さらって
「キルア……助け出してくれてありがとう」
無事キルアの部屋まで来るとステラはキルアの顔を見て言った。キルアの腕の中で、心の底から安心したように微笑んだ。ステラの心からの笑顔と感謝の言葉に、キルアは一瞬息を呑んだ。胸の奥がじんと熱くなり、照れ臭さから視線をそらす。
「……別に。お前が勝手に捕まってただけだろ」
「勝手に捕まってただけって……ふふ、変な言い方するのね」
そっけない態度をとりながらも、抱きかかえた腕の力は緩めなかった。ステラをそっと自分のベッドに下ろすと、部屋の扉に素早く鍵をかける。ステラはベッドに降ろされると鎖跡のついた手首と足首を撫で、揉みほぐした。
「俺が絶対、お前をここから出してやる。だから……それまで俺のそばにいろ」
振り返ったキルアの瞳には、暗殺一家の者とは思えないほどの強い決意の光が宿っていた。それは、ステラだけに向けられた誓いだった。
「えっ……で、でも、キルアは……どうするの? 私を連れ出したら、イルミに怒られるんじゃない……?」
ステラはキルアの『俺のそばにいろ』に驚き、思わず頬を赤らめてしまう。ステラの心配そうな声と赤い頬を見て、キルアは一瞬言葉に詰まる。イルミの存在は、この家では絶対的な恐怖の象徴だ。その恐怖をステラに感じさせていることが、キルアを苛立たせた。キルアはベッドのそばに膝をつき、ステラと視線を合わせた。その青色の瞳は、揺るぎない光を湛えている。
「……あいつのことなんか、どうでもいい。兄貴が俺に何しようが、関係ねぇよ。お前がイル兄
のせいで傷つけられる方が、俺はずっと嫌だ」
彼はステラの鎖の跡が残る手首にそっと触れた。その冷たさに胸が痛む。
「大丈夫。俺がどうにかする。イル兄にも、他の誰にも……お前を好きにさせたりしねぇから。だから、今は何も考えんな。俺だけを信じろ」
これはただの慰めではない。ゾルディック家で生き抜いてきた彼なりの、本気の覚悟だった。ステラも真剣な顔でキルアを見つめた。
「キルアも一緒に出るの? ……前に言ってたよね、ここを出たいって。二人で一緒に……出よう。キルアと一緒なら、私、どこへでも行ける気がする」
ステラはキルアの首元にそっと腕を回して抱きしめた。
「ここを出るならキルアも一緒じゃないといやだよ……」
ステラが首に腕を回してきた瞬間、キルアの身体が硬直する。ふわりと香る彼女の匂いと、耳元で聞こえる真剣な声に、心臓が大きく音を立てた。
「……っ、当たり前だろ! お前だけ行かせて、俺がこんなとこに残るわけねーじゃんか。二人で出るんだ。絶対に。……でも、ただ逃げるだけじゃダメだ。あいつらから完全に逃げ切るには、金も、力も、情報もいる」
照れ臭さを隠すように、少しだけ身を離してステラの顔を見る。その瞳は不安と期待に揺れていた。その両方を、自分が受け止めなければならない。キルアはステラの肩に手を置き、力強く言った。暗殺者として培ってきた知識と技術を、今こそ彼女のために使う時だ。
「まずは計画を立てる。抜け出すルート、時期、必要なもの……全部だ。少し時間はかかるかもしれねぇ。けど、必ずやり遂げる。だから……もう少しだけ、俺を信じて待ってろ」
その青い瞳には、未来への確かな光が宿っていた。それは、もはや逃亡ではなく、二人で自由を掴み取るための戦いの始まりだった。
「うん、わかった。私にできることなら何でもするよ。私の念……あまり戦闘には使えなそうだけど……ある程度の体術は特訓させられてきたから。……その、イルミに嫁がせるために……」
ステラもキルアと共に戦う覚悟を決めたように力強く頷いた。
「絶対、二人で出ようね。情報……私の念能力で、イルミの居場所がわかるよ」
「……マジかよ。それ、本当か? そういえば前に言ってたな……その力、イル兄以外にも知られてんのか?」
ステラの言葉にキルアは目を見開いた。イルミの居場所が分かる。それは、この脱出計画において最大の切り札になり得る情報だった。思わず身を乗り出す。彼女の念能力がそれほど強力なものだとは知らなかった。同時に、だからこそイルミが彼女に執着する理由を理解し、胸の内に黒い感情が渦巻く。
「……名前と顔写真があれば相手の居場所がわかる。そういう念能力なの。イルミと、キキョウお母様とシルバお父様は知ってる」
「だとしたら、なおさら急がねぇと。お前のその力は、ここから出るための武器になる。けど、あいつらにとっては最高の足枷だ」
声のトーンが一段低くなる。他の家族も知っているなら、計画はさらに困難になる。ステラの能力は、諸刃の剣だ。キルアはステラの肩を掴む手に力を込めた。彼女を守り抜くという決意が、その瞳に鋭い光を灯す。
「いいか、その能力のことは絶対に誰にも言うな。俺だけの秘密だ。……約束しろ」
「う、うん…他の誰かに話すつもりはないよ。約束する」
ステラは真剣な顔で頷いたが、ふと気になり、キルアから目を逸らした。
「でも……キルアはどうして、そんなに私のこと助けてくれるの? キルアも危険なのに……」
その質問は突然で、キルアは言葉に詰まった。なぜステラを助けるのか。自分でも明確な答えを持っていなかった。
「別に……理由なんかないよ。ただ、嫌なものは嫌だって言いたいだけだ。お前を見てると……なんか……なんか、俺自身を見てるみたいなんだよ。誰かの道具にされて……自分の人生を生きられないのは……嫌じゃないのかよ」
言葉を選びながら、キルアは自分の感情と向き合おうとしていた。キルアは少し恥ずかしそうに頬を掻いた。
「それに……お前、俺の兄貴の婚約者なんだろ? イルミが望むものを邪魔するのは、それだけで楽しいぜ。あいつは俺の自由も奪おうとしてきた。だから……お前の自由も守りたいんだ。ただ、それだけさ」
冗談めかして言いながらも、目は真剣だった。
「そっか……ありがとう、キルア。キルアは、私にとって初めての友達なんだ。ねえ、ここを出てもさ、また一緒にゲーム……だけじゃなくて外でも遊ぼうね」
ステラはふわりと笑った。窓の外を見ると夕暮れ時になっている。
「今日はイルミがいない……けど、私……どこで寝ようかな……」
キルアは少し驚いた表情を見せ、すぐに顔を背けた。「友達」という言葉が彼の心に波紋を広げる。
「友達……か。まあ、いいけどさ。とにかく今夜が勝負だ。イルミがいないうちに準備をしないと。俺の部屋なら安全だから、今夜はそこで休め」
照れ隠しに髪をかき上げながらも、目は真剣だ。キルアは立ち上がり、窓の外を慎重に確認した。
「でも念のため、別々に移動しよう。廊下の監視カメラの死角は俺が知ってる。15分後に西の階段の陰で待ち合わせだ。大丈夫、必ず成功させる。明日の今頃には、もう自由だ」
彼は小声で指示を出し、ステラの顔をじっと見つめた。それからキルアはドアノブに手をかけたが、急に振り返った。
「あ、それと……友達、か。悪くない響きだな」
「えっ、キルアが前に友達って言ってくれたでしょ? 違った……?」
ステラはキルアの反応に少し落ち込む。キルアはステラの少し落ち込んだような表情に気づき、慌てて付け加えるように言った。
「ち、ちげーよ! 俺が言った! 忘れてねーよ! ……ただ、お前から言われると、なんか……調子狂うっつーか……」
「……良かった。勘違いしちゃったのかと思った。今夜もう決行するの? イルミは1週間は戻らないし、もう少し準備するのかなって思ってた。キルアが大丈夫なら、それに合わせるけど」
キルアが決めたことなら合わせる覚悟で鎖に繋がれていた手をグーパーして調子を見る。キルアは言葉を濁しながら、自分の提案について説明を続ける。その瞳には焦りと、確固たる意志が宿っていた。
「兄貴が1週間いないってのは好都合だ。でも、だからこそ油断できねぇ。ミルキが何か嗅ぎつけて親父たちに報告したら、一瞬で終わりだ。動くなら、誰も予想してない今しかねぇんだよ」
彼はステラのまだ赤みが残る手首に視線を落とした。その手で、自由を掴ませてやりたい。
「準備は最低限でいい。必要なものは外で手に入れる。俺の隠し金もあるしな。一番大事なのは、ここから完全に出ることだ。……行こうぜ。俺たちの本当の人生を、始めに」
キルアは決意を固めた目でステラを見つめ、静かに、だが力強く告げた。ステラはキルアの手を取り、ベッドから降りて立ち上がった。
「うん。行こう、キルア。西の階段で必ず会おうね」
軽く握ってから、二人は手を離し別々に移動する。まずは15分後に西の階段で待ち合わせるために。