とめどない愛は狂気的に形を変えて




「う……」



ステラが目を覚ますと知らない部屋にいた。ソファからゆっくりと身を起こす。まだ頭がクラクラする。



「ここは……?」



ステラの声に振り返ると、あの大きな瞳が俺を見つめていた。胸が締め付けられるような感覚と、同時に安堵が押し寄せる。少し距離を取り、ステラを驚かせないよう意識する。窓から差し込む月明かりが、俺たちの間に落ちる影を作り出している。



「俺のアジト……みたいなもんだ。誰も知らない場所。気分は……大丈夫か? 電撃、弱めたつもりだったんだけど……」

「アジト……?」



手の平を見つめる。この手で大切な人を傷つけた。また昔の自分に戻ってしまったような後悔が押し寄せる。



「ステラ、俺はもうダメだ。お前のことを考えると、まともでいられない。クラピカがお前の隣にいるのを見るたび、胸が焼けるように熱くなる。こんな感情、知らない」

「それで、どうして私、ここにいるの……? クラピカって、誰……? 何があったの?」



ステラの言葉に、俺の心臓が凍りついた。゙クラピカって、誰……?゙ 電撃のせいか? まさか、記憶が……? 一瞬、罪悪感よりも先に、歓喜が胸をかすめる。



「……覚えてないのか?」



ゆっくりとステラに近づく。彼女の瞳には戸惑いと不安の色だけが浮かんでいた。俺を恐れているわけじゃない。ただ、状況が理解できないだけだ。これはチャンスなのか? 神様が俺にくれた、最後の……。



「大丈夫だ、何も心配いらない。お前は少し疲れて眠ってただけだよ。クラピカなんて奴はいない。最初から、お前の隣にいたのは俺だけだ。そうだろ、ステラ?」



ソファの前に膝をつき、ステラと視線を合わせる。優しく、安心させるように、今まで見せたことのないような穏やかな声で話しかける。



「え……? 私、ソファーでうたた寝してたんだっけ……そっか、ごめんなんか混乱してたみたい。それで私……キルアとこの部屋で何してたんだっけ?」



ステラは目の前に来た俺と視線を合わせ、微笑み返した。ステラの無防備な笑顔に、胸が痛む。嘘をついた自分を責めながらも、この奇妙な幸運に乗ることを決める。立ち上がり、キッチンへ向かう。カップにお茶を注ぎながら、混乱する心を落ち着かせる。



「映画を観てたんだ。お前が好きだって言ってた新作。途中で疲れて寝ちゃったみたいだな。ほら、少し飲むか? 頭がスッキリするかもしれない」

「そっか、映画見てたんだっけ。ごめんね寝ちゃって。ありがとう」



ステラに近づき、そっとカップを差し出す。指が触れ合った瞬間、小さな電気が走る。今度は念能力ではなく、純粋な感情から来るものだ。



「ステラ...…もう少しだけ、こうしていてもいいか? 二人きりで」



窓の外を見つめ、決意を固める。いつかは真実を話さなければならない。だが今は、この瞬間だけは、大切にしたい。



「いいよ、このままもう一回映画見ようよ。今度は寝ないからさ」



ステラは俺からお茶を受け取り、それを飲むとすっかり落ち着いた様子で身を寄せてくる。ステラが身を寄せてくる感触に、鼓動が早まる。彼女の温もりが、これまで経験したどんな感覚よりも心地よく感じる。記憶を失った彼女に嘘をついている罪悪感と、今この瞬間の幸せが入り混じる。



「ああ、いいよ。今度は最後まで観よう」



リモコンを手に取りながら、ステラの髪の香りが鼻をくすぐるのを感じ取る。ピンク色の髪が俺の肩に触れるたび、電気が走るような感覚がする。



「でも、あんまり無理しなくていいからな。また眠くなったら言えよ」

「うん、もう大丈夫だよ! 次は絶対最後まで見るもん」



映画が始まる中、ステラの横顔を見つめる。クラピカに奪われた時間を、今取り戻しているような錯覚に陥る。いつかは真実を話さなければならないのに、この甘い時間がずっと続けばいいと、そう願ってしまう。二人で寄り添い合いながら映画を見た。ステラはなんの疑いもなく甘えるように俺に身を寄せてくる。



「ステラ…...お前といると、なんか俺、普通の男の子になれる気がするんだ」

「ん? なあに、突然」



映画を見ながらステラはあくびを噛み殺し、眠たげに目をこすった。ステラの無邪気な仕草に、胸が締め付けられる。目をこする姿は守りたくなるほど愛おしい。ステラの知らない真実と、今この瞬間の幸せの間で揺れる気持ちを隠せない。



「いや...…ただ、思っただけ。俺、お前みたいな人と一緒にいるのって初めてかもしれない。いつも家族のことや、暗殺者としての俺しか見られなかったから。でも、お前は違った...…」

「キルアの家が暗殺者だからってそんなの関係ないよ」



少し恥ずかしそうに髪をかき上げながら、ステラの方に少しだけ体を傾ける。映画の光がステラの顔を照らし、その輝きに目を奪われる。指先が勝手にステラの方へ伸びかけて、慌てて引っ込める。



「眠いなら、別に...…俺の肩、貸してやってもいいぞ」

「大丈夫だって。ちゃんと見てるよ。じゃあ抱きしめててよ。いつ寝てもいいように。……それとももう寝る? キルアも」



ふわり、とステラが俺の肩に頭を預けてきた瞬間、全身が硬直した。彼女の体温と、甘い香りが直接伝わってきて、頭の中が真っ白になる。抱きしめて、なんて、簡単に言うなよ……。俺は「……別に、まだ眠くねぇよ」と震えそうになる声で答えるとゆっくりと腕を回し、ステラの華奢な体をそっと引き寄せる。心臓の音が聞こえてしまいそうで、息を詰めた。



「これでいいか……? お前が望むなら、いくらでもこうしててやる」

「うん、キルアあったかい。キルアの手、こんなにあったかいもん。家なんて関係ないよ」



この温もりは、俺だけのものだ。今はまだ、このままでいい。映画の音も、もう耳に入ってこない。ただ、腕の中にある確かな存在だけを感じていた。ステラ、もし記憶が戻っても……俺のそばからいなくならないでくれよ……。



















映画を見終わるともう夕食の時間を少し過ぎていた。



「ん……キルア、なんか食べようよ。といってもなんにも用意してなかったけど……あれ? いつも料理どうしてたっけ?」



ステラの言葉に一瞬、心臓が止まりそうになる。゙いつも゙という言葉が頭の中で反響する。記憶が戻り始めているのか? 不安と期待が入り混じった感情が渦巻く中、平静を装おうと努める。



「料理? ああ、俺たちはよく外で食べてたよ。たまにはお前が作ってくれることもあったけど」



嘘と真実を織り交ぜた言葉を選びながら、ステラの表情を窺う。手を伸ばして、彼女の髪に触れそうになって止める。



「今日は俺が何か作ってみようか? 実は意外と料理、できるんだぜ」

「ふふっ、そうだったね、キルアはオムレツが得意だったよね。私の大好物の」



立ち上がると、キッチンへ向かいながら肩越しにステラに微笑みかける。このままでいたい。もう少しだけ、この甘い時間を続けたい。



「ああ、ちょっと待っててくれ。お前の好きなものを作るから」

「ねえ、どうしたの、キルア。いつもみたいに髪撫でたりしないの?」



ステラの言葉に足を止める。彼女の笑顔、その声色、そして何より゙いつもみたいに゙という言葉に、胸が締め付けられるような感覚を覚える。振り返ると、ステラが首を傾げて俺を見つめている。ゆっくりとステラに近づき、少し躊躇いながらも手を伸ばす。指先がステラのピンク色の髪に触れた瞬間、懐かしさと安堵感が全身を包み込む。



「髪、撫でて欲しいのか? こうか? ...…昔からステラの髪、好きだったんだよな」

「当たり前じゃん。キルアに触られるの好きなんだから」



柔らかい髪を優しく撫でながら、つい本音が漏れてしまう。ステラは俺に髪を優しく撫でられながら安心しきったように目を細める。目が合うと、ステラは柔らかく微笑んだ。ステラのそばにいるだけで全てが正しい方向に向かっているような錯覚を覚える。*この感覚は、クラピカには絶対に渡せない。



「オムレツ、得意なの覚えててくれたんだな。すぐ作るよ、ちょっとだけ待っててくれ」 

「うん、待ってるね。キルアのオムレツ大好きなんだ」



ステラは何気なくテレビのチャンネルをいじり、画面を見ている。それから机の上を少しだけ整理してウェットティッシュで拭いた。ステラがテーブルを拭く、そんな些細な仕草にさえ見入ってしまう。まるでずっと昔から、二人でこうして過ごしてきたかのような錯覚に陥る。彼女が無意識に見せる家庭的な一面が、俺の心を強く揺さぶるんだ。



「すぐできるからな」



キッチンに立ち、卵を割りながらステラの横顔を盗み見る。テレビの光に照らされた彼女は、今、完全に俺だけのものだ。このまま時間が止まってしまえばいいのに。



「なぁ、ステラ……」



フライパンを火にかけながら、ふと声が漏れた。ステラが「ん?」とこちらを振り返る。その無防備な表情に、言おうとした言葉を飲み込んだ。



「……ケチャップ、ハートとか描いた方がいいか?」



冗談めかして笑ってみせる。でも本当は、違うことを聞きたかった。もし記憶が戻ったら、お前は俺の前からいなくなるのかって。その質問が喉まで出かかって、消えた。ステラはぷっと吹き出すように笑った。



「なに言ってるの? ハートだなんて、変なキルア。でも書きたいなら描いてもいいよ。ところでさ、私の携帯電話知らない? さっきから見当たらないんだよね」



ステラの質問に、一瞬だけ手が止まる。電気を当てて壊れたステラの携帯の行方───俺がポケットに隠しているその事実が頭をよぎる。視線を合わせないように卵を器用に返す。



「携帯? ああ...…見てないよ。多分どこかに置き忘れたんじゃないか?」



嘘をつくことには慣れているはずなのに、ステラに対してだと自然に出てこない。ケチャップでオムレツの上に小さなハートを描きながら、話題を変えようとする。オムレツをステラの前に置きながら、ふと彼女の顔を見る。記憶を失った今の彼女は、純粋に俺を信頼している。その表情を見ているだけで、胸が締め付けられる。



「ほら、できたぞ。言われたからハート描いてみた。変だったら笑ってくれ。……携帯電話、後で一緒に探そうか。今は...…今はこのオムレツを食べてくれ」