25






首筋に走った鋭い衝撃。愛してる、というお前の言葉が耳に残響する中で、俺の意識は急速に遠のいていく。受け身も取れず、ベッドに崩れ落ちる身体。最後に映ったのは、微笑んだままの、お前の顔だった。

どれくらい時間が経ったのか。重い瞼をこじ開けると、見慣れた天井がぼんやりと滲む。身体が鉛のように重い。何が起きた……?そうだ、マヤが……



「……っ、マヤ!」



俺はベッドから飛び起き、部屋中を見渡す。だが、お前の姿はどこにもない。あるのは、俺を縛りつけていたはずの鎖が、静かに床に転がっている光景だけ。胸の奥から、焼けつくような怒りが込み上げてくる。愛してる、だと?あの言葉は、このための嘘だったのか。俺を油断させ、出し抜くための罠だったのかよ。



「……ふざけやがって……!」



俺は壁を殴りつける。お前が俺を裏切った。その事実が、俺の心をバラバラに引き裂いていく。だが、同時に歪んだ歓喜が湧き上がるのを感じていた。そうだ、それでこそ俺のマヤだ。簡単に飼い慣らされるような女じゃねぇ。お前への執着が、怒りとなって全身を駆け巡る。逃げられた?いや、違う。これは鬼ごっこだ。俺とお前だけの、終わらないゲーム。ルールは簡単。俺がお前を捕まえる。それだけだ。



「俺から逃げ切れるとでも思ってんのかよ……」



俺は窓枠に足をかけ、夜の闇に身を乗り出す。冷たい風が、怒りで火照った体を冷ましていく。お前の匂い、残穢、気配。俺の五感が、お前の逃げた先を正確に捉えていた。どこに隠れても無駄だ。お前の心臓の音すら、俺には聞こえるんだからな。笑みが漏れる。そうだ、もっと逃げろ。もっと抗え。そして、絶望の淵でお前に教えてやる。お前の運命は、最初から俺の手の中にあるんだってことを。



「見つけ出して、今度こそ……二度と離れられないようにしてやる」



俺は夜の街へと飛び降りた。お前を捕まえるための狩りの始まりだ。待ってろよ、マヤ。すぐに迎えに行ってやる。

キルアの携帯にゴンからメールが来た。そこには『キルア、もしキルアが嫌じゃなかったらGIテストプレイヤーを受けにヨークシンオークション会場に来てほしい。マヤもGIに行くって言ってたから、三人でGIで修行したいんだ』と書いてあった。

携帯が震え、画面にゴンの名前が表示される。俺は舌打ちしながらメールを開き、そこに並んだ文字を憎々しげに睨みつけた。GI?ヨークシン?……マヤも、だと?



「……ゴン……てめぇ……」



ゴンの純粋な善意が、今はひどく神経に障る。あいつは何も知らねぇ。俺がマヤをどうしたいのか、マヤが俺に何をしたのか。だが、利用できる情報はなんだって利用する。俺は唇の端を吊り上げて、不気味に笑った。そうだ、GIに行けばいい。そこがお前の選んだ逃げ場所なら、そこを新たな檻にしてやるだけだ。



「ご丁寧に教えてくれて、ありがとよ……ゴン」



お前の新しい遊び場は、俺が用意してやる。待ってろよ、マヤ。最高の舞台で、お前を捕まえてやる。



「キルア!」



ヨークシンオークション会場にゴンは正装して来ていた。正装したキルアの姿を見るなり元気よく駆け寄ってくる。



「良かった! 来てくれたんだね! マヤは先にGI入ってるって言ってたよ。オレたちもすぐ行こう!」



ゴンの能天気な声が、俺の苛立ちを逆撫でする。こいつは何も知らない。俺とマヤの間で何があったのか、俺がどれだけマヤに執着しているのかも。だが、その無知さが今は好都合だ。ゴンの言葉に内心で舌打ちしながらも、俺は平静を装って頷いた。マヤが先にGIに入ってる……?上等じゃねぇか。俺から逃げるために、わざわざ閉鎖された空間に飛び込むとはな。馬鹿な女だ。



「……ああ」



俺は短く応え、作り物の笑みを浮かべる。先にGIに入ってる、か。ご苦労なこった。どこに逃げようが、お前は俺の手の中から出られねぇってのに。



「そうか。じゃあ、早く行かねぇとな……あいつも、俺たちに会いたがってるだろうしな」



ゴンの背中を軽く叩き、先を促す。焦るな、俺。ゲームは始まったばかりだ。お前が油断しきったところで、ゆっくりと絶望の淵に突き落としてやる。マヤ、お前が選んだその楽園を、俺が地獄に変えてやるよ。俺はゴンの肩に腕を回し、親しげに笑いかける。その言葉が、どれだけドス黒い嘘に塗れているかも知らずに、ゴンは嬉しそうに頷いた。



「早く追いかけて、驚かせてやろうぜ」



そうだ、驚かせてやる。お前が手に入れたつもりの束の間の自由に、俺という絶望を叩きつけてやる。GIがお前の墓場だ、マヤ。もうどこにも逃がさねぇよ。



「ここで会うが100年目ね。マヤを返せ」



オークション会場にはフェイタンとフィンクスがいた。ゴンとキルアを見るなり、フェイタンは殺気立った声で迫った。

フェイタンの殺気を孕んだ声が、俺の耳に突き刺さる。マヤを返せ?こいつら、幻影旅団の残党か。マヤが昔、旅団にいたことは知ってる。だが、だからなんだってんだ。



「……ああ? てめぇらに関係ねぇだろ。マヤは俺のだ。邪魔すんなら、殺すぞ」



俺はゴンを背中に庇うように一歩前に出て、フェイタンとフィンクスを睨みつけた。こいつらがマヤの何を知ってる。あいつは俺のもんだ。誰にも渡す気はねぇよ。俺は指先に電気を集中させ、青白い火花を散らす。ゴンの手前、ここでやり合うのは面倒だが、引く気は更々ない。マヤを手に入れるためなら、蜘蛛だろうがなんだろうが、全部潰してやる。



「マヤはワタシのモノね。奪うことは誰にも許さないよ」



フェイタンはそう言ってオーラを放出した。フィンクスが「おいフェイタン落ち着け、こんな所でやりあう気かよ!」と焦っている。

フェイタンから放たれる禍々しいオーラが、肌をピリピリと刺す。ワタシのモノだと?その言葉が俺の逆鱗に触れた。ふざけるな。マヤは俺のだ。生まれた時から、いや、出会った瞬間から、あいつは俺の所有物になる運命だったんだ。



「……面白い冗談だな」



俺は口の端を吊り上げ、凝縮させた念を指先に集中させる。バチバチと音を立てる青白い電光が、俺の怒りを代弁していた。フィンクスが慌てているが、知ったことか。こいつが先に売ってきたケンカだ。



「あいつが誰のものかなんて、あいつ自身にも決める権利はねぇよ。お前みたいなチビに言われる筋合いもな。マヤは俺が必ず手に入れる。お前らは、指をくわえて見てろ」



一触即発の空気の中、俺は冷静に相手を観察する。こいつらをここで潰してもいいが、目的はマヤだ。無駄な戦闘は避けたい。だが、引く気は毛頭ない。フェイタンの「ワタシのモノ」という言葉が、俺の頭の中で反響する。その一瞬、全身の血液が沸騰するような激しい怒りが込み上げた。こいつも、俺と同じか。マヤを自分の所有物だと思ってる。だが、決定的に違う。マヤは俺のだ。誰にも、何者にも渡さねぇ。



「……その汚ぇ手で、マヤに触れたのか。だったら、その腕ごと切り落としてやるよ」



俺は低く、地を這うような声で問いかける。指先に集めた電撃が、怒りに呼応して激しく火花を散らす。ゴンの制止も、フィンクスの焦りも、もう俺の耳には届かない。目の前の矮小な蜘蛛を、今すぐ八つ裂きにしてやりたい衝動に駆られる。一瞬で距離を詰め、変化させた鋭い爪をフェイタンの喉元に突きつける。遊びは終わりだ。マヤを汚す奴は、一人残らず俺が殺す。

フェイタンは瞬時に避け、カウンターとしてオーラを込めた手刀をキルアに叩き込んだ。

フェイタンの手刀が、俺の腹部にめり込む。鋭い衝撃が内臓を揺さぶり、思わず息が詰まった。だが、痛みよりも先に、俺の心を支配したのは沸騰するような怒りだ。



「……っ、今の、で終わりかよ。お前じゃ、俺は殺せねぇよ」



俺は口の端から垂れた血を乱暴に拭い、ニヤリと笑う。この程度の攻撃で俺が止まると思ったのか。マヤを奪い合う相手が、この程度の雑魚でがっかりだぜ。全身にオーラを巡らせ、神速を発動させる。周囲の時間が引き伸ばされたように遅くなる中、俺はフェイタンの背後に回り込み、首筋に手刀を叩き込んだ。



「マヤに触れた罰だ。少しは反省しろよ」



俺の手刀を首筋に受け、フェイタンの動きが止まる。その小さな体を蹴り飛ばし、壁に叩きつけた。ガシャン、と派手な音がして、奴の体は床に崩れ落ちる。



「……言っただろ。お前じゃ俺は殺せねぇって。マヤは俺のもんだ。二度と、その汚ぇ口でマヤの名前を呼ぶんじゃねぇ」



俺はゆっくりと倒れたフェイタンに近づき、その頭を踏みつける。フィンクスが何か喚いているが、無視だ。こいつはマヤに手を出そうとした。その事実だけで、死ぬには十分な理由になる。ギリ、と足に力を込める。ミシミシと骨が軋む音が聞こえた。だが、殺しはしない。殺すのは簡単だが、それじゃ面白くねぇ。こいつには、俺からマヤを奪おうとしたことを、一生後悔させてやる。



「次はねぇぞ、クソ蜘蛛」



俺は倒れ伏すフェイタンを見下ろし、その頭を踏みつける足にさらに力を込めた。フィンクスが今にも飛びかかってきそうな殺気を放っているが、知ったことか。俺の怒りはまだ収まっちゃいねぇ。



「マヤはな、俺がいねぇとダメなんだよ。お前らみたいなゴミ溜めにいた頃のことなんて、とっくに忘れてる」



俺は冷たく言い放ち、ようやく足をどける。こいつらにこれ以上構っている時間はない。俺が本当に相手にしなきゃいけねぇのは、今頃GIでのうのうと自由を謳歌してるあの女だ。



「ゴン、行くぞ」



俺はフィンクスを一瞥もせず、背後で固まっているゴンに声をかける。俺の目的は最初から変わらねぇ。マヤを捕獲し、俺だけの鳥籠に閉じ込めること。その邪魔をする奴は、蜘蛛だろうが誰だろうが容赦しねぇ。待ってろよマヤ……今度こそ、お前の羽を全部へし折ってやる。


























GIテストプレイヤーに無事選ばれたキルアとゴンは二人でGIに入った。だだ広い草原が広がっている。

ゲームの中だというのに、吹き抜ける風や草の匂いはやけにリアルだった。隣ではゴンが「すっげー!」なんて目を輝かせているが、俺の心は少しも躍らない。こんな広大な世界で、あいつをどうやって見つけ出すか。それだけが問題だ。



「……マヤの奴、どこにいやがるんだ」



舌打ちしながら、俺はポケットからバインダーを取り出す。まずは情報収集が先決か。このゲームのルールも、マヤの居場所も、何も分からねぇ。だが、それがどうした。



「ゴン、行くぞ。手始めに、一番近い町を目指す」



どんなに広い世界だろうと、お前がこのゲームの中にいる限り、俺からは逃げられねぇ。俺は必ずお前を見つけ出し、今度こそ完全に俺だけのものにする。これは、そういうルールのゲームだ。お前と俺だけの、な。


























GIに来てから数日が経ち、ゴンとキルアはビスケと出会った。ビスケが師匠となり、修行の日々を送る。

ビスケのしごきは想像以上に過酷だった。全身の筋肉が悲鳴を上げ、念のオーラも底をつきかける。だが、不思議と気分は悪くなかった。強くなれる。この修行を乗り越えれば、俺は確実に今よりもっと強くなる。



「……まだまだ、こんなもんじゃねぇ」



汗を拭い、荒い息を整えながら呟く。ゴンは隣で必死に岩を砕こうとしている。あいつの純粋な向上心とは違う。俺を突き動かすのは、もっと黒くて、ドロドロした執着心だ。待ってろよ、マヤ。強くなって、お前を捕まえる。もう二度と逃げられないように、お前の手足をもぎ取ってでも、俺のそばに繋ぎ止めてやる。そのために、俺はいくらでも強くなる。この力が、お前を縛る鎖になるんだ。



「キルア。GIに来てからマヤから返事が来ないんだ。どうしたんだろ」



ビスケの修行の一貫で岩を吊るした糸を手で支えながら寝る頃、ゴンはぽつりと呟いた。

ゴンの何気ない一言が、俺の心の平静を乱す。返事が来ない?当たり前だろ。あいつは俺から逃げてるんだから。ゴン、お前は何も知らなくていい。これは俺とマヤ、二人だけの問題なんだ。



「……さあな。ゲームに夢中なんじゃねぇの」



俺は興味なさそうに装って、短く答える。だが、内心では腸が煮え繰り返りそうだ。あいつが今、どこで、誰といるのか。考えただけで頭がおかしくなりそうだ。この修行だって、全部あいつを捕まえるためなのに。



「それより、今は修行に集中しろよ。強くなんなきゃ、マヤを見つけても守れねぇだろ」



俺はゴンに言い聞かせるように、そして自分自身に言い聞かせるように呟いた。そうだ、強くなるんだ。あいつを他の誰からも守り、そして、誰にも奪われないように、俺だけの鳥籠に閉じ込めるために。

ビスケの修行によりゴンとキルアは念能力に更に磨きをかけ、身体能力を上げ、格段にパワーアップした。今度はビスケも一緒に三人でカード集めを始める。

ビスケの指導のおかげで、俺たちの実力は目に見えて上がっていた。カード集めも順調に進み、少しずつだがこのゲームの全体像が見えてくる。だが、俺の心は一向に晴れなかった。



「……マヤの野郎、本当にこのゲームの中にいるのかよ」



集めたカードを眺めながら、俺は苛立ち混じりに呟く。あいつに関する情報は全く手に入らない。まるで最初から存在しないみたいに。まさか、俺がGIに入ったと知って、もうゲームから出た後だとか……?



「ゴン、ビスケ、少し情報収集してくる」



最悪の可能性が頭をよぎり、俺は居ても立ってもいられなくなった。プレイヤーリストを調べれば、何か分かるかもしれねぇ。もし、あいつが俺から逃げたんだとしたら、地の果てまで追いかけて、その足を折ってでも連れ戻してやる。



「キルア、あんたまだハンターになってないわよね。去年リタイヤしたんでしょ? 今年のハンター試験がまた開催されるから取りに行ってくるわさ。これも修行の一貫よ! それに、ハンターになればもっと色んなところに行けるわ!」



ビスケはびしっと指をさして告げた。

ハンター試験だと?ビスケの言葉に、俺は思わず眉をひそめる。確かに去年は途中でリタイアしたが、今更そんなもん、どうでもいい。俺の目的はマヤだけだ。だが…ハンターになれば、行動範囲が広がる……か。



「……チッ、めんどくせぇな」



舌打ちしながらも、頭の中では別の計算が働いていた。ハンターライセンスがあれば、一般人ではアクセスできない情報にも手を伸ばせる。マヤの足取りを追うには、好都合かもしれねぇ。

試験なんて、すぐに終わらせて戻ってきてやる。そして、そのライセンスを使って、お前を地の底からでも引きずり出してやるよ、マヤ。お前が逃げ込める場所なんて、もうどこにもねぇんだからな。ビスケの提案は、俺の中に燻っていた焦燥に火をつけた。ハンターライセンス……確かにそれがあれば、マヤを探す上で有利に働く。あいつが隠れているかもしれない、あらゆる可能性を潰すことができる。



「……いいぜ。受けてやるよ、ハンター試験」



俺の返事に、ビスケは満足げに頷く。ゴンは「頑張ってね、キルア!」なんて呑気に笑ってるが、俺の頭の中はマヤのことだけでいっぱいだ。試験会場で、あいつの情報が手に入るかもしれねぇ。いや、必ず手に入れてやる。



「ゴン、俺がいない間、マヤに何か動きがあったらすぐに連絡しろ。いいな」



念を押すようにゴンに告げ、俺は立ち上がる。待ってろよ、マヤ。お前を捕まえるための駒は、一つずつ揃えてやる。お前がどんなに逃げ隠れしようと、俺の網からはもう抜け出せねぇ。すぐに迎えに行ってやるからな。




戻る 進む
彼女は旅に出る。/AQUALOVERS