認めたくないけど、あんたが好きだし




「キルアが可愛いって話だよ! ねーゴン」



ゴンも「ねーっ」と同意して笑った。



「あっちにレストランがあるよ! 行ってみようよ」



後ろから聞こえるからかい混じりの声に、耳まで熱くなるのを感じる。可愛いだと?冗談じゃねえ。なんで俺がそんなこと言われなきゃなんねえんだ。



「……っ、誰が可愛いだ、バカ!」



ゴンとステラを睨みつけようとして、結局できずにテーブルに視線を落とす。レストランに入って席に着いても、まだ心臓がうるさい。お前のせいだからな、これ。



「……メニュー、早く決めろよ。俺は肉ならなんでもいい」



ぶっきらぼうにメニューをステラの方に押しやる。顔を見られたくなくて、つい態度が雑になる。向かいの席に座るステラが楽しそうに笑っているのが視界の端に映って、余計に落ち着かなかった。ゴンは俺の隣に座って「オレハンバーグ!」と言った。



「二人とも肉? ふふ、成長期だもんね」



ステラは微笑ましげに笑いながらトマトのパスタを注文する。ステラの「成長期だもんね」という言葉に、カチンとくる。まるでガキ扱いだ。俺の方が年下なのは事実だけど、お前にそう言われると、なんだか無性に腹が立つ。



「……うるせえな。お前が食わなすぎんだろ。ゴンはハンバーグで、俺はステーキな。大盛りで」

「えー、私は別に普通だよ。パスタ大好きなんだもん」



そっぽを向きながら悪態をつく。本当は、お前が笑ってるのを見るのは嫌いじゃねえ。むしろ、さっきまで落ち込んでたのが嘘みてえに笑ってるから、少し安心してる。だけど、そんなこと口が裂けても言えるかよ。店員にぶっきらぼうに注文を告げる。ちらりとステラを見ると、まだ楽しそうにこっちを見ていた。その視線がむず痒くて、俺は意味もなく水をがぶ飲みした。早く料理が来ねえかな。そうすれば、この気まずさも紛れるのに。



「でもハンバーグとステーキもおいしそう〜! そんな大盛り食べれるなんてキルアすごいね」



三人の料理が運ばれてくるとステラはキルアのボリューム満点なステーキを見て笑顔で言った。

ステラの「すごいね」という言葉と、純粋に感心したような笑顔に、俺の心臓が不意に跳ねた。さっきまでのイライラが嘘みたいに消えていく。お前のその笑顔に、俺は本当に弱い。



「……ふん、当たり前だろ。これくらい食えねえと、体力がもたねえんだよ。……お前こそ、そんなんで足りんのかよ。パスタだけなんて、すぐ腹減るだろ」



平静を装って、ナイフとフォークを手に取る。だけど、ステラからの視線が気になって、うまく肉が切れねえ。クソッ、なんでこんなに意識しちまうんだ。少しでもステラの気を逸らしたくて、そう言い返す。本当は、もっと食えよ、って心配してるだけなんだけどな。お前、細すぎんだよ。ちゃんと食ってるか、いつも気になる。



「え? 充分だよ? ん〜おいしい!」

「ステラってほんと美味しそうに食べるよね〜見てたらパスタも食べたくなってくるよ!」



キョトンとした顔で言うとフォークでパスタを巻き取り、幸せそうに食べる。ゴンがそれを見て無邪気に笑いながらハンバーグを頬張る。



「ん? なら味見する? もう口つけちゃったけど……」



ゴンとステラのやり取りを横目で見ながら、ステーキを口に運ぶ。美味そうにパスタを食うステラの顔がやけに頭に残って、肉の味がよく分かんねえ。



「……んなもん、一口くらい気にしないだろ。ゴンは」



ぶっきらぼうに言い放つ。ゴンがステラのパスタを欲しがるのはいつものことだ。だけど、ステラが誰かに「あーん」とかするのを想像しちまって、胸の奥が妙にザワついた。



「……それより、お前も肉食うか? 一口くらいなら、やる」



ほとんど無意識に、自分の皿を少しだけステラの方へ押し出す。さっき「すごいね」って言ってたのを思い出したからだ。……って、何言ってんだ俺は!勢いで口走った言葉に、内心で頭を抱える。お前のパスタはゴンにやるくせに、俺のステーキはお前にしかやらねえって、どういうことだよ。これじゃまるで……。顔にじわっと熱が集まるのを感じた。



「え? いいの? ありがとうキルア! ……おいしい! やっぱりステーキもいいね」



ステラは嬉しそうに笑ってキルアのステーキを一口頬張った。それからステラはパスタをフォークで巻き取ってキルアに差し出した。



「じゃあ私のも、はい! って……ごめん、せめて新しいフォークで取ればよかった。ちょっと待ってね」



自分が使ってたのをそのまま出してたことに気づき、慌ててフォークを引っ込めた。

ステラが慌ててフォークを引っ込めるのを見て、俺は思わず目を見開いた。何を今更気にしてんだよ。さっき俺のステーキを食ったお前のフォークだろ。そんなことより、お前が俺にパスタをくれようとした事実の方が、よっぽど心臓に悪い。



「……は? 別にいいだろ、そんなの……気にすんな。貸せ」

「え……っ、」



動揺を隠すように、ぶっきらぼうな声が出る。気づけば、ステラが差し出していたフォークを俺が掴んでいた。引っ込めさせねえ、ってみたいに。ステラの手からフォークを半ば奪うように取り、そのままパスタを口に運んだ。トマトの酸味と甘みが口の中に広がる。美味い。……けど、それ以上に、ステラが触れていたフォークの感触が、唇に熱く感じて頭がどうにかなりそうだった。



「……ん。まあまあだな」



顔の熱を悟られないように、そっぽを向いてぶっきらぼうに感想を告げるのが精一杯だった。

いきなりフォークを奪うように取られ、ステラは驚いた顔をしたがパスタを食べたキルアの顔がなんとなく嬉しそうに見えて温かい気持ちになる。



「そんなにおいしかったの? ね、パスタもいいでしょ。あ、ゴンも食べたかったんだよね、先にキルアに渡しちゃった」

「オレはいいよ! ステラの食べかけを食べたら……きっと拗ねちゃうから」



ゴンはそう言って悪戯な笑みを浮かべた。ステラはキョトンとした顔をする。



「ん? 拗ねるって?」



ゴンのからかうような言葉に、心臓がドクンと跳ねた。拗ねる?誰が?俺がか?なんでだよ!……って、否定できねえ自分がいるのが腹立たしい。



「はあ!? 誰が拗ねるか、バカゴン! ……んなことより、お前のパスタ、味が薄いんだよ。もっとしっかり味付けしろって言っとけ」

「ええっ! そんなことないよ! 美味しいパスタだよ!」



思わず大声が出て、顔にカッと熱が集中する。ゴンのやつ、面白がってやがるな。隣のステラがキョトンとしてるのが見えて、余計に焦りが募る。動揺を誤魔化すために、また口から出まかせの悪態が飛び出す。本当は、めちゃくちゃ美味かった。お前が美味そうに食ってたから、もっと美味く感じた。なんて、死んでも言えねえけど。



「……ほら、俺のステーキももっと食えよ。お前、細すぎんだから」



話題を無理やり変えるように、自分の皿をマヤの方へぐいっと押し付けた。お前のことを考えてるって、少しは伝われよ。……いや、伝わったら伝わったで、困るんだけどな。

ゴンは隣のキルアの顔を見て「なら食べてもいいの? ステラの食べかけのパスタ」とこっそり耳打ちした。ステラはキルアの内心を知らず自分のステーキを押し付けてくるキルアを見て驚いた顔をする。



「いやいや、そしたらキルアの分がなくなるでしょ。それに私はパスタがあるから! ほら、ちゃんと食べなさい、成長期なんだから」



そう言ってキルアの皿をキルアの方へ戻す。

ステラに皿を押し返され、その手が俺の手に触れた瞬間、体が硬直した。さっきから心臓がうるさくてたまらねえ。成長期、成長期って……お前は俺をいつまでガキ扱いするつもりなんだよ。



「……っせーな! 成長期とか言うな! ……いいから食えよ。俺の命令」



ゴンの耳打ちが頭の中で反響して、余計にイラつく。ステラの食べかけをゴンが食う?冗談じゃねえ。なんでか知らねえけど、それは絶対に嫌だ。自分でも無茶苦茶なこと言ってんのは分かってる。だけど、こうでもしねえと気持ちの整理がつかねえ。ナイフで小さく切り分けたステーキをフォークで突き刺し、ステラの口元に突き出す。



「……ほら、口開けろ」

「……ん? ……え……ええっ!? な、何いってんのキルア……」



何やってんだ俺は!内心で叫びながらも、もう後に引けなかった。ステラの驚いた顔が間近にあって、顔から火が出そうだ。早く食え、そして何か言えよ、バカ。

キルアのフォークを口元に差し出され、一瞬何が起きたかわからず呆けたあと、まるで恋人同士がするような行為に思わず頬を赤らめる。



「命令って……も、もう、なんなの……」



年下の子にあ〜んされて、何意識してるんだと思い直し、意を決したようにキルアの手からステーキを頬張った。ゴンが机の下で小さくサムズアップしていた。

ステラが俺のフォークからステーキを食べるのを見て、全身の血が顔に集まったみてえに熱くなった。心臓がうるさすぎて、ゴンの野郎がサムズアップしてんのも視界の端でしか捉えられねえ。



「……ふん、それでいいんだよ……味、どうだよ。お前のパスタより美味いだろ」



無理やり平静を装ってフォークを引っ込める。だが、ステラが口をつけたフォークの先がやけにキラキラして見えて、それを自分の口に運ぶのをためらっちまう。こいつが赤くなってんのを見ると、こっちまでどうにかなりそうだ。照れ隠しに悪態をつくしかねえのに、声が少し震えちまったかもしれねえ。クソッ、俺らしくもねえ。



「……うん、おいしいよ。でも、パスタだっておいしいよ。ほらキルア、あ〜ん」



ステラはそう言ってパスタをフォークで巻き取り、仕返しとばかりにそれをキルアの口元に差し出した。

ステラが差し出したフォークを見て、俺の思考は完全に停止した。さっき俺がやったことの、完全な仕返し。しかも、その目はからかうような色を浮かべてやがる。こいつ、絶対面白がってるだろ。



「なっ……! おま、何やってんだよ! 誰が食うか、そんなの!」



反射的に叫ぶが、声が裏返った。顔が燃えるように熱い。ゴンの笑いを堪える気配が隣から伝わってきて、さらに羞恥心がかき立てられる。そう言い放つのに、ステラはフォークを引っ込めようとしない。それどころか、にこりと笑って「ほら、冷めちゃうよ?」なんて言いやがる。その笑顔に心臓を鷲掴みにされたみてえで、俺はもう抵抗できなかった。



「……っ、」



観念して、勢いよくパスタを口に含む。悔しいのに、美味いと思ってしまう自分が腹立たしい。

観念したようにステラの手から食べるキルアを身て満足したように微笑む。



「ん、よくできました。パスタもおいしいでしょ?」



キルアが口を付けたフォークを見て少し迷うような、躊躇うような仕草をしたあとにそれでパスタを巻いて食べた。



「……キルアが先にやったんじゃん。私だって結構恥ずかしかったんだからねっ!」



頬を微かに染めてむくれてみせるステラの顔は少し幼く見えた。

ステラが俺の使ったフォークでパスタを食べるのを見て、頭が真っ白になった。間接キス、なんて言葉が脳裏をよぎって、心臓が喉から飛び出しそうになる。頬を染めてむくれる顔が、いつもより幼く見えて、たまらなく愛おしい。動揺を隠すために、声を荒らげて「……っ、うるせえ! お前が先にやったんだろ!」と言い返す。だけど、その声は自分でも分かるくらい震えていた。ステラの行動一つ一つに、俺のペースが完全に乱されちまってる。



「いや、先にあ〜んしてきたのはキルアだからっ!」

「うるせえって。恥ずかしいとか……思ってんのかよ……」



ポツリと漏れた言葉は、ほとんど独り言みてえだった。俺だけが意識してんのかと思ってた。だけど、ステラも同じように感じてくれてるのかもしれない。その可能性に、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。照れ隠しに、「……まあ、たまにはパスタも悪くねえな」とぶっきらぼうに呟く。もう、ステラの顔をまともに見れそうになかった。



「……当たり前でしょ……さすがに、あ〜んされたら私だって恥ずかしいし……」

「わ……間接キスだ。二人して仲いいね」  



ステラはジトっとキルアを見ながら少しむくれてみせたが、ゴンがそんなことを言うものだからますますステラの顔が赤くなる。それぞれ食事も済んで、ゴンが「デザートは頼む?」なんて呑気に言っていた。

ゴンの「間接キス」という言葉が、とどめの一撃だった。カッと頭に血が上り、思考が完全にショートする。ステラが真っ赤になってるのを見て、自分の顔も同じ色になってるのが嫌でも分かった。



「……っ、うるせえぞゴン! 余計なこと言うな!」



思わずゴンの頭を軽く小突く。だが、そんなことでこの羞恥心が紛れるはずもねえ。ステラが恥ずかしいって思ってる。その事実だけで、胸がいっぱいでどうにかなりそうだ。



「……デザート、食う。マヤも食うだろ。……ほら、さっさと選べよ。俺、パフェにするから」



動揺を振り払うように、メニューをひったくる。ゴンの呑気な声が今はありがたい。話題を変えねえと、この心臓がもたねえ。メニューで顔を隠しながら、ステラに選択を促す。もうこいつの顔をまともに見れそうになかった。パフェの甘さで、この熱くなった頭を冷やさねえと。

キルアに小突かれたゴンは悪びれもなく「へへっ」と笑うだけだった。キルアに促され、ステラもメニューを取ってデザートを選ぶ。



「うん、私はいちごパフェにする」

「オレはキャラメルパフェ!」



他にはチョコバナナパフェとコーヒーパフェと抹茶カフェがあった。



「キルアはどのパフェにするの?」



ステラの「いちごパフェにする」という言葉に、俺はメニューから顔を上げた。ゴンがキャラメルパフェだって?



「……じゃあ俺は、チョコバナナパフェにする」



ごく自然に、まだメニューにないパフェの名前を口にする。店員を呼んで、俺はわざとらしくメニューを指差しながら注文した。



「すいません、いちごパフェとキャラメルパフェ、あとチョコバナナパフェと……このいちごパフェ、もう一個」



しれっとそう言ってやると、ゴンが「えっ」と素っ頓狂な声を上げた。ステラも驚いた顔でこっちを見ている。



「……なんだよ。パフェ二つくらい食えるだろ、普通」



ぶっきらぼうに言い放つ。お前が選んだいちごパフェ、俺も食いてえんだよ。なんて、口が裂けても言えるか。同じもん頼むのも、なんか癪だったんだ。