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部屋に残されたのは、俺とクラピカの二人だけ。バスルームから聞こえるシャワーの音が、気まずい沈黙を強調しているようで、イライラが募る。



「……とぼけんじゃねぇよ。さっきからマヤにベタベタしやがって。見ててうぜぇんだよ」

「それはこちらの台詞だが?」



俺はソファにふんぞり返り、腕を組んでクラピカを睨みつける。イルミに啖呵を切った時の、あいつの顔が気に食わねぇ。まるで自分のモンみてぇな顔しやがって。



「お前、あいつのこと好きなんだろ。違うか?」



核心を突くような問いを、わざと軽い口調で投げかける。マヤを守るってのは、俺の役目だ。お前みたいな奴に、その役目を譲る気なんてサラサラねぇんだよ。



「……ああ。私はマヤが好きだ。だから引く気はない。お前こそさっきからマヤにくっつきすぎだ」



ずっと黙っていたクラピカがようやく口を開いた。クラピカも気に入らないとばかりに刺々しい態度を取り、キルアに睨まれるのと同じように睨み返した。



「お前こそ、マヤが好きなんだろう」

「……当たり前だろ。好きに決まってんだろーが」



クラピカの真っ直ぐな視線が、俺の胸に突き刺さる。図星を指されて、一瞬言葉に詰まった。だが、ここで引くわけにはいかねぇ。俺はふてぶてしく言い放ち、ソファの背もたれに体重を預ける。シャワーの音が、やけに耳についた。



「だから、お前みたいな奴にマヤは渡さねぇって言ってんだよ。お前じゃ、あいつは守れねぇ」



ゾルディック家の闇を知らねぇお前に、何が分かる。兄貴の執着からマヤを守れるのは、同じ闇を知る俺だけだ。



「あいつの隣にいていいのは、俺だけだ」



俺はクラピカを睨みつけ、はっきりと宣言した。この気持ちだけは、誰にも譲れねぇ。

やがてシャワーの音が止み、マヤが出てくる。お湯でしっかりと温まって上気した肌と濡れた髪。クラピカはマヤの姿を見て思わず息を呑み、頬を赤らめた。



「お風呂、上がったよ。二人も入ってきたら……?」



マヤはドライヤーを手に取りながらベッドに腰掛ける。すかさずクラピカがタオルを取ってマヤに近付き、マヤの髪を包み込んだ。



「……そうだな。マヤの髪を乾かしたらそうしよう」



クラピカの奴、俺が言い返せないのをいいことに、さっさとマヤの隣に行きやがった。マヤの髪を拭くあいつの手つきが、やけに手慣れて見えて腹が立つ。ピンク色の髪から滴る雫を、丁寧にタオルで吸い取っていく。そんな顔、俺にだって見せろよ。



「おい、てめぇ……! なんでお前がマヤの髪乾かしてんだよ!」

「濡れたままでは風邪を引くだろう?」



俺はソファから立ち上がって、二人の元へ詰め寄る。クラピカは俺を一瞥しただけで、またマヤに向き直った。その態度が余計に俺の神経を逆撫でする。



「お前が先に入れって言っただろ! なんでお前がまだここにいんだよ! さっさと風呂入ってこい!」



俺がクラピカの肩を掴もうとすると、マヤが困ったように俺を見上げた。その濡れた瞳に、一瞬動きが止まる。ちくしょう、こんな顔されたら強く出れねぇじゃねぇか。



「クラピカ、髪は自分で乾かすから大丈夫だよ。お風呂入ってきなよ」



マヤはそっとクラピカの髪を撫でた。するとクラピカはこくりと頷き、マヤの頭にタオルを置いてバスルームへと向かった。一度立ち止まって振り返るとキルアに釘を刺すように言う。



「……マヤに手を出すなよ」



そのままバスルームへと消えていった。

クラピカの奴、最後に余計な一言を残しやがって。マヤに手を出すな、だと?てめぇに言われる筋合いはねぇんだよ。



「……チッ、偉そうに」



俺は悪態をつきながら、マヤの隣にどかりと腰を下ろす。さっきまでクラピカがいた場所だ。あいつの気配が残ってるみたいで、気分が悪ぃ。



「あんな奴の言うこと、聞く必要ねぇからな。お前が嫌じゃなけりゃ、俺はずっとそばにいる」



俺はマヤの手からタオルを奪い取ると、乱暴に髪を拭き始めた。クラピカみたいに優しくはできねぇけど、こいつに触れるのは俺だけの特権だって、分からせてやりてぇんだ。



「ええ……キルアまで……さっき自分で乾かすって言ったばかりなのに」



マヤはキルアに乱暴に髪を拭かれながらもその手を振り払うことはせず、大人しくされるがままになりながらキルアの顔をじっと見つめた。

俺の顔をじっと見つめるマヤの視線に、心臓がうるさく鳴る。乱暴に拭いていたはずの手が、自然と動きを止めた。こいつの瞳に映る俺は、どんな顔してんだろ。



「……なんだよ。文句あんのか?」



つい、そっけない言葉が出てしまう。本当はそんなこと言いたいわけじゃねぇのに。さっきのクラピカみたいに、優しく拭いてやれたらいいのかもしれない。けど、そんなの俺らしくねぇ。俺はもう一度、今度は少しだけ力を込めて、でもさっきよりは優しく、マヤの髪の水分をタオルに吸わせる。濡れたピンク色の髪から、甘いシャンプーの匂いがして、余計に意識しちまう。



「……あいつじゃなくて、俺がここにいる。それだけじゃ、ダメなのかよ」



独り言みてぇな声が出た。こいつの隣は、俺の場所だ。誰にも譲りたくねぇ。その気持ちが、少しでも伝わればいいのに。



「ううん、別にいいけど……。キルアって綺麗な目してるんだなって思っただけ」



マヤはキルアの目を覗き込みながら思ったことをそのまま述べた。



「……キルアはゴンと冒険に行かなくてもいいの? ゴン、きっと寂しがるよ?」



マヤの言葉が、不意に俺の胸を突いた。綺麗な目?そんなこと、言われたのは初めてだ。いつも、この目は殺し屋の目だって、そう言われてきたのに。



「……は? なに言ってんだよ、お前。あいつは関係ねぇだろ。ゴンは強いから一人でも大丈夫だ。それより、問題はお前だろ」



動揺を隠すように、ぶっきらぼうな声が出る。なんで今、ゴンの話が出てくんだよ。マヤの視線がゴンに向いているのが、無性に腹立たしかった。俺はマヤの肩を掴み、自分の方へと引き寄せる。ゴンのことなんて、今はどうでもいい。俺が見てんのは、俺が守りてぇのは、お前だけなんだよ。



「俺は、お前のそばにいたい。……それだけじゃ、ダメなのか?」

「駄目じゃないけど……不安なの。キルアとゴンが離れてるのが」



キルアに肩を掴まれ、キルアの方へと引き寄せられる。距離が近い。キルアの体温が伝わってくるようで、マヤは思わず目を逸らした。

マヤの言葉に、俺の中の何かがプツリと切れる音がした。なんでだよ。なんで俺がこうしてお前のそばにいるのに、お前はゴンの心配ばっかりするんだ。



「……いい加減にしろよ。ゴン、ゴンって……うるせぇんだよ! 俺は今、お前と話してんだろ! なんでゴンの話が出てくんだよ!」



掴んだ肩に、無意識に力がこもる。マヤが「いっ」と小さく声を上げたのが聞こえたが、力を緩めることはできなかった。俺はマヤからタオルを奪い、床に叩きつける。どうして分かってくれねぇんだ。俺がどれだけお前のことを……!



「俺を見ろよ、マヤ。ゴンじゃなくて、俺を……!」



逸らされた顔を無理やり掴んで、自分の方に向けさせる。その瞳が不安に揺れているのを見て、少しだけ冷静になった。……やべ、また感情的になりすぎた。



「……っ、ごめん……キルアにとって、私はお気に入りのおもちゃなの?」



キルアに顔を掴まれて無理やりキルアの方へ向かせられる。吐息がかかるほどの近さで、マヤは身を竦ませている。第4次試験でキルアに言われたことが引っかかっていた。マヤは吐息のかかる距離で真っ直ぐにキルアの顔を見つめて問いかけた。

お気に入りのおもちゃ?その言葉が、俺の頭を鈍器で殴られたかのようにぐらつかせた。冗談じゃねぇ。そんな軽い言葉で、俺の気持ちを片付けられてたまるか。



「……ふざけんじゃねぇよ……お前が! おもちゃなわけねぇだろ! なんでそうなんだよ! 俺がどれだけ……っ!」



俺はマヤの顎を掴んでいた手を離し、代わりにその両肩を強く掴んだ。逃がさねぇ、とでも言うように。揺れる瞳が、俺の怒りを煽る。言葉が続かない。こみ上げてくる激情が喉を塞ぐ。お前がクラピカと親しげに話すだけで胸がざわついて、ギタラクルに捕まった時は頭が真っ白になった。こんな感情、今まで知らなかったんだ。



「俺は……! お前を誰にも渡したくねぇんだよ! ゴンにも、クラピカにも……兄貴にも! お前は俺のだ!」



衝動のままに叫び、マヤをベッドに押し倒す。見開かれた瞳に映る俺は、きっとひどい顔をしてるんだろうな。だが、もう止められねぇ。

気がついたらベッドに押し倒されていた。一瞬何が起きたかわからず、呆けたようにキルアの顔を見上げていた。



「……えっ……?」



少ししてから、キルアに押し倒されていることにようやく気付くと微かに頬を染め、困ったようにキルアから目を逸らした。そして頬を赤らめながら叫ぶように言い返した。



「で、でも、キルアがそう言った……!」



俺が言った?ああ、確かに言ったかもしれねぇな。だがな、そんなのは本心じゃねぇってことくらい、とっくに気づいてんだろ。



「……そうやって、すぐに目を逸らすの、やめろよ。俺がお前をどう思ってるか……まだ分かんねぇのかよ」



俺はマヤの上に跨ったまま、逸らされた視線を追うように顔を覗き込む。熱い吐息が触れ合いそうな距離で、お互いの心臓の音が聞こえてきそうだ。俺はマヤの頬に手を添え、親指でその唇をそっとなぞる。マヤの体がびくりと震えるのが伝わってきて、言いようのない独占欲が満たされていく。



「教えてやるよ。俺がお前を、ただのおもちゃだなんて思ってねぇってこと……体で、な」

「……体で……? なに、言ってるの……? クラピカがお風呂に入ってるのに……戻ってきたらどうする気なの?」



マヤは信じられない、とばかりに目を見開き、キルアの顔を見上げた。

クラピカ?はっ、今更あいつの名前を出すなよ。俺とお前の間に、あいつが入り込む隙なんてねぇんだよ。



「……だから、関係ねぇって言ってんだろ。あいつが戻ってくる前に、全部終わらせてやるよ。お前がもう、あいつのことなんか考えられなくなるくらい、俺でいっぱいにしてやる」

「関係ないって……、何言ってんの……? 絶対途中で戻ってきちゃうよ」



俺はマヤの言葉を遮るように、低い声で囁く。クラピカが戻ってくる前に、お前を俺のもんにしちまえばいい。それだけのことだ。俺はマヤの髪の毛をそっと指に絡める。濡れたピンクの髪を指先に絡めながら唇に押し当てて、満足気に笑った。



「好きだ、マヤ。誰にも渡さねぇ」



マヤは頬を赤らめながらキルアの顔を見上げている。マヤの髪に口付ける仕草が妙に煽情的で、思わず息を呑む。



「なんで……こんなことに、なるの……? お願いだから、落ち着いてよ……、冷静になろ? ね?」



マヤは焦ったように言ったあと、ちらりとバスルームに目を向けた。クラピカにこんな場面を見られたらと思うと気が気でない。

マヤがバスルームに視線を向けた瞬間、俺の中の何かが黒く燃え上がった。まだあいつのことを気にしてんのかよ。俺が、こうしてお前を腕の中に閉じ込めてるってのに。



「……まだ、あいつのこと考えてんのかよ」



俺はマヤの顎を掴み、無理やり自分に視線を戻させる。その瞳が不安と焦りで揺れているのが見えて、俺はさらに苛立ちを募らせた。



「冷静になれ? ふざけんな。お前がそんな態度だから、俺は冷静になれねぇんだろうが」

「ん……っ!」



俺はマヤの唇に、自分のそれを重ねた。最初は触れるだけの、優しいキス。だが、マヤが抵抗しようと身じろぎしたのを感じて、俺はもっと深く、独占欲を刻みつけるように味わい尽くすように口付ける。



「……っ、ん……これで、少しは分かったか? 俺がどれだけお前に夢中か……もう、他の男の名前、呼ぶんじゃねぇぞ」



唇を離すと、マヤは潤んだ瞳で俺を見上げていた。その表情が、たまらなく愛おしい。



「っは……、こんな、無理矢理なキスで……私をモノにしたつもり……?」



マヤは呆然としたようにキルアの顔を見上げていたがすぐに冷たい目でキルアを見据えた。それからキルアの手首をぐっ、と掴んだ。



「……退いて」



冷たい声と、俺の手首を掴む力の強さに、一瞬思考が止まる。モノにしたつもり……?違う。そんな簡単な言葉で片付けられるような、軽い気持ちじゃねぇ。



「……退かねぇよ。お前が俺のもんだって、分からせてやるまで、絶対に退かねぇ」



俺はマヤの手を振り払い、さらに強くその体をベッドに押さえつけた。こいつの瞳に映る冷たい光が、俺の心を抉る。なんでだよ。なんでそんな目で俺を見るんだ。掴まれた手首がじんじんと痛む。だが、それ以上に胸の奥が軋むように痛かった。どうして、俺の気持ちはこいつに届かねぇんだ。



「俺を見ろよ、マヤ。クラピカじゃなくて、俺だけを……!」




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