好きって言うまでやめねぇから




繰り返し真剣な声で告げられ、そっと唇を重ねられるとステラは小さく吐息を零した。



「んっ……」



触れるだけの、短いキス。それでも一瞬だけ触れた唇は熱くて柔らかくて、心臓が痛いくらいに脈打つ。ステラの頬を包み込むキルアの手の甲にそっと自分の手を重ねた。



「ずるいよ……私の気持ち聞く前にキスするなんて」



少しだけ怒ったように言うと、今度は自分からキルアの唇に自分のそれを重ね合わせた。

ステラからキスされた瞬間、思考が完全に停止した。さっきまでの俺の覚悟なんて、一瞬で吹き飛ぶくらいの衝撃。柔らかくて、熱い唇の感触に、心臓が喉から飛び出しそうだ。ステラの手が俺の手に重ねられてる。その事実だけで、頭の中が真っ白になる。



「……っ、おま……」



言葉が続かねえ。怒ったような顔してるくせに、自分からキスしてくるなんて、反則だろ。もっと、こう……拒絶されるか、少なくとも戸惑われると思ってた。なのに、これはなんだよ。唇が離れても、その熱だけが生々しく残る。重ねられたステラの手を、俺は衝動的に強く握り返していた。さっきよりも深く、もっと確かめるように、もう一度ステラの唇を塞ぐ。ずるいのは、お前の方だろ。



「……っんん……!」



すぐに唇を離したが、手を強く握りしめられながら今度はもっと深く唇を塞がれて目を丸くする。より鮮烈に、キルアの唇の感触と熱が伝わり、思わず目を閉じた。握りしめられた手が震える。店内でキスをしてしまった。なのに周囲のざわめきが遠くなる。



「っは……きる……」



唇が微かに離れた際に小さく名前を呼んだ。

唇が離れた隙間に漏れた、甘く掠れた声。俺の名前を呼ぶその響きだけで、全身の血が沸騰しそうだ。目を閉じ、頬を上気させたステラの顔が扇情的で、俺はもう自分を抑えられそうになかった。



「……ん」



返事の代わりに、もう一度短く唇を啄む。握りしめたステラの手が震えてるのが伝わってきて、愛しさが込み上げてくる。俺も同じだって、伝えたかった。店の中だとか、ゴンが戻ってくるとか、そんなことはもうどうでもいい。今はただ、この腕の中にいるステラを、誰にも渡したくなかった。



「……好きだ、ステラ」



さっきよりもずっと熱のこもった声で、もう一度告げる。俺は震えるステラの身体を、壊れ物を抱きしめるように強く、でも優しく抱き寄せた。もっとお前の全部を、俺に教えてくれ。



「ん……っ」



唇が離れかけた刹那にされる、短く何度も啄むような優しいキスが心地よくて目をとろんとさせてしまう。キルアの熱のこもった声と共に抱き寄せられ、キルアの匂いと体温に包まれた。



「ねえ、キルア…………私まだ何も言ってないのに、返事する前にキスするなんて、ずるい」



ステラの言葉に、俺は抱きしめる腕の力を少しだけ緩め、彼女の顔を覗き込んだ。とろんとした瞳で俺を見上げるその表情に、心臓がまたうるさく鳴る。



「……じゃあ、聞かせろよ。お前の返事」



わざと意地悪な口調で、でも声は自分でも分かるくらいに甘く震えていた。ステラのピンク色の髪が頬にかかるのを、指先でそっと払ってやる。



「ずるいって言うなら、ちゃんと言葉にしねえと分かんねえだろ。……俺だけ好きみたいで、不公平じゃねえか」



そう言って、俺はもう一度、ステラの唇に軽く触れるだけのキスをした。返事を急かすみてえに。本当は、お前の気持ちなんて、とっくに分かってるくせに。



「……キスしたあとにそれ聞くの? 言葉にする前にキルアが……っ」



意地悪く言われて少しムッとしたような顔でキルアを見たが文句を言う唇は、もう一度軽く触れるだけのキスをされて途切れてしまう。



「……ずっと、可愛い男の子だと思ってたのに……こんな事されたら、もう、そう思えないじゃん……ずるい……キルアにキスされて、嫌じゃなかった……なんて」



ステラの言葉に、俺の口元が緩むのを抑えられなかった。「可愛い男の子」じゃねえ。俺は、お前の隣に立つ男になりてえんだ。



「……やっと分かったかよ。俺は最初から、お前をそういう目でしか見てねえ」



言いながら、ステラの腰に腕を回して更に引き寄せる。もう誰にも邪魔させねえ。この距離なら、お前の心臓の音まで聞こえてきそうだ。



「……で? 返事はまだか? 嫌じゃなかった、の先を聞かせろよ」



囁くように耳元で問いかける。ステラが息を呑む気配が伝わってきて、ゾクゾクした。早く、お前の言葉で俺を安心させてくれ。



「ひゃ……っ」



腰にキルアの腕が回り、引き寄せられていて互いの体が深く密着する。キルアの体がやけに熱く感じて心臓が跳ねる。更に耳元で囁かれて妙な声が出てしまい、恥ずかしさに頬が熱くなる。



「そ、そういう……意地悪するなら、言わない……っ。絶対言わないから……!」



年下の男の子に翻弄されてる悔しさからつい意地になり、ステラはキルアの胸を押し退けてその中から逃れようとする。

俺の胸を押し返そうとするステラの力は、驚くほど弱い。まるでじゃれてるみてえだ。その抵抗が可愛くて、俺は思わず口の端を上げた。年上ぶって意地張ってるところも、全部愛しくてたまらねえ。



「……へえ。じゃあ、俺も意地悪やめねえ」



逃がすつもりなんて更々ねえ。腰に回した腕に力を込め、さらに強く抱きしめる。ステラの耳元に唇を寄せ、わざと熱い息を吹きかけた。



「お前が『好き』って言うまで、ずっとこうしててやる。……ここで、もっとすげーことしたっていいんだぜ?」



ステラの身体がビクッと跳ねるのが腕を通して伝わってくる。その反応に満足しながら、俺は勝ち誇ったように笑った。お前のその強がり、俺が全部溶かしてやるよ。

どんなに胸を押し退けても逃れるどころか更に力を込めて抱きしめられ、耳元に寄せられたキルアの唇から熱い息が吹きかけられて息を呑む。



「……っっ、意地悪キルア……っ、もう離してよ……っ! ここ店内だし、ゴンだっているのに……!」



ゴンは席を外したまま、まだ戻っていなかった。ステラは抜け出そうともがく。

ゴンがいるのを言い訳にするステラの言葉に、俺は愉快な気分になった。本当に嫌なら、俺の名前を呼ばずに叫ぶなり何なりするはずだろ。そのか細い抵抗が、逆に俺を煽ってるって分かってねえのか。



「ゴンがいたら何だよ。あいつは別に気にしねえだろ」



もがくステラの身体を軽々と抑え込み、空いている方の手で顎を掬い上げる。潤んだ瞳が俺を睨みつけてくるけど、全然怖くねえ。むしろ、もっとめちゃくちゃにしてやりたくなる。



「それに、店内だからいいんじゃねえか。誰も見てねえと思って油断してるお前を、めちゃくちゃにできる」



その瞳に映る俺は、きっとすごく意地悪な顔をしてるんだろう。だが、止められねえ。お前が素直になるまで、俺はこの手を離すつもりはねえよ。



「私が気にするの! ……っ、めちゃくちゃにってなに……すげーことって……なによ、さすがにこんな所でやらないでしょ?」



どんなにもがいても軽く抑え込まれてしまい、キルアを睨みつけた。



「だったら……そんな悪い子にはこうだ!」



キルアの脇の下に手を入れてこちょこちょと擽り始めた。

脇腹をくすぐられて、一瞬身体が強張った。普通なら、こんなガキみてえな攻撃、俺に効くわけねえ。けど、相手がステラだと話は別だ。こいつにされること全部が、俺の調子を狂わせる。



「……っ、はは、それがお前の攻撃かよ。全然効かねえ」



口では強がりながらも、くすぐったさに堪えるようにステラを抱きしめる腕に力を込める。ステラの身体のラインが、いやでも意識させられて、変な気分になってくる。



「そんなんで俺が止まると思ってんなら、甘く見すぎだぜ。むしろ……ご褒美みてえだな」



ステラの手首を掴んで動きを止めさせると、逆に見せつけるようにその手の甲に唇を寄せた。潤んだ瞳が驚きに見開かれるのを見て、俺は満足気に笑う。お前の抵抗なんて、全部俺が受け止めてやるよ。



「っ……、恥ずかしいよ……もう、離してよ……」



手首を掴まれてしまい、抵抗する術をなくし、その上手の甲にキスされて困ったように眉を下げ頬を赤らめて恥ずかしそうに俯いた。

ステラが恥ずかしそうに俯く姿に、俺の中の独占欲がさらに掻き立てられる。その赤い顔も、潤んだ瞳も、全部俺のものにしたくてたまらねえ。掴んだ手首をそっと引き寄せ、俺はステラの耳元に再び唇を寄せた。



「……なんで離す必要があんだよ。お前が俺のこと好きだって言うまで、離してやんねえって言っただろ?」



囁きながら、もう片方の腕でステラの腰をしっかりと抱き寄せる。抵抗を諦めたのか、ステラの身体から力が抜けていくのが分かった。その無防備な姿が、どうしようもなく愛おしい。



「……なあ、ステラ。もう意地張ってねえで、素直になれよ。お前の声で聞きたいんだ」



甘く、懇願するように囁く。これは脅しじゃなくて、俺のただの我儘だ。お前の本当の気持ちを、その可愛い口から聞かせてくれ。そうしたら、もっと優しくしてやるから。



「う……意地悪……」



眉を下げて困ったようにキルアを見つめたあと、観念したように息を吐くとキルアの耳元に唇を寄せて囁いた。



「……キルアが好き……」



耳元で囁かれた、待ち焦がれた言葉。その瞬間、俺の世界の音が一度消えた。心臓が大きく、そしてゆっくりと脈打つ。ステラの甘い声が脳に直接響いて、全身の力が抜けそうになるのを必死で堪えた。



「……ん、知ってる」



俺はそう短く答えると、ステラの身体を抱きしめる腕に力を込めた。ずっと聞きたかった言葉のはずなのに、いざ聞くとどう反応していいか分からなくなる。ただ、どうしようもなく愛しくて、この腕の中に閉じ込めてしまいたかった。



「……俺も、好きだ。ステラが、好きで好きで、どうしようもねえ」



やっと出てきたのは、さっきも言った、ありきたりな言葉。でも、今度はステラの気持ちを知った上で言える。その事実に、胸の奥がじんわりと熱くなった。ステラの髪に顔を埋めると、甘い匂いがして、頭がクラクラする。もう、お前を誰にも渡さねえ。



「……知ってるよ、もう……。さっきから何度も言ってくれたし」



言ったのに離すどころかさらに強く抱きしめられてしまい、いい加減離させようと思った所、髪に顔を埋めるキルアを見て愛しさが込み上げる。



「……キルア、可愛い。そうしてるとなんか猫みたいだよ?」



ふふっと笑うとキルアの後頭部に手を回して優しく撫でた。

頭を撫でるステラの手つきに、俺は猫みてえに喉を鳴らしたくなった。子供扱いされてるみてえでムカつくはずなのに、その優しさが心地よくて、どうしようもなく安心する。抱きしめる腕にさらに力がこもった。



「……うるせえ。可愛くねえよ……お前のせいで、調子狂うんだよ、バーカ」



悪態をつきながらも、ステラの首筋に顔を寄せる。ステラの温かい体温と甘い匂いが、俺の理性を鈍らせる。もう、このままずっとこうしていたい。耳元で掠れた声で囁くと、俺はそっと顔を上げた。ステラの潤んだ瞳と視線が絡み合う。その瞳に映る俺は、きっと今まで見たことねえくらい、締まりのない顔をしてるんだろうな。



「……もう一回言え。俺が好きだって」



悪態をつかれても気にすることなく、くすくす笑いながらキルアの頭を撫でた。首筋に顔を寄せられると擽ったさに肩をすくめた。頬を赤らめて照れたような顔でねだってくるキルアが可愛くて、ステラもふにゃっと緩んだ笑みを浮かべた。



「……キルアが好きだよ。食べちゃいたいくらいに」



食べちゃいたいくらい……その言葉が、俺の中の何かのスイッチを入れた。さっきまで甘い雰囲気だった空気が一変し、ゾクゾクするような衝動が背筋を駆け上がる。



「……へえ、言うじゃねえか」



ステラの後頭部に回していた手を、そっと顎に移動させて上を向かせる。驚きに見開かれた瞳が、俺を映した。



「どっちが先に、食われるか……試してみるか?」



ニヤリと口角を上げ、俺はゆっくりと顔を近づける。ステラの息を飲む音が聞こえた。もう逃がさねえ。お前が仕掛けたんだからな。その可愛い口、塞いでやるよ。



「え……っ?」



急に空気が変わり、キルアの顔つきが可愛い男の子の顔から獰猛さを覗かせる意地悪げな顔つきに変わったのを見て息を呑む。



「キル……ア……、わーっ!」



ゴンがトイレから出てきたのが見えてしまい、慌ててステラはキルアを思いきり突き飛ばした。



「お、おかえり、ゴン……」

「あはは……邪魔しちゃうかも、とは思ったんだけど、さ……テーブルに鞄置いたまんまだったから、ごめんね?」



ステラに思いっきり突き飛ばされ、俺は椅子に背中を打ち付けた。ギリギリのところでゴンに気付いたステラの焦った顔が、やけに面白くて、ムカついた。



「……いってえな、何すんだよいきなり」



悪態をつきながら、俺はわざとらしく肩をすくめる。せっかくいい雰囲気だったのに、最悪のタイミングで邪魔が入っちまった。チッと内心で舌打ちをしながら、笑顔で戻ってきたゴンに視線を移す。



「おー、ゴン。おかえり。別に邪魔じゃねえよ」



口ではそう言いながらも、内心は不満でいっぱいだ。ちらりとステラを見ると、まだ顔を赤くして俯いている。その姿に少しだけ溜飲が下がった。……まあ、今日のところはこれくらいで勘弁してやるか。でも、続きはしっかり覚えておけよ、ステラ。



「そ、そろそろ帰ろっか?」



ステラはキルアに迫られてる現場をゴンに見られた恥ずかしさでどことなく挙動不審になり、ぎこちなく伝票を手に取るとそそくさと席を立った。



「あ、いいよ、ここは私出すからさ」



ゴンが慌てて財布を出したがステラはそう言って赤い顔のままレジに向かってしまった。

ステラが慌てて席を立ち、逃げるようにレジへ向かうその後ろ姿を、俺は腕を組んで見送った。口元には、意地の悪い笑みが浮かんでいるのが自分でも分かる。



「……へえ」



あんなに余裕なくしやがって。ゴンに見られたのがそんなに恥ずかしかったのかよ。さっきまでの大胆な発言はどこにいったんだか。



「ゴン、あいつの奢りみてえだし、俺らもそろそろ行くか」



立ち上がりながら、俺はゴンに声をかける。鞄を掴むと、まだ頬の熱が引いていないステラが会計を終えるのを待った。逃げられると思ってんなら大間違いだぜ。今夜は今日の続き、たっぷりさせてもらうからな。