「キルアー!」
キルアがスタート地点に戻ると遠くから叫びながらゴンが駆け寄ってくる。その後ろにも駆け寄ってくるクラピカとレオリオがいた。全員無事に合格したようだ。
「キルアともマヤとも全然会えなかったから気になってたんだ!」
ゴンの声に顔を上げると、息を切らしたあいつが駆け寄ってくるのが見えた。その後ろにはクラピカとレオリオもいる。どうやら全員、無事にプレートを集め終えたらしい。
「……おう」
俺は短く応える。マヤにやられたことはこいつらに言うつもりはねぇ。だが、ゴンの次の言葉に、俺は思わず目を見開いた。マヤの名前。あいつ、ゴンたちとは一緒じゃなかったのか。
「あいつなら、俺も探してんだよ。どこ行きやがった……ま、あいつなら大丈夫だろ。それより、最終試験だ。さっさと行くぞ」
舌打ちしながら悪態をつく。マヤの顔が脳裏に浮かんで消えない。あの傷ついたような、それでいて冷え切った瞳が。クソ、俺は一体何を考えてやがる。
マヤは遠くに見えるゴン達の姿を一瞥すると、そっと人影に紛れ込んでいった。
残ったメンバーはゴン、キルア、マヤ、クラピカ、レオリオ、ポドロ、ポックル、ハンゾー、ヒソカ、ギタラクル。最終試験を迎えるにあたり、全員がネテロ会長の面談することになった。内容は最終試験に関するものと言っても少し参考に質問する程度らしい。質問内容は最終試験に残った受験生の中で『1番注目している者』と『今1番戦いたくない者』であった。1人ずつ番号が呼ばれていく。
順番に名前が呼ばれていく中、俺は腕を組んで壁に寄りかかっていた。ネテロ会長との面談。くだらねぇ。興味があるのは、最終試験で誰と戦うことになるか、それだけだ。いや……本当は違う。俺が今一番気になるのは、姿を消したマヤのことだけだった。
「……チッ」
苛立ち紛れに舌打ちする。あいつの顔が頭から離れねぇ。傷ついたような顔、冷たい目、そして俺を一撃で気絶させた強さ。全部だ。
「次、99番、キルア=ゾルディック君」
呼ばれた名前に、俺はゆっくりと顔を上げた。面談室に入り、飄々とした態度のネテロ会長の前に座る。会長の目が、品定めするように俺を見ていた。
「ほっほっほ。で、キミが注目しとる者は誰かね? それと、戦いたくない者も」
答えは決まってる。俺は迷いなく、口を開いた。
「注目してるのも、戦いたくないのも、同じやつだよ。マヤだ」
マヤはゴン達とは一定の距離を置いて立ち、面談の順番を待っていた。近寄ってこようとしないマヤを遠巻きに見ながらゴンは寂しそうな顔をする。
「マヤ……」
キルアが面談から戻ってくるとゴンとクラピカはキルアに駆け寄った。
「マヤの様子がなんか変なんだ。俺達に近付いてこないし、俺達が近寄ると距離を取る」
「おそらく4次試験で何かあったんだろう……」
レオリオは何も言わないが目が心配そうにマヤの姿を追っていた。
ゴンの言葉に、俺はちらりとマヤの方へ視線をやる。確かにあいつは、壁際に一人で佇み、俺たちとは意図的に距離を置いているようだった。その横顔は、試験が始まった頃に見せた生意気な表情とはまるで違う。冷たく、何かを拒絶しているような……。
「……別に、いいんじゃねぇの。あいつが一人でいたいってんなら」
「でも……」
俺はわざとぶっきらぼうに言って、ポケットに手を突っ込む。クラピカの言う通り、原因は俺だ。だが、それをこいつらに話す気はねぇ。ゴンが心配そうに眉を寄せるのが分かる。
「それより、最終試験がどうなるかだろ。あいつのことは放っとけ」
強がりだって分かってる。本当は今すぐにでもあいつのところへ行って、あの時の続きがしてぇ。俺の言葉で揺らぐお前の顔を、もう一度見たいんだよ。マヤ。
マヤが面談から戻ってくるとすぐにクラピカに手を掴まれた。
「マヤ。少し話さないか?」
クラピカの心配そうな顔を見て、マヤはハッと息を飲む。
「クラピカ……。話すって……何を……?」
わかってる。クラピカが聞きたいのは、私が急にこうして距離を取り出した事だろう。マヤはそっと目を伏せた。
クラピカがマヤの手を掴んだのを、俺は横目で見ていた。クラピカの真剣な表情と、それを受けて戸惑うマヤの様子。チッ、余計なことしやがって。あいつのことは俺がどうにかするってのに。何も言わずに、二人のやり取りをただ見つめる。マヤが何を話すのか、どんな顔をするのか、気になって目が離せない。ゴンも隣で心配そうに二人を見守っている。
だが、マヤはクラピカの手を振り払うでもなく、ただ俯くだけだ。その姿に、俺の中の何かがざわつく。俺に負けた時とは違う、弱々しい雰囲気。そんなお前は見たくねぇんだよ。
「おい」
気づけば俺は、二人の方へ歩み寄っていた。クラピカの腕を掴み、マヤから引き離す。
「そいつに構うなっつっただろ。最終試験が始まるってのに、馴れ合ってるヒマはねぇんだよ」
「……私はマヤと話したい事がある。キルアこそ構わないでくれないか」
そう言ってマヤの肩に手を起き、その場から離れていった。ゴンが心配そうにキルアに歩み寄る。
「キルア……今は、クラピカに任せてみようよ。それで、あとでどんな話したのか聞いてみるんだ! オレだって気になるからね」
「ああ……こういう時はクラピカに任せた方がいい」
レオリオもクラピカとマヤの背中を見ながら言った。
クラピカの言葉に、俺は思わず眉間にシワを寄せた。マヤの肩に置かれたクラピカの手が、やけに気に障る。ゴンとレオリオまでクラピカに任せろみてぇなこと言いやがって。
「……チッ、勝手にしろ」
俺は吐き捨てるように言うと、二人から背を向けた。何を話すつもりだ?俺とのことか?マヤがクラピカにどんな顔で、何を話すのか考えると、腹の底が妙にざわつく。あいつのあんな顔、俺以外に見せる必要ねぇだろ。俺が引き出した、お前の本気も、弱さも、全部俺だけのもんだ。
「……次の試験で、決着つけてやる」
誰に言うでもなく、小さく呟いた言葉は、最終試験が始まる喧騒の中に溶けていった。
やがて戻ってきたクラピカに、すぐにゴンとレオリオが駆け寄った。だがクラピカは静かに首を横に振るだった。
「やはり4次試験で何か落ち込むような事があったらしい。それが何かは聞けなかったが……今は、そっとしておくしかない」
「そっか……心配だけど、しょうがないね。マヤが話してくれるまで待つよ」
ゴンは真っ直ぐな瞳でそう言った。クラピカの言葉を聞きながらも、俺の視線は遠くで一人佇むマヤに注がれていた。落ち込むようなこと、ね。原因が俺にあることは明白だ。だが、それをこいつらに話す気は毛頭ない。ゴンの真っ直ぐな瞳が、今は少しだけ眩しく感じる。
「……フン。馴れ合いはそこまでにしとけよ」
俺はわざと悪態をついて、壁に寄りかかった。あいつがクラピカに何も話さなかったことに、心のどこかで安堵している自分に気づく。マヤのことは、俺の問題だ。他の誰にも踏み込ませたくない。
「最終試験が始まれば、嫌でも話すことになるだろ。リングの上でな」
闘技場にアナウンスが響き渡り、最終試験のトーナメント表がモニターに映し出される。俺は真っ先にマヤの名前を探した。あいつと、もう一度戦う。今度は俺が勝つ。そして、あの時の言葉の本当の意味を、お前の体に分からせてやる。
トーナメント表によると、第一試合がゴンとハンゾー。第二試合がポックルと第一試合で負けた人、第三試合がヒソカとクラピカ、第四試合がマヤとギタラクル、第五試合がキルアとポックルかゴンかハンゾーの三人のうち負けた人、第六試合が第四試合で負けた人と第五試合で負けた人、というふうになっていた。
モニターに映し出されたトーナメント表を、俺は食い入るように見つめた。ゴン対ハンゾー、ヒソカ対クラピカ……そして、マヤ対ギタラクル。……ギタラクル?あの気味の悪い、針だらけの男か。
「………」
無意識のうちに、俺はギタラクルを目で追っていた。あいつがどんな戦い方をするのか、全く読めない。マヤは勝てるのか?いや、あいつの強さは俺が一番よく知ってる。簡単に負けるはずがねぇ。だが、もし……もし俺がポックルに勝ちを譲って負けて、マヤがあの男に負けたら……?次の試合で俺はマヤと戦うことになる。それは俺が望んだ展開だ。だが、あいつが負けた姿を見るのは、なぜか胸糞悪ぃ。チッ、どっちにしろ、俺がやることは一つだ。
「キルアは、マヤとは戦いたくないって言ってたよね? 良かったね、これならマヤと戦う可能性は低いよ。キルアとマヤがぶつかる前に二人とも1試合ずつチャンスがある!」
ゴンの能天気な言葉に、俺は思わず舌打ちしそうになるのを堪えた。コイツは何も分かってねぇ。俺がマヤと戦いたくないって言ったのは、面談の時の話だ。今は違う。あいつを叩きのめして、俺の存在をもう一度その体に刻み込みたい。
「……るせぇな。んなことどうでもいいだろ」
わざとぶっきらぼうに言って、俺はゴンから視線を逸らす。本当はあいつの言う通り、マヤがギタラクルに勝って、俺も順当に勝ち進むのが一番いい。だが、あの気味の悪い男が相手じゃ、何が起こるか分からねぇ。
「それより、お前の心配でもしてろよ。最初の試合だろ」
俺の視線の先には、相変わらず一人で佇むマヤの姿があった。頼むから、あんな針男なんかに負けんじゃねぇぞ。お前を倒すのは、この俺なんだからな。
「戦い方は単純明快。武器OK反則なし、相手に“まいった”と言わせれば勝ち! ただし、相手を死に至らせてしまった者は即失格! その時点で残りの者が合格で試験終了じゃ。よいな。それでは最終試験を開始する! 第1試合、ハンゾー対ゴン」
ネテロの声と共にゴンとハンゾーとの試合が開始された。審判の合図と共に、ゴンがハンゾーに向かって真っ直ぐに突っ込んでいく。その単純な動きを、俺は腕を組んで静かに見つめていた。
「……やっぱ、バカ正直だな、あいつは」
隣でクラピカとレオリオが固唾を飲んで試合を見守っている。だが、俺の意識はリングの上の二人よりも、少し離れた場所に立つマヤに向いていた。あいつは試合を見てるのか?それとも、次の自分の試合のことでも考えてんのか。横顔しか見えねぇから、表情までは読み取れねぇ。……チッ、気になる。
「おい、マヤ」
無意識に口から出た名前は、ゴンの苦悶の声にかき消された。リングの上では、ハンゾーがゴンの腕を容赦なくへし折っている。あの野郎……!
レオリオは歯を食いしばり、拳を握る。
「クラピカ、止めるなよ。あの野郎がこれ以上何かしやがったら、ゴンにゃ悪いが抑えきれねェ」
「止める? 私がか? 大丈夫だ、おそらくそれはない」
クラピカも激しい怒りに瞳を揺らし、激昂寸前の状態だった。マヤは少しだけ辛そうに唇を噛み締めながらもゴンの試合を静かに見守っている。絶対にゴンが勝つと信じきっていたからだ。
クラピカたちの怒気も当然だ。だが、俺はリング上のゴンの目から視線を外せなかった。折られた腕の痛みで顔を歪めながらも、あいつの瞳はまだ死んでいない。諦めるなんて選択肢は、ゴンの頭にはねぇんだ。
「………」
隣でマヤが唇を噛み締めているのが視界の端に入る。あいつもゴンを信じてる。あいつの信じるゴンは、こんなところで終わるタマじゃねぇ。そうだろ?俺はギリ、と奥歯を噛み締める。ハンゾーの野郎、まだやる気か。ゴンが降参しねぇ限り、あれは続く。だが、それでいい。それでこそゴンだ。
「……見とけよ、マヤ。あいつはまだ、終わらねぇ」
誰に言うでもなく呟いた言葉は、自分に言い聞かせているようでもあった。お前が信じる仲間がどれだけ強いか、その目に焼き付けろ。そして、次はお前の番だ。
結局、ゴンを死なせたくなくなったハンゾーが負けを認め、ゴンの勝利で試合は締めくくられた。だがハンゾーに思い切りぶん殴られたゴンは床に叩きつけられて気を失い医務室に運ばれる。ネテロが「第2試合、ポックルVSハンゾー」と言った。
ゴンの勝利に、俺たちは歓声を上げる。まずは一勝。幸先のいいスタートだ。だが、意識を失って医務室に運ばれていくゴンを見て、素直に喜べない自分がいた。
「……チッ、無茶しやがって」
俺は悪態をつきながらも、ゴンの根性に少しだけ口元を緩める。あいつらしい勝ち方だ。さて、次はポックル対ハンゾーか。どうせハンゾーが勝つに決まってる。俺の視線は、ゴンの勝利に安堵の表情を浮かべているマヤへと向かう。あいつの試合は第四試合、相手はギタラクル。……あの針男、不気味すぎる。マヤ、お前は大丈夫だよな?
ポックルとハンゾーの試合ではハンゾーに脅されたポックルがあっさりと負けを認め、ハンゾーの勝利となった。ネテロが「第2試合、クラピカVSヒソカ」と言った。
ネテロの宣言と同時に、クラピカとヒソカがリングに上がる。会場の空気が一気に張り詰めるのを感じた。俺は腕を組んだまま、静かに二人を見据える。
「……始まったな」
クラピカのヤツ、ヒソカ相手に引く気はねぇみてぇだ。その目は完全に据わってる。だが、相手はあのヒソカだ。一筋縄じゃいかねぇ。俺の視線は、自然とマヤの方へ向かう。あいつはどんな顔でこの試合を見てるんだ?クラピカの心配でもしてんのか?……そう思っただけで、また胸の奥がざわついた。
「お前も、ちゃんと見とけよ」
あいつに聞こえないくらいの声で呟く。ヒソカの戦い方は、次のギタラクル戦の参考になるかもしれねぇ。……なんて、ただの口実だ。本当は、お前から目を離したくないだけだ。
クラピカとヒソカはしばらく戦った後、ヒソカがクラピカに近寄り何かを囁く。その直後、ヒソカが負けを宣言したため、クラピカの勝利となった。クラピカがマヤの隣に立った。マヤはクラピカに笑顔を見せ、二人で何かを話している。クラピカはマヤの頭をそっと撫で、その唇が「気をつけるのだよ」と動いた。次はマヤVSギタラクルだ。マヤは頷いてリングへと向かっていく。
クラピカがマヤの頭を撫でた瞬間、俺の中で何かがプツリと切れる音がした。なんであいつが、お前の頭を撫でてんだよ。馴れ馴れしく触んじゃねぇ。無意識に一歩踏み出しそうになった足を、なんとかその場に縫いとめる。
「……チッ」
マヤはクラピカに頷くと、まっすぐにリングへと向かっていく。その小さな背中を見つめながら、俺はポケットの中で強く拳を握りしめた。あの気味の悪い針男、ギタラクルが相手だ。さっきまでのクラピカとのやり取りが脳裏に焼き付いて、イライラが募る。だが、今はそれどころじゃねぇ。頼むから、無事でいろよ。お前が負ける姿なんて、見たくねぇんだ。
ギタラクルはマヤに静かに歩み寄る。マヤが距離を取る。その時、ギタラクルはマヤの肩に手を置き、そっと耳元に唇を寄せて何かを囁いた。マヤの顔が驚きに見開き、すぐにギタラクルが負けを宣言したためマヤは戦わずして勝利となった。
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