おとこはみんなはらぺこオオカミ




ゴンの不意打ちでビスケが怯んだ隙を、俺が見逃すはずがなかった。ステラを取り戻す絶好のチャンスだ。



「……サンキュ、ゴン!」



小さく礼を言うと、俺は再び地を蹴った。ビスケの腕からステラをさらうように引き寄せ、今度こそ距離を取る。



「お前は俺の獲物だろ? 他の奴に横取りされてたまるかよ。さあ、第二ラウンドだ。……今度こそ俺から離れんなよ、ステラ」



振り返り、ビスケとゴンに不敵な笑みを向ける。ステラの驚いた顔がすぐ隣にあって、心臓がうるさい。繋いだ手に力を込め、もう一度ステラにだけ聞こえるように囁く。これはただの水遊びじゃねえ。お前を賭けた、俺の勝負なんだからな。



「……えっ? これなんのゲームなの? キルアはゴンとチームでしょ? 私に撃たないの? それ」



ビスケに連れ去られたかと思えば瞬く間にキルアにさらわれ、ステラは状況が掴めずに困惑している。キルアに手を繋がれたステラは水鉄砲をキルアに向けていいのかわからなくなり、思わずキルアの水鉄砲を見ながら問いかけていた。

ステラの言葉に、俺は一瞬動きを止めた。確かにそうだ。俺はゴンとチームで、ステラは敵チーム。なのに、俺は何をやってるんだ?



「……チームとか、今はどうでもいいだろ。とにかく、お前は俺のそばにいればいいんだよ。俺が守ってやるから」



俺はステラから視線を逸らし、ぶっきらぼうに呟く。水鉄砲を持つ手に力が入った。本当の気持ちなんて、こいつに言えるわけねーだろ。俺はもう一度強くステラの手を引くと、ビスケたちに向き直る。混乱したままのステラの表情が、やけに頭に残った。



「……ほら、行くぞ! あいつらまとめてやっつける!」

「えええっ!? キルア、さっきゴンに助けてもらってたのに!? それはひどくない!?」



キルアに強く手を引かれながらビスケたちの前に来るとマヤは困惑しながらも水鉄砲をキルアに向ける。



「じゃあ、また大乱闘モードかな?」



ビスケがゴンに、ゴンがステラに向けて水鉄砲を構えた。

俺に向けられた水鉄砲の銃口と、ステラの困惑した顔。最悪の状況だ。ゴンとビスケもこっちを狙ってる。



「……っ、そうじゃねえ!」

「えっ」



俺は咄嗟にステラの腕を掴み、自分の背中側へ隠すように引き寄せた。まるで盾になるみたいに。



「いいか、よく聞け。チームとか関係ねえ。俺はただ……お前のこと、他の奴に渡したくねーだけだ」



早口で言い放つ。背後からマステラの息を呑む気配がした気がする。もうめちゃくちゃだ。でも、今言わなきゃ、ずっとこのままだ。



「だから、俺と一緒に来い! 二人であいつらぶっ飛ばすぞ、ステラ!」



振り返り、ステラの目を真っ直ぐに見つめて叫ぶ。俺の本当の気持ち、これで少しは伝わったか……?



「……? なに? どうしたの?」



いつの間にか背後からステラの耳を塞ぐクラピカがいた。



「どさくさにまぎれて何を告白しているんだ……」



クラピカの予想外の登場と、核心を突く指摘に、俺は全身の血が逆流するような感覚に陥った。



「……っ、ク、クラピカ!? てめー、いつからそこに……!」

「ついさっきだ」



耳を塞がれて状況が読めていないステラと、呆れ顔のクラピカ。最悪のタイミングだ。顔に熱が集まるのを感じる。



「ち、ちげーよ! 告白とかじゃねえ! これは作戦だって言ってんだろ!」

「チームとか関係ないとか言ってただろう」



しどろもどろに言い訳を並べるが、クラピカの冷静な視線が突き刺さる。



「……とにかく! ステラは俺がもらう! 文句あっか!」



俺はステラの腕を掴み、クラピカから引き離そうとする。もうどうにでもなれ、と半ばヤケクソだった。



「何言ってんの! ステラはアタシのチームだわさ! キルアには渡さないわよ!」



ビスケがそう言ってキルアの顔面に水鉄砲を放った。ゴンが「キルアひどい! オレ達チームじゃないの!?」と言ってキルアに水鉄砲を放った。その隙にクラピカがステラの手を引いてその場から離れていった。

ビスケとゴンの水鉄砲をまともに食らい、視界が滲む。その一瞬の隙に、クラピカがステラを連れていくのが見えた。



「……っ、待てよ!」



俺は咄嗟に手を伸ばすが、その指先は虚しく空を切るだけ。クラピカの冷静な横顔と、困惑したまま連れて行かれるステラの後ろ姿が目に焼き付いて離れない。



「……クソッ! なんであいつが邪魔すんだよ! ……ステラ!」



悔し紛れに砂浜を蹴りつける。ゴンとビスケが何か言ってるが、もう耳に入ってこなかった。ただ、ステラの手の感触だけが、まだ俺の右手に生々しく残っていた。

クラピカはイチゴのかき氷をステラに、メロンのかき氷を駆けつけてきたキルアに差し出して「遊んではしゃいだなら水分補給はしろ」と涼しい顔で言う。レオリオもその場にいて「よっ」と片手を上げた。レオリオもかき氷を食べている。



「わー、かき氷だ! クラピカありがとう!」



ステラは嬉しそうにかき氷を受け取ったが、差し出されたメロンのかき氷を、俺はただじっと見つめた。さっきまでの喧騒が嘘のように静かで、レオリオの呑気な声だけが響いている。



「……別に、頼んでねーよ……なんで邪魔したんだよ」



ぶっきらぼうに呟き、クラピカから視線を逸らす。隣でステラが嬉しそうにかき氷を食べているのが見えて、胸がチクリと痛んだ。俺の小さな声は、きっと誰にも届かない。クラピカのやつ、絶対わざとだ。あいつがいると、どうも調子が狂う。



「……ステラ、それうまいのかよ」



努めて普段通りを装って、隣のステラに話しかける。本当は、さっきの言葉の返事が聞きたい。けど、そんなこと聞けるわけもなかった。

ステラはキルアを振り返り、満面の笑みを向けた。



「うん、おいしいよ! キルアもそのメロン食べなよ!」



ステラはクラピカの用意したメロンのかき氷をキルアに差し出し、首を傾げて甘えるように問いかける。



「……私と一緒に食べよ?」



ステラの「一緒に食べよ?」という言葉と、満面の笑み。さっきまでのイライラが、一瞬でどこかへ吹き飛んでいくのを感じた。



「……っ、しょーがねーな……一口だけだぞ」



俺はぶっきらぼうに言いながらも、差し出されたメロンのかき氷を受け取る。隣に座るステラとの距離が近くて、心臓がうるさい。スプーンでかき氷をすくい、ステラの口元へそっと運ぶ。クラピカがこっちをジロリと睨んでいる気がするが、今は無視だ。



「……ほら、あーん」



少し照れくさくて、つい視線を逸らしてしまう。俺の気持ち、このかき氷みたいに甘く溶けて、お前に伝わればいいのに。



「ん? あーん……うん! メロンもおいしい!」



ステラは不思議そうに見たあと、キルアの手からぱくりと食べた。

ステラの嬉しそうな顔を見て、俺の口元も自然と緩む。メロンの冷たさと甘さが、火照った体に心地よかった。



「……だろ? 俺の選択に間違いはねーんだよ」



得意げに言って、今度は自分も一口食べる。クラピカの視線がさっきより鋭くなった気がするが、知ったこっちゃない。



「お前のイチゴも一口よこせよ。交換だ」



当然のように言い放ち、ステラの持つかき氷にスプーンを伸ばす。これはただの味見じゃねえ。お前との距離を、もっと縮めるための口実なんだからな。



「うん、イチゴもおいしいよ!」



ステラはキルアにかき氷を差し出して微笑んだ。キルアがイチゴのかき氷を食べるのを見て、レオリオも近くに来て「イチゴも良さそうだな、どれ、オレにも一口くれ」と言ってマヤのかき氷にスプーンを伸ばす。クラピカが呆れたように「下心丸出しだぞ、レオリオ」と言った。

レオリオの伸ばした手が、ステラのかき氷に届く寸前。俺は無意識のうちにその手をパシッと叩き落としていた。



「……っ、んな汚ねぇ手でステラのかき氷に触んな!」



我ながら幼稚なことをした自覚はある。だが、俺以外の男がステラに近づくのは、どうにも我慢ならねぇ。



「何すんだキルア!」



レオリオが文句を言うが、俺は無視してステラの方へ向き直る。そして、さっき自分が使ったスプーンでイチゴのかき氷をすくった。



「交換だろ? こっちのスプーン使えよ」



これはただの意地悪じゃねえ。俺のだって、お前に分かってほしいんだ。そのかき氷も、お前自身も。



「ええ……っ!? なんで!? 交換って……スプーンを交換する意味ある!?」



ステラはさすがに驚いてしまい、困惑しながらもそのスプーンを受け取ろうとして、クラピカが間に入りステラの手を掴んだ。



「どいつもこいつも……下心丸出しだ」



クラピカが呆れたように言うとレオリオは「し、下心じゃねー!」と叫んだ。

クラピカが俺とステラの間に割り込んできた。その冷たい視線が、まるで俺の考えをすべて見透かしているようで、心臓がドクリと鳴る。



「……っ、うるせーな! 下心とかじゃねえよ! これは俺とステラの交換だ! お前が口出すことじゃねーだろ!」



レオリオと同じような言い訳を叫びながら、俺は掴まれたステラの手を引く。なんでこいつはいつもいつも、いいところで邪魔してくんだよ!必死にステラの手を自分の方へ引き寄せようとする。クラピカの邪魔が入る前に、どうにかしてこの距離を縮めたい。俺の焦りが、掴んだ手に力として伝わっていく。



「……いいから、ステラはこっち来いよ!」



そこにゴンとビスケが来た。



「二人ともステラの手を掴んで何してるの?」



クラピカはステラの手を掴んだままキルアをじっと見つめて「この際ステラに選んでもらおう。誰と一緒にいたいか」と言った。

クラピカの言葉が、まるで冷たい刃のように俺の胸に突き刺さる。ステラに選ばせるだと……?ふざけんな。そんなの、まるで俺が試されてるみたいじゃねえか。



「……はっ、何言ってんだ? ステラが誰を選ぶかなんて、決まってんだろ」

「ああ、そうだな」



俺はクラピカを睨みつけ、ステラの手を掴む力をさらに強めた。ゴンの純粋な視線とビスケの探るような目が痛い。だけど、ここで引くわけにはいかねえ。



「なあ、ステラ。お前は俺と一緒にいたいよな? こんな面倒な奴らより、俺といた方が絶対楽しいって」



ステラの顔を覗き込み、少しだけ声を潜めて問いかける。これは質問じゃねえ、確認だ。お前の答えは、もう分かってる。だから、早く俺を選べよ。

クラピカが負けじとステラの手を強く握って「私と一緒にいた方が落ち着けると思うが?」と言った。レオリオがすかさず「いや! オレと一緒にいようぜ!」と割り込んできた。ゴンはますます困惑したように「みんな何やってんの? キルア、これはどういう事だよ?」と言った。ビスケが「ステラったらモテモテだわね」と言った。



「ふ、二人とも痛いよ……」



キルアとクラピカに強く手を握りしめられ、ステラは思わず眉を寄せた。

ステラの痛そうな声に、俺はハッと我に返る。力を入れすぎていた。クラピカを睨みつけ、すぐにステラの手を掴む力を緩める。



「……わりぃ」



素直に謝るが、ステラの手を離す気は一切ない。むしろ、さっきよりも優しく、でも決して離さないように握り直した。



「こんな奴らのせいで痛い思いさせて悪かったな。だから、もう終わりにしようぜ。俺を選べば、こんな面倒なことにはならねえ」



俺はステラの目を真っ直ぐに見つめる。レオリオやクラピカの言葉なんて、もうどうでもいい。今、俺が聞きたいのはお前の声だけだ。お前の本当の気持ちを、俺にだけ教えてくれよ。



「……ビスケと一緒にいたい」



ステラの口から出たのは、俺でも、クラピカでも、レオリオでもない、ビスケの名前だった。その瞬間、周りの空気が凍りついたように感じた。



「……は?」



握っていたはずのステラの手が、するりと離れていく。その感触がやけにスローモーションで、俺はただ呆然とそれを見送ることしかできなかった。



「なんで……なんでビスケなんだよ……! 冗談だろ、ステラ……? 俺を選べよ……!」



自分でも驚くほどか細い声が出た。納得できない。理解できない。俺たちの今までの時間は、このかき氷みたいに、あっけなく溶けて消えちまうのかよ。震える声で懇願する。ステラは困ったように笑って、ビスケの後ろに隠れてしまった。その背中が、やけに遠く感じた。

クラピカもレオリオも呆然とした顔をしていた。



「だって……みんな怖いんだもん。なんか殺気立ってるし、『俺を選べ』って迫ってくるし……」



ステラはビスケの後ろに隠れたまま素直な気持ちを述べた。キルアとクラピカに強く握られた手首には、手の形の赤い跡がうっすらと残っていた。



「それに力いっぱい掴んでくる……」



ステラの言葉と、その手首に残る赤い跡。それが俺の目に突き刺さり、頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。



「……っ、怖い……?」



俺が?ステラを?そんなつもりじゃなかった。ただ、必死だっただけだ。他の奴に取られたくなくて、焦って、それで……。



「……悪かった……けどな、俺は……」



絞り出した声は、自分でも驚くほど弱々しかった。ビスケの後ろに隠れるステラの姿が、俺との距離を明確に示している。俺の強引さが、お前を傷つけて、遠ざけてしまったのか。言いかけた言葉を飲み込む。今さら何を言っても、それはただの言い訳にしかならない。今はただ、この胸を締め付ける痛みに耐えるしかなかった。

クラピカも弱々しい声で「……すまなかった」と言って俯いていた。



「あんた達強引すぎんのよ。ステラをこんなに怖がらせるなんて」



ビスケはそう言ってステラの頭をよしよしと撫でた。

ビスケがステラの頭を撫でる光景を、俺はただ黙って見ていることしかできなかった。ステラの「怖い」という一言が、頭の中で何度も繰り返される。



「……チッ」



俺は舌打ち一つ残し、その場から駆け出した。クラピカやビスケの呆れたような視線も、ゴンの心配そうな声も、全部振り切って。



「なんでだよ……クソッ! ビスケなんかに……負けるかよ……!」



砂浜を蹴りつけ、力の限り走る。ステラを守りてぇ。誰にも渡したくねぇ。ただそれだけだったのに、やり方を間違えたのかよ。俺はお前を怖がらせたいわけじゃねえ。ただ、そばにいてほしいだけなんだ。この気持ち、どうすりゃ伝わるんだよ……!

走り続けた先、岩陰に一人隠れる。荒い息を整えながら、さっきのステラの怯えた顔を思い出して、ギリッと奥歯を噛み締めた。



「……俺はただ、お前の特別になりたかっただけなのに」



呟いた声は波音に掻き消されていく。ビスケのやつ、余裕しゃくしゃくでステラの頭を撫でやがって。俺だって、あんな風に優しくできたら……。いや、違う。俺はあいつとは違うやり方で、ステラの気を引いてみせる。



「見てろよ、ビスケ……。次は絶対、俺を選ばせる」



俺は決意を固め、再び浜辺へと戻る。今度は力ずくじゃねえ。俺にしかできない方法で、お前の心をこっちに向かせてやる。覚悟しとけよ、ステラ。