俺のために笑えよ




レオリオがキルアの背中を見ながら呆れたような顔をしている。



「あからさま過ぎんだろアイツ……」

「キルア! 飲み物何も買ってなかったよ! 買いにいこう! 二人で! みんな、ちょっと行ってくるね!」



ソファに押し付けられたステラはすかさず立ち上がって追いかけ、キルアの手を掴んで外に出る。



「……さっきからどうしたの、キルア? なんか変だよ?」



ステラに手を引かれ、ホテルの廊下に出る。俺の手を掴むその小さな手が、やけに熱い。さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返った空間で、ステラのまっすぐな視線が俺に突き刺さる。



「……別に、変じゃねぇよ。お前が無理するから、心配なだけだろ」



ポケットに手を突っ込み、そっぽを向いて答える。変なのは俺の方だって分かってる。けど、あいつらの前でお前のことを独占したかった。他のやつらがお前に馴れ馴れしくするのが、単純にムカついただけだ。早口で言い訳みたいに呟くが、本当は、もっと言いたいことがある。お前が誰かに優しくされるだけで、胸がざわつくんだ。この気持ちを、どう伝えればいいのか分からなかった。



「……私はもう大丈夫だよ、今はホテルでゆっくりできてるし。心配してくれるのは嬉しいけど……クラピカ達もびっくりしちゃうし、少し落ち着こうよ。ね?」



マヤは宥めるように自分より少し背の高いキルアの頭をよしよしと撫でた。

俺の頭を撫でるステラの手。その優しい手つきに、さっきまで荒れていた心が少しずつ凪いでいくのを感じる。だけど、同時にどうしようもない苛立ちも込み上げてきた。お前は分かってねぇ。俺がどれだけお前のことを……。



「……っ、やめろよ。ガキ扱いすんな」



ステラの手を乱暴に振り払う。本当はもっと触れていてほしかったくせに、素直になれない自分がもどかしい。その手は俺だけを撫でてればいいんだよ。



「そっか。とりあえず飲み物買いにいこう。下のロビーに自販機と、近くにコンビニもあったと思うけど……どっち行く?」

「コンビニでいい。……少し、外の空気吸いてぇし」



俯きがちに呟く。お前の隣を歩けるなら、自販機だろうがコンビニだろうが、どっちでもよかった。ただ、今は二人きりでいたかった。クラピカやレオリオの声が聞こえない、静かな場所で。



「そっか、コンビニね。いいよ、いこう。ついでにお菓子も買っていこう。それよりもさ、たしかに私は頼りないかもしれないけど、少しはお姉さんに甘えてもいいんだよ。ほら!」



目の前で両手を広げるステラに、俺は一瞬、言葉を失った。なんだよ、それ。甘えろって……お前、自分が何言ってんのか分かってんのか?



「……は? 何言ってんだよ、お前。誰がお前に甘えるかよ。馬鹿じゃねーの」



動揺を隠すように、ぶっきらぼうに吐き捨てる。心臓がドクンと大きく跳ねた。お姉さんぶるなよ。俺は、お前のことそんな風に見てねぇのに。顔が熱くなるのを感じ、ステラから視線を逸らす。そうやって無防備に俺を煽るな。今すぐその腕の中に飛び込んで、めちゃくちゃにしたくなるのを必死でこらえているのに。



「バカってなによー、キルアのバカ。少しは甘えてくれてもいいのに。私が子供っぽいから? 歳上に見えないから? 確かによく言われるけどさ……」



キルアの言葉にムッと眉を寄せて言い返す。子供っぽいって言われることは少しだけ気にしていた。



「せっかくコンビニまで手を繋いでいこうと思ったのに。ふーんだ、もう繋いでやんないもんね」

「……っ、勝手にしろよ」



ステラは拗ねたように言ってコンビニまでさっさと歩き出した。子供っぽいから……ステラのその言葉が、俺の胸にグサリと突き刺さる。違う、そうじゃねぇ。お前が子供っぽいんじゃなくて、俺がお前のことを女として見てるから、簡単に甘えられねぇんだよ。拗ねて先に歩き出すステラの後ろ姿を、俺はじっと見つめる。細い肩、揺れるピンクの髪。手を繋ぐ?冗談じゃねぇ。そんなことしたら、俺の心臓がもたない。



「……待てよ、バカ」



早足でステラに追いつき、その小さな手を乱暴に掴む。振り払われるかと思ったが、ステラは驚いたように俺を見上げるだけだった。



「……お前、方向音痴だろ。俺がいないとコンビニにもたどり着けねぇくせに」



繋いだ手に力を込める。これは道案内だ。それ以外の意味なんて、絶対にねぇからな。自分にそう言い聞かせながら、俺は熱くなっていく顔を必死で隠した。



「方向音痴って……何勝手に決めつけてんの」



ステラは呆気にとられたようにキルアを見ていた。けれどやや強引に繋がれたその手を振りほどくことはしなかった。キルアの手は少し乱暴な手付きだったが温かい。ステラはふっと柔らかく微笑むとその手を握り返してキルアの隣を歩き出す。



「そうだ、皆の分もアイス買っていこうよ。私チョコアンドクッキーにしようかなあ」



コンビニに入るとステラは思わず飲み物より先にアイスコーナーを覗き込んだ。キルアの手は繋いだままだ。

俺の手を握り返してきたステラの感触に、心臓が跳ねるのを感じる。手を繋がれたままのアイスコーナー。こいつ、マジで分かってねぇな。



「……はぁ? アイス? お前、さっきまで疲れたって言ってたじゃねぇか。しかも、チョコアンドクッキーだぁ? ガキみてぇなもん選ぶんじゃねーよ」

「はあ? チョコアンドクッキーのどこがガキみたいなの? 大人だって普通に食べますー」



ステラはムキになって言い返す。俺は呆れたように言うが、内心はそれどころじゃない。隣で無邪気にアイスを選ぶステラの横顔から目が離せない。その無防備さに、俺の調子が狂わされていく。わざと悪態をついて、繋がれた手に少し力を込める。離すなよ、って意味を込めて。



「……どうせなら、俺が選んでやる。お前は黙って待ってろ」

「やだやだ、私絶対チョコアンドクッキーにするもん。大人なキルアはそのコーヒーアイスでも食べてなよ。ほら」



繋いだキルアの手に力が込められたことにも気付かずにステラは張り合うようにしてキルアにコーヒーアイスを押し付ける。

俺にコーヒーアイスを押し付けてくるステラの手を、繋いだままのもう片方の手でぐいっと引き寄せる。チョコアンドクッキーに夢中で、こいつは俺の意図に全然気づいてねぇ。



「……だから、ガキだって言ってんだよ」



わざと耳元で低く囁くと、ステラの肩がビクッと揺れた。その反応に、俺は少しだけ満足する。



「そんな甘ったるいもんより、こっちのが美味いに決まってんだろ」



ステラが持っていたチョコアンドクッキーを取り上げ、代わりにビターチョコのアイスをその手に握らせる。俺と同じやつだ。ステラは耳を守るように少し身を引きながら怒ったように俺を睨む。



「っ……ずるい! 今のはずるい! あと甘ったるいって何よ、アイスは甘いからいいんでしょ!」

「いいから、これにしとけ。……俺とお揃いだ」

「キルアってば強引すぎー! なんでそんなにお揃いにしたがるの。キルアもチョコアンドクッキーにしたらいいじゃん……。まあ、ゴンなら食べるよね。クラピカとレオリオはコーヒーでいいかな?」



ステラは文句を言いながらもコーヒーアイスを二つとチョコアンドクッキーを手に取る。お揃いを頑なに拒否するステラの態度に、俺の苛立ちは募る。なんで分かんねぇんだよ。俺は、お前と特別なものを共有したいだけなのに。



「……チッ、なんで俺がお前なんかに合わせなきゃなんねーんだよ」



舌打ちしながら、ステラが持っているアイスを眺める。ゴン、クラピカ、レオリオ……。どいつもこいつも、お前の頭の中を占領しやがって。



「……おい、やっぱそれ寄越せ」



俺はステラが持っていたチョコアンドクッキーのアイスをひったくる。そして、レジで清算を済ませるとその蓋をこじ開けた。慌ててコーヒーアイスを元の場所に戻して俺の後に付いてきていたステラは呆気にとられたようにただ見ている。



「半分やる。これで文句ねぇだろ」



スプーンを突き立てて一口食べると、そのアイスをステラの口元に無言で突き出す。間接キスだ。これなら、誰にも邪魔されねぇだろ。



「えっ……な、なにしてんの。え……いや、スプーン一つしか貰ってないじゃん」

「……だから、なんだよ」



俺が持ってるスプーンをじっと見つめるステラ。その視線だけで、顔が熱くなるのを感じる。分かってんのか、分かってねぇのか……。スプーンを突き出したまま、低い声で問い詰める。お前が食えばいいだろ。俺が使ったスプーンで。それとも、まさか俺に食わせろってことか?



「……あーん、してやろうか?」



わざと意地悪く口の端を吊り上げて笑ってやる。ステラの顔がみるみる赤くなっていくのを見て、俺は優越感に浸った。ざまぁみろ。いつもお前に振り回されてるのは、俺の方なんだからな。



「わっわかったよ……! 食べるからっ!」



ステラはキルアからアイスとスプーンを受け取るとそのスプーンアイスをすくい取り、おそるおそる食べた。



「……うん、やっぱチョコアンドクッキーが一番だよ」



……本当は味なんてよくわからなかった。



俺のスプーンで大人しくアイスを食うステラ。その姿に、さっきまでの苛立ちが嘘みたいに消えていく。ほんと、単純だよな、俺も。



「……ふーん、そりゃどうも。……おい、口の横、ついてんぞ」



素っ気なく返しながらも、その口元についたアイスのかけらから目が離せない。お前、ほんと無防備すぎんだろ。指摘してやっても、ステラはきょとんとした顔で「え、ここ?」と反対側の口元を拭う。そっちじゃねえ。ったく、世話がやける。俺は自分の親指でステラの口元をそっと拭った。



「……ん、取れた」



拭った指を、俺はそのまま自分の口に運ぶ。甘いチョコクッキーの味。ステラの味がした、なんて言ったら、こいつはどんな顔すんだろ。



「なななっ、何してるの! 馬鹿じゃないの!」



自分の口の横についてたアイスを指で拭ってそのまま舐め取るキルアを見て真っ赤になりながら抗議する。そんな二人に、周囲の視線が突き刺さっていた。ステラは慌てて購入した一つのチョコアンドクッキーだけ持って空いてる手でキルアの手を引張り、コンビニの外に出る。



「何考えてるの! あんな人目につくとこで!」



コンビニの外に引っ張り出されても、繋がれた手の熱が心地いい。ステラの真っ赤な顔を見て、俺の口元が自然と緩む。ざまぁみろ、やっと俺のこと意識しやがった。



「……うるせーな。誰も見てねぇよ。それとも何? 人目につかなきゃいいってこと?」



わざとぶっきらぼうに言い放つが、内心は高鳴る鼓動でいっぱいだった。繋いだ手に力を込めて、慌てるステラの顔を覗き込む。からかうように囁くと、ステラはさらに顔を赤くして俯いた。その反応がたまらなく愛おしい。もっと困らせて、お前の頭の中を俺でいっぱいにしてやりてぇ。



「……何言ってんの、めっちゃ見られてたよ。めっちゃ人前だし店員の目の前だし。もう馬鹿なの?」



ステラはキルアの意図には気付かないまま真っ赤な顔で怒ったように言う。



「……おい、アイス溶けるぞ。それ、まだ半分残ってんだろ」



俺はステラが持っているチョコアンドクッキーを指差す。お前が食わねぇなら、俺が全部食っちまうからな。……もちろん、俺とお前が使ったこのスプーンで、だけど。