年齢とか関係ねえ、俺に守らせろ




ステラたちと別れてから一週間。ゴンとの修行は順調に進んでいた。だが、俺の頭の片隅には、ずっとあいつの姿がこびりついて離れねえ。



「……ちっ」



森の中、木の幹を蹴りつけながら舌打ちする。今頃、ステラは何してんだ?クラピカの隣で、ちゃんとやれてんのか?怪我とか……してねえだろうな。



「おいキルア! 集中しろよ!」



ゴンの声にハッとして振り返る。その真っ直ぐな瞳に見つめられると、隠していた焦りを見透かされているようで居心地が悪かった。



「……うるせえな。わかってるよ」



ぶっきらぼうに返しながら、俺は再び気を引き締める。こんなんじゃダメだ。俺はもっと強くならねえと。あいつの隣に立つために、じゃなくて……あいつを、ちゃんと守れるようになるために。
























ステラとクラピカは任務を終え、カフェでランチを取ることにした。そのカフェにはゴンとキルアも来ていた。



「あれ? ゴンとキルア! すごい偶然ね! 私達いま任務終えたとこなの」

「まさか君たちもこのカフェに来ていたとは……」



ゴンの正面でクリームソーダを飲んでいた俺は、聞き慣れた声に顔を上げた。そこにいたのは、一週間ずっと頭から離れなかったステラと……クラピカだった。



「……げ」



思わず声が漏れる。偶然の再会に心臓が跳ねるのと同時に、クラピカと親しげに話すステラの姿を見て、胸の奥がチリっと痛んだ。



「わー! ステラにクラピカ! 久しぶり!」

「……なんだよ。お前らも来てたのか」



平静を装って、わざとぶっきらぼうに答える。ゴンの明るい声とは対照的だ。嬉しいくせに、素直な言葉が出てこねえ。



「げってなによー、久しぶりの再会なのに」



キルアのつれない反応に少しだけ口を尖らせた。クラピカが「相席してもよろしいか?」と声をかけると、ゴンは「もちろん!」と言って、クラピカはゴンの隣に座る。



「じゃあ私も隣いい?」

「……好きにしろよ。別に、空いてんだから」



ステラが隣に座った瞬間、ふわりと甘い香りがして、俺は息を詰めた。一週間、会いたくてたまらなかった相手が、こんなに近くにいる。心臓がうるさくて、ソーダの氷がカランと音を立てた。視線を合わせられないまま、ぶっきらぼうな言葉が口をついて出る。本当は、めちゃくちゃ嬉しいくせに。隣から感じる体温に、意識が全部持っていかれそうだ。



「……任務、終わったんだろ。怪我とかしてねえのかよ」



心配でたまらなかったくせに、出てきたのは詰問するみてえな口調だった。もっとマシなこと言えねえのか、俺は。ステラのピンクの髪が視界の端で揺れるだけで、調子が狂っちまう。



「うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

「ああ。私がついてるからな、そこは心配しなくていい」



ステラは嬉しそうに笑った。クラピカがゴンの隣で微笑みながら言った。店員を呼んで、ステラはレモンスカッシュ、クラピカはコーヒーを注文した。

クラピカの自信ありげな言葉に、俺はカチンときた。まるで俺が余計な心配をしてるみてえな言い方じゃねえか。ステラを守れんのはお前だけじゃねえんだよ。そんな言葉が喉まで出かかったが、ぐっと飲み込む。



「……ふん。そりゃどうも」



皮肉っぽく返しながら、クリームソーダのグラスを睨みつける。隣にいるステラがレモンスカッシュを頼んだのを聞いて、胸の奥が少しだけチクリとした。甘いもんじゃなくて、すっぱいもんが飲みたい気分なのかよ。



「……無事なら、それでいいけど」



ステラにだけ聞こえるような小さな声で、ぽつりと呟く。クラピカへの対抗心と、ステラが無事だったことへの安堵が入り混じって、どうしようもなく落ち着かねえ。なんでこんなに、こいつの一挙一動が気になるんだか。

注文したものが運ばれ、クラピカは静かにコーヒーを傾ける。ステラはレモンスカッシュを美味しそうに飲んでいた。



「おいし〜。やっぱ疲れたときの炭酸って格別だよね」



ステラは同じ炭酸飲料を頼んでるキルアに同意を求めるように笑いかけた。

ステラが同意を求めるように笑いかけてくる。その笑顔が眩しくて、俺は思わず目を逸らした。心臓がドクンと大きく鳴る。ただ笑いかけられただけなのに、なんでこんなに意識しちまうんだ。



「……ああ。まあな」



グラスに残った氷をストローでかき混ぜながら、短く答える。本当は、疲れてるステラの顔を見て、任務が大変だったんだと胸が痛んだ。何か甘いもんでも食わせてやりてえ、なんて思う。



「……お前、そんなすっぱいもん飲んで疲れてんじゃねえの。こっちのクリームソーダ、一口飲むか?」

「え、キルアが自分のやつあげるなんて珍しい!」



ほとんど無意識に、そんな言葉が口から滑り出ていた。それを聞いたゴンが驚きの声を上げる。うるせえ、黙ってろ。ステラの反応が気になって、心臓がバクバクうるせえ。



「え……? えっと……飲んでいいの?」

「ステラ……自分のストロー使うか、グラスから直接飲めばいいと思うが……」



ステラは驚いた様子で目を瞬かせたあと、キルアが口をつけたストローを指差して問いかける。戸惑うステラを見たクラピカが心配そうな顔で声を掛けている。

クラピカの余計な一言に、俺は思わず眉をひそめた。うるせえな、俺がステラに勧めてんのに横から口出ししてんじゃねえよ。ステラが戸惑ってるのを見て、自分の行動が軽率だったことに気づく。



「……あ? 別に、気にしねえよ。嫌ならいいけど」



ぶっきらぼうに言い放ちつつ、ストローをわざとくるりと回して見せる。ステラが俺の使ったストローで飲むのを意識して、顔に熱が集まっていくのがわかった。



「……ほらよ」



照れ隠しに、ほとんど押し付けるようにクリームソーダのグラスをステラの方へスッと差し出す。ゴンが隣でニヤニヤしながらこっちを見てるのがうぜえ。早く飲めよ、って気持ちと、やっぱり恥ずかしいって気持ちがせめぎ合う。



「……そう? じゃあ、遠慮なく……」



クラピカから助言されたものの、キルアの気遣いを無下にするのも躊躇われたのと『俺は気にしねえ』と言われた手前気にするのも失礼な気がして、そのままそのキルアの使ったストローでクリームソーダを飲んだ。



「……うん、おいしい」



ステラはそう言って微笑んだ。笑顔はぎこちなくなってはいないだろうか、それが少し気になりながら。クラピカがキルアの顔をじろじろと見ている。

ステラが「おいしい」と微笑んだ瞬間、俺の心臓は大きく跳ね上がった。自分のストローでクリームソーダを飲むその姿が、やけに頭に焼き付く。顔が熱くて、俯きたくなるのを必死で堪えた。クラピカの訝しげな視線が突き刺さるが、今はそれどころじゃねえ。



「……そ、そうかよ」



そっけなく返すのが精一杯だった。本当は、ステラの笑顔が見れてめちゃくちゃ嬉しい。俺があげたものを美味そうに飲んでくれる、ただそれだけのことが、こんなにも特別に感じる。



「……ほら、もう返す。お前のレモンスカッシュ、酸っぱすぎんだろ」



動揺を隠すように、少し意地悪な口調でグラスを自分の手元に戻した。ゴンが正面から「キルア、顔赤いよ」と囁くのが聞こえて、ますます顔に熱が集まる。うるせえ、見んな!って心の中で叫んだ。



「えー、レモンスカッシュだっておいしいよ、甘酸っぱくて。これ蜂蜜入りなんだよ?」



そしてキルアが使ったそのストローでレモンスカッシュを飲んだ。



「でもフロート系でもありだったかも」



ステラが俺の使ったストローでレモンスカッシュを飲むのを見て、心臓がまたうるさく鳴った。結局、互いの飲み物を交換するみてえな形になってる。その事実だけで、頭がどうにかなりそうだ。



「……ふん、甘い方がマシだろ」



ぶっきらぼうに言いながら、クリームソーダを一口飲む。ステラが口をつけたストローから、微かに甘い香りがする気がして、顔がカッと熱くなるのを止められなかった。



「……別に、そっちが飲みてえなら、注文し直せばいいだろ」



正面のゴンの視線が痛い。クラピカが何か言いたげな顔でこっちを見ているのもわかる。だが、今はステラのことしか考えられねえ。こんなことで舞い上がってるなんて、俺らしくもねえのに。



















それから四人で談笑しながらのんびりしていると、任務で疲れたのかステラがキルアの肩によりかかって眠ってしまっていた。

肩にずしりとした重みと、温かい体温が伝わってくる。隣を見ると、ステラが俺の肩に頭を預けて、すうすうと穏やかな寝息を立てていた。その無防備な寝顔に、心臓が大きく脈打つ。



「……っ、おい……ったく、無防備すぎんだろ……」



声をかけようとして、やめた。任務で疲れてんだな、と思ったら、起こすのがためらわれた。ピンク色の髪が頬にかかってるのを、そっと指で払ってやる。その指先に伝わる柔らかな感触に、顔が熱くなる。誰にも聞こえないような小さな声で悪態をつく。ゴンとクラピカが何か話しているが、全く耳に入ってこねえ。今はただ、この温もりと、甘い匂いを独り占めしていたい。俺の肩で眠るステラを、誰にも邪魔させたくねえ。

ステラが寝ていることに気付いたクラピカが顔を上げて「そうか、疲れているんだな……」と呟いて立ち上がる。



「そろそろ宿を取ってこよう。彼女を休ませたほうがいい」



そう言ってステラの肩にそっと手を触れる。

クラピカの手がステラに触れた瞬間、俺は反射的にその手を叩き落としそうになった。ビリ、と指先に殺気が走るのを、必死で抑え込む。



「……触んな」



自分でも驚くほど冷たい声が出た。クラピカの驚いたような顔を見て、ハッと我に返る。やべ、無意識に威嚇しちまった。



「……こいつ、俺が運ぶ。お前は宿、取ってこいよ。ゴンはここにいろ。荷物見ててくれ」



肩にかかる重みを確かめるように、そっと身体を動かす。ステラを起こさねえように、細心の注意を払いながら。この温もりを、まだ誰にも譲りたくねえ。矢継ぎ早に指示を出し、俺はステラの寝顔に視線を落とした。守らなきゃ、という気持ちが、胸の中で強く膨らんでいくのを感じた。



「いや、ここは私に任せてくれ。彼女とは同年代だ。何より、ステラより背が高い私が適任だろう」



しかしクラピカはそう言ってステラの体を抱き上げ、すぐに店を出ていく。ゴンが慌てて立ち上がり「ならオレが宿取ってくるよ!」と言って駆け出していく。

クラピカがステラを抱き上げて店を出ていく。その光景に、俺は一瞬、思考が停止した。俺が運ぶって言ったのに、なんであいつが……。ゴンが慌てて後を追っていく足音が遠くに聞こえる。



「……っ、ちくしょうが……!」



テーブルを拳で叩きつけたい衝動を、必死でこらえた。俺の肩で眠ってたステラを、あっさりと横から奪っていくクラピカの姿が目に焼き付いて離れねえ。なんで、俺じゃダメなんだよ。



「……背が高いから、だと……?」



クラピカの言葉が頭の中で反響する。そんなこと、関係ねえだろ。俺だって……俺の方が、ステラのこと……!言いようのない怒りと焦燥感が胸を焼く。椅子を蹴立てるように立ち上がり、俺も店を飛び出した。絶対に、あいつにステラを任せっぱなしにはしねえ。俺が守るんだ。

ゴンは宿を取りに走り出していき、クラピカはステラを横抱きにして歩いていく。それから店を飛び出してきたキルアを見て静かな声で言う。



「ステラより背が高い方が運んだほうが安定するし安全だ。合理的な考えだと思うが?」



クラピカの言葉が、ぐさりと胸に突き刺さる。合理的?安全?そんな理屈、今の俺にはただの言い訳にしか聞こえねえ。



「……うるせえ! 合理的とか、そんなんでステラのこと決めんじゃねえ! 俺が運ぶって言っただろ!」



怒りに任せて叫ぶ。ステラを抱くクラピカの腕から、今すぐにでも奪い返してやりてえ。俺の方がステラのそばにいたい。俺が守りたい。ただそれだけなのに、なんで邪魔すんだよ。悔しさに唇を噛み締める。背が低いから?年下だから?そんなことで、ステラを守れねえなんて思われたくねえ。クラピカを睨みつけ、一歩踏み出した。絶対に、引く気はねえ。

クラピカは小さくため息をつくと、キルアに歩み寄った。



「……悪かった。合理的よりも何よりも、キルアの意思を尊重するべきだったな。……ステラを頼めるか?」



そう言って小さく微笑み、腕に抱えたステラをそっとキルアに差し出した。

クラピカがステラを俺に差し出した瞬間、さっきまでの怒りが嘘みたいに消えていくのを感じた。クラピカの言葉と、その真っ直ぐな瞳に、一瞬言葉に詰まる。



「……っ、当たり前だろ……最初から、そうすりゃいいんだよ」



照れ隠しと意地が混じった声で短く答えると、俺はクラピカからステラを慎重に受け取った。腕の中に収まったステラは、思ったよりも軽くて、温かい。甘い匂いが鼻をくすぐって、心臓がうるさく鳴り始める。ぶっきらぼうに言いながらも、腕の中のステラが落ちないように、壊れ物を扱うみてえにそっと抱き直す。俺より背の高いステラを抱えるのは少し不安定だったが、そんなことはどうでもよかった。今、この腕の中にステラがいる。その事実だけで、胸がいっぱいになる。



「……すまない。キルアを子ども扱いしていたつもりはないんだ……君は、マヤの事が好きなのか?」



クラピカはゴンが走り去っていった方向を見ながら静かな声で言った。

クラピカからの唐突な質問に、心臓がどきりと音を立てた。腕の中で眠るステラの寝顔に視線を落とす。すう、と穏やかな寝息を立てる彼女の体温が、服越しにじんわりと伝わってくる。



「……は? 何言ってんだよ、急に」



動揺を悟られまいと、わざとぶっきらぼうに返す。だが、クラピカの真剣な眼差しから逃れることはできなかった。図星を突かれて、顔に熱が集まるのがわかる。



「……別に、そういうんじゃねえよ。仲間だろ。仲間が疲れてたら、助けるのは当たり前だ」



我ながら苦しい言い訳だと思った。仲間だから、という言葉だけでは説明がつかないこの感情を、どう表現すればいいのかわからねえ。ただ、この温もりを誰にも渡したくない。その気持ちだけは確かだった。

クラピカはふう、と息を吐いた。



「私だってそうだ。仲間だから、仲間が疲れていたら助けるのが当たり前だと思っている。もちろん、誰が助けるかは問題ではない」



それからキルアの顔をまっすぐに見つめた。



「だが、キルアはそうではないのだろう?」



クラピカの真っ直ぐな視線が、俺の心の奥まで見透かしてくるようで、思わず顔を背けた。腕の中のステラが、もぞりと身じろぎする。その温かさが、俺の心臓をさらに速く打たせた。



「……うるせえな。」



喉から絞り出すような声しか出ねえ。肯定も否定もできず、ただ言葉を濁す。クラピカの言う通りだ。俺は、他の奴がステラに触れるのが嫌だった。俺が、こいつの隣にいたかった。



「……お前には関係ねえだろ」



そう言って、俺はクラピカに背を向けた。早くゴンが宿を取ってこねえかなんて、らしくないことを考える。この気まずい空気から、一刻も早く逃げ出したかった。腕の中の温もりだけが、俺を落ち着かなくさせる。



「……済まなかったな。キルアの気持ちも考えずに、私はただ合理性を求めてしまった」



クラピカはキルアの先程の怒りに対して謝罪をする。



私は復讐の道を歩む。ステラを巻き込むわけにはいかない。きっと、キルアに任せたほうが、ステラは安全だ。その方がいいのだろう。クラピカは自嘲的な笑みを浮かべる。



「……私は別の宿を取る」



クラピカはそう言ってその場から立ち去っていった。宿を取ったゴンが走ってきて「あれ?クラピカは?」と言った。


クラピカの背中を見送りながら、俺は何も言えなかった。あいつが何を考えて別の宿を取ると言ったのか、なんとなく分かっちまう自分が嫌になる。気を使わせちまった。ゴンが不思議そうな顔で俺とクラピカが去った方向を交互に見ている。



「……さあな。なんか用事でも思い出したんじゃねえの。それより、宿は取れたのかよ」



腕の中のステラが起きないように声を潜め、ゴンに答える。ステラの寝顔は相変わらず無防備で、見てるこっちの調子が狂う。気まずい空気を振り払うように、話を逸らした。今はとにかく、ステラをちゃんと休ませてやることが最優先だ。腕に感じる確かな重みと温かさが、俺の決意を固くさせる。こいつを守るのは、俺の役目だ。