空の星が嘘を降らせる
家に帰り、ゴンとキルアとステラは仲良く釣った魚を食べた。ステラの作った魚の煮付けを食べながらゴンは無邪気に言う。
「おいしい! やっぱりステラって料理上手だよね、いいお嫁さんになれるよ!」
「そ、そうかな? いいお嫁さん……かあ……」
ゴンの『いいお嫁さんになれるよ』という言葉が、不意に胸に突き刺さる。隣でステラが嬉しそうに頬を赤らめているのを見て、箸を持つ手が止まった。
「……そりゃ、よかったな」
誰に言うでもなく、ぽつりと呟く。煮付けの甘い匂いが、なぜか今は鼻についた。
「ゴンは何でも美味いって言うからな。あんま当てになんねーけど」
それからわざと茶化すように言って、無理やり魚を口に運ぶ。本当は、誰よりもステラの料理が美味いって知ってるくせに。素直に褒めることなんて、できっこなかった。
「もう、すぐそういうこと言う。それでも嬉しいからいいんだもん。キルアの性悪ー!」
「えーっ! キルアだってそう思うでしょ? ステラの料理が最高だって!」
ステラはキルアにむけてべーっ、と赤い舌を出してみせた。ゴンは同意を求めるように言ってきた。ゴンの言葉に、どう答えるべきか一瞬迷う。ステラが期待するような目で見つめてくるのがわかって、居心地が悪かった。
「……別に、普通だろ。食えなくはねーけど。つーかゴン、お前は褒めすぎなんだよ。もっと正直に言わねーと、マヤのためになんねーぜ?」
わざとそっぽを向いて、ぶっきらぼうに答える。最高だなんて、認めてたまるか。そんなことを言ったら、こいつがどれだけ調子に乗るか。本当は、誰よりも美味いと思っている。ゴンなんかに言われるまでもない。でも、その気持ちを素直に伝えるのは、なぜかすごく悔しかった。
「なっ……なによー! キルアのバカ! いいもん、ゴンがおいしく食べてくれればそれで」
ステラは俺の言葉にむっと眉を寄せて、ゴンの腕を掴んで引き寄せながら俺に向かってべーっと舌を出してきた。
「ステラ、キルアは確かに意地悪はするけど本心からじゃないんだよ、わかってあげて?」
「む……、ゴンがそう言うなら……」
ゴンがステラを宥めるのを見て、また胸がざわつく。俺の知らないところで、いつの間にか二人の間には特別な空気が流れている気がした。
「……俺は別に、わかってもらわなくていいし」
「あっそー、私だって別にキルアに褒められなくてもいいもん」
箸で魚をつつきながら、拗ねたように呟く。本当は、わかってほしいくせに。ゴンにじゃなくて、ステラに。ごちゃごちゃした気持ちを振り払うように、ご飯をかき込む。美味いはずの煮付けが、なんだか味気なく感じた。なんで、こんなにイライラするんだろ。
「……おかわり」
空になった茶碗をステラの前に突き出す。素直になれない自分への、せめてもの意思表示のつもりだった。ステラも憎まれ口を叩きながらも魚とごはんをもぐもぐ食べていたがキルアから『おかわり』されると目を瞬かせてからその茶碗を受け取る。
「……もう、それくらい自分でやってよね」
文句を言いながらも本当はちょっと嬉しい。キルアの茶碗にご飯をよそってキルアに笑顔で渡す。ステラも大概素直ではない。
「はい、どうぞ!」
ステラが差し出した茶碗を受け取る。ほかほかと湯気が立つ白米と、目の前で悪態をつきながらも嬉しそうに笑うステラの顔。その笑顔が、なぜかやけに眩しく見えた。
「……うるせーな。俺が頼んだんだから、お前がやんのが当たり前だろ」
ぶっきらぼうに言い返しながらも、その笑顔から目が離せない。さっきまでのイライラが、少しだけ和らいでいくのを感じる。隣ではゴンが「二人とも仲良いんだから〜」なんて言いながら、おかずを頬張っている。仲が良い、か。そう見えてんのかな、コイツには。そんなわけないだろ、と心の中で悪態をつきながら、よそってもらったばかりのご飯を一口食べた。やっぱり、ステラの作ったメシは、世界で一番美味い。
夕食を食べてお風呂も済ませると三人で布団を並べて横になる。ゴンは天井を見上げながら言う。
「明日は俺のお気に入りの場所に行こう。川を渡っていくんだ。少し足場は悪いけど、すっごく綺麗な滝があるんだよ!」
「ゴンのお気に入りの場所? 行ってみたい!」
「もちろん案内してあげる! そこには珍しいさかなもいるんだよ!」
ゴンの言葉に、ステラが目を輝かせている。その無邪気な横顔を見ていると、昼間の川辺での出来事がふと頭をよぎった。俺が知らないゴンの"お気に入りの場所"。そこへ二人で行くのか。
「……ふーん、珍しい魚ねぇ」
わざと興味なさそうに天井を見つめたまま答える。本当は、ゴンがそんな場所を知っていたことに少し驚いていた。そして、それを真っ先にステラに教えていることに、また胸の奥がチリっと痛んだ。
「ま、足場が悪いってんなら、俺がいないとステラは危なっかしいしな。ついてってやってもいいぜ。代わりに、一番でかい魚は俺が釣るからな」
これはただの親切心だ、と自分に言い聞かせる。ゴンとステラ、二人きりにさせるのが嫌だなんて、そんなこと、認めたくなかった。
キルアの反応にキョトンとしたゴンはキルアに顔を向けて「なに言ってるんだよ。キルアももちろん行くんだよ! 三人はいつも一緒なんだから当たり前でしょ?」と明るく笑った。それからステラも「最初から三人で行くって話だと思ってたよ? ずっと三人で行動してきたのに、今更何言ってんの。変なキルア。」隣でくすくす笑っていた。
「キルアを一人にするわけないでしょ。それに、三人一緒がいいよ、私。おやすみ、ゴン、キルア」
ゴンの「三人はいつも一緒なんだから当たり前」という言葉と、ステラの「三人一緒がいい」という言葉が、静かに胸に染み込んでいく。当たり前、か。その言葉が、さっきまでのちっぽけな不安をゆっくりと溶かしていくのを感じた。
「……別に、俺はどっちでもいいって言っただけだろ」
照れ隠しにそっぽを向き、ぶっきらぼうに呟く。二人が当たり前のように自分を勘定に入れてくれていることが、どうしようもなく嬉しくて、同時に少しだけむず痒かった。
「……早く寝ねーと、明日起きれねーぞ。俺は先寝るからな」
布団を頭まで深く被り、二人から顔を隠す。耳元で聞こえるステラの「おやすみ」という優しい声と、ゴンの寝息。このあたたかい場所に、自分がいてもいいのだと、ほんの少しだけ、そう思えた。
ゴンは寝相悪く枕と布団を跳ね除け、自分の布団からはみ出してステラの布団の方に寄っていた。
まだ薄暗い部屋の中、隣から聞こえる穏やかな寝息に、ふと意識が浮上する。ゆっくりと目を開けると、案の定、ゴンが布団から盛大にはみ出し、ステラのテリトリーに侵入していた。
「……ったく、寝相悪ぃな、コイツ」
呆れたように呟きつつも、その光景から目が離せない。無防備に眠る二人の顔。ゴンは幸せそうに口を開け、ステラは少しだけ眉を寄せて、でもどこか安らかな表情を浮かべている。小さなため息をつきながら、そっと布団から抜け出す。ゴンの頭を掴んで元の位置に戻そうかとも思ったが、ステラを起こしてしまうかもしれない。代わりに、二人の間に自分の枕をそっと差し込んだ。ささやかな抵抗。壁を作って、これ以上ゴンがステラに近づかないように。静かな時間が流れる。この穏やかな朝が、いつまでも続けばいいのに、なんて柄にもないことを思った。暗殺者だった頃の自分には、決して訪れることのなかった時間。
「……起こすには、まだ早いか」
そう独りごちて、キルアは再び静かに目を閉じた。もう少しだけ、この温かい静寂に浸っていたかった。