「この部屋で50時間過ごしてもらえば、先に進めるドアが開くので待っていたまえ」
小部屋にはテーブルとお茶、本棚やテレビなどが置いてあった。クラピカはマヤの隣に腰を下ろし、お茶を差し出して微笑んだ。
「ありがとう、クラピカ」
ゴンはキルアの隣に座り無邪気に笑いながら「そういえば家族が暗殺者って船の探検の時に言ってたね! さっきの技も、家で習ったの? すごいや!」と言っている。
ゴンの純粋な賞賛に、俺は少しだけ気まずくなって視線を逸らす。
「まぁな。これくらい、できて当然だ」
家じゃ、もっとエグいことばっかやらされてたからな。心臓を抜き取るなんて、基本中の基本だ。そんなことを口に出すつもりはないが。ちらりと視線をやると、マヤがクラピカとお茶を飲みながら話している。楽しそうに笑ってやがる。……なんか、ムカつくな。
「それより、ゴン。50時間もこんなとこで何するんだ? 退屈で死にそうだぜ」
俺はソファにふんぞり返り、足を組んで頭の後ろで腕を組む。早くこんな足止め、終わらせてぇよ。
「マヤは、私と同い年だったのか……すまない、てっきり、キルアやゴンと同じくらいかと……」
それに反応したレオリオが「マジかよ!?」と驚いた声を上げる。
「えっ? そんなに驚く?」
「えっ、マヤって17歳だったの!? てっきりオレも同い年だと思ってた……」
クラピカたちの驚愕の声に、俺は思わずそっちに目を向ける。は?17歳?こいつが?ゴンや俺と同じくらいにしか見えねぇのに。
「……マジかよ」
思わず、レオリオと同じセリフが口から漏れた。マジマジとマヤの顔を見る。身長も小さいし、どう見たって年下だろ。当の本人はきょとんとした顔でこっちを見ている。その反応が、またガキっぽさを増長させていることに気づいてねぇのか。
「へぇ……お前、全然見えねぇな。つーか、それってサバ読んでんじゃねーの?」
俺はソファに背を預けたまま、ニヤニヤと意地悪く笑ってやった。からかってみたくなったんだ。驚きで少し火照ったマヤの顔が、なんか、面白い。
「キルア……そんなマジマジと見つめられるとちょっと恥ずかしいよ。あとサバなんて読んでないもん。ちゃんとクラピカと同い年だよ!」
マヤは胸に手を当ててしっかりと言い返した。その隣でクラピカがたしなめるようにキルアの名前を呼んで「……キルア。マヤをからかうのも程々にしろ」と言った。
クラピカの窘めるような声に、俺はわざとらしく肩をすくめる。別にからかってるつもりはねぇよ。ただ、思ったことを言っただけだ。
「ちぇっ、別にいいだろ。本当のことなんだから」
俺はそっぽを向いて舌打ちする。だが、もう一度マヤの方に視線を戻した。17歳……か。俺より5つも年上。それなのに、身長は俺より低いし、どう見たって俺の方が大人びて見える。そのギャップが、妙に頭に残る。さっきクラピカに抱きしめられて赤くなってたのも、年相応に見えなくて、なんか変な感じだった。
「……ふーん。ま、どっちでもいいけどな」
俺は興味が失せたフリをして、ソファに深く体を沈めた。だが、本当は気になって仕方がない。マヤっていう女は、本当に面白い。退屈しなくてすみそうだぜ。
その後はクラピカとマヤは同い年ということもあり、ずっと寄り添うように座って話をしていた。そのうちに本を取り出して二人して読書を始めた。
「なんか、同い年だからかな? 気が合うみたいだね! オレたちのようにさ」
ゴンがそう言って屈託なく笑う。ゴンの言葉に、俺はちらりとクラピカとマヤの方を見る。確かに、二人はやけに楽しそうだ。同い年だから?くだらねぇ。そんなんで気が合うとか、単純すぎんだろ。
「……さぁな。俺はあいつらとは違うけど」
俺は肘をつき、つまらなそうに答える。ゴンは純粋にそう思ってるんだろうが、俺には二人が馴れ合ってるようにしか見えねぇ。特にクラピカのやつ、マヤの隣でやけに嬉しそうだ。
「つーか、50時間もこんな狭い部屋で読書とか、よく飽きねぇよな。もっと他にやることねーのかよ」
俺はわざと聞こえるように言って、ソファにごろりと寝転んだ。マヤがこっちを一瞬見た気がしたが、すぐに視線を本に戻しやがった。……チッ、面白くねぇ。
やがて本から顔を上げたマヤが立ち上がるとキルアの方に歩いてくる。途端にクラピカが本から顔を上げ、眉を寄せて視線を向けてくる。
「キルア、退屈そうだね? ゲームでもする? この部屋、テレビだけじゃなくてゲームもあるみたいだよ」
「いいね! オレもやりたい!」
マヤからの誘いに、俺は寝転んだまま片目を開けてそっちを見る。隣ではゴンが「やろうやろう!」と目を輝かせている。まったく、単純なヤツだ。
「ゲーム? ……ふん、どうせ大したもんじゃねぇだろ」
俺は退屈そうに言いながらも、ゆっくりと体を起こした。クラピカがこっちを警戒するように見ているのが、視界の端に入る。面白ぇ。マヤがテレビの棚からコントローラーを取り出す。その小さな背中を見ていると、さっきのやり取りが頭をよぎる。17歳、ね。
「ま、お前がそこまで言うなら、付き合ってやってもいいぜ。ただし、俺は手加減しねぇからな。泣いても知らねーぞ?」
俺はわざと挑発するようにニヤリと笑い、マヤからコントローラーをひったくった。ゴンが隣でわくわくした顔をしている。さて、どっちが先に泣きを見るかな。
「よーしやろうやろう! 私だって負けないからね!」
大乱闘のゲームを始めたが、初心者のゴンは操作に四苦八苦している。マヤはというとピーチ姫を選び、巧みにカブという小道具を使って相手の行動を阻みながらコンボに繋げていく。近寄ればふわりとかわし、隙がない。
ピーチ姫の予想外の動きに、俺は思わず舌を巻く。初心者のゴンは案の定、あっという間に画面外へ吹っ飛ばされてやがる。残るは俺とマヤの一騎打ちだ。
「へぇ、やるじゃん。見た目通り、お姫様キャラ選ぶとかベタだと思ったけどな」
「ベタって? このカブ、使いやすくて好きなんだ」
俺はコントローラーを握り直し、口の端を吊り上げる。こいつ、初心者じゃねぇ。カブを投げるタイミングも、空中での回避も的確だ。だが、俺の動きにはついてこれねぇよ。俺は一気に間合いを詰め、マヤのピーチ姫にコンボを叩き込む。しかし、マヤは冷静に受け流し、カウンターを狙っているのが分かった。
「……面白い。ちょっとは楽しめそうじゃんか」
ゾクゾクする。こいつを完膚なきまでに叩きのめして、悔しがる顔が見てみてぇ。俺はニヤリと笑い、さらに攻撃のスピードを上げた。
キルアの攻撃をカブで受け流し、コンボを叩き込む。キルアのキャラが遠くへと吹っ飛んでいく。ゴンが「すげー!」と目をキラキラさせていた。
画面にデカデカと表示された「GAME SET」の文字と、ファンファーレと共に勝利ポーズを決めるピーチ姫。俺のキャラは、なすすべもなく画面外へ消えていった。……マジかよ。
「なっ……!」
「マヤすげー! キルアに勝っちゃった!」
コントローラーを握りしめたまま、俺は呆然と画面を見つめる。まさか、この俺が負けるなんて。しかも、あんなフリフリのドレス着たお姫様に。隣ではゴンが大はしゃぎだ。うるせぇ。
「……ま、まぐれだろ、今の。そうだ、まぐれに決まってる」
「まぐれでも勝ったもん」
俺は自分に言い聞かせるように呟き、マヤを睨みつけた。こいつ、涼しい顔しやがって。だが、その口元が微かに笑っているのを俺は見逃さなかった。チッ、完全に遊ばれてたってのかよ。
「もう一回だ! 次で最後にしてやるよ!」
俺はリトライボタンを連打する。こいつのその余裕ぶった顔を、絶対に引きつらせてやる。遠巻きに見ていたクラピカがすっ、と歩み寄ってくるとマヤの隣に座る。
「……私もいいだろうか?」
「えっクラピカも!? クラピカがゲームやるって意外すぎてびっくりだけど、いいよ。このゲーム4人まで遊べるし」
マヤがそう言うとレオリオが遠くで「オレは仲間はずれってか。ケッ!」と拗ねている。クラピカの突然の参戦表明に、俺は思わず眉をひそめる。こいつ、今まで興味なさそうな顔してたくせに、なんで今更出てくんだよ。
「は? なんでお前が。見てるだけで十分だろ」
「……楽しそうだったからな」
俺はコントローラーを握りしめたまま、クラピカを睨みつける。マヤの隣に座るのが、妙に気に食わねぇ。こいつのせいで、俺とマヤの勝負だってのに水差されちまった。
「これは俺とこいつの勝負なんだ。邪魔すんなよ」
俺の苛立ちをよそに、マヤはあっさりとクラピカにコントローラーを渡している。ゴンも「クラピカもやるの!? じゃあ4人でやろうよ!」なんて呑気に言ってやがる。チッ、全然わかってねぇ。
「……ケッ、勝手にしろよ。どうせお前も、すぐに俺にやられるだけだ」
クラピカは初心者ながらも巧みに操作していたがキルアにふっ飛ばされてしまい、悔しげな顔でコントローラを下ろした。ゴンもマヤにふっ飛ばされ、またキルアとマヤの一騎打ちとなった。
「よーし、負けないぞ!」
またしても、画面には勝利ポーズを決めるピーチ姫と、なすすべなく吹っ飛んでいく俺のキャラが映し出された。デジャヴかよ、これ。
「……っ、なんでだよ!」
「やったー」
俺はコントローラーをソファに叩きつけそうになるのを、ギリギリで堪える。二度も負けた。この俺が、マヤに。クラピカには勝てたってのに、意味がねぇ。隣ではゴンが「マヤ強いなー!」と感心しきりだ。クラピカも、さっきの悔しさはどこへやら、マヤを見て穏やかに微笑んでやがる。面白くねぇ。面白くねぇったらねぇんだよ!
「……もう一回だ。今度こそ、お前を泣かせてやる」
俺はマヤからコントローラーをひったくるように奪い取り、リトライを選択する。こいつの余裕な顔、絶対に俺がぶっ壊してやる。そうじゃなきゃ、気が済まねぇ。
「ええー、泣かせてやるってなによ。いいけど、キルアこそ泣かないでよね!」
マヤはにやりと笑いながらキルアの手からコントローラを取るとその際にキルアの指と微かに触れる。
「私もだ。このままじゃ追われない。次は絶対に勝つ」
「じゃあさ、次はチーム戦にしようよ!」
マヤの指先が、コントローラー越しに俺の指に触れる。その瞬間、ビリッと微かな電気が走ったような気がして、俺は思わず手を引っ込めた。なんだよ、今の。
「……っ! な、何すんだよ!」
動揺を隠すように声を荒らげるが、マヤはニヤリと笑うだけだ。その余裕の表情が、無性に腹立たしい。隣でクラピカも次は絶対に勝つとか言って、やけに熱くなってるし。だがゴンのチーム戦にしようよ!という提案に、俺はハッとした。
「チーム戦……? なるほどな」
一人で勝てねぇなら、二人で叩き潰せばいい。俺はゴンと顔を見合わせ、ニヤリと笑う。
「いいぜ、受けてやるよ、そのチーム戦。俺とゴンが組んで、お前とクラピカをボコボコにしてやる。後悔すんなよ?」
「おっけー、私はクラピカとだね!」
「なるほど、互いに同い年コンビだな」
クラピカも隣で納得したように頷いている。
「よーし、頑張ろうねキルア!」
「そっちこそ、あとで泣いても知らないからね!」
マヤも強気に答えた。そしてクラピカとマヤは絶妙なコンビネーションで互いを守り合いながらゴンとキルアを追い詰めていく。
クラピカのヤツ、意外とやるじゃねぇか。さっきまで初心者だったくせに、マヤの動きに合わせて的確に俺たちを妨害してくる。マヤも、ピーチ姫でふわふわ浮きながら、絶妙なタイミングでカブを投げてゴンの邪魔をしやがる。
「チッ、うぜぇな!」
個人戦とはワケが違う。二人の連携が思った以上に厄介だ。俺がマヤを狙えばクラピカが割り込み、ゴンがクラピカを狙えばマヤが横から攻撃してくる。完全に動きを読まれてやがる。
「ゴン! もっとマヤに集中しろ! あいつを先に潰すぞ!」
俺は叫びながら、クラピカの攻撃をかわしてマヤに突っ込む。だが、その動きすら読まれていたかのように、二人の完璧なコンビネーションの前に、俺たちのライフはあっという間に削られていった。
「ああー!? ちょっゴン! 自爆技だよそれ!」
ゴンは決死の攻撃をマヤに仕掛け、マヤはゴンもろとも場外に吹っ飛んでいった。残ったのは瀕死のキルアと、少し余裕のあるクラピカだけだった。ゴンは「へへっ、オレもやられちゃったけど、マヤは倒せたよ!」と得意げに笑う。
ゴンの捨て身の一撃で、画面からマヤとゴンのキャラが同時に消える。ったく、無茶しやがって。だが、これで状況は一対一。しかも相手はさっき俺が一度倒したクラピカだ。
「……ふん、よくやったぜ、ゴン。あとは俺に任せろ」
「うん! がんばれキルアー!」
俺はコントローラーを握り直す。ライフはギリギリだが、こいつ一人なら問題ねぇ。マヤを倒したゴンの功績を、無駄にはできねぇからな。
「さあ、第二ラウンドと行こうぜ、クラピカ。今度は邪魔も入らねぇ。お前を叩きのめして、この勝負、俺たちの勝ちだ」
俺はニヤリと笑い、クラピカのキャラに猛然と襲いかかった。だが、あいつは冷静に俺の攻撃を受け流し、的確に反撃してくる。さっきとは動きが全然違う。マヤと組んでる間に、何か掴みやがったのか……!?
「クラピカ、がんばって!」
マヤはクラピカの隣で固唾を飲んで見守っている。クラピカは頷き、絶対に負けられないと闘志を燃やしている。ゴンもキルアの隣で「キルア、がんばれー!」とゲーム画面を食い入るように見つめている。
マヤの声援がクラピカに力を与えているのが、画面越しに伝わってくるようだ。チッ、気に食わねぇ。なんでお前がそっちを応援すんだよ。俺が勝つに決まってんだろ。
「うるせぇ、ゴン! 黙って見てろ!」
ゴンの応援すら苛立ちに変わる。集中しろ。相手はクラピカ一人。俺のライフは残りわずかだが、一撃でも叩き込めば勝てるはずだ。俺はフェイントを織り交ぜ、クラピカの背後に回り込む。勝った……!そう確信した瞬間、クラピカが予期せぬ動きでカウンターを放った。画面がスローモーションになる。
「なっ……!」
俺のキャラが大きく吹っ飛ばされ、画面に再び「GAME SET」の文字が浮かび上がった。負けた。俺たちの、負けだ。
「わー! やったー! クラピカすごい! キルアに勝つなんて!?」
マヤは拍手喝采をして喜び、クラピカは穏やかな微笑みをマヤに向けている。
「くそー! ライフをもう少し残せていれば……!」
ゴンは悔しがっている。だがキルアとの共闘は純粋に楽しいと思えたようでどこか満足気だ。
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