アイスクリィムは甘い罠




ステラは「私も甘いもの好きだよ? 特にチョコが好きだし」と言いながらキルアのチョコバナナをスプーンですくって食べた。



「ん〜おいしい! かき氷がふわふわしてるからかな、チョコとも合うんだね」



ステラはキルアに向けて微笑んだが、その表情が固まった。ビスケとゴンが来ていたからだ。



「あらら、二人きりでかき氷? お邪魔しちゃったわね〜」



ビスケの言葉に、ステラは一瞬だけ傷ついたような顔をする。それから笑顔を作って微笑んだ。



「え〜、そんなんじゃないよ……」



ステラの笑顔が固まるのを、俺はすぐ隣で見ていた。ビスケの登場。またかよ、と舌打ちしそうになるのを必死でこらえる。ステラが無理して笑ってるのが、痛いほど伝わってきた。



「……んだよ、ビスケ。人の邪魔すんのが趣味か? こいつが食いたいって言ったから、付き合ってやってただけだ。お前らも食いたきゃ勝手に頼めばいいだろ」



わざと棘のある言い方をする。ステラが傷つくくらいなら、俺が悪者になった方がマシだ。お前の作った笑顔を守るためなら、なんだってしてやる。ステラの肩を軽く引き寄せる。これ以上、お前をこいつらの茶番に付き合わせたくなかった。俺のチョコバナナと、お前のマンゴー。二つの器だけが、さっきまでの穏やかな時間の証だった。



「あら〜二人はそんな関係なのね、おほほ青春だわね。気にせずイチャイチャしてちょうだいな」



キルアがステラの肩を引き寄せたのを見てビスケが楽しげに笑いながら言って、ステラの表情が強張る。



「ちょっと……なに、してるの。そんなくっつくかないでよ……」



ビスケが見てるのに、と言わんばかりにそう言うと肩を引き寄せるキルアからサッと身を引いて離れようとする。

ステラが俺の腕から逃げるように身を引いた。その拒絶が、ビスケの楽しげな笑い声よりも鋭く俺の胸に突き刺さる。お前のその態度は、ビスケに見られたくないってことだろ。分かってる。分かってるけど、今は引けねぇ。



「……んだよ。別に減るもんじゃねぇだろ」



俺はもう一度、今度はさっきよりも強くお前の肩を掴んで引き寄せた。離れようともがくお前の小さな抵抗を、力で押さえつける。ビスケの視線が痛いほど分かる。けど、ここで引いたら、お前がもっと傷つくだけだ。



「ビスケ、てめぇもいい加減にしろよ。こいつが嫌がってんのが分かんねぇのか」



俺は冷たい声でビスケを睨みつけた。お前の震える肩が、俺の腕に伝わってくる。守りてぇのに、逆に俺がお前を追い詰めてるみてぇじゃねぇか。それでも、今はこうするしかねぇんだ。

ビスケの目にはステラが照れて離れようとして、キルアが再び肩を引き寄せて自分たちに『ステラは俺のものだと』主張して見せてるように見えて微笑ましげに笑っていた。



「はいはい、そんな事しなくても誰もステラを取ったりしないわさ。アンタ達お似合いだもの」

「やめてよ……っ! 別に、付き合ってない……! そんなんじゃ……ないもん……」



ステラは今度は強めにキルアの体を押し退けて首を横に振った。その声は少し震えていた。

ステラの強い拒絶に、俺は思わず腕の力を緩めた。押し返された手が宙で止まる。お前の震える声と、必死な否定の言葉が、夏の喧騒を切り裂いて俺の耳に届いた。ビスケの笑い声がやけに遠くに聞こえる。



「……っ、悪ぃ……」



絞り出した声は、自分でも驚くほど掠れていた。お前を守りたかっただけなのに、結果的にお前を一番傷つけて、追い詰めたのは俺自身だった。お前の潤んだ瞳が、俺を責めているように見えて、目を逸らす。気まずい沈黙が流れる。隣にいるはずのお前との距離が、とてつもなく遠く感じた。守るどころか、傷つけてばっかじゃねぇか、俺は。自己嫌悪で胸が苦しくなる。



「……もう、いい。好きにしろよ」



投げやりな言葉が口からこぼれた。もう、どうすればいいのか分からなかった。ただ、お前の悲しそうな顔を、これ以上見ていたくなかった。



「ステラったら照れなくてもいいわさ……? アタシたち、あっち行くから……ね?」



ビスケは気まずそうに言うと運ばれてきたモンブランのかき氷を受け取る。そして気まずそうな顔をしながらメロンのかき氷を受け取ったゴンと一緒に浜辺の方に消えていった。何故かゴンの顔が悲しみに歪んでいたことに、誰も気付かなかった。



「……あ……、ごめん。私……。ごめん……なさい……」



ステラはキルアを拒絶してしまった事に気付き、キルアから目を逸らした。キルアを傷付けた事を後悔して俯いた。



「……嫌だったわけじゃ、ないのに……」



ステラの震える声が、やけにクリアに耳に届いた。俯いたお前のピンク色の髪が、夏の陽射しを浴びてキラキラ光ってる。それなのに、俺たちの間の空気は凍りついたみたいに冷たい。



「……別に、謝んなよ。お前がビスケのこと気にしてんの、知ってたし……。俺が、ガキだった」



無理に平静を装って、溶けかけたチョコバナナのかき氷にスプーンを突っ込む。甘いはずのチョコが、今はひどく苦く感じた。お前が謝ることじゃねぇ。全部、俺が勝手に突っ走っただけだ。本当は、嫌じゃなかったって、その言葉だけで十分だった。でも、素直にそう言えねぇ自分がもどかしい。お前の顔を見れないまま、意味もなくかき氷をかき混ぜる。この気まずさをどうにかしたくて、何か言わなきゃと思うのに、言葉が見つからなかった。



「え……怒ってないの? ……食べよっか。かき氷」



ステラはそっと顔を上げるとキルアの顔を見つめた。キルアを拒絶した事、キルアが気にしているのではと思ったが怒ってる様子ではないキルアを見て少しだけほっとしたように表情をゆるめた。ステラはそう言って、眉を下げながら微笑むとマンゴーのかき氷をスプーンですくって食べ始めた。



「……ありがとうキルア。おいしいね」



お前の怒ってないの?って言葉と、少しだけ緩んだ表情に、俺の中の張り詰めていた何かがふっと解けていくのを感じた。怒ってるわけねぇだろ。俺が怒ってるのは、お前を困らせた自分自身にだけだ。



「……当たり前だろ。なんで俺が怒んだよ」



ぶっきらぼうに返しながら、ようやくお前の顔を見ることができた。まだ少し気まずそうに笑うお前を見て、胸の奥がチクっと痛む。それでも、お前がまた俺に笑いかけてくれたことが、どうしようもなく嬉しかった。



「ん。……さっさと食わねぇと、全部溶けちまうぞ」



俺も自分のチョコバナナを一口食べる。さっきまでの苦さは消えて、いつもの甘い味がした。お前が隣にいて、こうして笑ってくれるだけで、世界はこんなにも色を変える。この時間が少しでも長く続けばいいと、心からそう思った。

ステラはキルアの顔を見つめながら、さっき肩を抱き寄せられた事を思い返す。ビスケの言うように独占を示したかったのか、それともキルアなりに私を守ろうとしてくれたのか、どっちなんだろうと頭の中で巡らせた。



「でも、かき氷食べたらちょっと冷えちゃったかも……キルアあったかいね」



そう言ってキルアに身を寄せるとお互い水着姿のため、肌と肌が直接くっついた。

お前が急に身を寄せてきたから、俺の心臓がドクンと大きく跳ねた。水着越しに伝わるお前の肌の柔らかさと体温に、思考が止まりそうになる。さっきまでの気まずい空気が嘘みたいだ。



「……っ、お前な……急にくっつくなよ」



耳が熱くなるのを感じながら、咄嗟にそっぽを向く。心臓の音がステラに聞こえちまうんじゃねぇかってくらい、うるさく鳴っていた。あったかいのは俺じゃなくて、お前の方だろ、なんて言えるわけもねぇ。



「……別に、俺だって冷えてる。かき氷食ったんだから当たり前だろ」



強がりを言ってみるが、ぴったりとくっついたままのお前の温もりが、俺の冷静さを少しずつ奪っていく。さっき拒絶されたことなんて、もうどうでもよくなっちまいそうだ。ただ、このままずっとお前の隣にいたい。そう思った。



「あ、ごめん。あったかかったからつい……。キルアも冷えたの? かき氷食べたら冷えるよね、これ食べたらまた遊ぼっか!」



キルアが自分に告白してきた事を思い出し、無神経な行動だったと反省したステラはそっと身を離した。マンゴーのかき氷を食べながら笑いかけた。

お前が離れた瞬間、隣にあった温もりが消えて、急に心細くなる。さっきまであんなに近くにいたのに、また距離ができた。お前の「また遊ぼっか!」っていう明るい声が、逆に俺の胸に突き刺さった。



「……ああ、そうだな」



曖昧に返事をして、溶けてシロップになったかき氷をスプーンでかき混ぜる。お前は俺の告白を覚えてる。だから、さっきの行動を無神経だったと反省したんだろ。その気遣いが、今は少しだけ痛かった。お前はもう気にしてねぇのかもしれない。でも俺は、さっき触れたお前の肌の感触を忘れられそうにない。このまま友達として隣にいるのが、正解なのか?そんなことを考えても、答えなんて見つからなかった。



「……その前に、ちゃんと食っちまえよ。全部水になんぞ」



無理やり笑って、お前のマンゴーかき氷を指差す。今はただ、この気まずさを誤魔化すことしかできなかった。



「あはは、キルアのももうほぼ水じゃん。ねえ、ビスケ、やっぱりモンブランかき氷にしてたね。予想通りだったね! モンブランもおいしそうだったな」



ステラはキルアのかき氷を指差して笑った。そして、さっき来てたビスケがモンブランのかき氷を持っていたのをステラはしっかり見ていた。その表情が愛おしむような顔になる。

お前の言葉に、スプーンを持つ手が止まった。さっきまでの穏やかな空気が一瞬で凍りつく。俺のかき氷が溶けていることよりも、お前の口から出たビスケの名前と、その愛おしそうな表情の方が、よっぽど俺の心を冷たくさせた。



「……ああ、そうだな。良かったじゃん、見れて」



わざと興味なさそうに返事をする。予想通りだった、なんて楽しそうに話すお前の横顔が、やけに遠く感じる。お前の視線の先には、いつもあいつがいる。分かっていたことなのに、チリっと胸が痛んだ。



「……早く食わねぇと、俺のもお前のも、ただの甘い水になんぞ」



話を逸らすように言って、溶けたかき氷を無理やり口に運んだ。もう味なんてしなかった。お前との距離が、また少し開いた気がした。

かき氷を食べ終えるとキルアとステラは浜辺に出た。木の下でかき氷を食べるゴンとビスケの姿が見えた。



「あれ、あっちで食べてたんだ。おーいゴン! ビスケー!」



ステラは一瞬だけ嫉妬するような表情を浮かべたあと、ビスケとゴンに向けて手を振った。二人が気付いて手を振っている。

お前は俺の返事を待たずに、ゴンとビスケに向かって駆け出した。その後ろ姿を、俺はただ黙って見つめることしかできない。さっきまでの気まずい空気も、少し縮まったと思った距離も、全部なかったことみたいに。口から何も言葉は出てこない。砂を蹴って駆けていくお前の足取りは軽い。俺の気持ちも知らないで、無邪気に笑いやがって。お前の視界に、俺はちゃんと映ってんのかよ。

じりじりと照りつける太陽が、やけに鬱陶しい。遠ざかっていくお前のピンクの髪が、楽しそうに揺れている。その光景が、俺の胸に鋭く突き刺さった。嫉妬で胸が焼けそうだ。



「……勝手にしろよ」



誰に言うでもなく小さく呟いた言葉は、波の音にかき消された。

ビスケはモンブランかき氷をスプーンですくってステラに食べさせている。ステラは少し頬を染めてモンブランかき氷を食べたあと小さく笑っていた。



「めっちゃ甘っ。でも、おいしいね!」

「そうでしょ〜! これがいいんだわさ」 



ビスケは楽しげに笑う。キルアに気付いたゴンが駆け寄っていく。メロンのかき氷を食べているため、その舌は緑色に染まっている。



「キルア! 見て見てオレ、モンスター!」



目の前で、ゴンが緑色の舌を出しておどけている。いつもなら笑ってやるか、くだらねぇって言い返すところだ。だけど今は、そんな気力も湧いてこなかった。視線は、ゴンの後ろ、楽しそうに笑い合うステラとビスケに釘付けになる。



「……ああ、そうだな。すげーじゃん」



棒読みの返事をしながら、拳を強く握りしめた。ステラが頬を染めてビスケからかき氷を食べさせてもらっている。俺にはあんな顔、見せたことねぇくせに。胸の奥で、黒い感情が渦を巻いていく。



「……ゴン、悪い。俺、ちょっと頭冷やしてくる」



ゴンの肩を軽く叩いて、俺は二人から背を向けた。じりじりと焼けるような砂浜の熱さが、今の俺の心の中みたいだ。お前の笑顔を見るのが、今はただ、つらかった。



「キルア?」



様子のおかしいキルアを心配したゴンは、キルアの後ろからそっとついていく。木の下ではステラがビスケの隣に座って幸せそうに笑っていた。

ゴンが後ろからついてきてんのは、気配で分かってた。でも、今は誰とも話したくねぇ気分だった。ステラの幸せそうな笑顔が、ビスケの隣にある。その事実が、じわじわと俺の心を蝕んでいく。なんで俺じゃねぇんだよ。



「……ほっとけよ」



波打ち際まで歩いて、足を止める。寄せては返す波が、俺の足元をさらっていった。熱くなった頭を冷やすにはちょうどいい。でも、胸の奥で燃え盛るこの黒い炎は、到底消えそうにない。

振り返らなくても、お前があいつの隣で笑ってるのが目に浮かぶ。お前を好きな気持ちと、どうしようもねぇ嫉妬で、ぐちゃぐちゃになりそうだ。こんな感情、知らなければよかった。