俺の腕の中にいろよ




ステラの念能力で岩を操作し、岩のゴーレムがステラとイルミを守るように立ちはだかる。

目の前に立ちはだかる巨大な岩のゴーレム。ステラの念能力によって作られた、俺たちの間の壁だ。ちくしょう、兄貴の命令で、俺を全力で拒絶してやがる。胸の奥がズキリと痛むが、立ち止まっている暇はねぇ。



「……ステラが作った壁なら、壊すしかねぇだろ……!」



俺は神速の速度を落とさず、そのままゴーレムの懐に飛び込む。雷を纏った拳を叩きつけると、岩の塊が轟音と共に砕け散った。だが、その破片がすぐに集まり、ゴーレムは再生を始める。



「邪魔だっつってんだろ!」



何度でもだ。お前が俺を拒絶するなら、その何倍も強く、俺はお前の心を取り戻しに行く。砕け散ったゴーレムの向こうで、兄貴の腕の中にいるお前の姿が見えた。待ってろ、ステラ。今、行くから。

岩のゴーレムが破壊されると、ステラは水の念能力を使い、イルミとステラの周囲に水のバリアを張った。イルミはステラをお姫様抱っこし、愛おしそうに額にキスをする。



「ステラ、愛してるよ。ずっと俺のそばにいてくれる?」



兄貴がステラにキスをした。その光景が、まるでスローモーションのように俺の目に焼き付く。水のバリアの向こうで、俺の大切なものが、いとも容易く穢されていく。怒りで目の前が真っ赤に染まった。



「……ふざけんじゃねぇぞ、てめぇ……!!」



叫び声と同時に、俺の全身から最大出力の電撃が迸る。バチバチと激しい音を立てて広がる雷光は、ステラが作り出した水のバリアに触れた瞬間、激しく蒸発し、水蒸気爆発を起こした。



「何度邪魔しようが関係ねぇ……! ステラは俺のもんだ!」



爆風で視界が遮られる中、俺は構わず突き進む。兄貴の気配、ステラの気配、それだけを頼りに。お前のその汚ぇ手で、ステラに二度と触れさせるかよ。絶対に引き剥がしてやる。

ステラの念能力で風のバフがイルミにかけられる。イルミの念の支配が強くなる。ステラのバフの乗ったイルミの念の支配がキルアに向けられる。

兄貴にかけられた風のバフ。それはステラの能力。俺を守るために使ってくれたはずの力が、今度は俺を支配しようと牙を剥く。兄貴の冷たくて凶悪な念が、俺の精神に直接流れ込んでくる。頭が割れるように痛ぇ。



「……ぐっ……ぁ……!」



意識が遠のきそうだ。足元がふらつき、膝が地面につきそうになる。ステラの優しい力が、兄貴の手によって凶器に変わる。こんな悪夢があってたまるかよ。



「……やめろ……ステラ……っ!」



必死に抵抗する。お前の力で、俺を縛るんじゃねぇ。脳内に響く兄貴の命令を、ステラとの思い出で必死に塗りつぶす。だが、ステラのバフが乗った兄貴の念はあまりにも強力だった。



「……お前の力は……そんなことに使うもんじゃ……ねぇだろ……っ!」



途切れそうな意識の中で、俺は最後の力を振り絞って叫ぶ。届け、この声。お前の心に、少しでもいい。俺の言葉が、お前を縛る鎖を断ち切るきっかけになるなら、俺は何度でも叫んでやる。

やがて気を失ったキルアはその場に倒れ、イルミとステラはそのまま姿を消した。

……冷たいアスファルトの感触。全身が鉛のように重い。薄っすらと目を開けると、見慣れない路地裏の天井が広がっていた。何があった……?そうだ、俺は兄貴と……。



「……ステラ……っ!」



がばりと身体を起こすと、全身に激痛が走る。だが、そんなことより、ステラの姿が見当たらないことの方が、俺の心を絶望させた。あの後、俺は気を失って……。



「くそ……っ! クソッ!」



地面を何度も殴りつける。拳から血が滲んでも、胸の痛みは少しも和らがねぇ。結局、俺はステラを守れなかった。また、兄貴から逃げることしかできなかったのか。



「……違う……」



脳裏に蘇るのは、兄貴にキスをされても虚ろなままだったステラの瞳。あんなの、ステラじゃねぇ。まだ、間に合う。俺が諦めたら、本当にステラは兄貴の人形になっちまう。ごめん、ステラ。また、守れなかった。俺の力が足りねぇせいで……。路地裏の壁に背を預け、ずるずると座り込む。悔しさと無力感が、どす黒い感情となって腹の底に渦巻いていた。



「……どこに行ったんだよ……」



絞り出した声は、誰に届くでもなく虚しく響く。空を見上げても、そこに答えはねぇ。だが、このままここで腐っていても、何も変わらねぇ。立ち上がれ。まだ終わってねぇだろ。俺はゾルディック家から逃げたんじゃねぇ。自分の意志で出てきたんだ。だったら、ステラを助けるのだって、俺の意志だ。



「……絶対に、見つけ出してやる」



痛みも疲労も全て無視して、俺は再び立ち上がる。兄貴の気配は完全に消えちまってる。だが、手掛かりがゼロなわけじゃねぇ。あいつのやり方なら、俺にはわかる。必ず、尻尾を掴んでやるからな。兄貴のやり方は分かる。あいつは執念深い。俺がステラを取り戻そうとする限り、必ず俺の前に現れる。だが、ただ待っているだけじゃ、ステラの心が完全に侵食されちまう。



「……情報屋か」



呟きながら、俺は懐を探る。ゴンたちと別れてから使ってなかったハンターライセンス。これがあれば、裏社会の情報にだってアクセスできる。金なら問題ねぇ。兄貴がステラを連れてどこへ向かったのか。あいつの目的は何なのか。手掛かりは少ねぇが、諦める気は更々ねぇ。ステラを取り戻すためなら、どんな汚ねぇ手段だって使ってやる。



「待ってろよ、ステラ」



薄暗い路地裏に、俺の低い声が響いた。今はただ、前に進むしかねぇんだ。お前のいない世界なんて、俺には必要ねぇからな。ハンターライセンスを握りしめ、俺は裏社会の深層へと足を踏み入れた。兄貴の情報を掴むためなら、どんな場所だろうと関係ねぇ。淀んだ空気が肌に纏わりつくが、ステラを想えばこんな不快感もどうでも良くなる。



「イルミ=ゾルディックの情報を買いたい。それと、一緒にいる女の情報もだ」



カウンターの向こうで、情報屋の男が胡散臭い笑みを浮かべる。こいつらの目は信用できねぇ。だが、利用できるもんは何でも利用する。



「……代金はこれで足りるか?」



俺が叩きつけた数枚のメモリーチップを見て、男の目がギラリと光った。ステラを取り戻すためだ。どんな代償だろうと、俺は払う。必ずお前を、あの地獄から救い出してやる。情報屋の男はメモリーチップを手に取ると、値踏みするように俺の顔をジロジロと見た。その視線が気に食わねぇ。さっさとしろよ。



「……ゾルディック家の坊ちゃんが、こんな場所に何の用で?」



探るような口ぶりに、俺は舌打ちを一つ。こいつに俺の事情を話す義理はねぇ。必要なのは情報だけだ。



「てめぇには関係ねぇだろ。いいから、とっとと情報を寄越せ。それとも、このチップじゃ足りねぇってのか?」



苛立ちを隠さずに睨みつけると、男は肩をすくめて端末を操作し始めた。兄貴の居場所さえ分かれば、それでいい。どんな手段を使ってでも、今度こそお前を取り戻してみせる。待ってろ、ステラ。

男は端末を操作する手を止め、再び粘つくような視線を俺に向けた。その瞳の奥には、金への欲望とは別の、もっと厄介な好奇心が浮かんでいる。



「……あんたが探してる女ってのは、あんたのお兄さんが『花嫁』だって紹介してた子かい?」



花嫁、だと……?その言葉が、俺の頭の中で反響する。兄貴が、ステラを……?全身の血が沸騰するような感覚。怒りで目の前が赤く染まる。



「……何だと?」



絞り出した声は、自分でも驚くほど低く、冷たかった。こいつ、今、何つった?俺のマヤを、兄貴の「花嫁」だと?ふざけるのも大概にしやがれ。



「その情報を買ったのは、あんたが初めてじゃないんでね。……なかなか、お高い情報だったよ」



男は下卑た笑みを浮かべ、さらにチップを要求する素振りを見せる。だが、今の俺にはそんな駆け引きはどうでもよかった。ただ、その言葉の真偽を確かめることしか考えられねぇ。情報屋の言葉が、脳に突き刺さる。花嫁?兄貴の?冗談じゃねぇ。ステラは俺のだ。誰にも渡さねぇ。怒りを通り越して、頭の中が急速に冷えていくのを感じた。



「……その『高い情報』ってやつ、俺が全部買う」



俺は懐からありったけのメモリーチップをカウンターに叩きつける。こいつが知ってること、全部吐かせる。兄貴の居場所、目的、そしてステラに何をしたのか。全てだ。



「これで足りなきゃ、後でいくらでも払ってやる。だから、今すぐ教えろ。イルミ=ゾルディックと、その女がどこにいるのかをな」



男は積み上げられたチップを見て、満足そうに口角を上げた。その顔が気に食わねぇが、今は我慢だ。



「いいだろう。……あんたの兄貴が向かったのは、パドキア共和国。あんたらの実家がある国だ」



パドキア共和国だと……?なんで実家なんかに。兄貴の目的が全く読めねぇ。だが、行き先が分かった以上、ここに留まっている理由はない。



「……そうかよ」



俺はカウンターに置いたチップには目もくれず、背を向ける。情報屋が何か言いたげに口を開いたが、もう用はねぇ。一刻も早く、パドキアへ向かう。ステラ、待ってろ。お前がどこにいようと、どんな状態だろうと、俺が必ず見つけ出してやる。兄貴の思い通りになんて、絶対にさせてたまるか。お前の居場所は、あいつの隣じゃねぇ。俺の隣だろ。



「……絶対に、取り戻す」



誰に言うでもなく呟いた言葉は、俺自身への誓いだった。薄汚れた情報屋の店を後にし、俺は夜の闇へと駆け出した。目的地はただ一つ。ステラがいる場所へ。

パドキア共和国までの道のりは、焦燥感で気が狂いそうだった。飛行船の窓から流れる雲を眺めながら、俺は何度も拳を握りしめる。兄貴はステラを家に連れ帰り、一体何をしようとしてるんだ。考えれば考えるほど、腹の底から黒いオーラが湧き上がってくる。



「……クソッ」



苛立ちを紛らわすように、俺は席を立った。じっとしてなんかいられねぇ。船内を歩き回りながら、頭の中で何度もシミュレーションを繰り返す。どうやって家に潜入し、どうやってステラを奪い返すか。相手はあの兄貴だ。一筋縄じゃいかねぇことは分かってる。だが、どんな手を使っても、必ずお前を取り戻す。お前のいない世界に、俺の居場所はねぇんだからな。待ってろ、ステラ。俺が必ず、その悪夢を終わらせてやる。

飛行船の硬い座席に身を沈め、俺は閉じた瞼の裏にマヤの虚ろな瞳を思い描いていた。兄貴の念に縛られ、感情さえも奪われたお前を。ゾルディック家に連れて行かれたステラが、どんな扱いを受けているか。想像するだけで、腹の底が煮え繰り返る。



「……待ってろ」



静かな船内に、俺の声が小さく響く。これはお前への約束であり、俺自身への誓いだ。もう二度と、お前を一人にはしねぇ。窓の外に、見慣れた故郷の景色が広がり始める。だが、そこには何の感慨も湧かなかった。あそこは俺の家じゃねぇ。ただのステラを閉じ込める鳥籠だ。だったら、俺がやることは一つ。その鳥籠を、内側からぶっ壊してやる。お前を連れて、今度こそ二人で逃げるんだ。

飛行船が高度を下げ始め、着陸態勢に入る。窓の外には、見慣れた、そして忌まわしい故郷の山々が広がっていた。ククルーマウンテン。俺が逃げ出した場所であり、今ステラが囚われている場所。



「……帰ってきたぜ、クソみてぇな我が家によ」



皮肉を込めて呟く。だが感傷に浸っている暇はねぇ。飛行船を降りた瞬間から、戦いは始まってるんだ。脳内で描いた潜入経路を、もう一度なぞる。正門からじゃ入れねぇ。試しの門を開ける時間も惜しい。なら、別のルートから行くしかねぇ。昔、執事たちにバレずに抜け出した秘密の通路。あそこならまだ使えるはずだ。



お前をこの手で取り戻す。そのためなら、俺は悪魔にだってなってやる。