02






マヤがレオリオに謝っているのを横目に、俺は開いた扉の奥にいる二人の試験官に視線を移す。一人はデカブツ、もう一人はずいぶん若い女だ。腹の音を鳴らしてるデカブツが、いかにも食いしん坊って感じだな。



「おい、いつまで謝ってんだ。始まったぞ」



俺はマヤの背中を軽く叩いて前を促す。レオリオはまだ何か言いたそうだったが、試験官の威圧感に気圧されたのか口をつぐんだ。すると、メンチと名乗った女試験官がニヤリと笑い、試験内容を告げる。



「二次試験の課題は、料理よ!」



その言葉に、周りの受験者たちが一斉にどよめく。料理?ハンター試験で?ふざけてんのか。俺は思わず舌打ちした。隣のマヤを見ると、意外にも目を輝かせている。こいつ、料理とかすんのか?想像つかねぇな。そしてマヤは課題内容を聞く前にさっさとその場を離れていった。



「あれ? マヤは?」



そこでブハラが課題内容は“豚の丸焼き”だと発表した。ゴンがキョロキョロとマヤを探しているのを横目に、俺は小さく舌打ちする。課題が発表される前に勝手にいなくなるとか、アイツ、何考えてんだ?



「チッ、アイツまた勝手なことしやがって……」

「どこ行っちゃったのかな……課題内容、ちゃんと聞いてるといいんだけど」



周りを見渡しても、あの目立つピンク頭は見当たらない。まさか、この場でリタイアするつもりか?いや、あいつに限ってそれはない。だとしたら、何か考えがあるのか。



「おいゴン、マヤは放っとけ。どうせその辺にいるだろ」

「そうだね、見かけたら教えてあげようよ!」



俺はゴンの肩を叩き、森の奥へと視線を向ける。課題は豚の丸焼き。この森のどこかに、その豚がいるはずだ。



「それより、さっさと豚を捕まえに行くぞ。あいつの分まで捕まえときゃ文句ねぇだろ」



俺はそう言うと、真っ先に森の中へと駆け出した。まったく、手のかかるヤツだ。でも、あいつが何を考えているのか、少しだけ気になるのも事実だった。森に入ると、マヤを見つけた。マヤは丁度仕留めたグレイトスタンプを丸焼きにしようとしているところだった。



「あ、キルア! 豚を取りに行くの? あっちの方にたくさんいたよー」



マヤはキルアを見ると無邪気に手を振った。そしてグレイトスタンプの群れがいた方角を指で差し示した。

森の奥で火を起こしているマヤを見つけ、俺は呆れて思わず立ち止まる。こいつ、もう豚を捕まえてやがったのか。しかもデカいやつを。



「お前な……課題も聞かずに勝手に行動したと思ったら、もう捕まえてんのかよ」



俺は呆れ半分、感心半分でため息をつく。こいつの行動力はマジで規格外だ。マヤは俺の言葉を気にもせず、呑気に手を振ってくる。



「当たり前じゃん。腹ペコの試験官がいたら、課題は料理に決まってるでしょ? それより、この豚、どうやって丸焼きにするかなぁ」




その言葉に、俺はこめかみを押さえた。こいつ、何も考えてねぇな。



「……お前、バカだろ。そんなデカいの、どうやって試験官のところまで運ぶんだよ」

「だってこの森にはこんな豚しか生息してないもん……。キルアも行ってみればわかるよ。でっかいのしかいないから」



キルアに呆れられたマヤは口を尖らせて文句を言った。そしてその豚をまるごとそのまま丸焼きにする。

マヤが巨大な豚をそのまま火にかけようとしているのを見て、俺は盛大にため息をついた。こいつ、本当に何も考えてねぇ。



「おい、待て待て! バカかお前は! そんな焼き方じゃ中まで火が通るわけねぇだろ。表面が真っ黒焦げになるだけだぞ」

「ええっ?」



俺は慌てて駆け寄り、マヤが持っていた木の枝を取り上げる。



「貸してみろ。やるならちゃんとやれよ、ったく……」



俺は仕方なく、持っていたナイフで豚の手頃な部分を切り分け始める。ゾルディック家じゃ料理なんてしたことねぇけど、解体くらいなら慣れてる。



「こんなデカブツ、部分ごとに焼くしかねぇだろ。少しは考えろよな、脳みそまで筋肉か?」



ぶっきらぼうに言いながらも、手は止めない。こいつ一人に任せてたら、二次試験突破なんて夢のまた夢だ。



「何よ、脳まで筋肉って……あのブハラなら気にせず食べると思うんだけど。あっ、ほら、ゴンも似たようなことしてるよ?」



ゴンもいつの間にか豚を仕留めたのかグレイトスタンプをまるごとそのま丸焼きにしていた。ゴンの姿を見て、俺はさらに頭が痛くなるのを感じた。あいつもマヤと同じように、巨大な豚をそのまま火にくべてやがる。



「あいつはバカだからいいんだよ! お前まで同じことしてどうすんだ!」

「キルアが気にしすぎなんだって」


俺は思わず声を荒らげる。なんで俺の周りには、こういう脳筋しかいねぇんだ。



「いいか? 料理ってのはな、ただ焼けばいいってもんじゃねぇんだよ。見た目も重要なんだ。あんな黒焦げの塊、メンチが合格させるわけねぇだろ」

「いや、ブハラでしょ」



俺は切り分けた肉を手際よく串に刺しながら、マヤを睨みつける。



「ほら、見てねぇで手伝え。お前が捕まえた豚だろ」

「ブハラとメンチ一人ずつだよ、課題は。ブハラなら問題なく食べるよ! もういいからキルアも早く豚捕まえてきなよ!」



キルアにバカにされたように感じてムッとしながら言い返す。

マヤの反抗的な態度に、俺の額に青筋が浮かぶ。こいつ、マジでわかってねぇな。俺が誰のために手伝ってやってると思ってんだ。



「はあ? 誰が捕まえに行くかよ。俺はてめぇの無駄な行動の後始末をしてやってんだろーが」

「む、無駄じゃないよ!」



俺は切り分けた肉塊の一つを、わざとらしくマヤの足元に転がす。



「それに、試験官は二人だぞ。あのデカブツはともかく、もう一人のメンチって女が、そんなゴリ押しの料理で満足すると思うか? 少しは頭使えよ」



俺はナイフを拭うと、他の部位の解体に取り掛かる。こいつの単純さには呆れるが、放っておくのも寝覚めが悪い。まったく、世話が焼ける。



「いいから、さっさと火の番でもしてろ。それくらいは出来るだろ?」


「メンチとブハラの課題が同じなわけ無いでしょ、キルアこそ頭使いなよ! 私のことより早く豚捕まえてこないと。ブハラの課題は豚の丸焼きなんだからこれ一匹だけじゃキルア不合格になっちゃうよ。ほら早く!」



ムッとして言い返すとマヤはぐいぐいとキルアの背中を押す。

俺の背中をぐいぐい押してくるマヤの手に、俺は苛立ちを隠さずに振り返る。こいつ、マジで人の話を聞かねぇな。



「うっせぇな! 押すな! いい加減にしろよ。俺がお前の心配してやってんのが、そんなに気に食わねぇのか?」



その手を乱暴に振り払い、マヤの顔を睨みつけた。こいつの能天気な善意が、今は無性に腹立たしい。思わず口から出た言葉に、俺自身が少し驚く。なんで俺はこんなに必死になってるんだ?



「……チッ。もういい。好きにしろよ。どうせお前のことだ、何とかなんだろ」



俺は吐き捨てるように言うと、マヤから背を向けた。こいつのやり方に付き合うのは、もうやめだ。俺は俺のやり方で、この試験を突破する。



「……それは嬉しいけど、私のせいでキルアが豚の丸焼きを用意できずに不合格になるのは嫌だよ。2匹捕まえてきたら良かった。……豚の群れはあっちの方だよ」



マヤのしゅんとした様子に、俺の中の苛立ちが少しだけ収まるのを感じた。ったく、こいつは本当に調子が狂う。



「……別に、てめぇの心配なんかしてねぇよ。勘違いすんな。それに、豚なんざ今から捕まえに行けば余裕だろ。お前と違って、俺は要領がいいんでな」



俺はポケットに手を突っ込み、そっぽを向きながらぶっきらぼうに言う。素直じゃねぇのは、昔からの癖だ。強がりを言ってはみるものの、こいつを一人でここに置いていくのは、なぜか気が進まなかった。ちらりとマヤを見ると、まだ落ち込んだ顔をしている。



「……その肉、俺が切り分けてやったんだから、ちゃんと美味しく焼けよな。もし不合格になったら、笑ってやるからな」

「うん、ちゃんと合格してね」



豚グレイトスタンプを仕留めて戻ってくると、ゴンが巨大な豚を担いで去っていくのが見えた。俺は眉をひそめる。あいつも結局、丸焼きのまま持っていくつもりか。まあ、あいつならそれでも何とかなりそうだが。



「……で、マヤはどこ行ったんだよ」



辺りを見回すが、あの特徴的なピンク色の髪は見当たらない。さっきまで落ち込んでたかと思えば、今度はもういなくなってる。本当に手のかかるヤツだ。まさか、俺が捕まえてくるのを待たずに、一人で試験官のところに行ったのか?ため息をつきながら、俺は森の奥へと駆け出す。アイツの分の豚まで心配してやった俺がバカみたいじゃねぇか。



「チッ、今度会ったら一発殴ってやる」



毒づきながらも、足は自然と速くなる。あいつが無事に課題をクリアできてるか、少しだけ気になっちまってるのが、自分でも気に食わなかった。

キルアが豚を焼いて戻ってくるとクラピカもレオリオも全員の受験生がまるごと豚の丸焼きをブハラに差し出していた。ブハラはそれを嬉しそうにがつがつ食いながら「合格!」と全員に言っている。



「あ、キルア。一応合格したよ。ありがとね。キルアも早く渡してきたほうがいいよ、ブハラが満腹になる前に」



目の前の光景に、俺は思わず足を止める。ブハラの前に並べられた、黒焦げの豚の丸焼きの山。そして、それを豪快に食い散らかすブハラ。隣で呆れた顔をしているメンチがやけにまともに見えた。



「は……? 全員合格……だと?」



俺が呆然としていると、マヤが呑気な顔で声をかけてきた。その手には食いかけの肉が握られている。こいつ、ちゃっかり自分の分も食ってやがったのか。



「お前な……あんなデタラメな焼き方で、よく合格できたな……」

「ん? キルアが切ってくれたじゃん」



俺の言葉に、マヤはきょとんとした顔で首を傾げる。その無邪気さが、今は少しだけ腹立たしい。俺の忠告は、結局全部無駄だったってことか。



「……チッ。ブハラが味オンチで助かったな。次も同じ手が通用すると思うなよ」

「うん、次はメンチだもんね」



マヤは肩をすくめてみせた。ブハラは70頭の豚の丸焼きを食べて満腹になり、メンチは「アタシの課題はスシよ!」と言った。



「スシだって。キルア」



メンチの「スシ」という言葉に、俺は眉をひそめる。周りの受験生たちがざわついてるのが聞こえるが、俺も同じだ。スシ?聞いたこともねぇ料理名だ。



「スシ……? なんだそりゃ。お前、知ってんのか?」



隣に立つマヤに尋ねるが、こいつも首を横に振るだけ。どうやらこの中で知ってるやつは誰もいねぇらしい。厄介なことになったな。



「チッ、また変な課題を出しやがって。あの女、性格悪そうだもんな」



俺は腕を組み、メンチを睨みつける。一次試験といい、二次試験といい、ここの試験官はまともな奴がいねぇのかよ。



「まあ、何だっていいさ。見てりゃそのうち分かるだろ。どんな課題だろうが、クリアしてやるだけだ」



俺はニヤリと口の端を上げた。ゾルディック家の俺が、こんなところで足止め食らうわけにはいかねぇんだよ。



「キルア! スシってなんだろう?」



キルアがゴンに話しかけられてる間にマヤはまた一人で姿を消していた。

ゴンの能天気な声に、俺は思考を中断される。振り返ると、マヤの姿がまた消えていた。あいつ、本当に落ち着きがねぇな。



「さあな。知らねぇよ」



ゴンの問いにぶっきらぼうに答えながら、辺りを見回す。遠くでレオリオが「魚ァ!?」と叫んでいるのが聞こえた。どうやらそれがヒントらしい。



「……魚料理か。面倒くせぇな」

「魚かぁ……近くに川とかがあるのかな?」



魚なんて、毒があるかどうかの判別くらいしかしたことねぇ。調理法なんざ知るか。



「おいゴン、マヤはどこ行ったか知らねぇか? あいつ、一人で勝手に行動しすぎだろ」



舌打ちしながら言うと、ゴンは「さっきあっちの方に走ってったよ!」と、森の奥を指さした。本当に、あいつには呆れるぜ。

ゴンの釣り竿を使って魚を釣って戻ってきたが、マヤの姿は見えない。ゴンは魚をまるごとご飯で握った奇妙なおにぎりのようなものを作り「できた!」と言ってメンチのところに向かっていく。ゴンの作った、どう見てもただの巨大な魚おにぎりを、俺は呆れた目で見送る。あいつのあの発想力は、ある意味才能かもしれねぇな。だが、あれが合格するとは到底思えねぇ。



「……ったく、あいつも大概だな」



俺は独りごちて、手にした魚に視線を落とす。こいつをどうしろってんだ。酢飯?そんなもん、どこにあんだよ。



「結局、マヤのやつはどこ行きやがったんだ……チッ、知るか。俺は俺のやり方でやるだけだ」



またいなくなったあいつのことが、少しだけ頭をよぎる。まさか、また一人で変なもん作って突撃してんじゃねぇだろうな。アイツを心配してやったのが、馬鹿らしくなってくるぜ。

マヤはのんびりと散歩をして戻ってくると調理にいそしむ参加者たちをぼんやりと眺めながら隅っこに立っていっていた。何をするでもなくただ立っている。

調理に励む受験生たちをぼんやりと眺めているマヤを見つけ、俺は思わず眉間にシワを寄せた。あんな隅っこで突っ立って、一体何をしてるんだ。



「おい、マヤ」

「はーい」



声をかけると、マヤはゆっくりとこっちを振り返る。その呑気な表情に、俺の中の何かがプツリと切れた。



「てめぇ、今までどこほっつき歩いてやがった。人が探してるのも知らねぇで、のんきな顔しやがって。課題はどうすんだよ。見てるだけじゃ合格できねぇぞ」



俺はマヤの目の前まで歩み寄り、腕を組んで睨みつける。こいつのマイペースさには、本当に調子が狂わされる。



「ええっ? なんで? ……ごめん、一緒に行動したかったの? 次からは気をつけるね」



マヤは探していたと言われて驚いた顔をしたあと、不思議そうにしながらも謝った。



「うん、大丈夫だよ。スシなんて誰も作れっこないから」



メンチの「全員不合格!」という甲高い声が響き渡る。その声に、俺は思わず舌打ちした。やっぱりこうなるのかよ。俺は呆れたように肩をすくめる。だが、隣に立つマヤは「ほらね?」とでも言いたげな、どこか得意げな顔をしていた。その態度が妙に気に障る。



「……おい、てめぇ。なんでそんな余裕なんだよ。まさか、こうなるって分かってたのか?」



俺の問いに、マヤはこくりと頷く。その澄ました顔に、俺は苛立ちを隠さずに詰め寄った。



「だってスシなんて素人に作れるわけないもん。プロ職人の技なんだよ? スシって」

「だったらなんで言わなかったんだよ! 俺たちが必死こいて魚と格闘してる間、お前は見てただけじゃねぇか!」



「まあまあ、ゴンと釣りして楽しかったんでしょ? ならそれでいいじゃん。楽しめればそれが一番でしょ?」



ゴンは元気よく「たしかに! キルアと魚釣りすっごく楽しかった!」と言った。ゴンの能天気な同意に、俺はこめかみがピクリと動くのを感じる。こいつらは、ハンター試験をなんだと思ってやがるんだ。



「楽しかった、じゃねぇだろ! これは遊びじゃねぇんだぞ!」



俺は思わず声を荒らげる。マヤの「それでいいじゃん」という態度と、ゴンの純粋すぎる同意に、俺の中の苛立ちが頂点に達していた。



「プロの技だろうがなんだろうが、やらなきゃ合格できねぇんだよ! お前はそれでいいのかよ、マヤ!」



こいつの底が見えない態度に、俺はますます調子を狂わされる。本当に諦めてるのか、それとも何か考えがあるのか。その真意を確かめずにはいられなかった。



「……ごめん。そんなに怒ると思わなかった。合格者ゼロだと、さすがに会長が止めに来ると思ったの」

「キルア、なんでそんなに怒るの? マヤがどこで何しようと自由だと俺は思うよ?」



ゴンは思わずマヤを庇うように立ちながら言った。ゴンの言葉に、俺は思わず言葉を詰まらせる。こいつの真っ直ぐな瞳は、時々どうしようもなく眩しい。自由、か。確かにその通りだ。マヤが何をしようが、俺には関係ねぇはずなのに。



「……うるせぇな。別に怒ってねぇよ」



俺はバツが悪くなって、ゴンから視線をそらす。隣でマヤが申し訳なさそうに俺のことを見ているのが、気配で分かった。会長が止めに来る……?確かに、それなら筋が通る。こいつはそこまで読んでたってのか。



「……チッ。会長が来るかどうかは賭けだろ。もし来なかったらどうするつもりだったんだよ」

「……来るよ」



少しだけ声のトーンを落として、マヤに問いかける。こいつの考えが、少しだけ気になった。俺が知らないことを、こいつは知っている。その事実が、俺を少しだけ苛立たせ、同時に興味を引いていた。

やがてネテロ会長が止めに来たことによりメンチの試験はやり直しする事になった。新たな課題は“ゆで卵”だった。卵を手に入れるには、谷に飛び降りなければならない。普通なら怖気づいてしまう。ここで度胸が無いものは、落ちたも同然。



「良かったね、ちゃんとやり直しになって。今度は一緒に行こっか?」



突然、マヤに手を掴まれ、俺は一瞬体が強張る。こいつ、マジで距離感がバグってんな……。俺の戸惑いなんて気にもせず、マヤは一緒に行こっか?なんて、ピクニックにでも誘うみたいに言いやがる。




「なっ……! いきなり人の手ぇ掴むなよ!」

「えっ、ごめん」



俺は咄嗟にその手を振り払う。だが、その声が思ったよりもうわずっていることに気づき、バツが悪くなった。谷底から吹き上げてくる不気味な風が、俺の背筋をぞくりと撫でる。



「……当たり前だろ。言われなくても、一人で行かせるかよ。お前みたいなチビ、風に煽られてあらぬ方向に飛んでいきそうだぜ」



軽口を叩きながら、俺はマヤから視線をそらして谷の底を睨みつける。こいつの手、思ったより小さかったな、なんて。そんなことを考えている自分に、俺は小さく舌打ちした。



「一緒に行動したいのかなって思って……駄目だった? ごめん、いきなり馴れ馴れしくして」



キルアに手を振り払われてしまい、そんなに嫌だったのかと思っていると舌打ちまでされたため申し訳なくなってしまいキルアの顔を覗き込んで謝った。



「そんな怒んないでよ、もうしないからさ。ね?」



マヤが覗き込んでくるのを、俺はうっとうしそうに手で払いのける。顔が近いんだよ。大体、こいつのせいで調子が狂う。



「別に怒ってねぇよ。馴れ馴れしいのは今に始まったことじゃねぇだろ」



悪態をつきながらも、さっき掴まれた手の感触がまだ残っている気がして、居心地が悪い。俺は誤魔化すように、眼下に広がる谷を見下ろした。



「えっ? 私そんなに最初から馴れ馴れしかった?」

「そんなことないよ、むしろキルアの方からマヤに絡んでるように見えるよ!」

「馬鹿言ってんじゃねえ……行くぞ。さっさと卵取って、こんなとこ終わらせる」



俺はそう言うと、蜘蛛の糸が張り巡らされた谷へ向かって一歩踏み出す。隣でマヤがついてくる気配を感じながら、俺はわざとぶっきらぼうに言った。



「いいか、ぜってぇ俺から離れんなよ。足手まといになったら、置いてくからな」

「はーい。みんなで一斉に行こっか」



マヤそう言って一気に飛び降りた。そして糸をしっかりキャッチし、卵を手に取る。俺が脅し文句を言い終わる前に、マヤは躊躇なく谷底へ身を躍らせた。そのあまりの潔さに、俺は一瞬、言葉を失う。



「は……? おい、てめぇ!」



隣でゴンが「うわっ、マヤすごい!」と目を輝かせているが、俺はそれどころじゃねぇ。あいつ、俺の話をちゃんと聞いてやがったのか?舌打ちしながら眼下を見れば、マヤは器用に糸を掴み、すでに卵を手にしている。そして、こちらを見上げて勝ち誇ったように頷きやがった。あの野郎……!



「……チッ、面白ぇじゃねぇか」



俺は不敵に口の端を吊り上げる。あいつにできて、俺にできねぇわけがねぇ。俺は隣のゴンに目配せすると、ためらうことなく谷へと飛び込んだ。

みんなでしっかり卵を手に入れるとゆで卵にしてみんなで食べた。



「ん〜おいしい。これが本物のクモワシの卵かあ。なんか、感動的かも」



マヤは妙に感慨深そうに食べている。

マヤが感慨深げに呟くのを、俺は横目で見やる。茹で上がったばかりの熱い卵を片手で弄びながら、その様子を観察していた。



「大げさなやつだな。ただの卵だろ」



口ではそう言いながらも、一口かじった卵の濃厚な味に少し驚く。確かに、そこらの卵とは比べ物にならねぇくらい美味い。隣ではゴンが「うめー! もう一個食いてえ!」と騒いでいる。こいつの食欲は底なしかよ。



「……まあ、悪くはねぇな」



俺はぶっきらぼうに呟き、残りの卵を口に放り込んだ。さっき、いの一番に飛び込んでいったマヤの横顔が、ふと頭をよぎる。案外、度胸あるじゃねぇか。




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