女の子はいつだってふわふわしてたいの
クラピカとレオリオはそっとステラに歩み寄り、謝罪していた。ステラはビスケの隣に立ったまま、二人を見て微笑んでいた。ビスケはうんうんと頷いている。ゴンも明るく笑っていた。
みんなが笑っている。俺がいないところで。その輪の中心にはステラがいて、隣にはビスケがいる。胸がズキリと痛むが、今はもう駆け出したりしない。
「……楽しそうじゃねーか」
小さく呟き、俺は砂浜に落ちていた流木を拾い上げた。さっきみたいに力任せに迫っても、ステラが怖がるだけだ。それなら、もっと違うやり方で……。俺の本当の気持ち、今度こそお前に届けてみせる。
ステラはキルアを振り返り、笑顔を見せた。
「キルア。おかえり。……さっきのことは、もういいよ。みんなで昼ご飯食べよう?」
「あっちに流しそうめんがあるよ!」
ステラの笑顔と「おかえり」という言葉。さっきまでの殺伐とした空気が嘘みたいに、優しく俺を包み込む。昼飯……流しそうめん……か。
「……別に、腹なんて減ってねーし。ゴンが言うなら、付き合ってやってもいいけど」
素直になれず、そっぽを向いてぶっきらぼうに答える。だけど、お前の誘いを断るなんて選択肢、俺の中にはねぇんだよ。これはゴンへの言い訳じゃねえ。お前の隣に行くための、俺なりの精一杯の口実だ。お前の笑顔、今度は俺が守ってみせる。
ゴン、キルア、ステラ、ビスケ、クラピカ、レオリオの6人はみんなで流しそうめんを食べに屋内に集まった。流しそうめんの両端には3つずつ椅子が並んで置いてある。ステラはビスケの隣に座った。
「流しそうめんなんて初めて。なんかわくわくするね!」
ステラの弾んだ声が耳に心地良い。さっきまでの気まずさが嘘みたいに、空気が和らいでいる。ビスケの隣か……チッ、気に食わねぇけど、今は我慢だ。
「へぇ、初めてなんだ。ま、俺にかかればこんなもん余裕だけどな。見てろよ。お前の分も全部取ってやっから」
俺はわざとステラの正面に座る。こうすれば、お前の顔がずっと見えるだろ?流れてくる素麺を箸で器用に掴み取り、得意げにステラに見せつけた。これはただの流しそうめんじゃねえ。お前の気を引くための、俺なりの作戦開始の合図なんだ。さっきみたいに怖がらせるんじゃなく、自然にお前の隣を取り戻してみせる。
ビスケ隣にはステラ、ステラの隣にはクラピカが座った。正面にはゴン、キルア、レオリオの順に座っていた。ステラは正面にいるキルアを見て目を輝かせた。
「すごーい! キルア上手だね!」
ビスケもステラの隣で器用に素麺を掴み取ると「ほら、食べなさい」と言ってステラの器に入れた。
「ありがとうビスケ!」
ビスケがステラの器に素麺を入れた瞬間、俺の箸がピタリと止まる。まただ。またあいつが、俺より先にステラの気を惹きやがった。
「……チッ」
舌打ちが漏れる。正面に座ったのは失敗だったか?いや、まだだ。ここからが勝負だろ。俺は流れてくる素麺の中から、一番太くて美味そうな束を狙い定めて見事にキャッチする。そして、わざとらしく音を立ててそれを啜った。
「ん、やっぱうめーな。ステラもちゃんと自分で取らねーと、全部なくなっちまうぞ?」
これは挑発だ。ビスケに頼るんじゃなくて、俺のすごさをもっと見ろよ。そうすれば、自然とお前の意識は俺に向くはずだ。
ステラはビスケにとってもらった素麺を美味しそうに啜ったあと、キルアを見て頷いた。
「うん、そうだよね! 私、自分で取ってみるよ!」
クラピカはステラの隣で素麺をキャッチできずに苦戦していた。ステラも箸を伸ばしたがクラピカと同じようにうまくキャッチできず、クラピカと顔を見合わせて笑い合った。
「難しいね、これ」
「ああ、素麺がつるつるしているからな」
ステラとクラピカが笑い合っている。その光景が、やけに気に障った。俺が注目を集めようとしたのに、なんでクラピカと仲良くなってんだよ。
「……へたくそだな、二人とも。ほらよ。さっき俺が取ってやるって言ったろ?」
俺は呆れたように言い放ち、流れてきた素麺を二本箸で同時に掴んでみせる。そして、そのうちの一本を、ひょいとステラの器に入れてやった。ビスケの真似みたいで癪だが、あいつより俺の方がスマートにできるってことを見せつける。どうだ、ステラ。お前が本当に見るべきは、隣の不器用な奴じゃなくて、正面にいる俺だろ?
「えっ、ありがとうキルア」
クラピカもなんとか流しそうめんをキャッチし、涼しい顔で啜った。ステラもキルアにもらった素麺を啜った。
「おいしい!」
ステラの笑顔に、さっきまでのイライラが少しだけ和らぐ。そうだ、俺はこの顔が見たかったんだ。
「だろ? 俺が取ったやつだからな。そこらのやつとはひと味違うんだよ」
得意げに鼻を鳴らし、わざとビスケとクラピカに聞こえるように言ってやる。俺は素麺を啜りながら、ステラの次の言葉を待った。もっと俺を褒めろよ。
「そうなの?」
「そうだよ。まあ、お前が食いたいなら、いくらでも取ってやるけどな」
これはただの親切心じゃねぇ。お前の隣にいる奴らより、俺の方がお前のことを気にかけてるってアピールだ。このくらいの気遣い、俺にだってできるんだよ。
「それは嬉しいけど……でも、やっぱり自分で取れるように頑張るよ。よーし次こそ!」
ステラは再び箸を伸ばしたがまたキャッチしそこねた。
「うー、難しい……」
それを隣で見ていたビスケがステラの箸を持つ手を取り優しく指南する。
「まず箸の持ち方はこう! いい? こうやって箸を持って、素麺が流れてきたらこうやって動かして……こう!」
「わっ、取れた! ありがとう!」
素麺をキャッチしたステラが嬉しそうに声を上げた。
ビスケがステラの手を取って教えた瞬間、俺の中で何かがプツリと切れる音がした。なんでだよ。俺がステラのために取ってやったのに、なんでまたビスケなんだよ。
「……チッ、余計なことしやがって……俺が教えてやろうとしたのによ」
小さく舌打ちし、箸を強く握りしめる。ステラの嬉しそうな声が、今はただただ気に障る。俺はわざとらしく聞こえるように呟くと、流れてくる素麺の束を勢いよく掴み取った。そして、それをステラの器に、少し乱暴に入れてやる。これはビスケへの対抗心だ。お前なんかにステラは渡さねぇ。
「えっ? じゃあ、これはキルアにあげるね!」
ステラは今取ったばかりの素麺の束をキルアの器に入れた。レオリオが「お互いに入れ合ってどうすんだよ」とからかうように言った。
レオリオのからかいに、カッと顔が熱くなるのを感じた。ステラの箸にあったはずの素麺が、今度は俺の器に入っている。
「べ、別に俺は頼んでねーし!」
慌てて言い返す声が、自分でも情けないくらいに上擦っていた。だけど、ステラが俺のためにしてくれた。その事実が、さっきまでの苛立ちをあっさりと溶かしていく。
「……サンキュ」
そっぽを向きながら、ボソリと礼を言う。正面にいるステラと目が合うのが、なんだかやけに恥ずかしかった。ステラの真っ直ぐな優しさが、今は心地良い。
「おいしいね!」
ステラはキルアに取ってもらった素麺を啜る。レオリオがぼそりと「これってよー、間接キスだよな」と言った。
レオリオの「間接キス」という言葉が、雷みたいに俺の頭に突き刺さった。さっきまでステラが使っていた箸で取った素麺。それが今、俺の目の前にある。
「なっ……!? て、てめぇレオリオ! 変なこと言うんじゃねーよ!」
途端に意識してしまい、顔から火が出そうになる。慌ててステラの方を見ると、彼女はきょとんとした顔でこっちを見ていた。俺は動揺を隠すように大声で怒鳴りつけた。だけど、心臓はうるさいくらいに高鳴っている。これはただの素麺だ。そう自分に言い聞かせても、ステラの顔がちらついて、箸が止まってしまった。
「……食えるか、こんなもん……」
ステラはビスケに教わったとおりに箸を伸ばして流しそうめんをキャッチする。
「やったー! 取れるようになったよ! ビスケが教えてくれたおかげだから、これはビスケに!」
そう言ってビスケの器に素麺を入れた。ビスケも素麺をキャッチし、それをステラの器に入れた。
「おほほ、このアタシが教えたんだから当然よ。ならこれはステラにやるわさ」
ステラとビスケが互いに素麺を入れ合う光景が、スローモーションのように見えた。さっき俺がもらった時とは違う、もっと親密な空気。レオリオの「間接キス」って言葉が頭をよぎり、胸の奥がチリッと焼けるように痛む。
「……ふん、勝手にやってろよ」
わざと興味なさそうに鼻を鳴らし、俺は手元の器に視線を落とす。ステラが入れてくれた素麺。さっきまで食べるのを躊躇していたはずなのに、今はもう、これしか目に入らなかった。俺は意を決して、その素麺を勢いよく啜り上げた。これはステラが俺にくれたもんだ。ビスケなんかに見せつけるように、わざと大きな音を立てて。どうだ、お前らだけの世界にはさせねぇよ。お前の特別は、俺だろ?
勢い良く素麺を啜るキルアを見てステラは少し驚いた顔をする。
「すごい食べっぷりだね、キルア!」
クラピカが端に置いてあったネギを手に取り、「ステラ、ネギも入れるといい」と言ってステラに差し出している。ステラはお礼を言ってそのネギを器に入れ、ビスケにもらった素麺を啜った。ビスケもネギを器に入れてステラにもらった素麺を啜る。
ステラがクラピカからネギを受け取る。その親しげなやり取りが、また俺の神経を逆撫でした。さっきまで俺の食べっぷりに驚いていたくせに、もうクラピカの方を向いてるのかよ。
「……ネギくらいで、大袈裟だな。水、取ってくる。ステラもいるだろ?」
俺は聞こえよがしに呟き、空になった自分の器をわざとらしく見つめる。そして、お前だけじゃなく、俺にだって気遣いはできるんだと見せつけるように、すっと立ち上がった。これは質問じゃない。有無を言わさずお前の世話を焼くっていう意思表示だ。クラピカやビスケからお前の意識を、強引にでもこっちに引き寄せてやる。お前が気にかけるべきは、俺一人で十分だろ?
「あ、じゃあ私も行くよ! 二人で行けば6人分の水を持てるよね! 皆の分も持ってこよっか!」
すかさずステラも席を立ちキルアの隣に並び、隣を歩きながら微笑んだ。
ステラが隣に並んで微笑む。その笑顔に、さっきまでの苛立ちがすっと消えていくのを感じた。俺が言ったのに、なんでお前がそんなに嬉しそうなんだよ。
「……別に、俺一人で持てたけど……ま、お前がどうしても手伝いたいって言うなら、別に止めねー」
ぶっきらぼうに言い放つが、口元が緩むのを抑えられない。皆のため、じゃねぇ。これは、お前と二人きりになるための口実なんだ。並んで歩く。ステラの肩が、時々俺の腕に軽く触れる。たったそれだけのことで、心臓がうるさく鳴った。このまま時間が止まればいいのに、なんて柄にもないことを考える。
「……水、重かったら俺が持つから言えよ」
お互い水着姿のため、肩がキルアの腕に触れると素肌と素肌が触れ合う感覚にステラはどきりとして少し距離を空けた。
「うん、ありがとう。確かに、食べたら喉も乾くもんね」
ステラが少し距離を置いた。そのわずかな隙間が、まるで深い溝のように感じられる。さっき触れた肌の柔らかさが腕に焼き付いていて、俺までどうしようもなく動揺していた。
「……ま、まあ、そうだよな。流しそうめんの後は特に」
気まずさを誤魔化すように、わざとぶっきらぼうに答える。だが、一度意識してしまえば、隣を歩くステラの存在がやけに大きく感じられた。俺はポケットに手を突っ込み、顔の熱を隠すように少し俯く。お前のその反応、俺のこと、少しは意識してんのか?だとしたら、なんて……。
「……さっさと行くぞ。あいつら、喉乾いてうるさそうだしな」
ウォーターサーバーに来ると二人で水をコップに入れていく。その際にまたステラの腕とキルアの腕が触れ、素肌と素肌が密着した。
「あっ、ごめん。ぶつかっちゃった」
ステラはそう言って少し距離を空けた。
まただ。また、お前は距離を置く。さっき触れた腕の感触が、まだ鮮明に残ってる。俺だけが意識してるんじゃない。お前も、俺を意識してるんだろ?そうじゃなきゃ、そんな顔するはずねぇ。
「……別に。狭いんだから、当たるくらい普通だろ」
「そっか、確かに狭いもんね、仕方ないよね」
平静を装って、コップに水を注ぐ作業に戻る。だけど、心臓の音はうるさいままだ。この気まずい沈黙をどうにかしたくて、何か言わなきゃと思うのに、言葉が出てこない。
「……さっきの流しそうめん、お前、あんま食えてなかったろ。後でなんか買ってきてやるよ」
これが、今の俺にできる精一杯の話題転換だった。お前の気を紛らわして、少しでもこの距離を縮めたい。ただ、それだけなんだ。
ステラもコップに水を入れていく。自然とキルアとステラの腕が触れ合った。
「えっ? そんなことないよ。キルアとビスケが素麺を取ってくれてたし、ちゃんと食べれてるよ。ありがとうね」
ステラは嬉しそうに微笑んだ。
「でも、流しそうめんのあとのデザートもいいね。マンゴーとか売ってたし」
ステラの笑顔と「デザートもいいね」という言葉に、俺の心臓がまた一つ、大きく跳ねた。そうだ、これだ。これなら自然にお前を誘える。
「だろ? マンゴーかき氷とか、絶対うまいって」
「うん、流しそうめんのあとだとより美味しく感じられそう」
俺はわざと得意げに言って、手に持っていたコップをトレーに置く。腕が触れたことへの動揺を悟られたくなくて、必死に平静を装った。
「じゃあ、決まりだな。水置いたら、二人で買いに行くぞ」
これは提案じゃない、決定だ。他の奴らには声をかけない。ビスケやクラピカからお前を引き離して、二人きりの時間を作るんだ。お前のその笑顔、独り占めしてぇんだよ。