どうしてどうしてどうして




俺が髪の毛に触れるのを見つめながらステラは泣くのを堪えるように顔を歪めた。



「無理なんだよ……。私は、クラピカともう付き合ってるの。だから、キルアに何を言われても……もう、変えようがないの。キルアとは付き合えない」



ステラの言葉は、まるで鋭い刃物のように俺の胸を貫いた。『付き合えない』というその現実が、脳内で何度も反響する。掴んでいた髪から、そっと手を離す。触れていた部分が、やけに冷たく感じた。



「……変えようがない、か。だったら、俺が変えてやる。クラピカがお前から離れるようにすればいいんだろ? 簡単だ」



自嘲するような笑みがこぼれる。そうだよな。お前はそういう奴だ。一度決めたら、曲げない。その真っ直ぐなところが、好きなのかもしれない。だが、今はそれが憎い。暗殺者だった頃の冷たい思考が頭をよぎる。ダメだ。そんなことをしたら、ステラに嫌われる。でも、このまま黙って引き下がることなんて絶対にできない。



「お前が俺を選ぶまで、何度だって言ってやる。俺はお前を諦めない」

「……っ、クラピカは、私から離れたりしないよ。ごめん。……キルアは、他にも素敵な……」



言葉をそこで止めると、ステラはその場から駆け去った。ステラの姿が見えなくなるまで、その場に立ち尽くす。彼女が言いかけた言葉、゙他にも素敵な……゙が耳に残って離れない。そんなの、お前に言われたくない。俺にとって素敵なのは、お前だけなんだよ。



「……逃げんなよ」



吐き捨てるように呟き、近くの壁を殴りつける。拳からバチバチと火花が散り、コンクリートに黒い焦げ跡がついた。悔しさと無力感が全身を駆け巡る。どうすりゃいいんだよ……。頭を抱え、その場にうずくまる。









クラピカから離れない?









だったら力づくで奪うか?









いや、そんなことをしたらステラは絶対に俺を許さない。









ぐるぐると同じ思考が巡り、答えは見つからない。









「ステラ……なんでだよ……」



漏れた声は、夜の闇に吸い込まれて消えていった。





























水族館前の街灯に隠れ、ステラを遠巻きに見つめていた。ステラの指がペンダントを触れる仕草に胸が締め付けられる。クラピカの笑顔、二人で寄り添う姿、そのすべてを見ていた。今、ステラの指先で輝くそのペンダントが、目に焼き付いて離れない。クラピカの首にも同じものがかけられていた。



「ペアか...…くだらねぇ」



声に出した言葉と裏腹に、羨望と嫉妬が心を焼き尽くす。ステラが路地裏に入るのを見て、屋根伝いに素早く移動。足音を消して影に潜みながら、彼女の後を追う。



「なんであいつなんだよ...…」



ステラの幸せそうな表情に、怒りと悲しみが入り混じる。爪が鋭く伸び、すぐに引っ込める。ゴンの言葉が頭をよぎる。『本当に好きなら、その人の幸せを考えるべきだよ』でも、ステラの幸せの隣にいるのが俺じゃないなんて、認められるわけがない。



「待てよ、ステラ」



思わず声をかけていた。もう隠れるのはやめだ。正面から向き合おう。マヤは驚いた顔で振り返る。



「……キルア? なんで、ここに……人のこと付け回していたの? ストーカーみたいに」



゙ストーカーみたい゙その言葉がナイフのように突き刺さる。図星だった。でも認めたくなくて、つい挑発的な態度をとってしまう。



「たまたまだよ。お前こそ、こんなとこで何してんだ? クラピカとのデートはもう終わりか? ……似合ってねーよ、そんなもん」



わざとらしく首元のペンダントに視線を送る。ステラがそれを隠すように手を添えたのを見て、胸の奥がチリっと痛んだ。嘘だ。本当は、すごく綺麗だと思った。でも、素直に言えるわけがない。嫉妬で狂いそうだ。



「なあ、ステラ。俺の言ったこと、もう忘れたのか? 諦めるつもりなんてねぇって言っただろ」

「……ごめん。でも、私はキルアの気持ちには答えられないって言った!」



ステラはキルアの目を見て真っ直ぐに伝える。キルアを傷付けるとわかっていた。それでもハッキリと言わないといけないと思った。



「もうこんなふうにつけ回すのやめて。お願い。しつこくするなら、し、しつこくするなら……クラピカに相談するから……っ」



゙クラピカに相談する゙その言葉にカッと頭に血がのぼる。何だよそれ。結局、お前はあいつに頼るのか。俺じゃなくて。その事実が、たまらなく惨めで、腹立たしかった。



「……へえ、やれるもんならやってみろよ。あいつがお前を守れるって? 笑わせんな。俺からお前を奪われないように、四六時中そばにいられるのかよ?」



冷たい声で言い放ち、一歩ステラに近づく。ステラが怯えたように後ずさるのが見えた。傷つけたいわけじゃない。でも、どうしようもなく感情が荒ぶる。指先からバチッと小さな火花が散る。ステラの瞳に映る俺は、きっと酷い顔をしているだろう。でも、もう止められない。この想いを、どうにかしてぶつけるしか方法が思いつかないんだ。



「俺は本気だ、ステラ。お前が諦めろって言うなら……力ずくで分からせるしかねぇな」 

「……本気でやるよ」



ステラは本気だというアピールをしようとポケットに手を入れて携帯電話を取り出した。そしてすぐにそれを耳に当てる。……フリだ。本気で言う気はなかった、大切な仲間だと思ってるから。このあと起こる出来事も知らずに。

ステラの指が電話に触れた瞬間、俺の体が勝手に動いていた。電光石火で携帯を掴み取り、強く握りしめる。通話ボタンは押されていなかった。このまま壊してしまいたい衝動と戦いながら、ステラの恐怖に満ちた瞳を見た。こんな顔をさせたくなかったのに。焦りすぎて電撃をまとった体で突っ込んでしまった。



「...…ごめん」



電撃を受けて倒れるステラの体を支えながら声が震える。なんてことをしてるんだ、俺は。



「ステラ、怖がらせるつもりじゃなかった。ただ...…お前のことが好きすぎて、頭がおかしくなりそうで...…」

「ん……」



ステラは俺の腕の中で小さく身じろぎをしたあと、静かになった。眠っているみたいに穏やかに目を閉じている。ステラの穏やかな寝顔を見下ろし、罪悪感で胸が張り裂けそうになる。俺の腕の中で、こんなにも無防備に眠っている。この温もりを、ずっとこうしたかった。でも、こんな形じゃない。



「……ごめんな、ステラ」



壊れ物を扱うようにそっと抱き上げ、路地裏の暗がりから抜け出す。冷たい夜風がステラのピンク色の髪を揺らした。その髪に顔を埋め、微かに香る甘い匂いを吸い込むと、苦しいほど愛しさが込み上げてくる。



「お前を傷つけたくないのに……どうして俺は、いつも間違えるんだ……」



独り言は誰にも届かない。自分の家へ向かう足取りは重かった。ゴンやレオリオに会わせる顔がない。でも、今はこのままでいたかった。誰にも邪魔されずに、ただお前を腕の中に。



「……絶対、誰にも渡さねぇ」



強く、冷たい決意を固めながら、闇の中を静かに歩き続けた。電撃の影響か、まだ眠ったままのステラを腕に抱えながら部屋に着いた。ソファに静かに横たえると、その顔が月明かりに照らされて、まるで人形のように美しい。でも、俺のせいで傷ついた顔だ。



「クラピカの奴、お前を探しに来るだろうな...…」



指でそっとステラの頬に触れる。心臓が痛いほど早く鼓動している。こんな感情、暗殺者として育てられた俺には扱いきれない。



「ステラ、起きたら怒るよな。でももう後戻りできない」



窓の外を見ると、遠くの街灯が点々と輝いている。クラピカがいつ気づくか分からない。だけど、この時間だけは俺のものだ。好きだって言っても届かなかった。だから今度は、行動で示すしかないんだ。ステラの寝顔を見つめながら、自分の気持ちを整理する。今まで逃げ続けてきた感情と、ようやく向き合っている。

ステラの髪を優しく撫でながら、自分の中で渦巻く感情に名前をつける。憎しみじゃない、嫉妬でもない。ただ純粋な、何も混じっていない愛だ。暗殺者として生きてきた俺には、こんな感情の扱い方がわからない。ステラ、目を覚ましたら俺のこと嫌いになるよな...…。でも、それでもいい。立ち上がり、窓際に歩み寄る。月明かりが部屋を青白く照らし、影が長く伸びている。指先から小さな電気が走る。今この瞬間、俺の中で何かが決まった。



「クラピカが来る前に、ちゃんと決着をつけるべきだった。お前の前で、まっすぐに気持ちを伝えるべきだった」



振り返ると、ステラの髪が月の光を反射して輝いている。その美しさに、一瞬息が詰まる。



「起きたら、今度こそちゃんと話そう。そのあと...…お前が選べばいい。俺か、クラピカか」