それは糸じゃなくて鎖




目を見開いた。お前が振り下ろした針の先が、俺の首筋ではなく、ステラ自身の白い頸動脈へと向かっていたからだ。やめろ、と叫ぶ声は出ない。間に合わねぇ……!そう思った瞬間、俺の身体を縛り付けていたイルミの念が、内側から弾け飛んだ。



「……っ、させるかよ!」



怒りと共に解放されたオーラが、部屋の空気を震わせる。無理やり身体を動かし、お前の腕を掴んだ。針は、お前の肌を傷つける寸前で止まる。俺の手の中でお前の身体が崩れ落ちるのを、力強く抱きしめた。



「……馬鹿野郎。何してんだよ……約束通り、もう離さねぇから」



耳元で囁く。お前の震えが、俺の腕に伝わってくる。よく頑張ったな。もう大丈夫だ。イルミの呪いも、お前を苛む罪悪感も、全部俺が消してやる。ステラの身体から力が抜けていくのを、腕に感じた。ステラの手から落ちた針が、カラン、と冷たい音を立てる。静かになった部屋で、お前の小さな寝息だけが聞こえていた。



「……ったく、無茶しやがって」



気を失ったお前の顔を覗き込む。その頬に残る涙の跡を、そっと指で拭った。俺が来たせいで、お前をここまで追い詰めちまった。だけど、後悔はしてねぇ。



「……カナリア。悪いけど、ここから先は二人きりにしてくれ。……こいつが目覚めたとき、最初に俺の顔を見せてやりてぇんだ」



背後に立つ気配に、顔を向けずに声をかける。緊張と安堵が入り混じったような空気が、肌を刺した。俺の腕の中ですやすやと眠るお前を、もう誰にも渡さねぇ。



「承知いたしました、キルア様。後のことはすべてお任せください。この部屋からは直ちに出て別の安全な宿をお取りください。……もう日も遅いですから」



カナリアは恭しく一礼し、キルアを見送る。その顔は笑顔だった。



「ああ、分かってるよ」



カナリアの気遣いに心の中で応えながら、気を失ったお前をそっと抱え上げる。思ったよりずっと軽くて、胸が痛んだ。ちゃんと食ってたのかよ。



「……行くぞ」



静かに部屋を出て、カナリアに背を向ける。お前が目覚めたら、きっと驚くんだろうな。まずは、温かいスープでも飲ませてやりてぇ。腕の中で眠るお前の顔は、少しだけあどけない。イルミの影が消えた穏やかな寝顔を見て、ようやく俺の心にも静けさが戻ってくる。ああ、そうだ。俺は、この顔が見たかったんだ。



「……今日のところはゆっくり休めよ。お前が安心して眠れる場所は、もう俺の隣にしかねぇんだからな」

「……キルア……」



お前の唇から、俺の名前が零れた。夢の中でも、俺を呼んでんのか?その声が、俺の心に深く沁み込んでいく。さっきまでの殺伐とした空気が嘘みてぇに、穏やかな気持ちになる。



「……ああ、ここにいるぜ」



返事をしたところで、お前には聞こえねぇって分かってる。それでも、言わずにはいられなかった。腕の中のお前を抱きしめる力を、少しだけ強める。もう、二度とこの手は離さねぇ。



「お前が呼べば、俺はどこにだって飛んでく」



夜の街を、お前を抱えたまま静かに歩く。誰にも邪魔されねぇ場所へ。お前が心から安心できる場所へ。俺たちの新しい夜が、もうすぐ始まる。



















「っ!?」



目を覚ますと目の前にキルアの顔があった。ステラは驚いて身を引こうとして、できなかった。キルアにしっかり抱きしめられていたから。

お前の身体がビクッと震えるのが、腕を通して伝わってくる。驚いた拍子に見開かれた瞳が、至近距離で俺を映した。その反応が、なんだか面白くて、口の端が少しだけ上がる。



「……よぉ、お寝坊さん。やっと起きたか」



わざと軽い口調で声をかける。お前が気にしてるかもしれねぇさっきまでのことなんて、もう終わったんだって伝えてやりてぇ。抱きしめる腕の力は、緩めない。



「変な夢でも見てたか? 俺の名前、呼んでたぜ……まあ、安心しろよ。お前がどんな顔して寝てたかなんて、俺だけの秘密にしといてやる」



お前の顔が、熱を持ったように赤く染まっていく。その表情が見たくて、少しだけ意地悪を言ってみた。混乱してるお前も、悪くねぇな。



「嘘だよそんなの! よ、呼んでないもん……意地悪……」



ステラは頬を赤く染めながら言い返す。寝顔をバッチリ見てた宣言されてしまい、ステラは少しむくれた顔をする。

お前のむくれた顔が、やけに可愛くて思わず笑っちまう。さっきまで死ぬか生きるかの瀬戸際にいたなんて、嘘みてぇだ。やっと、いつものお前に戻ったな。



「嘘じゃねーよ。すげー甘えた声でさ、『キルア……』って。録音しときゃよかったぜ」



からかうように言うと、お前の顔がますます赤くなる。俺の腕の中で身じろぎするけど、逃がさねぇ。このまま、もっとお前のいろんな顔が見てぇ。



「それに、意地悪じゃねぇだろ? 好きな女の寝顔くらい、独り占めさせろよ」



そっとお前の耳元に口を寄せて囁く。ビクッと震えるお前の反応が、俺の独占欲を煽るんだ。なあ、ステラ。お前はまだ、俺のほんの一部しか知らねぇ。



「……これから先、お前だけに見せる俺の顔も、少しだけ期待しててくれよな」