お前が治してくれたからな」



それからぶっきらぼうに呟く。部屋に戻る?二人きりでか?その言葉に、胸の奥が少しだけ騒いだ。そうだ、こいつは俺が守る。他のヤツらなんかに任せてたまるか。


















それから死刑囚をハンター協会に突き返したあと、ゴン、キルア、ステラ、クラピカ、レオリオの5人はホテルの一室を借りて休むことにした。広めの部屋には二人がけのソファが3つとベッドが3つあった。



「皆でハンターの仕事するなんてなかなかないから、ちょっと楽しかったね?」



ステラの無邪気な言葉に、俺はソファに深く沈み込んだまま顔をしかめた。楽しかった?お前が怪我させられたってのに、何言ってんだか。



「……どこがだよ。雑魚相手に手こずりやがって」



素直になれなくて、そんな言葉が口をついて出る。本当は、お前が無事でよかった、それだけなんだが。ちらりとステラを見ると、他の奴らと楽しそうに話している。それが、どうしようもなく面白くない。



「おい、ステラ。こっち来いよ」



ソファの隣のスペースを、ポンポンと叩いてみせる。あいつらの輪から、お前を引き離したい。俺の隣が、お前の定位置になればいいのに。



「ん? どうしたのキルア? ていうか、べつに手こずってないもん。私は皆みたいに筋力だってないし……もっと鍛えようかな……」



ステラは俺の声に反応してすぐに顔を向け、俺の元に来た。ステラは腕を触りながら筋肉付けないとなあってひとりごちる。



「そんな事ないさ、ステラはステラなりのやり方で頑張ってるよ」



クラピカの言葉に、ステラが嬉しそうに微笑む。その顔を見て、俺の胸はまたチリッと痛んだ。なんで俺以外のやつにそんな顔見せんだよ。



「……ふん、慰めてもらって嬉しいかよ」



わざと意地悪く言って、ステラの腕を引く。俺の隣に座らせると、小さな体がすっぽりとソファに収まった。



「だって、手こずったってキルアが言うから……」

「お前は別に筋肉なんかつける必要ねぇよ。お前がピンチになったら、俺がいつでも助けてやるから」



クラピカたちに聞こえるように、わざと大きな声で宣言する。ステラは俺が守る。他のやつらが口出しする隙なんて与えない。お前はただ、俺のそばにいればいいんだ。



「な、何言ってんの……キルアっていつも意地悪なくせに。そんな時だけ急にカッコつけるんだから」



ステラはキルアの宣言に顔を赤らめながら照れ隠しに悪態をつく。レオリオは「そうだぜステラ! 俺達が守ってやっから、お前はそのままでいいんだよ」と言った。ゴンは元気よく電話に手を掛けて「ねえ! お腹減らない? なんか頼もうよ!」と言っている。クラピカは違うソファに座って食事のメニューを開いている。

レオリオの余計な一言に、俺は眉をひそめた。誰がお前らに頼んだよ。ステラを守るのは俺の役目だ。



「……うるせぇな。ステラが守ってほしいのは俺に決まってんだろ」



照れてるステラの肩をぐいっと引き寄せ、俺の腕の中に閉じ込める。こいつの顔を赤くさせられるのも、俺だけでいい。



「だいたい、腹減ったとか言ってんじゃねぇよゴン。こいつは疲れてんだ。まずは休ませるのが先だろ」



ゴンの能天気な声に苛立ちながら、クラピカたちがメニューを広げているのを横目で見る。こいつら、本当にステラのこと心配してんのか?ステラの頭をポンと軽く叩く。お前は俺のそばから離れんな。俺が全部やってやるから。



「ステラはここで休んでろ。俺が何か食いもん取ってきてやるから」

「えっ、えええー!? キルアどうしたの、いっつも意地悪ばかりしてくるのに! 明日雨でも降るんじゃない? ねえ、私ならもう大丈夫だってば!」



さっきから過度なほどのキルアの気遣いにステラは驚き、いつになく距離の近いキルアの顔をぐいーっと押しのける。

俺の顔を押し返そうとするステラの細い手首を、俺はそっと掴んだ。抵抗する力は弱い。本当に疲れてるくせに、強がりやがって。



「……うるせぇな。お前は黙って俺に世話されてりゃいいんだよ」

「食べ物なら電話で頼めるから大丈夫だよキルア、ほら、キルアは何食べたいの?」



ステラはそう言ってメニューを指差す。メニューを指差すその指先を無視して、ステラの体をソファに押し付けるようにして俺は立ち上がる。クラピカたちが訝しげにこっちを見てるが、知ったことか。



「何でもいい。お前が食えそうな、消化にいいやつにしとけ。俺は飲み物取ってくる」



ゴンたちの返事も待たずに、俺は部屋に備え付けの冷蔵庫へ向かう。こいつらにステラを任せるなんて、やっぱりできるわけがなかった。俺が全部やらなきゃ気が済まない。