ねぇ、俺以外にこんなことされてるわけないよな?
「えー、いちごとチョコでシェアすればいいのに。パスタとステーキもシェアしたし、今更でしょ」
二つも食べるというキルアにステラはどこか呆れたような顔だ。ゴンはなんとなくわかったような顔でニヤニヤとキルアを見ていた。
「ステーキも大盛りにしてたのに、よく食べるねえ」
ゴンのニヤニヤした視線が背中に突き刺さる。ステラの「シェアすればいいのに」という言葉が、まるで俺の考えを見透かしているようで、心臓が跳ね上がった。
「……うるせえな。俺が食いたいから頼んだだけだ。それに、お前がいちごパフェ全部食っちまったら、俺の分がなくなるじゃねえか」
わざとそっぽを向きながら、ぶっきらぼうに言い放つ。シェアなんて、そんな意識してるみてえなこと、自分から言えるわけねえだろ。ステーキの件を蒸し返されて、顔にまた熱が集まるのが分かった。自分でも無茶苦茶な理屈だって分かってる。だけど、こうでも言わねえと照れくさくて死にそうだ。ステラの呆れたような、でもどこか楽しそうな顔から目が逸らせねえ。
「……残したら、お前が食えよ」
「……えっ? いや私はいいよ、いちごパフェ一つ分食べるんだし。そんなに食べたら太っちゃうじゃん」
「残したらオレが食うよ!」
キルアの『残したらお前が食え』に驚いた顔をした。ゴンが屈託なく笑って言った。店員が三人のパフェを運んでくる。
ゴンのオレが食うよ!という声に、俺は苛立ちを隠せなかった。なんでこいつはいつも、そうやって無邪気に割り込んでくんだよ。ステラが太るのを気にしてるのも、らしくて可愛いと思う反面、俺の提案を断られたことに少しだけ傷ついていた。
「……お前は黙ってろ、ゴン」
店員が運んできたパフェを前に、俺は自分の前にチョコバナナといちごの二つを陣取る。マヤの前のいちごパフェと、俺の前のいちごパフェ。同じものが二つ並んでいる光景は、少しだけ滑稽だった。
「別に全部食えって言ってねえだろ。一口でいいんだよ」
スプーンを手に取り、まずはいちごパフェのクリームといちごを一緒にすくう。そして、それをステラの前に突き出した。さっきの仕返しみてえに。
「ほら。味見させろって言ってんだよ。……お前のやつも、一口よこせ」
これは命令だ、とでも言うように、強い視線でステラを見つめる。頬が熱いのは、きっと気のせいだ。
「……?? いちごパフェをシェアする意味あるの?」
ステラはどちらも同じいちごパフェなのになんでわざわざ同じものをシェアするんだと言いたげに心底不思議そうな顔を向ける。ゴンがそれを見て「それがしたいならチョコバナナパフェだけにすればよかったのに」とぽつりと呟いていた。
ゴンの的確なツッコミに、俺はぐっと言葉に詰まる。そうだ、その通りだ。チョコバナナだけ頼んで、ステラのいちごパフェを一口もらえば、それで済む話だったんだ。なんでわざわざ同じもんを二つも頼んだんだ、俺は。
「……うるせえ! 俺は俺のいちごパフェを食う前に、お前のいちごパフェを味見してえの!」
自分でも訳の分からないことを叫んでいた。もう後には引けねえ。ステラが心底不思議そうな顔でこっちを見てる。その表情に、羞恥心で死にそうになりながらも、俺はスプーンを突き出したままだ。
「いいから早く食え! 冷えちまうだろ!」
パフェは冷たいもんだろ、なんて冷静なツッコミは自分の中にだけしまっておく。もう意地だ。ここまで来たら、ステラにこれを食わせるまで絶対にスプーンは引かねえ。こいつの反応が見てみてえんだよ。
「いや意味がわからない……意味がわからないよキルア……。どっちも同じいちごパフェなのになんでそんなにシェアしたがるの……」
ステラは首を横に振って戸惑っている。ゴンは呆れたような顔をしながらキャラメルパフェを食べている。
「私はもう自分のいちごパフェあるからいいよ……!」
ステラの拒絶する言葉に、俺の中で何かがプツンと切れた。なんでだよ。なんで分かってくんねえんだよ。俺がただ、お前と何かを共有したいだけだってことが。その一心で、こんな馬鹿みてえな真似してんのに。
「……っ、いいから食えって言ってんだろ! なんでだよ……なんで俺の気持ち、全然分かってくんねえんだよ……!」
苛立ちと焦りがごちゃ混ぜになった感情のまま、俺は半ば強引にスプーンをステラの口元に押し付けた。ゴンが「うわっ」と声を上げるのが聞こえる。だが、もう止まれなかった。ほとんど懇願するような声が出た。その瞬間、隣から伸びてきたゴンの手が、俺の目の前にあったもう一つのいちごパフェをひょいっと奪い去っていく。
「あ!? おい、ゴン! てめえ何してんだ!」
ゴンの裏切りに、俺の怒りの矛先は一気にそっちへ向いた。「だってキルア、それ食べないんでしょ?」と悪びれもなく笑う親友に、俺は掴みかからんばかりの勢いで詰め寄った。
ステラはキルアに押し付けられたスプーンを無理やり食べさせられる形で食べる。強引に押し付けられたため口の周りに生クリームがついてしまった。
「……うん、おいしい……」
ステラは自分のいちごパフェをスプーンですくってキルアの口元に差し出す。口の周りに生クリームをつけたまま頬を染めるステラはいつもより幼く見えた。
「はい、キルアもどうぞ」
ステラに無理やりパフェを食べさせた直後、今度は逆に俺がマヤからスプーンを差し出された。口の周りについた生クリーム。ほんのり赤く染まった頬。その姿が、脳に焼き付いて離れない。ゴンのことなんて、一瞬で頭から消え去った。
「……っ、お、まえ……」
心臓がうるさくて、何を言えばいいか分からなくなる。差し出されたスプーンには、いちごとクリームが乗っていた。俺がさっきやったことと、全く同じ。こいつ、分かっててやってんのか……?ごくりと唾を飲み込み、恐る恐るそのスプーンに口を近づける。甘い香りと、ステラの視線に、頭がクラクラしそうだ。意を決して、パクリと一口、パフェを口に含んだ。
「……おいしい? もう……今日のキルアはなんでそんなに食べさせてくるの……」
結局デザートまで、まるで恋人のように食べさせ合いながらシェアしてしまっている。ステラは困ったように頬を赤らめて目の前のいちごパフェに視線を落とした。そしてキルアが使ったスプーンでいちごパフェを食べる。キルアが使ったものだと思うとつい意識してしまい、顔を上げられない。
ステラが俺の使ったスプーンでパフェを食うのを見て、心臓が爆発しそうになる。さっきまで俺が口にしてたスプーンだぞ、それ。こいつ、絶対意識してねえだろ……いや、してるのか?顔を上げられないでいるステラの姿に、俺の思考は完全にショートした。
「……別に、いつもと変わんねえだろ」
そっけなく答えるのが精一杯だった。本当は、ステラの行動一つ一つに心臓がうるさくてたまらない。ステラが頬を赤らめて俯いている理由が、少しでも俺に関係してたらいいのに、なんて柄にもねえことを考えてしまう。
「……ほら、口の周り、クリームついてんぞ」
平静を装って、親指でステラの口元をそっと拭う。触れた肌の柔らかさに、自分の指先まで熱くなるのが分かった。
「……っ、それはキルアのせいでしょっ」
赤くなりながらもさっきキルアに強引にパフェの乗ったスプーンを押し付けられた事を指摘して言い返す。
「も、もう……今日のキルア絶対おかしいよ、ほら、これで拭きなよ」
キルアの親指についた生クリームを見て、ティッシュを差し出す。
ティッシュを差し出すステラの手に、一瞬視線を落とす。俺の指についたクリームを気遣うその仕草に、また胸が騒ぐ。さっき俺が拭ってやった口元は、まだほんのり赤い。
「……うるせえ。お前がボーッとしてるからだろ」
差し出されたティッシュを受け取らず、俺は代わりに自分の親指をぺろりと舐めた。甘いクリームの味が、口の中に広がる。ステラが「なっ……!」と息を呑むのが分かった。
「……ん。うめえ」
わざと見せつけるように、にやりと笑ってみせる。動揺してるステラの顔を見るのは、最高に気分がいい。少し意地悪だって分かってるけど、こいつが俺のことで一喜一憂するのを見るのが、たまらなく好きなんだ。
「んんっ……今日のキルア、なんか意地悪じゃない? なんで私、年下の男の子に振り回されてるんだろ……」
ステラは赤くなりながらもキルアの顔を睨んだ。少しだけ悔しくなって、いちごパフェをスプーンですくってキルアの口元に差し出した。
「キルア、はい、あ〜ん」
ゴンはキャラメルパフェといちごパフェを食べながらただ傍観していた。
ステラがスプーンを差し出してくるのを見て、俺の心臓がまたバクバクと暴れ出す。「あ〜ん」だなんて、そんな子供みたいな真似、普通なら絶対に断る。でも、ステラの顔が真っ赤で、少し意地になってるのが分かる。俺を振り回そうとしてるのか?
「……は? 何だよ、その子供っぽい真似」
口ではそう言いながらも、俺はステラの目を見返して、差し出されたスプーンに口をつけた。いちごの甘酸っぱさが広がるけど、それ以上にステラの手が近くて意識する。ゴンが横でニヤニヤしながらパフェを食ってるのが視界の端に入る。あいつ、絶対面白がってるな。だが、今はそんなことどうでもいい。ステラとのこの距離が、なんだか妙に心地いいんだ。
「……まぁ、悪くねえな」
そう呟いて、ステラの手からスプーンを受け取るふりして、指先に軽く触れる。偶然を装ったけど、心臓はバレそうなほどうるさい。彼女の反応が気になって仕方ないんだ。
逆に『子供っぽい真似』だと言われてしまいかあっと頬が熱くなった。普通に食べたキルアを見て余計に悔しくなるが、指先にキルアの手が触れると動揺してスプーンを取り落とす。
「……子供っぽくて悪かったわね。そうよ、年下の男の子にからかわれて、確かに意地になってた」
ステラは拗ねたように唇を尖らせてふてくされたような顔になった。
「お姉さんをからかって遊んで楽しい? キルアの意地悪」
ステラがスプーンを落とした瞬間、カシャン、と小さな音が響いた。拗ねて唇を尖らせるその顔が、妙に扇情的で、俺はごくりと喉を鳴らす。年上ぶってるくせに、俺の一挙手一投足に動揺して、赤くなって……。そんな姿を見せられたら、もっと意地悪したくなるに決まってんだろ。
「……年下の男の子に、ね」
俺はわざとらしくその言葉を繰り返しながら、テーブルに落ちたスプーンを拾い上げる。そして、ステラの顔を覗き込むように、ぐっと距離を詰めた。ピンク色の髪から甘い匂いがして、心臓がうるせえ。
「からかって遊んでるだけに見えんの? お前は」
掠れた声で問いかける。もう、ただの悪ふざけで終わらせるつもりはなかった。この距離なら、ステラの震える呼吸まで伝わってくる。俺が本気だってこと、少しは分からせてやりてえ。
ゴンが何かを察したような顔をし、気を遣ってそっとその場を立ち、トイレへと消えていった。キルアがスプーンを拾い上げたかと思えば急に顔を覗き込まれ、一気に距離が縮まりステラの心臓が大きく跳ねた。
「えっ……? ……違う、の?」
キルアの声のトーンが変わり、空気が変わったのを感じて戸惑いがちにキルアを見つめ返す。
ゴンの気配が消えたことで、カフェの喧騒が嘘みてえに遠のく。目の前には、戸惑った顔のステラだけ。俺の問いかけに、潤んだ瞳で……違う、の?なんて聞き返す姿は、反則だろ。心臓が痛えくらいに脈打ってる。
「……ああ、違う」
声が自分でも驚くほど低く、真剣な響きを帯びていた。もう冗談で流せる雰囲気じゃねえ。ステラの肩にそっと手を置き、逃げられないように、でも壊れ物を扱うみてえに優しく引き寄せる。
「お前が年上だからとか、からかって面白いからとか……そんなんじゃねえよ。俺が、お前に意地悪すんのは……」
言葉が途切れる。言いてえことは決まってんのに、口にするのがこんなに難しいなんて知らなかった。俺はステラの瞳を真っ直ぐに見つめ、覚悟を決めた。お前の全部が欲しいって、どう言えば伝わるんだ。
肩に手を置かれて引き寄せられ、更にキルアとの距離が、鼻先が触れそうなほど近くなる。間接キスどころか、唇が直接触れそうなほど近い。
「や……っ、そんなに……真剣な顔で見ないでよ……それに、近すぎるよ……っ」
顔を引いて逃げようとした。だが肩を引き寄せられていて逃げられず、キルアの真剣な顔から逃れられない。年下だと思っていた男の子に迫られて、どうしようもなく意識してしまう。耳まで赤くなって、ステラは困ったように俯いた。
俯いて逃げようとするステラの顔を、空いている方の手でそっと持ち上げる。抵抗されるかと思ったが、ステラは震えながらもされるがままだ。耳まで真っ赤になってるのを見て、俺の心臓はさらにうるさく鳴った。
「……なんで目ぇ逸らすんだよ。ちゃんと俺を見ろよ。俺が誰のこと見てるか、お前なら分かるだろ」
囁くような声で問いかける。ステラの潤んだ瞳が、不安げに俺を映している。その瞳に、俺の全部が吸い込まれそうだ。親指でステラの熱い頬をそっと撫でる。もう誤魔化すのは終わりだ。この想いがただの悪戯じゃねえってこと、言葉だけじゃなく、態度で分からせてやる。
「……お前が、好きだ」
俯いた顔をキルアの手で持ち上げられ、逃げることもできずに至近距離で見つめ合う。
「っ……! キル……ア……」
頬を手の平で包まれ、キルアの真っ直ぐな告白に息を呑む。吸い込まれるようにキルアの目を見つめる。
ステラが息を呑むのを間近で感じて、俺の心臓は張り裂けそうだった。言ってしまった。もう後戻りはできねえ。彼女の瞳に映る俺は、どんな顔をしてるんだろうか。柄にもなく緊張で指先が冷たくなっていくのが分かった。
「……聞こえただろ。冗談でも、からかってるわけでもねえ。俺は、本気でお前が好きだ」
ステラの頬を包んだまま、もう一度低い声で告げる。逃がさない。この気持ちから、もう俺自身も逃げたくねえんだ。その言葉と共に、俺はステラの唇に自分のそれをそっと重ねた。触れるだけの、ガキみてえなキス。でも、これが今の俺にできる精一杯の覚悟だった。