別に、寂しいとかじゃないけど、なんか
次の日は2チームに分かれて調査をする事になり、ゴンとキルアとステラは昨日キルアが言っていた『北地区の廃工場』に向かうことにした。
「なんかキルア嬉しそうだね!」
「あれ、そうなの? なんかいいことあった?」
ゴンの純粋な言葉に、ドキリと心臓が跳ねる。顔に出てたか……?
「なっ、別に嬉しそうなんかじゃねーよ! 気のせいだろ!」
慌ててゴンの頭を軽く小突き、誤魔化すようにそっぽを向く。隣を歩くステラの視線が気になって仕方ねえ。
「それより、もうすぐ着くぞ。気を引き締めろよ」
廃工場を見据え、俺は意識を切り替える。今日こそ、ステラにいいとこ見せて、ガキ扱いから卒業してやるんだ。
「キルア張り切っててえらいねえ。よーしよし」
「キルアばかりずるい! オレも張り切ってるよ! 撫でて!」
ステラはキルアの頭を撫でた。それを見たゴンがステラに頭を突き出した。
また頭を撫でられて、カッと顔に熱が集まる。さっき、ガキ扱いすんな、って心の中で誓ったばっかなのに……!
「なっ……! 撫でんな! 俺はガキじゃねえっつーの!」
反射的にステラの手を振り払っちまった。しまった、強くやりすぎたか……?でも、ゴンのやつまで便乗してきて、ますます引っ込みがつかなくなる。
「お前は関係ねえだろ! ……っ、とにかく! もう着くんだから、ふざけてんじゃねえぞ!」
ゴンにも八つ当たりみてえに怒鳴っちまう。二人の前で、耳まで真っ赤になってるのが自分でもわかった。これ以上ここにいたらボロが出そうだ。俺は二人に背を向けて、足早に廃工場へと向かった。背後から聞こえるステラの困ったような声と、ゴンの「キルア照れてるー!」っていう声は聞こえねえフリをした。
三人で廃工場の調査を開始し、ステラは工場の部品をチェックし始めた。ゴンは犬のようにあちこち嗅ぎ回っている。
さっきの照れくささがまだ残っていて、ステラとゴンから少し距離を取って工場内を警戒する。ゴンの嗅覚も頼りになるが、暗殺者としての俺の目の方が、隠れた敵や罠を見つけるのは得意だ。
「おい、二人とも。あまりバラバラに動くなよ。何があるかわかんねえんだからな」
特にステラの方に注意を払いながら、低く声をかける。さっき頭を撫でられた時の感触がまだ残っていて、どうにも調子が狂う。
「……ステラ、そっちはどうだ? 何か見つかったか?」
ぶっきらぼうな口調になっちまうが、本当は心配で仕方ない。彼女が危険な目に遭わないよう、俺がしっかりしねえと。俺は周囲に神経を集中させながら、いつでも動けるように構えた。
「うん、部品に特に違和感はないかな」
その時ゴンの「うわー!」という悲鳴が聞こえてステラはハッとしたように顔を上げ、キルアと一緒に駆け込んだ。すると罠なのか、檻に入れられたゴンを目の当たりにする。
「ご、ゴンが本当に犬になっちゃった……!? どうしよう……」
ステラの間の抜けた発言に、一瞬思考が止まる。犬って……そうじゃねえだろ!
「んなわけあるか! 罠にかかったんだよ! しっかりしろ!」
俺はステラの肩を掴んで揺さぶり、すぐに周囲へ警戒の視線を巡らせる。敵の気配は……まだねえ。だが、油断はできねえ。
「ゴン、大丈夫か!? 怪我はねえな!? ステラは俺の後ろにいろ。絶対離れんなよ」
檻の中のゴンに呼びかけると同時に、俺はステラを背中に庇うように一歩前に出た。この状況、明らかに誰かが仕組んだ罠だ。振り返らずに、でもステラに聞こえるように低い声で告げる。こんな時に頼りになるって思われねえでどうする。俺の電気なら、この鉄格子くらい……。いや、待てよ。ゴンに被害が及ぶかもしれねえ。
「キャッ……!」
その時、別の罠が作動しステラに向かって物体が飛来してきた。咄嗟に反応したキルアに「危ない! ステラ!」という声と共に庇われる。まるでキルアがステラを押し倒してるかのような体勢になった。しかもその片手はステラの胸の上に柔らかく沈み込んでいる。
「……あ、ありがとう……」
ステラの胸に触れている右手の感触に、全身の血が沸騰するみてえに熱くなる。柔らかくて、温かくて、心臓の音が直接伝わってくるようだ。頭が真っ白になり、一瞬何をすべきか分からなくなった。
「……っ、わりぃ!」
慌てて身を起こし、ステラから距離を取る。顔を見れねえ。絶対に今、俺は茹でダコみてえな顔をしてるはずだ。
「だ、大丈夫か!? 怪我は!? ……くそっ、次から次へと……!」
早口で捲し立て、彼女から視線を逸らす。背後では檻の中からゴンが「キルア、ステラ、大丈夫ー!?」と叫んでいるが、それどころじゃねえ。動揺を振り払うように悪態をつき、俺は再びステラの前に立って周囲を警戒した。このままじゃ埒が明かねえ。敵の姿が見えねえのが一番厄介だ。
「う、うん、キルアのおかげで大丈夫だよ。ありがとう」
ステラはキルアにお礼を言って、辺りを注意深く観察する。
「そっか……あの柱の所にあるクリスタルだ。あのクリスタルの前を通ると罠が作動するのかも。私さっきそこの前通ったから。……たぶん」
「……クリスタル? なるほどな」
ステラの冷静な分析に、俺はさっきまでの動揺をなんとか頭の隅に追い やった。そうだ、今はそんなこと考えてる場合じゃねえ。言われた柱に視線を向けると、確かに鈍く光る石が埋め込まれている。罠の正体が分かれば、対処法も見えてくる。
「ゴンを捕らえてる檻の周りにも同じもんがあるかもしれねえ。下手に近づくのは危険だな」
ステラの方を向き直り、真剣な目で彼女を見据える。さっきの感触が蘇りそうになるのを必死で堪えた。
「いいか、ステラ。お前はここにいろ。俺がクリスタルを無力化して、ゴンを助ける。電気(コレ)なら、遠距離からでも破壊できるはずだ」
「わかった。気をつけてね、キルア」
ステラは小さく頷いてその場で待機する。それから小声でキルアを見ながら付け加える。
「あの、キルア、さっきは庇ってくれてありがとね」
その際にキルアの手が胸に押し付けられていた事は気にしてない様子だった。
ステラからの言葉に、決意を固めたはずの心がまた揺らぐ。気にしてねえフリをしてるのか、本当に気づいてねえのか……。どっちにしろ、今は好都合だ。
「……ああ。お前が無事ならそれでいい」
短く答えて、俺はクリスタルに意識を集中させる。礼を言われるのは嬉しい。けど、それ以上にさっきの感触が頭から離れなくて、どうにかなりそうだった。
「ゴン、少し離れてろよ! 今、その檻を壊す!」
檻の中のゴンに大声で指示を出す。指先に電撃を集中させ、バチバチと青白い光が迸る。ステラに見られている。失敗は許されねえ。格好悪いとこは見せたくねえんだ。俺は右手に神経を集中させ、指先から放つ電撃の威力を高めていく。青白い稲妻が空間を走り、廃工場内をチカチカと照らした。
「行くぜ……『雷掌(イズツシ)』!」
狙いを定め、一直線に電撃を放つ。閃光がクリスタルに直撃し、甲高い音を立てて砕け散った。よし、まずは一つ……!だが、安堵したのも束の間、背後から別の気配が迫るのを感じ、咄嗟に振り返る。
「ステラ、危ねえ!」
クリスタルの破壊が、新たな罠のトリガーになってやがったのか……!ステラの頭上から巨大な鉄塊が落ちてくる。間に合え……!自分の体を動かすより先に、思考が加速する。間に合わない。この距離じゃ、ステラを突き飛ばしても鉄塊の落下速度から逃がしきれねえ。なら……!
「くそっ……!」
俺はステラの前に飛び出し、両腕を頭上で交差させる。全身のオーラを腕に集中させ、さらにありったけの電気を纏わせた。バチバチッ!と激しい音を立てて、俺の腕が蒼い光を放つ。鉄塊が俺の腕に激突し、凄まじい衝撃が全身を貫いた。
「ぐっ……!」
視界が真っ白に明滅する。骨が軋むみてえな音がして、膝が折れそうになるのを必死で堪えた。だが、俺の後ろにはステラがいる。ここで俺が潰されたら、意味がねえんだよ……!
「追い風(ブースト)」
ステラは操作系の念能力で風を操作し、キルアの身体能力を上げるバフをかけた。ステラの念が俺の体を包み込む。風が背中を押すように、体の奥から力が湧き上がってくるのを感じた。鉄塊の重みが、さっきより少しだけ軽く感じる。
「……ステラ……! くっ……はああぁぁ!」
あんたの念、ちゃんと俺に届いてるぜ。おかげで、もう少しだけ……持ち堪えられそうだ。俺は歯を食いしばり、膝の震えを無理やり押さえ込む。ミシミシと腕が悲鳴を上げてるが、まだ折れちゃいねえ。この状況、敵は必ず近くで様子を窺ってるはずだ。
「ステラ、ゴンから離れんな! 敵が出てくるぞ!」
この鉄塊を利用して、敵を誘き出す。俺が動けねえ今が好機だと、必ず姿を現すはずだ。その瞬間を、俺は見逃さねえ。
ステラはゴンにも念を送り、身体能力向上バフをかけるとゴンは強化系の能力で檻をぶっ壊した。そして「よし! オレも手伝うよキルア!」と言って駆け出した。
ゴンの声と、檻が破壊される轟音が響く。ステラのバフを受けたゴンの力なら、あの程度の鉄格子は問題じゃねえ。頼りになるぜ、相棒。
「……ああ、助かる! ゴン! ステラを頼む! 俺はこいつをなんとかする!」
だが、まだ俺は鉄塊に押さえつけられたままだ。ゴンがこっちに来るより、敵が動く方が早いかもしれねえ。これは好機だ。敵は俺が完全に無力化されたと思っているはず。ステラがかけてくれたこの力と、俺の電気を合わせれば……!俺は腕に纏わせた電気の出力を最大まで引き上げる。鉄塊を通して、俺の電気が廃工場全体に広がっていくのが分かった。
「出てこいよ、隠れてねえで……! 俺と遊ぼうぜ?」
ビリビリと空気が震え、俺の口元には自然と笑みが浮かぶ。ステラの前で、無様なまま終わるわけにはいかねえんだよ。
ゴンとキルアとステラで力を合わせて敵を一掃し、調査結果をまとめてクラピカとレオリオと合流することになった。ステラはキルアに念を送る。
「天使のそよ風(ヒーリング)」
ステラの念が俺の体を優しく包み込む。鉄塊を防いだ時に軋んだ腕の痛みが、すっと引いていくのを感じた。暖かくて、心地いい。これがステラの……。
「……サンキュ。助かった。お前も無事か? 怪我してねえだろうな」
少しだけ気恥ずかしくて、素っ気なく返事をしてしまう。ゴンがクラピカたちに連絡を取っているのを横目で見ながら、俺はステラの方へ向き直った。さっき庇った時に、変なとこぶつけてねえか心配になる。彼女のウェーブがかったピンクの髪からつま先まで、自然と目で追ってしまう。
「うん、大丈夫。ありがとうキルア。キルアには色々助けてもらっちゃったね。やっぱりキルアは頼もしいね!」
「お、おう……それにしても、お前の念、すげーな。おかげでなんとかなった」
心からの言葉が、照れくささを追い越して口からこぼれた。あんたがいたから、俺は力を出せたんだって、ちゃんと伝わってっかな。
「そうだ、疲れたでしょ? 糖分補給しよ!」
ステラはポケットからチョコレートを取り出してキルアに差し出す。それからゴンにも差し出した。ゴンは「わーいありがとうステラ!」と言って早速チョコレートを口に入れた。
ステラから差し出されたチョコレートを、俺は少し戸惑いながら受け取った。ゴンは無邪気に喜んでるけど、俺は素直に受け取るのがなんか照れくせえ。
「……サンキュ」
ぶっきらぼうに礼を言って、包装を剥がす。甘い香りがふわりと鼻を掠めた。さっきまでの戦闘の緊張が、少しだけ解けていくみてえだ。チョコレートを口に放り込むと、優しい甘さが口の中に広がった。疲れた体に染み渡る。
「……うまい」
素直な感想がぽつりと漏れる。ステラの方を見ると、彼女は嬉しそうに笑っていた。その笑顔を見ると、なんだか心臓がうるさくなる。……くそ、調子狂うぜ。
「ん、よく頑張ったね。おいしい? もっと食べる? あと腕は痛くない? 大丈夫?」
ステラはチョコレートを食べるキルアの頭を優しく撫でた。
ステラの手が頭に触れた瞬間、体がビクッと固まった。子供扱いされてるみてえでむず痒いのに、その手つきが優しくて、心地よくて、どうしようもなくドキドキする。顔に熱が集まっていくのが自分でも分かった。
「……っ、うめえよ。もう一個もらう」
照れ隠しにぶっきらぼうな口調で答えながら、もう一つチョコレートを受け取る。撫でられてる頭からステラの優しい匂いがして、心臓がバクバクうるせえ。
「腕は……お前の念のおかげで、もうほとんど痛くねえ。心配すんな」
チョコレートを口に運びながら、ステラから視線を逸らす。甘い味と、頭に残る温かい感触。こんな風に優しくされると、調子が狂っちまう。もっと、ステラのそばにいたいって思っちまうじゃねえか。
それから程なくしてクラピカとレオリオと合流し、調査結果をまとめ合ってハンター協会に提出した。
「色々大変だったけど、キルアとゴンと一緒に仕事できたのはちょっと嬉しいな」
ステラはゴンとキルアに向けて笑顔で言った。
ステラの言葉に、俺の心臓がまたドクンと跳ねた。一緒に仕事できて嬉しい……その言葉が、俺だけに向けられたもんじゃねえって分かってんのに、勝手に期待しちまう。
「……別に。俺たちにとっちゃ、このくらい大したことねえよ」
「オレも楽しかったよ!」
ゴンが笑って答える横で、俺はそっぽを向きながらぶっきらぼうに答える。本当は、俺もステラと一緒で嬉しかったなんて、素直に言えるわけがねえ。
「それより、次の任務はどうすんだ? またバラバラになんのか?」
つい、気になっていたことを尋ねてしまう。せっかくこうして一緒にいられるのに、また離れるのは……正直、嫌だった。
「……もし、次もなんかあんなら……その、また組んでもいいけど」
「ああ……このあとはクラピカと護衛の任務に行くことになってるんだ。ちょっと寂しいけど、次は皆で遊びに行こうよ!」
「そうだな、次は仕事ではなく、皆で談笑するのもいい」
「オレも医者の資格を取る勉強の続きに戻るぜ」
ゴンは寂しそうな顔をしながらも頷くと笑顔を見せて言った。
「そっかー……皆忙しいもんね!」
クラピカの言葉に、俺は内心で舌打ちした。護衛任務……またステラは俺の知らねえところで危険な目に遭うのかよ。ゴンが寂しそうにしてるのを見て、余計に胸がざわつく。
「……ふーん。護衛ね。そいつはご苦労なこった。ま、護衛が必要な任務なら、俺よりクラピカの方が適任だろ」
わざと興味なさそうに言って、ポケットに手を突っ込む。本当は「俺も行く」って言いてえのに、そんなこと言える立場じゃねえ。強がってそう言ったけど、本当は寂しいなんて、絶対言えねえ。ステラが俺の顔を窺ってる気がして、視線を合わせられなかった。
「それじゃあまたね! ゴン! キルア! レオリオ!」
ステラはクラピカと並んで歩き出していった。クラピカも「また会おう」と言ってステラの隣に並んで歩く。ゴンはその背中を見つめながら「そういえばクラピカとステラは同い年なんだよね。だから一緒の任務もよくしてるのかな」と言った。
ゴンの言葉が、やけに耳に突き刺さる。同い年……だからなんだってんだよ。俺はゴンから視線を逸らし、小さくなっていくステラとクラピカの後ろ姿を睨むように見つめた。
「……さあな。別に、どうでもいいだろ」
口から出たのは、自分でも驚くほど冷たい声だった。本当は、どうでもよくなんてねえくせに。隣にいるのがクラピカじゃなくて、俺だったらなんて、馬鹿みてえなこと考えてる。
「ゴン、行くぞ。俺たちもここに用はねえ」
ステラの姿が見えなくなるのが、無性に怖かった。このまま立ち尽くしていたら、置いていかれるような気がして、無理やりゴンを促す。背を向けた瞬間、ステラのピンクの髪が脳裏にちらついた。……くそ、心配でたまんねえじゃねえか。