あの子を抱きしめてねむりたい




ステラはキルアの言葉に少し驚いた顔をする。6人分の水を持って、キルアとテーブル席に戻っていきながら問いかける。



「……えっ? 二人で行くの? 他の皆は?」



ステラの問いに、俺は少し苛立ちを覚えた。なんでそんな当たり前のことを聞くんだよ。さっきからずっと、二人きりになりたくて必死だってのに、お前は気づいてねーのか?



「……当たり前だろ。なんであいつらも連れてかなきゃなんねーんだよ。お前が食いたいって言ったんだろ? だったら俺が付き合ってやるって言ってんの。他の奴らは関係ねぇ」



少し棘のある言い方になったのは、焦りのせいだ。隣を歩くステラの横顔を盗み見る。驚いたままのその表情に、俺は畳み掛けるように言葉を続けた。これはただのワガママじゃねぇ。お前の「特別」になりたいっていう、俺なりの必死のアピールなんだ。頼むから、伝わってくれよ。



「ん? でもせっかくみんなで遊びに来たんだし、みんなも誘ってみようよ!」



ステラは屈託なく笑って言いながらテーブル席に水の入ったコップを置いていく。皆は「ありがとう」と言って水を受け取る。

ステラの屈託のない笑顔と「みんなも誘ってみようよ」という言葉が、俺の胸にぐさりと突き刺さる。なんでだよ。なんでお前は、そう簡単に俺の気持ちを打ち砕くんだ。



「……は? なんでそうなるんだよ」



テーブルにコップを叩きつけるように置くと、ガチャン、と氷が鳴った。周りの皆の視線が俺に集まるのがわかる。だが、そんなことはどうでもよかった。



「俺は、お前と二人で行きてぇって言ってんの。……なんでわかんねーんだよ」



声が震えるのを抑えられない。皆の前でこんなことを言うなんて、柄にもない。だけど、もう誤魔化すのは限界だった。俺の視線が、お前の答えを必死に求めていることに、いい加減気づけよ。

ステラはキルアの剣幕に驚いてびくりと肩を跳ねさせる。



「えっ……ど、どうしたの……? キルアは、皆とじゃ嫌なの?」



クラピカが立ち上がりステラを庇うように立ちながら「二人で行きたい、とはどういう事だ?」と言った。

クラピカが俺とステラの間に割って入る。その庇うような仕草に、俺の中の何かがプツリと切れた。お前に何がわかるってんだ。



「……うるせぇな。お前には関係ねぇだろ」



苛立ちを隠さずにクラピカを睨みつける。だけど、本当に言いたい相手は違う。俺はステラに向き直った。



「嫌だね。なんで俺が、お前以外の奴にまで気ぃ遣わなきゃなんねーんだよ。行くぞ。俺が食いたいって言ってんの。お前は黙ってついてこい」



皆の視線が痛い。だけど、もう引き返せねぇ。俺はステラの腕を掴んだ。水着越しの肌が、やけに熱い。



「ちょっと、キルア……っ」



キルアに腕を掴まれて強引に連れ出される。クラピカがキルアの腕を掴んでステラの手を離させる。それからステラの前に庇うように手を広げながら言う。



「関係あるに決まってるだろう。ステラは私の……私達の大事な仲間だ」



クラピカが俺の腕を掴み、ステラから引き離す。その手の強さと、俺の行く手を阻むように広げられた腕に、頭の奥で何かが焼き切れるような音がした。



「……どけよ。俺はステラに言ってんだ。お前が口を挟むな」



ギリ、と奥歯を噛みしめる。低く、唸るような声が出た。大事な仲間?ふざけるな。お前らがステラをどう思っていようが、俺にとってはそんな言葉で片付けられるような存在じゃねぇんだよ。俺は掴まれた腕を振り払い、もう一度ステラの腕を掴もうと手を伸ばす。お前のその戸惑った顔が見たいわけじゃねぇ。ただ、俺だけを見てほしい。その一心だった。



「喧嘩はやめなさい! ここをどこだと思ってんの!」



ビスケがクラピカとキルアを掴んで店の外にふっ飛ばした。

店の外の砂浜に叩きつけられ、受け身を取るのも間に合わず砂を食う。ビスケの馬鹿力に悪態をつきながら、すぐに体を起こした。



「……っ、あのババア……!」



口の中の砂を吐き出し、隣で同じように体勢を立て直しているクラピカを睨みつける。あいつのせいで、何もかもめちゃくちゃだ。



「てめぇのせいだぞ、クラピカ……! 余計な口出ししやがって……! ステラは俺が連れてく。お前はそこに転がってろ」



俺は怒りに任せて叫ぶと、ステラがいるであろう店の方へ踵を返す。こんなところで油を売ってる暇はねぇ。もう誰にも邪魔はさせない。今度こそ、あいつの手を引いて、二人きりの場所に。俺のこの気持ち、いい加減、お前に全部ぶつけてやる。

店の中にステラはいなかった。ビスケもいなかった。そこにはのんびりと素麺を食べてるゴンとレオリオがいるだけだった。



「おーお帰り。派手に吹っ飛んでいったなー」



店の中にステラとビスケの姿がない。ゴンとレオリオだけがのんきに素麺を啜っている。レオリオの間の抜けた声が、やけに頭に響いた。



「……ステラはどこだよ」

「……ステラならかき氷買いに、」



俺はゴンたちの返事も待たず、店の外に飛び出した。苛立ちで頭がどうにかなりそうだ。あのババア、ステラをどこに連れて行きやがった。



「ステラッ!」



辺りを見回し、大声で名前を呼ぶ。人混みの中に、あの特徴的なピンク色の髪を探した。どこにいるんだよ。俺から、逃げんな。



「……見つけた」



少し離れたかき氷の屋台の前に、見慣れた二つの後ろ姿を見つける。俺は砂浜を蹴って、一直線にそこへ向かった。



「騒がせたお詫びに、今日はアタシが奢ってやるわさ! 好きなの選んでいいよ!」

「でも、キルアもかき氷食べたがってたし……」

「キルアならもうそこに来てるわさ」

「え!?」



ビスケの言葉に振り返ったステラと、ばっちり目が合う。その驚いた顔を見て、俺は思わず足を止めた。さっきまでの怒りが嘘みたいに凪いでいく。



「……当たり前だろ。お前を一人にさせるわけねぇじゃん。お前が食いたいって言ったんだろ? マンゴーのかき氷。俺が買ってやるって約束した」



砂を払いながら、ゆっくりと二人に近づく。ビスケの隣に立ち、ステラを見下ろした。その瞳が不安げに揺れているのが、気に食わない。これはビスケへの牽制だ。誰が奢るとか、そんなことはどうでもいい。俺は、俺自身の手でお前に何かをしてやりたいんだ。少し強引に、でも今度は間違えないように、お前の隣を陣取る。



「ほら、さっさと選べよ。溶けちまうだろ」

「……うん、ありがとうキルア。でも……今はいい」



ステラはキルアの顔を見つめて言った。



「私……キルアに話したいことがあるの。できれば二人で」



ステラの「二人で話したい」という言葉に、俺の心臓がどくんと大きく鳴った。さっきまでの騒ぎで昂っていた熱が、すっと引いていくのを感じる。



「……話? ……わかった。行くぞ」



俺はビスケをちらりと盗み見る。こいつの前で話せるような内容じゃない。ステラの真剣な眼差しが、それを物語っていた。今度は乱暴にじゃなく、そっとお前の手を取る。さっきみたいに振り払われないか、一瞬だけ緊張が走った。屋台の喧騒から離れ、波打ち際へと歩き出す。お前の言いたいこと、なんとなく想像はつく。でも、それをちゃんとお前の口から聞くまでは、何も考えないことにした。

波打ち際まで来ると、あたりに人けはなく静かだった。ステラはキルアの顔を見上げる。



「あの……」



言いかけて、言葉が途切れる。不安そうな顔で言葉を探していた。

お前の言いたいことは何だ?期待と不安が入り混じって、心臓がうるさい。俺は黙ってお前の言葉を待った。夕陽が海を照らして、お前の髪をきらきらと輝かせる。



「……ゆっくりでいい。ちゃんと聞いてるから。さっきは……悪かった。お前の気持ち、無視して勝手に突っ走って」



少しでも安心させたくて、繋いだままの手に、そっと力を込める。お前の震えが、指先から伝わってきた。柄にもなく素直に謝罪の言葉が出た。さっきの俺は、ただのガキだった。お前が何かを言い淀むのは、俺のせいだ。その不安を取り除いてやりたい。



「だから、ちゃんと言ってくれ。お前が俺に話したいこと」

「……私……」



キルアに握られた手を静かに見つめて迷うように唇を震わせた。



「私、私は……同性愛者なの」



一瞬、何を言われたのか分からなかった。同性愛者。その言葉の意味を頭の中で反芻する。波の音が、やけに遠くに聞こえた。



「……は?」



繋いでいた手から、ふっと力が抜ける。驚きと、それからどうしようもない感情がごちゃ混ぜになって、声が掠れた。お前の顔を見られない。夕陽に照らされた砂浜に視線を落とす。俺が今までお前に向けてきた気持ちは、全部、見当違いだったってことか?



「……それ、どういう……意味だよ……冗談、とかじゃねーの?」



震える声で尋ねる。そうであってくれと、心のどこかで願っていた。お前の口から出る次の言葉が、ひどく恐ろしかった。



「……恋愛対象が、女の子なの」



ステラはキルアから目を逸らし、小さな声で言った。

お前の言葉が、頭の中で何度もこだまする。恋愛対象が、女の子。じわじわと、その言葉の意味が全身に染み渡っていくようだった。



「……そっか」



喉から絞り出した声は、自分でも驚くほど乾いていた。さっきまでの独占欲や苛立ちが、まるで遠い昔のことみたいだ。何も言えずに俯いていると、不意にお前の顔が見たくなった。どんな顔してんだよ、今。俺がどんな気持ちでいるかなんて、お前は知らねぇだろ。



「……いつからだよ」



顔を上げ、真っ直ぐにお前の瞳を見つめる。動揺を悟られたくなくて、必死に平静を装った。俺の知らないお前の一面。それすらも、全部知りたかったんだ。



「……わからないけど……いつの間にか、ビスケのことを目で追ってた。わかってるの……ビスケは、同性愛者じゃないし、私のことは可愛い妹のようにしか思ってないってことも」



ビスケ、の名前がお前の口から出た瞬間、俺の頭は真っ白になった。さっきまで必死に保っていた平静が、音を立てて崩れていくのが分かった。



「……は? ビスケ……?」



なんでだよ。なんでよりによって、あのババアなんだよ。俺の動揺なんてお構いなしに、お前は困ったように笑う。その顔が、俺の胸をナイフみたいに抉った。好き、という言葉が喉の奥に引っかかって出てこない。信じたくなかった。お前が俺じゃない誰かを見ていることも、その相手が女であることも。全部、悪い冗談だと思いたかった。



「お前、本気で言ってんのか? あいつのこと、本気で……俺のことは、どうなんだよ」

「うん……私は、ビスケが好きなの。ビスケが同性愛者じゃないって、わかってる。報われない恋だってこともわかってるけど……好きなの」



ステラはまっすぐに気持ちを伝えた。



「でも、たまたま好きになった相手が女の子だったってだけ……なんだと思う。だから、キルアが男の子だから駄目って事じゃないんだ」



お前の言葉が、俺の頭を鈍器で殴ったみたいにぐらつかせる。キルアが男の子だから駄目って事じゃない……?そんなの、何の慰めにもなりゃしねぇよ。



「……ふざけんな。じゃあなんだよ。俺にも可能性があるって言いたいのか? ビスケを諦めたら、俺のところに来てくれるかもしれねぇって?」



ギリ、と奥歯を噛みしめる。結局、お前はビスケが好きで、俺じゃない。ただそれだけのことだろ。変な気遣いが、余計に俺を惨めにさせた。自嘲気味な笑いが漏れる。こんなことを言いたいわけじゃないのに、口が勝手に動く。お前の困った顔が見たいわけじゃない。ただ、俺のこの行き場のない気持ちを、どうにかしてほしかった。



「……んなわけねぇよな。分かってるよ、そんなこと」

「……ごめん。ただ、キルアを否定したいわけじゃなかった。こういう時、どうしたらいいかわからないの……。ねえ、キルアは、どうしたいの? どうしてほしいの……?」



ステラはキルアの顔を見れずに俯いていたが、少し寂しそうにキルアを見た。



「……キルアの前から消えてほしい?」



お前の言葉が、鋭い刃みたいに俺の胸に突き刺さる。冗談じゃねぇ。なんでそうなるんだよ。



「……っ、ふざけんな!なんで俺がお前から消えてほしいなんて思うんだよ! 俺がどうしたいかなんて……そんなの、決まってんだろ……!」



思わず声を荒らげてしまう。俯いていたお前の顔を覗き込むように、ぐっと距離を詰めた。その寂しそうな瞳が、俺をさらに苛立たせる。お前の隣にいたい。一番近くで、お前のことを見ていたい。ただ、それだけだったのに。どうしてこんなに遠いんだ。溢れ出しそうな感情を必死に堪え、言葉を飲み込む。お前を困らせたいわけじゃねぇんだ。



「だって……私はビスケが好きだから……。一緒にいても、キルアが辛いだけ、でしょ……私と一緒にいたくないでしょ……」



ステラはまた俯いて言葉を絞り出すように言う。

お前の言葉が俺の胸を締め付ける。辛いだけ?一緒にいたくない?違う。そんなこと、一瞬だって思ったことねぇよ。



「……辛くねぇなんて言ったら嘘になる。でもな、お前がいない方がもっと辛い。……そんなのも分かんねーのかよ、バカ」



俯くお前の肩を掴み、無理やり顔を上げさせる。泣きそうな顔してんじゃねぇよ。俺まで、どうにかなりそうだろ。お前の瞳を真っ直ぐに見つめる。俺の気持ち、少しでも伝われ。ビスケが好きだっていうお前の気持ちは変えられないのかもしれない。それでも、俺はお前の側にいたいんだ。



「俺がお前と一緒にいたい。……それだけじゃ、ダメなのかよ」