わたしたくなくて




「ふふっ、今日はどんなゲームなの?」



部屋に入ると、もうすでにセッティングされていた。ステラはわくわくしながらゲーム画面を見つめた。キルアはステラの後ろからゲーム機を指さした。少しばかり誇らしげな表情を浮かべている。



「新しいのを入手したんだ。家族の目を盗んで秘密裏に買ったんだぜ。まぁ、とっくにバレてるだろうけどな」



ステラの横に座ると、キルアはコントローラーを二つ手に取った。彼の手は小さいが、ゲーム機を扱う指の動きは器用だ。



「これは協力プレイだから、二人でクリアしないといけないんだ。一人じゃ絶対無理な仕組みになってる」

「え、そうなんだ。二人用……。私がいるから買ったんだったりして。なんてね。でも、すっごく楽しそう!」



新しく入手した一人じゃできないゲームと聞いてふと思ったことを冗談っぽく問いかけてみた。するとキルアは一瞬動きを止め、ステラの言葉に戸惑いを隠せない様子だった。コントローラーを握る手に少し力が入る。



「ち、違うよ! たまたま見つけただけだし……」



言いかけて口をつぐみ、視線を落とす。嘘をつくのが得意なはずなのに、ステラの前では上手く言葉が出てこない。キルアは画面に集中しながらも、チラリとステラの表情を窺っていた。彼女が家族の話で見せた暗い表情が気になって仕方がない。



「なぁ……ステラ。俺もさ、普通の家族じゃないんだ。でも、お前がここにいるなら……少しはマシかもしれない」

「キルア……。ありがとう。へへ、キルアとこんなに仲良くなれるなんて嬉しいな。私、この家に来てキルアと友達になれて本当に良かった」



嬉しそうに笑ったあと、少し声のトーンを落として言った。



「……私の家族は、ただお金のために私を売った。ただそれだけだよ」

「...…でも、一緒にやれて嬉しいよ。友達、か...…」



その言葉を口にして、キルアは少し照れたように頬を掻いた。だが、ステラの最後の言葉を聞いて表情が曇る。暗殺者の家に生まれた彼にも、家族に対する複雑な感情がある。しかし、ステラの状況は彼とは違う種類の残酷さがあった。



「そっか...…お前を売った家族なんて、クソだよ。でも...…俺がいるから。俺が...…守るよ。誰にも渡さない」



ゲームの画面を見つめたまま、キルアは静かに言った。その言葉は、11歳の少年にしては重い決意に満ちていた。



「え……っ、あ……うん、ありがとう……。でも、誰にも渡さない……って?」



守るよ、と言われると心臓が小さく跳ねた。キルアの言葉の意味を掴めず、少し頬を赤らめて問いかける。キルアは自分の言葉に気づき、顔が一瞬赤くなった。誰にも渡さないという言葉が口から出てしまったことに戸惑いを隠せない。



「あっ……いや、その……なんでもない! 忘れろよ!」



慌てて話題をゲームに戻し、ステラが握るコントローラーの持ち方を直してあげる。その手つきは繊細で、自分でも気づかないうちに優しさが滲んでいた。ステラはわくわくしながらコントローラーを握りしめる。



「それでこのゲームはどうやってやるの? 協力ゲームなんでしょ?」

「簡単だよ。お前は青いキャラクター、オレは赤。お互いの特殊能力を使って謎を解いていくんだ。一人じゃクリアできない仕掛けがいっぱいあるんだぜ」

「ん……? へえ、謎解きなんだ! 二人で進めるなんて楽しそう!」



ゲームが始まると、キルアの目が輝きはじめる。ステラが操作に戸惑うたび、彼は驚くほど辛抱強く教えていく。そこには暗殺者の冷たさはなく、ただ純粋な少年の姿があった。ステラはキルアの説明を真剣な顔で聞き、しっかりプレイしていく。



「そうそう、その調子! ……なぁステラ、お前と一緒にいると、なんか変な感じがするよ。でも、悪くないかも」

「やった! できた! よーし次行くよ! ……変な感じって? でも私もキルアといると楽しくて幸せだよ」



ステラはゲームに熱中しすぎてキルアとの距離がいつの間にか近くなり、肩と肩が触れ合うのも気付かずにゲーム画面を見ている。キルアはステラと肩が触れ合っているのに気づき、一瞬身体が強張ったが、不思議とすぐにリラックスした。普段なら接触を嫌う彼だが、ステラとの温もりは心地よかった。



「お、おう……次のステージはもっと難しいぞ。でも俺たちなら余裕だろ」



ゲームが進むにつれ、二人の連携はどんどん良くなっていく。キルアは時々マヤの様子を横目で観察しては、彼女の笑顔に小さく微笑んだ。キルアは、幸せ、か……とその言葉を反芻するように呟き、少し遠い目をする。家族からは道具として扱われてきた彼にとって、「幸せ」という感覚は馴染みがなかった。



「そういえば、お前も家族のことで辛いんだよな。イルミの婚約者になんてならなくていいんだ。俺が……」



彼は言葉を探すように一瞬躊躇し、真剣な表情でステラを見つめる。



「俺が絶対にお前を守るから。それが、俺の"幸せ"かもしれない」

「え……私を守るのがキルアの幸せ……? そ、そっか……ありがとう。でもねキルア、私、1年後にはイルミと結婚することになってるんだ。来年で17歳になるから……」



思わず頬を赤らめたが、そう言ってステラは少し視線を外した。



「ん……っ、ごめん失敗しちゃった……、もう一回!」



次のステージは少し難しく、ミスをしてしまったが次こそはとコントローラーを握りしめる。ステラの言葉に、キルアの瞳が一瞬だけ暗く影る。1年後。イルミとの結婚。それはまるで死刑宣告のように彼の胸に突き刺さった。



「1年か...…長いようで短いな。でも1年あれば、色々できるだろ。例えば...…」



ゲーム画面を見つめたまま、キルアは意識的に感情を押し殺した声で言う。暗殺者として鍛えられた心が、今は役に立っている。ふと言葉を切り、彼はマステラの方へ顔を向けた。その目には決意が宿っている。



「イルミのヤツ、お前の念能力が目当てなんだろ? なら、俺もちゃんと念を習得して、お前を守れるくらい強くなってやる。暗殺者としてじゃなく、ハンターになるかもな」



そっとステラのコントローラーを握る手に自分の手を重ねる。



「だから、あきらめるのは早いぞ。俺たちの冒険は、まだ始まったばかりだ」



キルアの手がステラの手にそっと重なった時、不意にステラがキルアの肩に頭を乗せ身を寄せてきた。まだ昨日の疲れがあったのか、ステラはキルアに寄りかかって眠ってしまっていた。コントローラーを握る手から力が抜ける。ステラが肩に寄りかかってきた瞬間、キルアの身体が硬直した。甘い匂いが鼻をくすぐり、心臓が大きく跳ねる。



「な……っ、おい、ステラ? ……ったく、疲れてんなら言えよな……」



声をかけても返事はない。聞こえてくるのは、すうすうという穏やかな寝息だけ。彼女の無防備な寝顔を見て、キルアはため息をついた。悪態をつきながらも、その声色はどこまでも優しい。寄りかかる彼女の重みと温もりが、キルアの心をゆっくりと溶かしていく。そっとステラの髪に触れる。ピンク色の柔らかな髪が、彼の指に絡みついた。このまま時間が止まればいいのに、と柄にもないことを考えてしまう。



「……絶対、兄貴なんかに渡さねぇ」



静かな部屋に、幼い少年の決意に満ちた声が響いた。ステラは眠りながら髪に触れるキルアの手に無意識に頬を寄せる。滑らかでほんのり朱の差した頬。昨日とは違う穏やかな顔で眠っていた。キルアの指に頬を寄せるステラを見て、彼の動きが止まる。心臓の鼓動が耳元で大きく響き、自分の感情が制御できなくなる恐怖を一瞬感じた。こんな……守る必要がある奴が、こんな近くにいるなんて……。想いとは裏腹に、キルアの表情は柔らかくなっていく。いつも自分の周りにあった冷たい殺気と緊張感が、ステラの穏やかな寝息に溶かされていくようだ。



「暗殺者として鍛えられてきた俺が、誰かを守りたいなんて……兄さんが知ったら笑うだろうな」



そっと彼女の髪を耳にかける。普段は家族以外との接触を警戒する彼だが、今はただステラの安らかな寝顔を見つめていたい。



「でも、この気持ちは間違ってない。きっと」



囁くように言った言葉は、誰に向けてのものなのか、彼自身にもわからなかった。