いちごいろの瞳がかわいいあの子
「……いいの?」
ステラは驚いたように目を見開き、キルアの顔を見上げた。
「キルアと一緒にいても……いいの?」
お前の問いに、俺は思わず息を呑んだ。そんなの、当たり前だろ。なんでそんなこと聞くんだよ。
「……当たり前だろ。俺が嫌だって言ったかよ。お前がビスケを好きなのは、もう分かった。……ムカつくけどな」
掴んでいた肩からそっと手を離し、代わりにお前の頬に触れる。夕陽に照らされた瞳が、不安げに揺れていた。その不安を、少しでも拭ってやりたかった。正直な気持ちが口からこぼれる。でも、それでお前を失うくらいなら、この気持ちは俺の中に閉じ込めておく。お前の隣にいられるなら、なんだっていい。
「それでも、俺はお前のそばにいたい。友達でも、なんだっていい。だから……俺の前からいなくなるなんて、二度と言うな」
「……ありがとう、キルア。私も、キルアとこれからも、一緒にいたい。……そばにいたい」
ステラはやっと笑顔を浮かべてキルアの手をそっと取った。
お前の笑顔を見た瞬間、張り詰めていた空気がふっと和らぐのを感じた。俺が一番見たかった顔。それだけで、さっきまでのぐちゃぐちゃな気持ちがどこかへ飛んでいく。
「……ん」
繋がれた手に、そっと力を込めて応える。温かい。この温もりを手放したくなかったんだ。ただ、それだけなんだ。
「……勘違いすんなよ。ビスケのことはまだ認めねーからな。あんなババアのどこがいいんだか」
わざと悪態をついて、照れくささを誤魔化す。でも、もうお前の手を振り払ったりはしない。波の音が優しく響く。これからは、今までとは違う距離で、お前の隣にいる。今はまだ、それでいい。それでいいんだ。
二人で手を繋いでみんなの所に戻っていくと温かく出迎えられた。
「あー! 手を繋いでるー! あやしーんだー!」
「なーに? アンタ達どんな話してたわさ?」
「あやしくないよ。でも、二人だけの内緒の話だもん。ねーキルア!」
お前の「ねーキルア!」っていう明るい声に、俺は少しだけ救われた気がした。ゴンやビスケのからかうような視線が突き刺さるけど、もうどうでもいい。
「うるせーな。お前らには関係ねーだろ」
繋いだままのお前の手をぎゅっと握り、悪態をつく。ビスケがニヤニヤしながらこっちを見てるのが気に食わねぇ。こいつがお前の好きな相手……。胸の奥がチリっと痛む。
「ほら、ステラ。かき氷、まだ食うんだろ? 俺が奢ってやるって言ったじゃん」
お前の手を引いて、わざとらしくビスケから引き離す。今はまだ、お前の隣は俺の場所だ。この関係がどうなるかなんて分かんねぇけど、今はこうしてお前の隣にいたい。ただ、それだけだ。
「うん、私マンゴーのかき氷食べたいな!」
「そうか……ステラは、キルアを選んだんだな。それがステラの意向なら構わない。……ステラを泣かせるなよ」
クラピカがそっと歩み寄り寂しそうに微笑んでいた。
クラピカの言葉の意味が分からず、俺は眉をひそめる。選んだ?何のことだよ。こいつ、俺とステラの話を聞いてたのか?いや、そんなはずはねぇ。だとしたら、一体何を……。
「は? 何言ってんだよ、クラピカ。別に選ぶとかそういうんじゃねぇよ」
「クラピカ……? 選んだって……何が?」
繋いだままのステラの手に無意識に力が入る。クラピカの寂しそうな顔が、妙に胸に引っかかった。こいつもステラのこと……。いや、今は考えるのをやめよう。
「それに、泣かせるわけねぇだろ。俺がこいつのそばにいるって決めたんだからな」
ステラの方をちらりと見ると、きょとんとした顔で俺とクラピカを交互に見ている。その顔を見て、少しだけ冷静になれた。そうだ、こいつの前で変な顔は見せられねぇ。
「先程、私とキルアとでステラを取り合っていただろう。だがその後ステラとキルアは二人で波打ち際に行っていた。そこで、二人で話して、キルアとステラは付き合うことにしたんじゃないのか?」
クラピカはキルアとステラが恋人になったと勘違いしている様子で問いかける。
クラピカの盛大な勘違いに、俺は思わず目を見開いた。付き合う?俺とステラが?そんな話、一言もしてねぇよ。
「はぁ!? 何言ってんだ、お前! そんなわけねーだろ!」
思わず声を荒らげて否定する。隣でステラがびくっと肩を揺らしたのが分かった。繋いだ手にぎゅっと力が入る。
「俺たちは別に……ただ、これからも一緒にいるって、話してただけで……それに、ステラを取り合ってたわけじゃねぇ。お前が勝手に勘違いしてただけだろ」
歯切れ悪く言い訳をする自分がもどかしい。クラピカの真剣な眼差しが、まるで俺たちの本心を見透かしているようで居心地が悪い。そっぽを向き、ぶっきらぼうに言い放つ。本当は、取り合っていたのかもしれない。でも、それを認めたら、ステラを困らせるだけだ。今はただ、この誤解を解くことだけを考えなきゃいけねぇ。
「えっと……クラピカ……。ごめん、クラピカも、その……私のことを……?」
ステラは戸惑うようにビスケをちらりと見た。先程キルアと二人だけの秘密だと言ってしまったあとだったのもあり、ステラは困ったように言葉を選んでいる。
「えっと、私は……他に好きな人がいるんだ……」
お前の「他に好きな人がいる」って言葉に、俺の心臓がドクンと跳ねた。それは俺のことじゃねぇ。さっき、嫌というほど聞かされた、ビスケのことだ。分かってる。分かってるけど、クラピカの前でそうはっきり言われると、やっぱり胸が痛んだ。
「……そういうことだから。こいつには好きな奴がいる。だから、俺たちは付き合ってねぇ。これで分かっただろ?」
俺はステラの手を引いて、クラピカから一歩距離を取る。これ以上、こいつを困らせる状況はごめんだ。俺がなんとかしねぇと。クラピカの驚いたような、そしてどこか傷ついたような顔を見て見ぬふりをする。ステラの好きな相手が誰なのか、こいつは知らない。そして、それを俺が知っていることも。この秘密は、俺とお前だけのものだ。
「ごめん、クラピカ……ありがとう」
ステラはそれだけ言って、ちらりとビスケを見たあとに一瞬だけ傷ついたような顔をした。そのままキルアに手を引かれるままにその場から離れていく。クラピカの傷ついた顔が頭から離れない。それに、ビスケがキルアとステラを見て楽しそうな顔をしていることにも、胸が傷んだ。
「キルアは、何を食べるの?」
ステラが俺の手に引かれるまま、クラピカから離れていく。その横顔は、さっきまでの笑顔とは違ってどこか翳って見えた。クラピカを傷つけちまったこと、そしてビスケの楽しそうな顔。お前が何に傷ついてるのか、俺には痛いほど分かる。
「……俺はチョコバナナ。お前はマンゴーだろ……あいつのことは、気にすんな。どうせクラピカも、すぐ立ち直るだろ」
わざと普段通りを装って、努めて明るい声を出した。かき氷屋のカラフルな幟が、やけに目に眩しい。今は何も聞かねぇ。お前が話したくなったら、聞けばいい。慰めになってるかなんて分かんねぇけど、何か言わずにはいられなかった。繋いだ手に少しだけ力を込める。俺は、お前の味方だ。それだけは、伝わってほしかった。
「うん……なんか、すごくカラフルな店だね!」
今はキルアとのかき氷を楽しもうとステラは切り替えて、キルアに笑顔を向けた。
「チョコバナナのかき氷なんてあるんだ。かき氷とチョコって考えたこともなかったかも。あっモンブランのかき氷まである! 面白いね!」
お前の笑顔を見て、少しだけホッとする。無理してるのは分かってるけど、それでも笑おうとしてくれてるのが嬉しかった。モンブランのかき氷を指差してはしゃぐお前の横顔を、俺はじっと見つめる。
「モンブランのかき氷とか、絶対甘すぎんだろ……。俺はいらねぇ。ほら、さっさと頼めよ。マンゴーとチョコバナナな」
「ええっキルア甘いもの好きなんじゃないの?」
繋いだままの手を引いて、店のカウンターへ向かう。色とりどりのシロップの瓶が並んでいて、夏の匂いがした。クラピカやビスケのことから、お前の気を逸らしてやりたかった。店員に注文を伝えながら、お前の顔を盗み見る。少しは元気、出たかよ。お前が笑ってんなら、俺はそれでいい。今はまだ、この距離で十分だ。
「……席、あっちのパラソルの下にすっか。日差し、強いしな」
「うん、いいね」
移動する際にキルアの腕がマヤの素肌に触れ、ビキニを着てたのを思い出す。パラソルの下に座ると二人のかき氷が運ばれてきた。
「わあ、おいしそう!」
運ばれてきたかき氷を見て、お前の顔がパッと明るくなる。その単純な反応に、俺は思わず口元が緩んだ。さっきまでのごたごたなんて、一瞬忘れちまうくらいにな。
「当たり前だろ。俺が奢ってやってんだからな」
自分のチョコバナナを一口食べて、わざと得意げに言ってみせる。本当は、お前の笑顔が見れただけで十分だった。隣に座るお前の肩が、時々俺の腕に触れる。そのたびに心臓がうるさくなるのを、かき氷の冷たさで必死に誤魔化した。
「……つーか、甘いものが好きだってことと、モンブランのかき氷が甘すぎるってのは別問題だろ」
ぶっきらぼうに返しながら、視線はマンゴーのかき氷を夢中で食べるお前に固定される。お前が笑ってくれるなら、俺はなんだってしてやる。今はまだ、このもどかしい距離のままでもいい。そう思えるくらいには、お前の隣は居心地が良かった。
「うん、ありがとうキルア。すっごくおいしいよ……って、チョコバナナだって十分、甘そうだけどなあ。甘いの好きならモンブランだっていけるんじゃないの?」
ステラはマンゴーのかき氷を食べながら幸せそうに笑う。どっちも甘いものじゃんかと言って笑った。
ステラの屈託のない笑顔に、俺は一瞬言葉に詰まる。さっきまでのクラピカとのことなんて、もうすっかり頭から消えちまったみたいだ。その単純さが、少し羨ましくもある。
「……うるせぇな。これはチョコのほろ苦さがあるだろ。モンブランの甘さとは種類がちげーんだよ」
「そうかなあ……」
我ながら苦しい言い訳だと思いながら、かき氷を口に運ぶ。本当は、お前がモンブランを指さした時、ビスケが好きそうなやつだ、なんて考えてた自分に腹が立っただけだ。
「……それ、一口もらってもいいか?」
自分の気持ちを誤魔化すように、お前のマンゴーのかき氷を指差す。お前との距離が少しでも縮まるなら、どんなきっかけだっていい。今はただ、この甘くて冷たい時間がお前との間に続けばいいと思っていた。
ビスケがいたらきっとモンブランを頼んでるだろうな、と思った所でさっきビスケと一緒にかき氷食べようとしてキルアが来て中断した事を思い出した。目が、無意識にビスケの姿を探してしまう。しかしキルアに話しかけられたことに気付くとぱっと視線を戻してマンゴーのかき氷をそっと差し出した。
「あ、もちろんいいよ。食べかけだけどいい? 一応こっちの部分はまだ食べてないよ」
お前が差し出したかき氷に、俺は一瞬ためらう。食べかけとか、そんなことはどうでもいい。それよりも、お前の視線が俺じゃない誰か……ビスケを探していることに気づいちまった。胸の奥がまたチリっと痛む。
「……サンキュ」
平静を装って、お前が指したまだ手をつけていない部分をスプーンですくって口に運ぶ。甘いマンゴーの味が口の中に広がった。でも、それ以上にお前の揺れる瞳が頭から離れねぇ。
「……別に、今あいつのとこ行ってもいいんだぜ」
わざとぶっきらぼうに言って、自分のチョコバナナに視線を落とす。お前がビスケを好きなのは知ってる。無理に俺の隣に縛り付けてるみてぇで、なんだか居心地が悪かった。本当は行かせたくねぇけど。
「ん? いまかき氷食べてるのに? ……行かないよ。ただ、ビスケはモンブラン選びそうだなーって思ってさ。ふふっ。私もキルアもみんな甘党だよね」
そう言って楽しそうに笑った。
「ねえ、キルアのチョコバナナも一口いい?」
ステラの行かないよ、という言葉に、俺の心臓が少しだけ跳ねたのを悟られないようにかき氷を口に運ぶ。無意識にビスケを探していたことにも、俺が気づいてるってことにも、こいつは気づいてねぇんだろうな。その鈍さが、今は少しだけありがたい。
「……別に、いいけど」
素っ気なく返事をしながら、自分のチョコバナナをステラの方へ少しだけ押しやる。本当はめちゃくちゃ嬉しいくせに、素直になれねぇ自分がもどかしい。ステラが俺のかき氷を食べるのを、俺は横目でじっと見ていた。
「お前が欲しいって言ったんだからな。後で甘すぎるとか文句言うなよ」
わざと悪態をつく。ステラが楽しそうに笑うたび、胸の奥が温かくなるのと同時に、その笑顔がいつかビスケに向けられるものなんだと思うと、チリっと痛んだ。今はまだ、このままでいい。この複雑な気持ちに名前なんてつけられなくても、お前の隣にいられるなら。