望まない結末で叶う願い




朝目を覚ますと目の前にキルアの顔があった。



「え……?」



ステラが目を覚ましたことに気づき、一瞬息を止める。こんなに近くでステラの寝顔を見ていたことを知られたくなかった。でも、もう遅い。驚いたように俺を見つめるその瞳から、目が離せない。



「……おはよう、ステラ」



掠れた声でそう言うのが精一杯だった。本当はもっと気の利いた言葉をかけたかったのに。昨夜、ステラがクラピカの名前を呼んだことが、まだ胸の奥に刺さっている。できるだけ優しい声で「よく眠れたか?」と問いかける。昨夜、俺の腕の中で眠っていたことを、彼女はどう思うだろうか。嫌がられたらどうしよう、という不安がよぎる。



「もう少し、このままでいてもいいか? ……なんて」



冗談めかして言ったけど、本心だった。このまま腕の中に閉じ込めて、どこにも行かせたくない。お前が見るのは俺だけでいいんだ、と。



「キルア……?」



ステラの声は震えていた。どうしてキルアに抱っこされているのか。



「なんで……私、キルアの腕の中にいるの……? クラピカ……は……?」



ステラはキルアの腕の中から抜け出そうと身を起こす。昨日聞かされた話では、私はクラピカと付き合っていたはずだ、と混乱が隠せない。

ステラが身じろぎした瞬間、俺の腕からその温もりが離れていくのを感じて、無意識に腕に力がこもる。離したくない。その一心で、彼女の体を強く引き寄せてしまった。



「行くな……」

「あっ……!」



俺らしくない、縋るような声が出た。ステラの震える肩を抱きしめながら、その耳元に顔を寄せる。クラピカの名前を呼ばれるたびに、胸が張り裂けそうだ。



「昨日の夜、お前が言ったんだろ。"そばにいて"って。だから俺は……ずっとここにいた」

「え……? そばにいて……って? 私が?」



嘘じゃない。でも、全部本当でもない。都合のいい部分だけを切り取って、彼女を縛り付けようとしている。最低なことをしてる自覚はある。



「クラピカのことは忘れろ。あいつじゃなくて、俺を見てくれよ。……なあ、ステラ」



少しだけ力を緩めて、彼女の顔を覗き込む。懇願するような瞳で、彼女の心を射抜くように見つめた。今この瞬間だけは、お前を俺だけのものにしたいんだ。懇願するようなキルアの瞳に、射抜かれたようにステラの動きが止まる。



「キルア……。わ、私……クラピカの所に行かないと……」



二人の顔の距離が縮まる。ステラの唇がクラピカの名を紡ぐのを遮るように、俺は顔を近づけた。吐息がかかるほどの距離で、彼女の震える瞳を真っ直ぐに見つめる。抵抗する力も弱々しく、俺の腕の中で戸惑っているのが伝わってくる。



「なんでだよ……なんであいつなんだ」



声に滲む嫉妬を隠せない。彼女の揺れるピンク色の髪を一房、指に絡める。その感触が、俺の独占欲をさらに煽る。



「俺じゃダメなのか? ずっとそばにいたのは、俺なのに。……今、俺がお前にキスしたら、お前はどうする?」



懇願と苛立ちが混じった声で囁く。ステラの視線が俺の唇に落ちたのを、見逃さなかった。その一瞬の隙をついて、さらに距離を詰める。そして、試すような言葉を投げかけるとすぐにその唇を塞いだ。答えなんて求めてない。ただ、彼女の心を揺さぶりたかった。クラピカでいっぱいのお前の頭を、俺で上書きしてやりたいんだ。



「な、にを……っんん……!」



ステラが答える前に、唇を塞がれて反射的に目を瞑る。ステラの手が震えながらキルアの肩を掴む。逃れようと顔を振る。ステラが抵抗するのを感じて、キルアは一瞬だけ唇を離す。でも、逃がすつもりはない。彼女の肩を掴む手に力を込め、もう一度、今度はもっと深く、彼女の抵抗を封じるように口づけた。



「ん……っ……」



苦しげな声が漏れる。それでも構わない。ステラの思考を全部、俺で埋め尽くしてしまいたい。彼女の震えが腕を通して伝わってきて、罪悪感よりも征服欲が勝ってしまう。



「……クラピカのことなんて、考えるな。お前が思い出すべきなのは、あいつのことじゃない。……俺とのことだけだ」



唇を離し、息を切らすステラの耳元で囁く。乱れた呼吸と、潤んだ瞳。その表情を俺だけに見せてほしくて、たまらなくなる。もう一度キスしようと顔を寄せた時、ふと彼女の瞳に映る怯えに気づいて動きを止めた。俺は、こんな顔をさせたいわけじゃなかったはずなのに。



「はあっ……はっ……」



キルアの強引な深いキスを受けて息を切らし、苦しげに呼吸を継ぎながらキルアを見つめる。頬を上気させて目を潤ませて、キルアの肩を握りしめていた。



「キ……ルア……」



ステラが潤んだ瞳で俺の名前を呼ぶ。その声が、俺の理性を揺さぶる。怯えさせたくないのに、もっと欲しくなる。矛盾した感情に、自分でもどうしていいか分からなくなる。



「……そんな顔、するなよ」



苦しげに呟き、ステラの頬をそっと撫でる。熱を持った肌の感触が、俺の指先から伝わってくる。彼女の肩を掴んでいた手を緩め、代わりにその体を優しく抱き寄せた。



「ごめん。……怖がらせた」



でも、と心の中で続ける。









後悔はしていない。









ステラの唇の感触はまだ鮮明で、俺の独占欲を掻き立てるだけだ。



「なあ、ステラ。俺にしとけよ。クラピカなんかより、俺の方がお前のこと……幸せにできる」



耳元で囁きながら、彼女の反応を待つ。今なら、お前の心を奪えるかもしれない。そんな淡い期待が、胸を締め付けた。



「……っ、」



キルアの苦しげな顔、苦しそうな声、一心に自分を求めてくる声にステラは眉を寄せる。そっとキルアの肩を抱きしめた。その肩は、震えていた。









「キルア……そんなに泣かないでよ……」









ステラの言葉に、俺はハッとして顔を上げた。泣いてる? 俺が? 自分の頬に触れると、確かに濡れていた。いつの間に泣いていたのか、自分でも気づかなかった。



「泣いてねーよ……」



掠れた声で否定しながらも、ステラの温もりが心地よくて、この腕の中から抜け出させない。彼女が俺を抱きしめてくれている。その事実だけで、心が少しだけ満たされる気がした。「……お前が、俺を選んでくれたら、泣き止むかもな」なんて冗談みたいに言ってみたけど、声は震えていた。ステラの髪に顔を埋め、その香りを深く吸い込む。このまま時間が止まってしまえばいいのに。



「なあ、ステラ。もう一度だけチャンスをくれよ。お前の記憶が戻るまででいい。俺のことだけ見ててほしいんだ。……そしたら、きっとお前のこと、離してやるから」









"離してやるから。"









「……うん……」



ぽんぽん、とキルアの背中を優しく撫でた。震えがおさまるようにと祈りながら、その肩口に顔を埋める。



「キルアが……好き……だよ……」



ステラの言葉が耳に届いた瞬間、心臓が高鳴り、体が熱くなるのを感じる。「好き」。何度も聞きたかった言葉。でも本当に俺のことを想って言ってくれたのか、それとも今だけの感情なのか。不安と期待が入り混じる。



「本当か? 嘘じゃないよな? 俺も……ずっと好きだったんだ。だからこそ、お前がクラピカと一緒にいるのが辛くて……」



ステラの目を覗き込みながら、もう一度彼女を抱きしめる。今度は少し前より力強く、でも優しさを忘れないように。その温もりが、今までの寂しさを少しずつ溶かしていく。ステラの髪に指を通しながら、そっと耳元で囁く。もう二度と手放したくない。この温もりも、この感情も、全部失いたくない。



「もう二度と離さない。だから……もう少しだけ、俺のそばにいてくれないか?」



壊れてしまいそうなキルアを放っておけず、ステラは繰り返し言い聞かせるように言う。#



「……記憶が戻るまでは、こうしてて。それまでの間だけ……今だけは……キルアを好きでいさせて。うん……いいよ。キルアがいつか私を離すまで、こうしてていいよ」



マヤ#の言葉に、キルアは一瞬だけ思考が止まる。『記憶が戻るまで』『いつか私を離すまで』───その言葉が、まるで時限爆弾のタイマーみたいに俺の頭の中で響いた。でも、今はそんな未来のことなんてどうでもいい。今はただ、腕の中にいるお前の存在が全てだった。



「……ああ、約束だ」



震える声で答えながら、ステラの体をさらに強く抱きしめる。この温もりを知ってしまったら、もう離せるわけがない。記憶が戻った時、お前が誰を選ぼうと、俺はお前を渡さない。そんな黒い決意が胸の奥で静かに燃え上がっていた。



「でも、一つだけ訂正させてくれ。俺がお前を離す日なんて、絶対に来ないから」



耳元で囁く声は、自分でも驚くほど甘く、そして冷たかった。ステラの心を完全に手に入れるまで、俺はどんな嘘だってつく。お前が俺なしじゃいられなくなるように、ゆっくりと、確実に、この腕の中に閉じ込めてやる。