01






「ステーキ定食、弱火でじっくり」



マヤは淡々と答え、ハンター試験会場に案内された。プレートを受け取るとすぐにエレベーターからどんどん離れ、奥へ奥へと進んでいくと人がちらほらとしかいない場所に着いた。一番奥に座り込み、パーカーのフードを被った。























俺は案内されたエレベーターの近くでゴンやクラピカたちと話していたが、ふと気になってさっきの少女が向かった方へ目をやった。一番奥の薄暗い場所に、小さな影がぽつんと座り込んでいるのが見えた。



「……何やってんだ、あいつ」



気配を殺してそっと近づくと、フードを深く被った少女が壁に寄りかかって膝を抱えていた。警戒心が強いのか、それともただの人見知りか。



「ねえ、君。そんなとこにいたら他の奴に絡まれるぜ」

「……えっ」



少し離れた場所から、わざと声をかける。俺と同じくらいの歳に見えるけど、こんなとこで一人でいるなんて、大した度胸だ。そいつは俺が話しかけたことに相当驚いたのか目を丸くしてこちらを見ている。



「名前、なんてーの?」

「……私はマヤ。なるべく人目につかないとこにいとこうと思って。ほら、さっきから変なおじさんがジュース配り歩いてるの見える?」



マヤはフードを取り、その場で立ち上がった。マヤの視線の先を追うと、確かにニヤニヤした男が受験者たちにジュースを配って回っているのが見えた。あからさまに怪しい。



「ああ、あのルーキーキラーのトンパだろ。俺もさっきもらって飲んだけど、毒入りだぜ」

「うん、そうだろうね」



俺は肩をすくめてみせる。そんな古典的な罠に引っかかるやつは、この先の試験で生き残れないだろう。……毒を飲んだと言ったら大抵の奴は驚くなり何なり反応するのに、こいつの無反応っぷりはなんだ?変な奴。



「それより、マヤはなんでハンターに? 見た感じ、俺と同じくらいだろ。遊びで来るとこじゃねーぞ、ここは」

「んー、なんとなく」



品定めするような視線をマヤに向ける。コイツ、ただ者じゃない。警戒心も観察眼も、そこらの大人よりずっと鋭い。



「なんとなくかよ。ま、俺も人のこと言えねーけどな」



二人で話しているとトンパが来てマヤにジュースを差し出してきた。マヤは「いらなーい」と笑顔で答えた。



「それより、キ……君の名前は? なんで私に声かけてきたの?」



マヤの問い返しに、俺は一瞬言葉に詰まる。なんで声をかけたかなんて、自分でもよく分からなかった。ただ、放っておけなかっただけだ。



「……別に。ただ、俺と同じくらいのガキが一人でいるのが珍しかっただけだよ」

「ふーん……」



ぶっきらぼうにそう答えると、ポケットに手を突っ込む。コイツの目は、すべてを見透かしているようで少し居心地が悪い。



「名前はキルア。理由なんて、そんなとこにいたらトンパみたいなのに絡まれるって思っただけ。案の定、来たろ?」



悪態をつくように言うと、俺はマヤから視線をそらした。なんとなく、顔を見られたくなかった。



「そっか……なるべく絡まれないようにしようって思ってたんだけどね……あ、そろそろみたいだよ。お先!」



突然ベルが鳴った。
次の瞬間、目の前の少女が信じられない速度で駆け出す。
足元からキュルキュルと妙な音。



「なっ……おい、待てよ!」



思わず声が出た。
あっという間に人混みに消える背中。
……ローラーシューズ?
あんなので長距離試験走る気かよ。



「面白いじゃん、あいつ」



自然と口元が上がる。
ゾルディック家の暗殺術で鍛えた脚力だ。追いつけない相手じゃない。



「ゴン! クラピカ! 行くぜ!」



後ろを振り返り、仲間たちに声をかけると、オレも地面を蹴ってマヤの消えた方向へと駆け出した。まずは、あの小さな背中に追いつかないとな。

ゴンはキルアの手に持ったスケボーを見て言う。



「それ、使わなくていいの?」

「だめだろ! これは試験なんだぞ! あのガキもローラーシューズなんか使いやがってよ」

「うるさいぞレオリオ。ハンター試験は原則持ち込み自由なのだよ」



その間にも少女はどんどん前へと走っていく。

レオリオの奴、相変わらず頭が固いな。オレはゴンに軽くウインクしてみせる。



「スケボーはまだいい。コイツはただのオモチャじゃなくて、大事な武器だからな。今は自分の足でどこまで行けるか試したい気分なんだ」

「そっか!」



それに、と俺は前方を走る小さな背中を睨む。マヤのヤツ、ローラーシューズを巧みに操って、人混みを縫うように進んでいく。



「あいつ、面白いじゃん。ただ速いだけじゃない。体幹もしっかりしてるし、人混みの中での動きに無駄がない」

「うん、俺もそう思う! 俺達と歳変わらないくらいなのに凄いよね!」



暗殺家業で叩き込まれた動体視力が、マヤの動きを正確に捉えていた。俺はニヤリと笑みを深める。



「なあ、ゴン。どっちが先にあいつに追いつくか、競争しようぜ」



退屈なだけのマラソンになるかと思ってたけど、いい目標ができた。俺達は一気に速度を上げ、マヤとの距離を詰めにかかった。

クラピカとレオリオは後方を走り、ゴンだけがキルアについてきていた。マヤは先頭を走っていた。ポケットに両手を突っ込み、軽快にローラーシューズを走らせている。

マヤのやつ、先頭集団を走ってやがる。ポケットに手ぇ突っ込んで、まるで散歩でもしてるみたいに涼しい顔だ。普通、長距離走なら体力を温存するためにペース配分を考えるもんなのに。



「なんなんだ、あいつの体力……。俺たちも相当なペースで来てるはずなのに、全然バテる様子がねぇ」

「だね……なんか俺、ワクワクしてきちゃった」



隣を走るゴンも感心したように息を弾ませている。だが、気になるのはそこじゃない。あのローラーシューズだ。ただの靴じゃない、何か秘密がある。



「なあ、ゴン。あいつの靴、よく見てみろよ。ただ滑ってるだけじゃないぜ」



目を凝らすと、マヤが時折、地面を蹴るでもなく、ふっと加速しているように見えた。まるで靴自体が推進力を持っているかのように。



「へえ、面白い仕掛けだな。絶対追いついて、どうなってるのか聞いてやる」



2時間ほど走ると階段までたどり着いた。サトツは変わらないスピードで階段を登っていく。マヤはローラーシューズのローラーをしまい、自力で登っていく事にした。



「よう嬢ちゃん、なんでこんなところに来てんだ? 遊びじゃねーんだぜ」

「ここは嬢ちゃんみたいな女の子が来る所じゃないんだぜ」

「うん知ってる」



階段を駆け上がりながら、前の方で聞こえる野太い声に眉をひそめる。さっきまで軽快に先頭を走っていたマヤが、見るからに質の悪い二人組の男に絡まれていた。



「チッ、しつけー奴らだな」



隣を走るゴンも心配そうな顔をしている。マヤは涼しい顔で受け流しているように見えるが、あの男たちはしつこそうだ。俺はゴンと目配せすると、一気にスピードを上げる。階段を数段飛ばしで駆け上がり、マヤと男たちの間に割って入った。



「おい、オッサンたち。その子、俺の連れなんだけど。なんか用?」

「その子のかわりに俺達がかわりに話し相手になってあげようか?」



わざと挑発するように、ニヤリと笑って見せる。俺達の姿に気づいた男たちが、一瞬たじろぐのが分かった。



「ガキがしゃしゃり出てくんじゃねえよ、なんて言うなよな。あんたたちみたいな雑魚、俺一人で十分だからさ」



男二人が離れていくとマヤはキルアとゴンを見て微笑んだ。



「ありがとう、キルア、ゴ……ごめん。鬱陶しかったから助かったよ。そっちの黒髪の子の名前は?」



マヤは階段を登りながらお礼を述べた。そしてゴンを見て首を傾げてみせる。

マヤの礼に、俺はポケットに手を突っ込んだまま肩をすくめる。……今何か言いかけてたか?って思ったが『ごめん』って言葉に肩透かしを食らった気分だ。これくらいのことで謝ってんじゃねえよ。



「別に。ああいう雑魚は目障りなだけだろ」



隣にいたゴンが、人懐っこい笑顔でマヤに自己紹介する。



「オレはゴン! よろしくな、マヤ!」



ゴンの純粋な挨拶に、マヤも自然と笑みを返す。その様子を見て、俺は少しだけ口の端を上げた。



「こいつはゴン。見ての通り、脳天気なやつだよ。さ、先を急ぐぞ。こんなとこで油売ってるヒマはねぇ」



俺は二人の間を割るようにして、再び階段を駆け上がり始めた。マヤのヤツ、ペースが全然落ちてない。やっぱり面白い。



「ローラーシューズでここまで体力温存できたし、まあ何とかなるかなー」



マヤは呑気にそう言いながらどこまでも続く階段を登っていった。すると道が開き、目の前に野原が広がった。サトツは「ヌメーレ湿原です。騙されると死にますよ」と言った。

マヤの呑気な言葉に、俺は思わず振り返る。目の前に広がるのは、不気味なほど静まり返った湿原だ。霧が濃くて、先がよく見えない。



「おい、体力温存できたからって油断すんなよ。お前のそのローラーシューズ、ここでは逆に足手まといになるんじゃねーの? ぬかるみにハマったら一発でアウトだぜ」



騙されると死ぬ、か。ゾルディック家での訓練を思い出す。こういう場所は、見た目以上に危険な罠が潜んでいるもんだ。俺はマヤの足元に視線を落とす。あの面白い仕掛けも、この湿原ではただの重りになるかもしれない。試すような目でマヤを見ると、こいつは少しも動揺した様子を見せなかった。面白い。



「このシューズ、ローラーをしまったり出したりできるんだよ。いまはただの靴になってるでしょ? それより早く行こう。なるべくあいつに絡まれたくないし、もっと前に出たい」



マヤはピエロを目で指し示す。あのピエロはぶつかってきた受験生の腕を切り落としていた危険人物である。マヤはそう言うとそのままキルアの返事を待たずに走り出した。

マヤの言葉に、俺は一瞬ピエロの男――ヒソカの方を見る。確かに、あいつはヤバい。そこらの雑魚とはレベルが違う。この試験で一番警戒すべき相手だ。



「チッ、同感だな。アイツはマジモンだ」



しかしマヤはそう言ってすぐに湿原の中へと駆け出していった。その判断の速さと正確さに、俺は舌を巻いた。普通のガキなら、ヒソカの凶行に怯んで足がすくむはずだ。



「おい、待てよ! 勝手に行くな!」

「マヤ! あまり先に行くとはぐれちゃうよ!」



俺は慌ててゴンと顔を見合わせ、すぐにマヤの後を追う。あいつ、小さいくせに速えーな。霧が濃くて見失いそうだ。



「ったく、手のかかるヤツだな……!」



毒づきながらも、口元が緩むのを止められない。危険を察知する能力、即座に行動に移す決断力。マヤ、お前、一体何者なんだ? ますます面白くなってきたじゃねーか。

しばらく走ると後ろからレオリオの悲鳴が聞こえて、ゴンは「レオリオ!!」と叫ぶとすぐさま霧の中へと駆け出していった。マヤは振り返ることなくひたすらに前に向かって走っている。



「バーカ、罠に決まってんだろ……!」



ゴンの奴、馬鹿正直にレオリオを助けに戻りやがった。霧が濃くて、あっという間に姿が見えなくなる。舌打ちしながらも、足は止まらない。前を走るマヤは、悲鳴にもゴンの声にも一切振り返らなかった。その冷静さに、俺は少し驚く。普通、仲間が危なければ動揺するもんだろ。



「おい、お前は気になんねーのかよ! ゴンが行っちまったぞ!」



マヤのすぐ後ろに追いつき、声をかける。こんな状況でも、こいつのペースは全く乱れていない。マヤは前を向いたまま、静かに答えた。



「気になるよ。でも、今は前に行くしかない。それに、ゴンならきっと大丈夫だよ。レオリオを連れて戻ってくる」



その横顔は、歳不相応に冷徹な光を宿していた。こいつ、やっぱりただのガキじゃねぇ。



「だからそんなに心配そうな顔しなくていいよ」



マヤの言葉と笑顔に、俺は一瞬虚を突かれる。ゴンを信じてる、か。確かに、あいつはそういう奴だ。だが、それでも心配なもんは心配なんだよ。



「……別に、心配なんかしてねーよ。あいつが馬鹿正直すぎて呆れてるだけだ」

「そっか」


俺はそっぽを向きながら悪態をつく。マヤは俺の強がりを見透かしたように、小さく笑った。



「それより、お前だよ。なんでそんなに冷静なんだ? 普通のガキなら、もっとパニクるだろ」



俺の問いに、マヤは少しだけ足を止め、霧の奥にいるはずのゴンたちの方を一瞬だけ見た。



「私にできるのは、信じて先で待ってることだけだから。それに、キルアもいるしね」



そう言って、俺に向かって悪戯っぽく笑う。その言葉に、なぜか胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。
















やがて1次試験が無事終了した。目の前にある大きな扉からは獣が唸ってるかのような声がしている。



「次は2次試験か。まだ開かないみたいだね」



一次試験のゴールである巨大な扉の前に立ち、俺は軽く息を整える。マヤの言う通り、扉の向こうからは不気味な音が聞こえてくるな。



「ああ。次はどんな試験が待ってることやら」



周りを見渡すと、疲労困憊の受験者たちがそこら中に座り込んでいる。そんな中、マヤは涼しい顔で扉を見上げてる。まったく、底が知れねぇヤツだ。



「それにしても、ゴンとクラピカたちはまだか。レオリオの奴、足引っ張ってなきゃいいけどな」

「大丈夫だよ。きっともうすぐ来る。それより、キルアこそ疲れてない? 顔色、あんまり良くないよ」



俺が呟くと、マヤは扉から視線を外し、俺を見て小さく笑った。不意に顔を覗き込まれて、俺は思わず一歩下がる。こいつ、人のこと見すぎだろ。



「うるせーな。これくらいで疲れるかよ、バーカ」

「そっか、そうだよね。あ、ゴン達だ」



マヤは遠くから駆けて来るゴンとクラピカに手を振った。なぜかレオリオはぼこぼこの顔でピエロに抱えられ、木のそばに寝かされている。



「みんな無事そうだね! よかった!」



マヤが手を振る先を見て、俺は眉をひそめる。ゴンとクラピカは無事そうだが、レオリオの姿がおかしい。ヒソカに担がれてる……?



「無事、なのか? あれ……」



ヒソカはレオリオを乱暴に木の根元に転がすと、何事もなかったかのように立ち去っていく。ゴンとクラピカがこっちに気づいて駆け寄ってきた。



「キルア! マヤ! 先に行ってたんだな!」



ゴンの能天気な声に、俺は呆れたようにため息をつく。



「お前らこそ、何してたんだよ。つーかレオリオはなんであんなボロボロなんだ?」



俺の問いに、ゴンはバツが悪そうに頭を掻いた。どうせまた、ヒソカにでもちょっかいを出したんだろう。まったく、世話の焼ける奴らだ。やがてぼこぼこの顔のレオリオが起きてくるとマヤが元気よく声をかける。



「リオレオ! 無事で良かったよ。あのピエロに絡んで無事に戻ってくるなんてすごいじゃん!」

「おいマヤ、どこをどう見たらあれが無事に見えるんだよ。つーか、リオレオって誰だ」



マヤの能天気な言葉に、俺は思わずジト目で突っ込む。レオリオの顔はボコボコで、どう見ても無事じゃねぇだろ。俺のツッコミに、隣にいたゴンが「ほんとだ! レオリオだよ!」と笑う。ったく、こいつもこいつだな。



「まあ、生きてるだけマシか。ヒソカ相手によくやったんじゃねーの、あのオッサン」



呆れつつも、レオリオの無謀さを少しだけ認めてやる。すると、それまで沈黙していた巨大な扉が、地響きを立ててゆっくりと開き始めた。二次試験の始まりだ。



「えっ? あのやばいピエロ相手に、生きて戻って来れたんだから無事な方だよ。死んでてもおかしくないもん。ってレオリオか! ごめんレオリオ! 間違えちゃった!」



マヤは慌ててレオリオに謝っている。扉の先にはブハラとメンチが立っていた。ブハラの大きなお腹の音が鳴り響いている。




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