年下だからってなめんな、頼れよ
クラピカは復讐に生きる者として考えると、ステラはキルア達の元にいた方が安全だろうと考え、一人で別の道を歩んでいく覚悟を静かに決め、それっきり姿を消した。
「クラピカ……どうしたんだろう。連絡が取れない、返事が来ないの。心配だな……」
一週間後、キルアとゴンと一緒のホテルに泊まり、ステラは携帯を握りしめながら心配そうな顔をしている。
ステラが握りしめる携帯に視線を落とす。クラピカが姿を消してから一週間、こいつはずっとこんな調子だ。心配でたまらないって顔に書いてある。その表情を見るたびに、胸の奥がチリっと痛んだ。
「……あいつのことだ。何か考えがあって一人で動いてんだろ。そんなヤワじゃねえって、お前が一番分かってんじゃねえか」
励ますつもりの言葉は、我ながら少しぶっきらぼうに聞こえた。本当は、俺がクラピカを追い詰めたせいかもしれねえなんて、言えるわけもねえ。
「あんま思い詰めんなよ。腹、減らねえの? ゴンがなんか買ってくるってさ」
無理やり話題を変えて、ステラの顔を覗き込む。心配そうな顔も綺麗だけど、やっぱり笑ってる顔が見てえ。俺が、お前を守るって決めたんだ。だから、そんな顔すんなよ。
「よくわかってるからこそ、だよ」
ステラの沈んだ声が返ってきた。
「……クラピカと一緒に任務についていったのは、クラピカを一人にさせたくなかったから。すぐ一人で抱え込もうとするから心配なんだ」
自分が気を抜いて寝てしまった間にクラピカは姿を消してしまった。キルアとクラピカのやり取りを知らないステラは、自分が油断して寝てしまったことを後悔していた。
「今頃、一人で無茶してるんじゃないかな」
ステラの沈んだ声と、後悔を滲ませた表情に、俺は言葉を失った。クラピカが一人になったのは、俺のせいでもある。その事実が、鉛みてえに重くのしかかる。ステラをこんな顔にさせてんのは、俺だ。
「……あいつは、そんなに弱くねえよ」
自分に言い聞かせるように呟く。ステラの言う通り、あいつが一人で抱え込む癖があるのは知ってる。だけど、今俺にできることは、こいつを安心させることだけだ。
「お前が心配したって、あいつの強さは変わらねえだろ。それに……お前がそんな顔してたら、あいつも気にするんじゃねえの」
少しでも元気づけたくて、ステラの頭にそっと手を伸ばした。ウェーブがかったピンクの髪に触れるか触れないかのところで、指が止まる。お前が気にしてんのは、クラピカだけかよ、なんて、そんな我儘は口に出せねえ。
「クラピカは確かに強いよ。でも、だからこそ心配なんだ。……でも、うん。考え込んでてもしょうがないよね」
ステラは弱々しく微笑んだ。それからキルアの頭を撫でる。
「お腹空いたね。ゴンは何を買ってくるのかな?」
ステラの手が俺の頭に置かれた瞬間、体がびくっと固まった。さっきまで俺がお前の頭を撫でようとしてたのに、逆にお前から撫でられるなんて。子供扱いされてるみてえでむず痒いのに、その手つきが優しくて、どうしようもなく心臓がうるさくなる。
「……っ、そうだな。あいつ、腹減ったって騒いでたから、色々買ってくるだろ」
必死に平静を装って答える。マヤの手のひらの温かさが髪を通して伝わってきて、顔に熱が集まるのがわかった。お前が笑ってくれんなら、なんだっていい。クラピカへの心配が少しでも紛れるなら、俺は道化にだってなってやる。
「……お前、無理して笑ってんじゃねえよ。らしくねえ」
そっとステラの手を掴んで、頭から下ろさせた。その指先が少し冷えてて、こいつがどれだけ心配してるか伝わってくる。俺が、こいつの不安を全部消してやりてえ。俺だけを見て、笑ってほしい。そんなこと、言えるわけもねえけど。
その後、ゴンは案の定色々買い込んできた。三人で談笑しながら食事を楽しんだ。ゴンとキルアの前では明るく笑っていたステラだったが、ふと、キルアとゴンが席を外した際にその顔は物憂げな顔へと変わる。しかしキルアとゴンの顔が向けられるとすぐに笑顔になった。
席に戻る途中、ふとステラの方に視線をやった。ゴンの声が聞こえていないのか、その横顔はどこか遠くを見ていて、さっきまでの笑顔が嘘みてえに消えていた。影が差したような、物憂げな表情。胸がざわりと音を立てる。
「……おい、ステラ」
俺が声をかけると、ステラははっとしたように顔を上げ、慌てていつもの笑顔を貼り付けた。その一瞬の変化を、俺は見逃さなかった。
「なんだよ、その顔。何かあったのか?」
テーブルに両手をつき、身を乗り出してステラの顔を覗き込む。無理して作った笑顔は、痛々しくて見てられねえ。お前がそんな顔してると、俺まで調子が狂うんだよ。
「ん……、なんかね、嫌な予感がするんだよね。ざわざわするの。止まらないの」
ステラは初めて弱気な顔を見せた。それからキルアに身を寄せ、その胸に顔を埋める。
「……っ、おい……」
「キルア……」
胸に顔を埋められた瞬間、思考が止まった。柔らかい髪が鼻先をくすぐり、ステラの甘い匂いが俺を包む。心臓がうるせえくらいに鳴り響いて、全身の血が沸騰しそうだ。初めて見せる弱々しい姿と、俺を頼るような仕草に、どうしたらいいか分からなくなる。戸惑いながらも、その背中にそっと手を回した。年上のお前がこんなに小さく感じるなんて、どうかしてる。胸騒ぎだ?そんなもん、俺が全部消してやる。
「大丈夫だ。俺がついてる。お前の予感が当たってたとしても、俺が絶対にお前を守る」
できるだけ優しい声で、言い聞かせるように呟いた。震える背中を宥めるように、ゆっくりと撫でる。お前の不安も心配も、全部俺にくれよ。お前を傷つけるものは、何一つここには通さねえ。
次の日の朝、キルアとゴンが起きる頃にはもうステラはいなかった。『私やっぱりクラピカを探しに行ってみるね』という書き置きだけが残されていた。ゴンがそれを見て言った。
「ステラにとって、オレたちは守るべき子どもなんだろうね。オレたちを巻き込ませないようにしてるようで、なんかムカつく」
ゴンの言葉に、俺は唇を噛み締めた。テーブルに置かれた書き置きの、マヤの綺麗な文字がやけに目に焼き付く。「守るべき子ども」か。昨日、俺がステラに言った言葉が、虚しく頭の中で反響する。守るって約束したそばから、あっさり一人で行っちまいやがった。
「……ふざけんなよ」
ギリ、と奥歯が鳴る。拳を握りしめると、爪が手のひらに食い込んだ。俺たちが子どもだから?年下だから頼りにならねえってか?冗談じゃねえ。お前が思ってるほど、俺はガキじゃねえんだよ。
「ゴン、行くぞ。あいつを追いかける」
俺は椅子を蹴るようにして立ち上がった。ゴンの顔なんて見なくてもわかる。こいつも同じ気持ちのはずだ。ステラがどこへ向かったかなんて関係ねえ。必ず見つけ出して、俺たちのところに連れ戻す。あいつを一人になんて、させるかよ。
ステラはある街のホテルに来ていた。クラピカと激しく口論している場面を、キルアとゴンは目の当たりにする。
「どうしてクラピカはいつも一人で突っ走るの」
「何故ついてきた? キルアの所に帰れ。……邪魔だ」
「いやよ! クラピカ、一人で死ぬ気なんでしょ!?」
目の前で繰り広げられる光景に、全身の血が逆流するような感覚を覚えた。クラピカと対峙し、声を荒げるステラ。あんな必死な顔、見たことがない。俺たちを置いて一人で行ったと思ったら、こんな危ねえ場所にいやがったのか。
「……っ、あのバカ……!」
ギリ、と奥歯を噛み締める。怒りと、安堵と、わけのわからない感情がごちゃ混ぜになって腹の底で渦巻いた。俺が守るって言ったのに、なんでお前はいつも一人で無茶すんだよ。
「ゴン、行くぞ。あいつを連れ戻す」
隣のゴンに短く告げ、俺は二人がいる部屋に向かって足を踏み出した。守るべき子ども?ふざけんな。お前が勝手に背負ってるもんは、俺たちがぶっ壊してやる。
落ち込んだ様子でとぼとぼ歩くステラは、駆け出してくるゴンとキルアを見て寂しそうに微笑んだ。
「……邪魔だって。追い返されちゃった。クラピカ……船に乗って行っちゃった」
ステラは来た道に目を向けた。
「クラピカ、どうしたのかな……?」
ステラの寂しそうな笑顔と、遠くを見つめるその目に、俺は言葉を失った。クラピカに追い返された?あの野郎、ステラに何てこと言いやがんだ。怒りが湧き上がってくるのと同時に、俯くステラの姿に胸が締め付けられる。
「……あいつは大丈夫だろ。それより、お前だよ」
ステラの前に回り込み、その顔を覗き込む。無理して笑おうとしてるのが痛いほど伝わってきて、腹の底からむかついてきた。クラピカにあんな風に言われて、傷ついてねえわけがねえ。
「なんで俺たちに何も言わずに一人で行ったんだよ。言っただろ、俺が守るって。お前のこと、一人になんてさせるかよ」
掴みかかりそうな勢いを必死で抑え、声を絞り出す。お前がそんな顔してんの、もう見たくねえんだよ。
ゴンも少し怒った顔でステラを見る。
「そうだよ、ステラから見たらオレ達は子供に見えるのかもしれないけど、一人で急にいなくなったら心配するし、ステラに何かあったらオレ達すっごい後悔するし、傷つくんだよ!」
「ごめんね、ゴン……キルア……。二人のこと、巻き込んじゃいけないかなって思って」
ステラは落ち込んだ声で答えた。
ゴンの言葉に続いてステラが謝るのを聞いて、俺の胸はギリっと締め付けられた。「巻き込んじゃいけない」?その言葉が、俺たちの間に見えない壁を作りやがる。そんなもん、ぶち壊してやりてえのに。
「……謝んなよ。そんなこと言われるのが一番腹立つ。お前が一人で勝手に行くから、余計に心配するんだろうが。俺たちのこと、少しは信じろよ」
ぶっきらぼうに吐き捨て、ステラから顔をそむける。心配させたくないっていうお前の気持ちはわかる。けど、それが俺たちをどれだけ無力に感じさせるか、お前はわかってねえんだ。悔しさと、もどかしさで声が震える。頼られたい。守らせてほしい。ただそれだけなのに、なんでこんなに遠いんだ。お前の中の一番が、いつだってクラピカなのが、どうしようもなく悔しい。
「ん……確かに、そうだね。クラピカに言われたこと、そのまんま同じことをキルアとゴンに言ってたんだ、私。ごめんね……」
ステラはもう一度謝った。それからキルアとゴンの背中に片手ずつ回して抱きついた。
「……ありがとう。それならお願いしてもいいかな? しばらく二人と一緒に行動してもいい? ……一人でいたくないの」
背中に回された腕の感触と、耳元で聞こえた弱々しい声に、俺の体は硬直した。さっきまでの怒りやもどかしさが、一瞬でどこかへ消えていく。抱きしめられた場所から、熱がじわりと伝わってきて、心臓が大きく跳ねた。
「……っ、当たり前だろ。……最初からそのつもりだっつーの。お前が一人でどこかに行こうとしても、俺が無理矢理にでも連れてく」
やっとのことで絞り出した声は、自分でも驚くほど掠れていた。顔が熱い。今、ゴンに顔を見られたら、絶対にからかわれる。そっとステラの腕に自分の手を重ねる。離すな、と言外に込めて。クラピカのことはムカつくけど、今はどうでもいい。お前が俺たちを頼ってくれた。ただそれだけで、今は十分だ。
「ありがとう。ふふ、二人はいい子だね」
ゴンとキルアの頭を優しく撫でた。ゴンは「へへっ」と笑っていたがふとキルアの顔を見て「あーっ! キルア顔真っ赤!」と指摘した。
ゴンの言葉に、カッと頭に血が上る。撫でられて心地よかったはずの手が、急に意識されて全身が熱くなった。心臓がうるせえくらいに鳴り響く。
「なっ……! 赤くねえよ、バカ! お前の見間違いだろ! つーか、撫でんな! 俺はガキじゃねえ!」
ステラの手を振り払うように勢いよく身を捩り、ゴンから顔を背ける。クソッ、なんでこいつはいつも余計なことを言うんだ!照れ隠しで精一杯の悪態をつく。だけど、頭に残ったステラの温かい感触と優しい匂いが、俺の心を乱し続ける。お前がそうやって無防備に触れてくるから、調子が狂うんだよ。
「……ほら、行くぞ。ここにいても仕方ねえだろ」
この場から逃げるように、ぶっきらぼうに言って歩き出す。二人分の足音がすぐ後ろからついてくるのを確認して、少しだけ口元が緩んだ。
キルアの後ろでゴンとステラが小声で会話をする。
「キルアったら照れてる」
「頭撫でられたのが恥ずかしかったのかな……? もうやめたほうがいい?」
「大丈夫だよ! 本当は嬉しいはずだから!」
「そうなの? ふふっ、可愛いね」
後ろから聞こえてくる「可愛い」という言葉に、俺の足がカクンと止まりそうになるのを必死で堪えた。クソッ、聞こえてんだよ……!顔の熱が全然引かねえ。ゴンもステラも、わざと聞こえるように言ってんのか?
「……うるせえな。何ごちゃごちゃ言ってんだよ」
振り返らずに、悪態をつく。今こいつらの顔を見たら、絶対に平静じゃいられねえ。嬉しいはずなんて、そんなことあるわけ……いや、まあ、否定はしねえけど。それを本人たちの前で認めるなんて死んでもごめんだ。
「腹減った。さっさと飯屋探すぞ」
話題を逸らすように早口でまくし立て、歩くペースを上げた。心臓がうるさいのは、きっと気のせいだ。そうに決まってる。お前が隣にいなきゃ、調子が狂わなくて済むのに、なんてな。