05






勝者のファンファーレが部屋に響き渡る。俺は、コントローラーを握りしめたまま、呆然と画面を見つめていた。負けた。チーム戦でも、結局マヤたちのチームに負けた。



「………」



クラピカの勝利に、マヤが隣ではしゃいでいる声がやけに耳につく。ゴンが隣で「ごめんキルア……オレがもっとうまくやれてれば……」なんてしょげてるが、そんなのはどうでもよかった。問題は、俺が負けたという事実だ。マヤの嬉しそうな顔と、それを見て穏やかに微笑むクラピカ。その光景が、妙に胸に突き刺さる。チッ、なんで俺はこんなにイラついてんだよ。



「……うるせぇな。別に、ゲームで負けただけだろ。もう終わりだ。俺、なんか飲んでくる」



俺は吐き捨てるように言って、立ち上がる。もうこんな気分でゲームなんてやってられるか。俺はソファから立ち上がり、わざと大きな足音を立ててキッチンへ向かう。背後でマヤたちの楽しそうな声が聞こえてきて、さらに苛立ちが募る。チッ、なんで俺がこんなにムキになってんだよ。



「……勝手にやってろよ」



冷蔵庫を開け、適当なジュースを掴んで乱暴に呷る。冷たい液体が喉を通っていくが、頭に上った熱は冷めそうにない。ゲームで負けただけ。そう、ただそれだけのはずなのに。マヤがクラピカに向けていた、あの嬉しそうな顔が脳裏にチラついて離れない。俺が勝ってたら、あいつは悔しそうな顔をして、それでも俺を見てたんだろうか。……くだらねぇこと考えてんじゃねぇよ、俺。

苛ついてるキルアを見てゴンはしょげかえっている。クラピカもその様子に気付き、心配そうに声をかけている。



「キルア……。キルアは、負けて嫌だったかもしれないけど、私はキルアとゲームして遊べて嬉しかったよ」



マヤはそっとキルアに歩み寄ると笑顔を向けた。それから不安そうに眉を下げる。



「キルアは、やっぱり楽しくなかったかな……?」



俺のすぐそばで、マヤの声がする。振り返ると、不安そうに眉を下げたマヤが俺を見上げていた。こいつ、なんでそんな顔すんだよ。



「……別に。楽しくなかったわけじゃねーよ。ただ……負けたのがムカついただけだ」



俺は視線をそらし、ぶっきらぼうに答える。マヤの真っ直ぐな視線が、なんだか気まずい。そう、ムカついただけ。なのに、胸の奥がざわざわして落ち着かない。マヤの笑顔がクラピカに向けられていたから?……んなワケねーだろ。



「……次やったら、絶対勝つからな。お前も、クラピカもまとめて叩きのめしてやる」



俺はジュースの缶をゴミ箱に投げ捨て、マヤに向き直る。今度は、負けねぇ。こいつの「すごい」って言葉も、あの笑顔も、全部俺が独り占めしてやる。



「ほんと? よかったあ。今度はキルアとも共闘してみたいけどね。それだとゴンとクラピカが不利すぎるかなあ。別のゲームもやってみる?」



途端にマヤはぱあっと表情を明るくして喜び、キルアの手を取ってソファーに戻っていく。

マヤのやつ、俺の手を掴んでぐいぐい引っ張りやがる。ったく、なんでこんな小さいのに力強いんだよ。ソファーに戻ると、ゴンが心配そうな顔で俺たちを見ていた。



「……っ、おい、引っ張んな」



俺はぶっきらぼうに手を振り払う。だが、さっきまでのイラつきは、マヤの言葉と手の温かさで、いつの間にかどこかへ消えていた。共闘、だと?



「お前と、俺が……?」

「ん? どうしたの?」



マヤと俺が組む光景を想像する。ゴンとクラピカ相手なら、負ける気がしねぇ。むしろ、圧勝だ。さっきまでクラピカに向けられていたマヤの笑顔が、今度は俺に向けられるのか。……悪くねぇ。



「……ふん、いいぜ。面白そうじゃねぇか。返り討ちにしてやるよ」



俺はニヤリと口の端を上げ、コントローラーを手に取った。

キルアとマヤが組むと聞くなりクラピカは眉をひそめたが「そうか……ならばゴンと私で頑張ろう」と言ってコントローラーを握る。複雑そうな顔だ。



「えー! 強敵すぎるよ! ハンデ! ハンデはないの!?」

「あはは! 確かにキルアとなら負ける気がしないかも!」



マヤの無邪気な声にクラピカが眉をひそめた。マヤの負ける気がしない、という言葉に、俺の口角が自然と上がる。こいつ、分かってんじゃねぇか。クラピカが面白くなさそうな顔をしてるのも、ゴンの慌てっぷりも、今はどうでもいい。



「ハンデ? いらねぇだろ、そんなもん。弱い方が負ける、ただそれだけだ」



俺はマヤの隣にどかりと座り、コントローラーを起動させる。さっきまでの苛立ちは完全に消え、今は高揚感で満たされていた。隣から感じるマヤの体温が、なんだか落ち着かねぇ。



「おい、マヤ。足引っ張んなよ。お前がミスったら、俺がカバーしてやるからさ」



わざと偉そうに言ってやると、マヤが「そっちこそ!」と笑いながら言い返してきた。そのやり取りが、思ったより悪くない。よし、今度こそ圧勝してやる。

キルアとマヤも絶妙なコンビネーションで圧勝をした。クラピカもゴンも悔しそうにコントローラーから手を離した。



「わーい! やっぱりキルアとなら敵なしだ! ……って、当たり前すぎるよね、私達ゲーム初心者じゃないし」



マヤはキルアに向けて楽しそうなはしゃぎ声を上げたがさすがに力の差がありすぎるかと思い直した。

マヤのはしゃぐ声に、俺は満足気に鼻を鳴らす。ゴンとクラピカがソファに沈んでいるのが視界の端に入ったが、今はどうでもいい。



「ふん、当然だろ。俺と組んで負けるわけねぇ」



隣で笑うマヤの顔を見て、さっきまでのイライラが嘘みたいに消えていく。こいつの笑顔が俺に向けられてる。その事実だけで、胸の中が妙に軽くなるのを感じた。



「初心者に負けるほど、俺たちはヤワじゃねぇってことだ。ま、お前も思ったよりはやるじゃねぇか」



素直に褒めるのは癪で、少しだけ意地悪く付け足す。マヤが嬉しそうに笑うから、まあいいか、なんて思う。次もこいつと組むのも悪くない。いや、次もこいつと組みたい。



「そうだよねー、よーし! じゃあ今度はゴンと組んでみようかな?」



その言葉に反応したゴンがパッと顔を上げて楽しげに笑った。



「ほんと!? よーし、今度こそ勝つぞ!」



クラピカはキルアをちらりと見て「……相性悪そうだな」と小さく呟いていた。

マヤの言葉に、俺は一瞬、思考が止まる。ゴンと組む?なんでだよ。さっきまで俺と組んで圧勝して、楽しそうにしてたくせに。



「は……? なんでだよ」



思わず、低い声が出た。隣にいるゴンが嬉しそうに声を上げているのが、やけに気に障る。クラピカの「相性悪そうだな」っていう呟きも、ごもっともだ。



「お前、ゴンと組んだって勝てねぇだろ。あいつ、さっきからミスばっかじゃねぇか」



苛立ちを隠さずに言うと、マヤがきょとんとした顔で俺を見た。その顔が、さらに俺の心を掻き乱す。なんで分かんねぇんだよ。俺と組めばいいだろ、次も。



「だって、キルアと私が組んだら初心者組のゴンとクラピカが不利すぎるかなって思って」



途端に不機嫌になるキルアを見てマヤは慌てたように理由を告げた。



「あっ! じゃあさ、4人でボスに挑んでみる? 4人で協力プレイも楽しそう!」



マヤの慌てたような声と、その後の提案に、俺の眉間の皺が少しだけ緩む。ゴンとクラピカが不利だから、だと?……まあ、確かにそうか。俺とマヤが組んだら、あいつらに勝ち目なんてねぇ。



「……協力プレイ、ねぇ」



ちらりとマヤの横顔を見る。こいつは純粋に、全員で楽しみたいだけなんだろう。ゴンと組みたいっていうのも、別に深い意味はない。……分かってんだけど、面白くねぇもんは面白くねぇ。だが、4人でデカいボスを倒すってのも、悪くねぇか。それなら、俺がマヤを守ってやる場面も作れるかもしれねぇし。



「ふん、まあ、いいぜ。その代わり、足手まといになんなよ。特にゴン、お前のことだからな」



俺はゴンを指差してニヤリと笑う。さっきまでの不機嫌さを隠すように、わざと挑発的な態度をとった。横でマヤがほっとしたように息を吐くのが分かって、なんだか調子が狂う。ったく、こいつには敵わねぇな。

4人で協力プレイするにあたり、クラピカは跳ね返すマントが使えるマリオを選んでいた。まるでマヤのピーチを守るナイトのように、ボスがマヤに攻撃を仕掛けた際にマントで弾き返していた。



「クラピカもうそんなに上達したの? すごいね!」



ゴンも初心者ながらも的確にキルアのサポートに回って「キルア! 今のうちに!」と声をかけている。

クラピカのやつ、マヤを守るように立ち回りやがって。ゴンも俺のサポートはしてるが、マヤたちの連携が妙に気に障る。チッ、なんで俺が一番目立ってねぇんだよ。



「ゴン、そこじゃねぇ! もっと引きつけろ!」



俺は舌打ちしながら、ボスの攻撃をすれすれで躱す。マヤはクラピカに守られてばかりじゃねぇか。そんなんじゃ面白くねぇ。俺が、あいつの「すごい」って顔、引き出してやる。



「おい、マヤ! ボスの動きが止まったら、お前が真っ先に突っ込め! 援護は俺がしてやる!」



俺の指示に、マヤが驚いたように振り返る。そうだ、それでいい。クラピカじゃなく、俺を見ろよ。お前を守るのは、俺の役目だろ。



「わっ、キルアすごーい!」



キルアの攻撃がボスに刺さり、しっかりとボスの動きを止める様子を見てマヤが声を上げた。マヤはその隙に大きな攻撃をボスに仕掛けた。



「やった! キルアのおかげだよ!」



クラピカもふっと微笑んで「さすがだな」と言った。

マヤのキルアのおかげだよ!という言葉と、弾んだ声。それに、クラピカのさすがだなという呟き。俺は満足感で口の端が上がるのを止められなかった。



「ふん、当然だろ。俺の指示通りにすりゃ、こんなザコ一瞬だって言ってんだ」



そうだ、これでいい。マヤが一番に頼るのは俺じゃなきゃダメだ。クラピカに守られてるだけじゃ、こいつの良さが活かせねぇ。



「おいマヤ、次も同じタイミングでいくぞ! 俺が怯ませたら、お前が叩く。いいな!」

「おっけー! いくよ!」



俺はコントローラーを握り直し、ボスの次のモーションに集中する。今、マヤは俺だけを見てる。その視線が、やけに心地良い。



「ゴン! クラピカ! お前らは周りのザコを片付けとけ! ボスは俺たちでやる!」



見事にボスを倒し、みんなで勝利の余韻に浸った。すっかりゲームに熱中していた4人だったがそのうちに、いつの間にかマヤは隣にいたクラピカに寄りかかって眠ってしまっていた。



「……遊び疲れたようだな。あっちのベッドに運んでこよう」



クラピカは穏やかな微笑みを浮かべてマヤを見つめていた。

クラピカがマヤを運ぼうと腰を浮かしかけた、その瞬間だった。俺はソファから勢いよく立ち上がり、クラピカの腕を掴んでいた。



「……触んな」



自分でも驚くほど、冷たい声が出た。クラピカが怪訝な顔で俺を見る。ゴンも、何事かとこちらを窺っている。そんな視線は無視して、俺は眠っているマヤの顔を覗き込んだ。



「こいつを運ぶのは、俺の役目だ」



クラピカの手を振り払い、俺はマヤの膝裏と背中にそっと腕を差し入れる。思ったよりもずっと軽い。簡単に抱き上げると、マヤが、ん、と小さく身じろぎした。その仕草に、心臓が変な音を立てる。お前、無防備すぎんだろ。俺の腕の中で、マヤがすぅすぅと穏やかな寝息を立てている。さっきまでの喧騒が嘘みてぇに静かだ。こいつ、こんなに小さかったか……?



「……なんだよ。文句あんのか?」



俺はクラピカを睨みつけ、挑発するように言った。クラピカは少し驚いたように目を見開いたが、やがて呆れたようにため息をつく。そんなクラピカの反応に少しだけ胸がすく。そうだ、こいつはお前なんかにやらねぇ。俺の腕の中で眠るマヤの髪から、甘い匂いがして、心臓がうるさくなる。



「……さっさとベッドに運ぶぞ。風邪引くだろ」



俺はぶっきらぼうにそう言い捨て、部屋の奥にあるベッドへと歩き出した。クラピカたちの視線が背中に突き刺さるが、今はどうでもいい。今はただ、この腕の中の温もりを、誰にも邪魔されたくなかった。



「なんだ? 寝ちまったのか?」



レオリオが反応して歩み寄ってくるとマヤの寝顔をそっと覗き込んだ。クラピカが手でそれを制する。



「おい、レオリオ。覗き込むな」

「いやーどうせなら可愛い女の子の側で寝たい……」



その言葉にクラピカがギロッと睨みながら「離れろ。半径10m以内に近付くな」と言った。レオリオは「冗談だってーの!」と言って離れていく。

レオリオとクラピカのやり取りを横目で見ながら、俺は舌打ちをする。どいつもこいつも、気安くマヤに近づきすぎなんだよ。特にレオリオ、お前は論外だ。



「……うるせぇな。お前らうろちょろしてっと、こいつが起きるだろ」



俺は低く呟き、腕の中のマヤを抱え直す。ふわりと香る甘い匂いに、また心臓が跳ねた。このまま誰にも見られない場所に連れて行きてぇ。ゴンが心配そうに「キルア、重くない?」と聞いてくるが、俺は首を横に振る。重いわけねぇだろ、こんなに軽いのに。



「お前ら、こいつの寝床、どこか知ってんのか? さっさと案内しろよ」



俺は部屋のドアに向かって顎をしゃくり、ゴンたちを促した。一刻も早く、こいつを騒がしい場所から遠ざけたかった。俺だけの静かな場所へ。



「誰がどの寝床かは特に決めていないが……ベッドはちゃんと5つあるようだな」

「うん、あっちにベッドが5つ並んでるよ!」

「なんか修学旅行みてーな並びだな」



クラピカとゴンとレオリオの言葉に、俺は部屋の奥に視線をやる。確かに、簡素なベッドが5つ並んでいた。修学旅行みてぇ、か。くだらねぇ。



「……チッ。雑魚寝かよ」



不満を隠さずに呟き、一番奥の壁際のベッドへ向かう。ここなら、誰もマヤの近くには来れないだろ。マヤをそっとベッドに横たえる。思った以上に静かに、作業を終えることができた。すぅ、と規則正しい寝息が聞こえてきて、俺は知らず知らずのうちに息を詰めていた。



「……お前ら、こいつが起きるから静かにしろよ」



振り返りもせず、背後の3人に低い声で釘を刺す。特にレオリオ、お前は絶対に近づくな。俺はマヤの隣のベッドに腰を下ろし、その無防備な寝顔をじっと見つめた。こいつの隣は、俺の場所だ。誰にも渡すつもりはねぇ。その寝顔は、さっきまで騒いでいたのが嘘みてぇに穏やかで、あどけない。年上だって分かってんのに、なんでこんなにガキっぽく見えるんだか……。



「……ったく」



俺は小さく舌打ちして、マヤの頬にかかったピンク色の髪をそっと指で払う。触れた指先が熱い。ドキリとして、慌てて手を引っこめた。背後でゴンたちが何か話しているのが聞こえるが、今はどうでもいい。こいつの隣にいると、周りの音が全部遠くに聞こえる。



「……お前、無防備すぎんだよ」



誰にも聞こえない声で呟き、俺はマヤから視線を外せずにいた。ゴンたちがこっちに来る気配を感じて、牽制するように鋭い視線を向ける。こいつの寝顔を見れるのは、俺だけでいい。ゴンたちがこっちに近づこうとする気配を察して、俺は無言で鋭い視線を送る。ぴたり、と奴らの足が止まった。分かればいいんだよ。



「……んだよ、まだなんか用あんのか?」



声量を抑えつつ、ドスの利いた声で尋ねる。レオリオが何か言いたげに口を開きかけたが、クラピカがそれを制した。俺は再びマヤに視線を戻す。すぅ、すぅ、と規則正しい寝息だけが聞こえてくる。その音を聞いているだけで、なぜか妙に落ち着いた。



「……さっさと寝ろよ、お前らも。こいつが起きるだろ」



そう言い放ち、俺はマヤの寝顔から視線を外さなかった。誰にも邪魔させねぇ。こいつの隣は、俺だけの特等席だ。

マヤの隣にキルア、キルアの隣にゴン、ゴンの隣にクラピカ、クラピカの隣にレオリオが入り、それぞれが眠りについた。マヤは寝返りを打ち、壁際に向いた。

マヤが寝返りを打った拍子に、布団がずり落ちて肩が露わになる。壁の方を向いてしまったせいで、寝顔は見えなくなった。チッ、つまんねぇの。



「………」



俺は音を立てないように起き上がると、ずり落ちた布団をそっと引き上げ、マヤの肩までかけてやる。その拍子に、甘い匂いがふわりと鼻をかすめた。心臓がドクン、と大きく跳ねる。このまま、こいつの髪にでも触れたら、どんな反応するだろうか。そんな考えが頭をよぎり、俺は慌てて自分のベッドに戻った。隣でゴンが静かな寝息を立てている。



「……寝れるかよ、こんなの」



俺は天井を睨みつけながら、小さく悪態をついた。隣から聞こえる小さな寝息が、やけに耳について離れない。




















50時間後、5人はやっと部屋から出ることができた。その後も多数決で道を選び、電流クイズや○×迷路などをくぐり抜けていく。そして、とうとう残り時間が60分を切った時、最後の別れ道にたどり着いた。女神の像から機械的な声が聞こえてくる。



「道は2つ。『5人で行けるが困難な道』はどんなに早くても攻略に45時間はかかります。『3人しか行けないが短く簡単な道』はおよそ3分ほどでゴールに着きます。長く困難な道なら○、短く簡単な道なら×を押してください。×の場合、壁に設置された手錠に2人がつながれた時点で扉が開きます。この2人は時間切れまでここから動けません」



女神像からの冷たい声に、俺は眉をひそめる。5人で行く道は45時間。残り時間は60分もねぇ。つまり、どう足掻いても時間切れで全員脱落ってことか。



「……ふざけてやがる」



チッと舌打ちし、選択肢を睨みつける。残された道は一つ。誰か2人が犠牲になる、短く簡単な道しかねぇ。俺はちらりとマヤを見た。こいつを、こんなとこで終わらせるわけにはいかねぇ。俺が残る。ゴンとクラピカと……マヤ。お前は先に行け。



「決まってんだろ。×だ。俺と……レオリオが残る。お前らはさっさと行け」



俺は手錠に手をかけ、わざとぶっきらぼうに言った。レオリオなら文句を言いつつも、最後は折れるはずだ。マヤの顔は見ない。見たら、決意が鈍っちまいそうだ。

しかし、ゴンは5人全員で通過したいと主張した。



「イチかバチかの可能性でも、オレはそっちにかけたい。○を押そう。オレを信じて!」



ゴンとマヤとクラピカは○を選択し、『5人で行けるが長く困難な道』が開かれる。

ゴンの言葉に、俺は信じられないという顔でアイツを見る。は?何を言ってんだ、こいつ。



「……ふざけんなよ、ゴン!」



俺は思わず声を荒らげた。時間切れで全員失格になるのが分かってて、なんでそっちを選ぶんだよ!特に、マヤを……こいつを、こんな馬鹿げた理由で終わらせてたまるか。怒りに任せてゴンの胸ぐらを掴み上げようとした、その時だった。マヤが俺の腕をそっと掴んで、静かに首を横に振る。その潤んだ瞳が、まっすぐに俺を見つめていた。



「……っ、なんでお前まで……!」



俺はマヤの手を振り払うこともできず、ただ唇を噛みしめる。どうして分かってくれねぇんだよ。俺は、お前だけは合格させたかったのに。



「『長く困難な道』の方から入って壁を壊し、『短く簡単な道』の方に出るんだ!」



ゴンはそう言うと壁をぶっ壊した。そして『短く簡単な道』に移動しながらニッと笑って振り返る。



「ね? これならみんなで合格できるでしょ?」



ゴンの突拍子もない行動と、したり顔の笑顔に、俺は一瞬、呆気に取られる。壁を……壊す?そんな発想、全くなかった。ポカンと口を開けて固まっている俺の横で、クラピカやレオリオも同じような顔をしている。



「……ははっ」



呆れと感心が入り混じった笑いが、思わず口から漏れた。さっきまでの怒りが馬鹿みてぇに消えていく。



「……マジかよ、お前。最高だな」



俺はゴンの元へ歩み寄り、その頭をガシガシと撫で回す。ゴンは「へへへ」と照れくさそうに笑った。ふと、隣にいるマヤに視線を移す。安心したように微笑むその顔を見て、俺も自然と笑みを浮かべていた。俺は、お前を守りたかっただけなんだ。その方法が、少し乱暴だっただけで。



「キルア……ありがとう。自分が残るって言ってくれて。でも、キルア水から犠牲になろうとするなんて駄目だよ。ここに来たからにはちゃんと合格する気で行こう?」



マヤはそっとキルアに歩み寄るとキルアの頭を撫でながらにっこりと微笑んだ。



「……ね?」




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彼女は旅に出る。/AQUALOVERS