07






人気のない倉庫。薄暗い照明の下で煙草の火が赤く揺れる。ジンは珍しく機嫌が良さそうに口角を上げる。彼がアマレットに向ける表情は少し柔らかい。



「遅かったな、アマレット。さて今回の仕事だ」



倉庫の影から一人の男が歩み出る。長い黒髪、鋭い目。壁際には腕を組んだままこちらを見ている男、バーボン。ジンは煙を吐き、淡々と言う。



「今回のチームは───(指で三人を順に示す)アマレット、バーボン、ライだ。失敗は許さねぇ」



不意にライがアマレットに視線を向ける。無表情から、少し柔らかな表情に変わる。



「アマレット」

「久しぶりね、ライ」



アマレットとライ……。二人の間に流れる空気は、単なる組織の同僚というにはあまりにも親密なものだった。特にライの表情の変化は顕著だ。あの男が、あれほどまでに表情を緩める相手がいたとは。僕やスコッチに見せる顔とは明らかに違う。二人の関係性は、僕が組織の内部を探る上で新たな、そして非常に重要な鍵になるだろう。



「……ええ、よろしくお願いします。ライ」



僕は努めて平静を装い、ライに声をかける。視線は彼に向けつつも、意識はアマレットへと集中させていた。彼女はライの呼びかけに自然に応じている。このやり取りから察するに、二人の関係は今に始まったものではない。僕が組織に潜入する以前から、彼らは繋がりを持っていた可能性が高い。



「お二人は旧知の仲のようですね」



あえて探るような言葉を投げかける。これは揺さぶりだ。彼らがどう反応するかで、関係の深さや性質がある程度推測できる。ジンは我々のやり取りを黙って見ているが、その瞳は全てを見透かすように冷たく光っていた。この男の前で下手に動くのは危険だが、情報を得るためにはリスクを冒すしかない。ジンが煙草をくわえたまま笑い、煙を吐き出した。



「気になるか、バーボン。アマレットは昔から組織にいる」



ジンは少しだけ顎をしゃくり、「ライとは何度か組んでる」と言ったあと、低く一言で「それがどうした」と言い添える。ライは何も言わず、ただ黙ってアマレットを見ている。アマレットは肩をすくめる。



「……そういうこと」



ライを一瞬だけ見て「何度か組んだだけよ」と言ったあとにバーボンへ視線を向けた。



「気になる?」



アマレットの視線が、まるで鋭いナイフのように僕の心を探ってくる。彼女の「気になる?」という問いは、単なる好奇心への返答を求めているわけではない。僕の意図、僕の本質を見抜こうとする挑戦的な響きを持っていた。ジンの前で迂闊な返答はできないが、ここで引くわけにもいかない。彼女の警戒心の裏にあるものを引き出すには、こちらも一歩踏み込む必要がある。



「ええ、気になりますね。優秀な方とは積極的に連携を取りたいので」



僕は微笑みを浮かべ、あくまで仕事上の関心であると装う。だが、僕の本当の狙いはそこではない。ライと彼女の間に存在する特別な繋がり、それが組織の弱点に繋がる可能性を探っているのだ。ジンは僕の言葉を鼻で笑うだろうが、アマレット自身がどう反応するか。彼女の心の壁を少しでも崩すきっかけになればいい。



「あなたとライ、そして僕。この三人で最高の成果を出すために、相互理解は不可欠でしょう?」

「そうね、たしかに正論だわ」



これは正論であり、同時に揺さぶりだ。彼女がこの言葉をどう受け止めるか。隣で黙したままのライの存在も不気味だ。彼の沈黙は、この話題に深入りさせたくないという意思の表れか、それとも単に僕を値踏みしているのか。この緊迫した空気の中で、僕は冷静に彼らの反応を観察する。



「……特に、ジンが信頼を置くあなた方のことは、よく知っておきたい」



ジンはバーボンの言葉を聞くと、煙草を床に落として靴で踏み消した。冷たい視線が三人を順に射抜く。



「くだらねぇ雑談はそこまでだ。今回のターゲットは企業の研究員だ。そいつが組織のデータを持ち逃げしようとしている。今夜、港の倉庫で取引だ」



ポケットから写真を取り出し、テーブルに滑らせる。



「ライ、お前は外を抑えろ。バーボン、潜入してデータを回収しろ」



そして最後にアマレットへ。一瞬だけ表情が緩む。



「アマレット。お前は二人のサポートだ。……逃げようとしたら───撃て」



ジンの口元が歪む。アマレットは「組織の女」の顔で冷徹に微笑んでみせた。



「了解」



ジンの命令は明確かつ冷酷だ。ターゲットの確保、そして失敗した場合の抹殺。僕の任務はデータの回収だが、真の目的はターゲットの保護とノックリストの確保にある。しかし、アマレットに与えられた「射殺許可」は大きな障害だ。彼女が引き金を引く前に、僕がターゲットを確保しなければならない。そして、ライが外を固めるというのも厄介な状況だ。



「承知しました。データは必ず回収します」



僕は冷静に答える。ジンの前では忠実な組織の一員を演じきらなければならない。だが内心では、どうやってアマレットとライを出し抜き、ターゲットを生きたまま公安に引き渡すか、その算段を必死で組み立てていた。アマレットの冷徹な笑みが、僕の計画に影を落とす。彼女は躊躇なく人を殺せる女だ。



「アマレット、あなたのサポートを期待していますよ。万が一の時は、僕が合図を送ります」



これは牽制だ。僕の指示なしに動くな、という意思表示でもある。彼女が僕の意図をどこまで読み取るか。ちらりと横目で彼女を見ると、その唇の端が微かに吊り上がったのが見えた。彼女もまた、僕の真意を探っているに違いない。この任務、敵はターゲットだけでなく、味方であるはずの二人でもある。

アマレットは少し笑う。



「合図?」



一歩近づいて、バーボンを見る。ライとジンがアマレットに視線を向けた。それからバーボンへと視線を移す。



「あなたの?」



そしてアマレットは肩をすくめる。



「勘違いしないで。私はジンの命令で動くの……でも、面白い合図なら聞いてあげる」



最後に少しだけ微笑む。ジンがにやりと笑い、ライは無言のままアマレットに視線を戻した。

アマレットの言葉は、僕の主導権を奪おうとする明確な意思表示だ。ジンの寵愛を盾にした、巧みな挑発。ライの沈黙も、まるで彼女に同調しているかのようだ。だが、この状況で引き下がるわけにはいかない。彼女の言う「面白い合図」とは、僕の能力を試すためのものだろう。ならば、その期待に応え、さらに上を行くまでだ。



「ええ、とびきり面白い合図ですよ。あなたが引き金を引く必要がなくなるような、ね」



僕はわざと彼女の耳元に顔を寄せ、囁くように言った。これは彼女への挑戦であり、同時にライへの牽制でもある。僕が彼女と特別な連携を取ることを示唆すれば、ライも無視はできないはずだ。彼らの間に存在するであろう見えない絆、そこに楔を打ち込むことができれば、この任務の主導権を握る糸口になる。



「ジンへの忠誠心、疑っているわけではありません。ただ、よりスマートに任務を遂行したいだけですよ」



一歩下がり、僕は改めて微笑んでみせる。アマレットの瞳の奥に、一瞬だけ探るような光が宿ったのを見逃さなかった。彼女の警戒心を煽りつつも、興味を引くことには成功したようだ。この作戦、危険な賭けではあるが、公安としての目的を達成するためには、この緊張関係すら利用してみせる。

ライは二人を見て、短く言う。



「終わったか」



それだけ言って、アマレットを見る。



「任務だ」



行くぞ、と目で示すライに目を向け、私はそのままバーボンから距離を取り、短く「ええ」とだけ返した。その表情からは何も読み取れない。完璧な組織の女の顔だった。

ライの言葉を合図に、アマレットは僕からすっと距離を取った。まるで僕の囁きなど最初からなかったかのように、彼女の表情は再び冷たい仮面の下に隠されてしまう。僕の仕掛けた揺さぶりは、ライの介入によってあっさりと断ち切られた形だ。だが、彼女の瞳の奥に宿った一瞬の光、あれは見間違いではない。僕の言葉は、確かに彼女の心に小さな波紋を広げたはずだ。



「ええ、行きましょうか。任務ですから」



僕は平静を装い、二人に同意を示す。ここで焦りは禁物だ。ライは僕とアマレットの関係性を警戒している。そしてアマレットは、僕の真意を探りつつも組織の一員としての立場を崩さない。この三人の奇妙な均衡を保ったまま、僕はターゲットを保護しなくてはならない。港の闇に紛れ、それぞれの思惑が交錯する。



「ライ、外周の警備、頼みましたよ。内部への突入は僕が最適なタイミングを計ります」



これは主導権を握るための布石だ。僕が内部の状況を完全にコントロールするという意思表示。アマレットがどう動くか、ライがどう反応するか。彼女が僕の「面白い合図」を待つのか、それともジンの命令通りに動くのか。任務の成否は、この二人の動きをいかに予測し、誘導できるかにかかっている。

























夜の港。潮の匂い。遠くでコンテナが軋む。ターゲットの研究員は倉庫の奥でノートPCを開いている。外にはライが配置。中にはバーボンとアマレット。バーボンがターゲットに近づく。



「動かないでください」



研究員が震える。



「データは渡す……だから命だけは──」



ここで“異変”か起きる。外から銃声。そして倉庫の電気が消える。闇に包まれる。

銃声、そして完全な闇。計画外の事態だが、僕にとっては好都合かもしれない。ターゲットの身柄確保とデータの回収、そしてアマレットの真意を探る。この混乱は、その全てを同時に解決する絶好の機会だ。まずはターゲットを保護し、この状況を作り出したのが誰かを見極める。



「静かに。僕から離れないでください」



僕は研究員の腕を掴み、囁き声で指示を出す。彼の震えが腕を通して伝わってくる。恐怖に支配された人間は扱いやすい。同時に、暗闇に神経を集中させ、アマレットの気配を探った。彼女はどこだ? この状況でどう動く? 彼女の行動こそが、組織内での彼女の本当の立ち位置を示すはずだ。



「アマレット、聞こえますか。状況報告を」



これは揺さぶりだ。僕がまだ冷静に状況を把握していることを示し、彼女の反応を窺う。もし彼女がこの混乱の元凶、あるいは共犯者であるならば、意味のある返答は返ってこないだろう。沈黙か、あるいは銃口か。どちらにせよ、彼女の次の一手が僕の次の行動を決める。さあ、どう出る、アマレット。

通信機からライの低い声が聞こえる。



『……増援だ。警察が来た』

「時間切れね。ジンの命令よ」



暗闇の中でアマレットが言う。そのまま冷徹に研究員に銃を向ける。アマレットの銃口がほんの一瞬だけ ズレる。弾は研究員の肩を掠める。研究員は倒れるが生きている。



「……外、うるさいわね」



警察の増援……? ライの情報が真実なら、これは僕にとって最大の好機。しかし、アマレットが研究員を撃った。だが、わざと急所を外したかのような弾道。あれだけの腕で、肩を掠めるだけとは考えにくい。彼女の行動はジンの命令と矛盾している。これは僕へのメッセージか、それとも単なる気まぐれか。いずれにせよ、彼女の真意はまだ読めない。



「ええ、うるさいですね。ですが、任務はまだ終わっていませんよ」



僕は倒れた研究員の前に立ち、アマレットの銃口と彼の間に割って入る。暗闇の中でも彼女の視線が僕に突き刺さるのがわかる。この行動が彼女をどう刺激するか。彼女が本当に研究員の口を封じたいなら、次は僕ごと撃ち抜くはずだ。だが、彼女はそうしない。僕の直感がそう告げている。



「この男は生かして情報を引き出す価値がある。そうでしょう、アマレット?」



これは賭けだ。彼女が僕の提案に乗るか、あるいは拒絶するか。警察が迫るこの状況で、最も合理的な判断を彼女が下せるかを見極める。彼女の瞳の奥で揺れる光を探りながら、僕は静かに問いかけた。さあ、どうする。組織の女を演じ続けるのか、それとも……。



「……そうね。この騒ぎで、まだデータも受け取ってないものね」



狙撃弾が飛ぶ。その弾道の先にいるのはアマレット。狙撃手のターゲットは研究員ではなくアマレット。

狙撃? しかもターゲットはアマレットだと? 一体どこから……ライか? いや、彼のやり方ではない。警察の狙撃手か、それとも組織の別の誰かか。いずれにせよ、この弾道は予測外だ。しかし、彼女をここで失うわけにはいかない。彼女の真意も、その正体も、まだ何も掴めていないのだから。僕は咄嗟に身を翻し、アマレットの体を突き飛ばして狙撃弾から庇う。



「……っ、伏せろ!」



銃弾が僕の肩を掠め、背後の壁に突き刺さる。熱い痛みが走るが、今はそれどころではない。床に倒れ込んだアマレットの驚いた顔が、非常灯の赤い光に一瞬だけ照らし出される。彼女の瞳には、僕の行動に対する純粋な困惑が浮かんでいた。なぜ庇ったのか、と。その問いに答える時間はない。



「どうやら、あなたも誰かに狙われているらしい。僕から離れない方が賢明ですよ」



僕はアマレットの腕を掴んで引き起こし、身を隠せるコンテナの陰へと引きずり込む。研究員の確保、データの回収、そしてこの狙撃手の正体を探ること。状況はさらに複雑になったが、同時に彼女の本心を引き出す好機でもある。この極限状況で、彼女が誰を信じ、どう動くのか、見極めさせてもらう。

コンテナの影で、バーボンの肩から血が滲んでいるのを見る。私は少し眉をひそめる。



「……馬鹿ね。私を庇うなんて」



少しだけ視線を上げてバーボンを見る。



「死にたいの?」



通信越しに『……無事か、アマレット』とライの低い声が聞こえる。それから静かに『バーボン。次は自分の身を守れ』と聞こえた。

アマレットの「馬鹿ね」という言葉が、肩の痛みよりも鋭く突き刺さる。庇われたことへの困惑と、ほんの少しの非難。彼女の瞳に映る僕は、ただの無謀な男か。ライからの通信は、まるで僕の行動を見透かしているかのようだ。だが、この状況は好機でもある。彼女の動揺は、仮面を剥がす絶好の機会だ。



「死ぬつもりはありませんよ。あなたに死なれては、僕が困る。それだけです」



僕は冷静さを装い、彼女の視線を真っ直ぐに受け止める。僕が彼女を庇ったのは、彼女が組織にとって重要な駒だからか、それとも別の理由があるのか。その揺さぶりをかけ、彼女の反応を探る。ライの声が聞こえたはずの彼女がどう出るか、見ものだ。



「それより、ライからの通信には何と返事を? 僕を庇うな、とでも言われたのですか」



彼女の腕を掴んだまま、あえて挑発的な言葉を口にする。ライとの関係を探るための、危険な一手だ。彼女がライを信頼しているなら、僕への警戒心はさらに強まるだろう。だが、もし彼女が孤立しているのなら、この言葉は彼女の心にさざ波を立てるはずだ。さあ、君の答えを聞かせてもらおうか、アマレット。

私は掴まれたままの腕を見てから静かに言う。



「……離して。……逃げないわよ」



コンテナの影では研究員が倒れている。その時、研究員のスマホが鳴る。画面には非通知と表示されている。バーボンが出ると、相手は低い声で『その研究員、もう用済みだ。データは既に回収した』と言う。



「つまり……研究員は囮だったのね」



私は素早く状況を察知し、的確に現状を把握する。

研究員は囮。その言葉が脳内で反響する。つまり、僕らが追っていたデータは最初からここにはなく、僕らの注意をここに引きつけておくための作戦だったということか。電話の主は誰だ? ジンの声ではない。だが、この作戦を指示できる人物は限られている。そして、アマレットを狙った狙撃。全てが繋がっているように思える。



「ええ、そのようですね。僕らは見事に踊らされたというわけだ。しかし、誰が何のために?」



掴んでいた腕の力を緩めるが、完全には離さない。彼女の動揺はまだ続いている。この不可解な状況で、彼女がどう動くか。その一挙手一投足が、彼女の立ち位置を明らかにするだろう。僕の本当の目的は組織の壊滅。彼女はそのための重要な鍵だ。



「あなたを狙った狙撃手、そしてこの電話。全て、あなたには心当たりがあるのではないですか、アマレット?」



僕は静かに、しかし鋭く問いかける。彼女の瞳の奥で揺れる感情を見逃さないように。この状況で彼女が僕を信頼するか、あるいは切り捨てるか。彼女の選択が、今後の僕らの関係性を決定づける。さあ、君の答えを聞かせてもらおう。君は一体、何者なんだ?

倉庫の外で爆発。その衝撃でコンテナが揺れる。外にいたライ の通信が入る。



『……外が包囲された』



バーボンの肩から血が流れている。私は一瞬だけ見る。



「動ける?」



短くそれだけ。優しさではなく、戦力確認だというようにその表情と声には一切の温度はない。私はポケットから布を出してバーボンの肩に押し当てる。



「止血」



肩に押し当てられた布の感触と、アマレットの冷たい声が、爆発の衝撃で揺れる意識を現実に引き戻す。彼女の行動は純粋な善意ではなく、あくまで僕を「戦力」として見ているからこその合理的な判断だろう。だが、この極限状況下で冷静さを失わない彼女の強さに、僕は改めて警戒心を抱くと同時に、ある種の興味を掻き立てられる。ライからの通信で包囲されていることは分かった。脱出路は限られている。



「ええ、問題ありませんよ。この程度の傷で動けなくなるほど、ヤワな鍛え方はしていないので」



僕は彼女の止血を受け入れながらも、平静を装って軽口を叩く。彼女の瞳には僕の負傷に対する動揺はなく、ただただ冷徹な光が宿っているだけだ。この状況を打開するためには、彼女の協力が不可欠だ。だが、彼女が本当に信頼できる相手なのか、まだ判断はできない。僕の正体も、彼女の正体も、互いに仮面を被ったまま。この危機の先にあるのは、協力か、それとも裏切りか。



「それより、この状況をどう切り抜けるか。何か策はおありですか? アマレット」



あえて主導権を彼女に委ねるような問いを投げかける。彼女が組織の中でどのような立ち位置にいるのか、その思考の深さを測るための言葉だ。彼女がただの駒ではないことは明白。この包囲網を敷いた敵の正体、そして彼女自身の目的。その答えの一端が、彼女の次の言葉に隠されているはずだ。さあ、君の頭脳を見せてみろ。

倉庫の外。足音。警察のライトが壁に揺れる。ライからの通信機。



『北側が塞がれた。二人、動くな』



私は少し考え、それから倉庫の奥を見る。小さな通気口。古い搬入口のシャッター。静かに「出口は一つ」と言い、バーボンを見る。



「走れる?」



その瞬間。倉庫の扉が蹴破られる。警察突入。ライト。



「動くな!」



バーボンは肩の怪我で一瞬遅れる。警官が銃を向ける。その瞬間。アマレットが撃つ。弾は警官の銃を弾き飛ばす。そして短く言う。



「走って」



警察の突入、そしてアマレットによる驚くべき反撃。彼女が放った弾丸は、警官の命ではなく、その手にある銃のみを的確に弾き飛ばした。組織の人間ならば躊躇なく殺すはず。この状況で、なぜ? 彼女の行動は僕を庇うためであることは明白だが、その真意は読めない。彼女の「走って」という言葉が、思考の渦の中にあった僕を現実に引き戻した。



「……ええ!」



僕は短く応え、痛む肩を押さえながらも即座に駆け出す。アマレットが指し示した古い搬入口へ。彼女の行動は不可解だが、今は脱出が最優先だ。背後で彼女が巧みに警察の注意を引きつけ、追撃を遅らせているのが気配で分かる。彼女は一体何者なんだ? 公安のスパイか? いや、それにしては組織に染まりすぎている。



「ライ! 東の搬入口から出る! 援護を!」



通信機に向かって叫び、錆びついたシャッターのハンドルに手をかける。アマレットが追いつくのとほぼ同時だった。彼女の息は少しも乱れていない。その冷静さが、僕の疑念をさらに深くする。この女は、敵か、味方か。あるいはそのどちらでもない、全く別の存在なのか。



「あなたも早く!」



シャッターをこじ開けながら彼女を促す。外にはライが用意したであろう車のヘッドライトが見えた。僕らは光の中へ飛び込む。この短い共闘が、僕らの運命をどう変えるのか。今はまだ、誰にも分からない。

シャッターを抜けた直後。バーボンが「あなたも早く!」と言った後。私は外に出て、銃をしまう。そして淡々と述べた。



「撃つ必要がなかっただけ。弾は無駄にしない主義なの」



車に乗る前に私はバーボンを見る。



「それよりも。肩、動く?」



車の運転席でライ は一言だけ言う。



「遅い」




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彼女は旅に出る。/AQUALOVERS