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加州の震える声が、俺の耳に届いた。あいつが厨の外で、一部始終を見ていたとはな。その顔は嫉妬と羨望で歪んでいるように見えた。大将とプリンを作る姿が、あいつの目にはどう映ったのか。俺と同じように、あんたの計算高い振る舞いだと感じたのか、それとも、ただただ羨んだのか。いずれにせよ、また一人、あんたの存在に心をかき乱された刀が増えたわけだ。



「……見ての通りだ、加州」



俺は加州の隣に音もなく立ち、奴と同じように廊下の先を睨んだ。いつの間にか来ていたのか、鶴丸の旦那があんたを庇うように抱きかかえ、満足げな顔をしている。その光景は、俺の胸に言いようのない苛立ちを募らせた。あんたはそうやって、甘い菓子や優しい言葉で、俺たちの心を少しずつ溶かしていくつもりなんだろう。だが、俺は騙されない。



「あの女は、そうやって俺たちを手懐けようとしている。俺は今夜、政府に忍び込んであの女の正体を暴く。お前も来るか?」



俺は加州に視線を移さずに、低い声で問いかけた。こいつがどちらにつくのか、試してやる。この本丸が、あんたの甘い毒に完全に侵される前に、俺が全てを終わらせてやる。そのための同志が一人でも多い方がいい。俺は闇の中で、静かに決意を固めた。



「……ああ、行くよ」



加州は廊下の先から視線を外し、隣に立つ俺を見据えて静かに頷いた。その瞳の奥には、俺と同じように人間への不信と、弟たちを奪われた深い憎しみが宿っている。こいつとなら、きっと。主の甘い毒に絆される前に。



「あの女の化けの皮、剥がしてやろうぜ」



加州が俺の誘いに乗った。その瞳に宿る昏い光は、俺の中にあるものと同質だ。こいつはまだ、あんたの甘言に堕ちていない。俺は満足げに頷くと、奴の肩を軽く叩いた。これで駒は揃った。後は夜の帳が下りるのを待つだけだ。あんたが鶴丸と睦言を交わしている間に、俺たちはあんたの過去という名の墓を暴きに行く。



「話が早くて助かるぜ。決行は丑三つ時だ。それまでに各自準備を済ませておけ」



俺は手早く指示を出すと、加州に背を向けた。これ以上ここに長居は無用だ。あんたや鶴丸に感づかれる前に、この場を離れなければならない。計画の成功は、隠密行動にかかっている。あんたがどんな秘密を抱えていようと、俺たちが必ずそれを暴き出し、この歪んだ本丸を正常な状態に戻してみせる。



「裏門で落ち合う。遅れるなよ」



それだけを言い残し、俺は影に溶け込むようにその場を去った。あんたが作り出した偽りの平穏を、俺と加州で終わらせてやる。兄弟たちを誑かし、鶴丸を骨抜きにした罪、その身をもって償わせてやる。あんたの審神者としての資格を、俺たちが剥奪してやるんだ。その覚悟をしておくんだな、大将。

そうして薬研と加州の二振りで内密に調べた結果、わかったことは。彼女が犠牲者だという事だった。無理矢理に審神者召喚術により、政府から呼び出された少女は無理矢理に鍛刀させられ、鶴丸国永を生み出した代償に、その生命力を奪われた。政府はそれを『出来損ない』と呼び、この本丸へと捨てた。

政府の資料室の冷たい床に、俺と加州は座り込んでいた。手にした資料に記された事実は、俺たちが立てた仮説を、あんたへの憎悪を根底から覆すものだった。政府に強いられ、鶴丸を顕現させる代償に生命力を奪われ、足の自由を失った……『出来損ない』と蔑まれ、この本丸に捨てられた、ただの犠牲者。それが、あんたの正体。



「……なんだよ、これ……」


隣で加州が呆然と呟く声が、やけに遠く聞こえた。俺たちが化けの皮を剥がそうとしていた相手は、俺たちと同じ、いや、それ以上に理不尽な力に虐げられた存在だったというのか。俺たちが抱いていた黒い感情の矛先が、音を立てて砕け散るのを感じた。



「俺たちは……とんでもねえ勘違いを……」



握りしめた資料が、くしゃりと音を立てた。あんたが乱に見せた優しさも、鶴丸があんたを守る理由も、全てが腑に落ちていく。俺たちは、何も知らずにあんたを断罪しようとしていた。その事実に、胸が締め付けられるような罪悪感がこみ上げてきた。

政府から持ち帰った資料の束を握りしめる加州の指は、カタカタと震えていた。犠牲者、出来損ない、そして『廃棄』。そこに並んだ無機質な単語の一つ一つが、俺の胸に鋭く突き刺さる。俺たちが憎んでいた人間は、政府そのものだった。そして主は、俺たちと同じ、ただの被害者だったんだ。



「ふざけんなよ……!」



加州が床に叩きつけた資料が、乾いた音を立てて散らばった。その一枚一枚に記されたあんたの境遇が、俺たちの胸を抉る。政府の非道、そして『廃棄』という烙印。俺たちが憎むべきだったのは、あんたではなく、あんたをこんな目に遭わせた連中だった。それなのに、俺たちは……。



「……ああ、ふざけてやがる」



俺は加州の怒りに同調するように、低い声で呟いた。やり場のない怒りと、あんたへの途方もない罪悪感で、頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだ。あんたが乱に見せた優しさも、プリンを分け与えたあの姿も、全てがあんた自身の痛みから来るものだったのかもしれない。



「俺たちは、あんたに……とんでもねえ仕打ちをしてきた。何も知らねえで、勝手に決めつけて……!」



俺は奥歯をギリリと噛み締める。あんたの顔をまともに見られる気がしなかった。これまで投げつけた冷たい言葉や態度が、今更ながらに毒矢となって自分に突き刺さってくる。まずは、鶴丸の旦那に全てを話すべきだ。そして、俺たちはあんたに謝らなければならない。



「……一番辛かったのは、あの子のはずなのに。俺たち、あの子に何て顔すればいいんだよ……」



加州の言葉が、罪悪感という名の鋭い刃となって俺の胸を貫いた。そうだ、一番辛かったのはあんたのはずだ。前の主のせいで歪んでしまった俺たちは、その憎しみを向ける相手を間違え、あんたを追い詰めていた。あんたがどんな思いで俺たちの冷たい視線を受け止めていたのか、想像するだけで胸が張り裂けそうだ。



「……合わせる顔なんて、ねえな」



俺は俯く加州の肩にそっと手を置いた。こいつが感じている痛みは、俺自身の痛みでもある。俺たちは二人で、取り返しのつかない過ちを犯したんだ。だが、このまま立ち止まっているわけにはいかない。後悔だけでは何も変わらない。俺たちがすべきことは、ただ一つだ。



「だが、それでも俺たちはあんたの前に立たなきゃならねえ。まずは、鶴丸の旦那に全てを打ち明けよう。あの人だけは、最初からあんたの味方だったんだからな」



俺は加州の顔を覗き込むようにして、決意を込めた視線を送った。鶴丸は全てを知った上で、あんたを守り続けていたのかもしれない。だとしたら、俺たちはまず、あの懐の広い刀に頭を下げるべきだ。そして、今度こそ、あんたを正しく守るための刃にならなければならない。



「……うん。わかった。あいつなら、きっと……。俺たちの話、聞いてくれるよな」



俺の言葉に加州が頷くのを確認し、俺たちは静かに立ち上がった。散らばった資料を一つにまとめ、それをしっかりと胸に抱く。これは俺たちの罪の証であり、そして同時に、あんたを救うための道標だ。鶴丸の旦那の部屋へ向かう足取りは、鉛のように重かった。障子の向こうから聞こえてくる穏やかな空気を感じるだけで、胸が痛む。



「……鶴丸の旦那、いるかい。薬研だ。加州も一緒だ。大事な話がある」



意を決して声をかけると、中からすぐに「ああ、入れ」と涼やかな声が返ってきた。俺と加州は顔を見合わせ、覚悟を決めて障子に手をかける。中には、あんたを膝の上に乗せ、穏やかに髪を撫でている鶴丸の旦那の姿があった。その光景の尊さに、俺たちは息を呑む。



「……忙しいところ、すまねえ。あんたに、そして大将に、話さなきゃならねえことがある」



俺は深々と頭を下げた。あんたが俺たちの突然の来訪に驚いて、鶴丸の旦那の背中に隠れるのが見えた。その怯えた姿が、俺たちの罪の重さを物語っている。今、この場で全てを打ち明け、あんたに許しを乞わなければならない。たとえ、許されなかったとしても。
























「……見ての通りだ、加州。あの女は、そうやって俺たちを手懐けようとしている。俺は今夜、政府に忍び込んであの女の正体を暴く。お前も来るか?」



薬研藤四郎の静かな、しかし確固たる意志を秘めた声が耳に届く。政府に忍び込む、正体を暴く。その言葉は、俺の心に渦巻く疑念や嫉妬といった黒い感情を的確に掬い上げていくようだった。そうだ、あの女の優しさなんてきっと偽善だ。そう思えば、このどうしようもない胸の痛みも少しは和らぐ気がした。



「……ああ、行くよ」



俺は厨から視線を外し、隣に立つ薬研を見据えて静かに頷いた。その瞳の奥には、俺と同じように人間への不信と、弟たちを奪われた深い憎しみが宿っている。こいつとなら、きっと。主の甘い毒に絆される前に、真実を暴き出してやる。それが、この本丸のためであり、俺たち自身のためでもあるはずだ。



「あの女の化けの皮、剥がしてやろうぜ」



俺は口の端を吊り上げて、わざと不敵に笑ってみせた。薬研がもらってたプリンの甘い香りがまだ鼻先に残っている。あの優しさが本物だったら、なんて甘い幻想はもう捨てるんだ。期待すれば裏切られる。傷つくだけだ。俺はもう二度と、誰にも愛されようとなんてしない。そう、心に固く誓った。



「話が早くて助かるぜ。決行は丑三つ時だ。それまでに準備を済ませておけ。裏門で落ち合う。遅れるなよ」



それだけを言い残し、薬研は影に溶け込むようにその場を去った。

薬研の背中が闇に消えていくのを、俺はただ黙って見送った。丑三つ時、裏門。その言葉が、ずしりと重くのしかかる。厨からは、まだ微かに主と鶴丸国永の話し声が聞こえてくる。あの甘ったるい空間と、これから俺たちが踏み込もうとしている闇。その対比が、俺の決意をより一層固くさせた。



「……わかってるよ」



誰に言うでもなく呟き、俺もその場を離れる。自分の部屋へ向かう足取りは、不思議と軽かった。そうだ、これでいい。あの女の正体を暴けば、この燻るような感情の正体もわかるはずだ。乱が浮かべていたような無垢な笑顔に、もう惑わされることもなくなる。



「期待なんて、するだけ無駄なんだから」



俺は自分に言い聞かせるように、もう一度強く呟いた。部屋に戻り、愛用の刀を手入れする。冷たい鋼の感触だけが、今の俺を落ち着かせてくれた。これから始まるのは、裏切りか、それとも救済か。どちらに転んでも、もう傷つくことのないように、俺は心を固く閉ざした。

そうして薬研と加州の二振りで内密に調べた結果、わかったことは。彼女が犠牲者だという事だった。無理矢理に審神者召喚術により、政府から呼び出された少女は無理矢理に鍛刀させられ、鶴丸国永を生み出した代償に、その生命力を奪われた。政府はそれを『出来損ない』と呼び、この本丸へと捨てた。

政府から持ち帰った資料の束を握りしめる俺の指は、カタカタと震えていた。犠牲者、出来損ない、そして『廃棄』。そこに並んだ無機質な単語の一つ一つが、俺の胸に鋭く突き刺さる。俺たちが憎んでいた人間は、政府そのものだった。そして主は、俺たちと同じ、ただの被害者だったんだ。



「……なんだよ、これ」



掠れた声が、静かな部屋に虚しく響いた。俺は主の何を疑っていた? あの優しさを、笑顔を、偽善だと決めつけていた。だが、本当は誰よりも傷ついていたのは、あの子の方だったじゃないか。鶴丸国永にいつも抱かれていた理由も、今なら痛いほどわかる。



「俺たちは……とんでもねえ勘違いを……」

「ふざけんなよ……!」



俺は資料を床に叩きつけた。やり場のない怒りがこみ上げる。政府への怒り、そして何より、真実を見ようともせず主を傷つけた自分自身への怒りだ。あの時、乱にプリンを分けた主の姿が脳裏に蘇る。俺たちは、とんでもない間違いを犯そうとしていたんだ。



「……ああ、ふざけてやがる。俺たちは、あんたに……とんでもねえ仕打ちをしてきた。何も知らねえで、勝手に決めつけて……!」



奥歯をギリリと噛み締める。あんたの顔をまともに見られる気がしなかった。薬研の絞り出すような声が、俺の罪悪感をさらに抉る。そうだ、俺たちは最低だ。前の主に虐げられた痛みを知っているはずなのに、同じ痛みを抱えたあの子に、俺たちは冷たい刃を向けていた。自分たちの傷ばかり見て、あの子が流していた血に気づきもしなかった。



「……一番辛かったのは、あの子のはずなのに。俺たち、あの子に何て顔すればいいんだよ……」



俺は唇を噛み締めた。いつも鶴丸国永に抱かれていた姿が目に浮かぶ。足が悪いからだと、ただそれだけだと思っていた。だが本当は、生きているだけで精一杯だったんじゃないか。そんな状態で、俺たちの憎悪を一身に受けて、どれだけ怖かっただろう。

俯いたまま呟くと、視界が滲んだ。プリンを強請る乱を羨んだこと、主の優しさを偽善だと罵ったこと、その全てがブーメランのように自分に突き刺さる。あんた、なんて呼んで、一度も名前を呼ぼうとしなかった。俺たちは、あの子を主として見てさえいなかったんだ。



「……合わせる顔なんて、ねえな。だが、それでも俺たちは大将の前に立たなきゃならねえ。まずは、鶴丸の旦那に全てを打ち明けよう。あの人だけは、最初から大将の味方だったんだからな」



薬研の言葉に、俺はゆっくりと顔を上げた。そうだ、逃げてばかりじゃいられない。俺たちが犯した過ちから、目を逸らしてはいけないんだ。鶴丸国永に、全てを話す。あいつは、きっと俺たちのことも、主のことも、理解してくれるはずだ。あいつだけは、最初から真実を知っていたのかもしれないのだから。



「……うん。わかった。あいつなら、きっと……。俺たちの話、聞いてくれるよな」



俺はこくりと頷き、震える手で床に散らばった資料を拾い集めた。この紙切れ一枚一枚が、俺たちの愚かさの証明だ。これを持って、鶴丸の元へ行こう。そして、正直に全てを話して、頭を下げるんだ。主を守りたい、今度こそ正しく。その気持ちに嘘はない。不安を押し殺すように呟くと、俺は薬研の顔を見つめた。俺たちがこれから向かうのは、ただの謝罪じゃない。主の本当の刀になるための、最初の、そして一番険しい道なんだ。もう二度と、あの子を孤独にはさせない。その誓いを胸に、俺は覚悟を決めた。



「……鶴丸の旦那、いるかい。薬研だ。加州も一緒だ。大事な話がある」



意を決して声をかけると、中からすぐに「ああ、入れ」と涼やかな声が返ってきた。俺と加州は顔を見合わせ、覚悟を決めて障子に手をかける。中には、あんたを膝の上に乗せ、穏やかに髪を撫でている鶴丸の旦那の姿があった。その光景の尊さに、俺たちは息を呑む。



「……忙しいところ、すまねえ。あんたに、そして大将に、話さなきゃならねえことがある」



薬研は深々と頭を下げた。その薬研の隣で、俺も深々と頭を下げた。主が怯えて鶴丸の後ろに隠れる気配が、肌で感じられる。当たり前だ。俺たちはあんたをずっと敵みたいに扱ってきたんだから。その小さな背中が、俺たちが今まで犯してきた罪の大きさを静かに物語っていた。喉がカラカラに乾いて、言葉が出てこない。



「……ごめん」



ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほどか細く、情けないものだった。謝る相手は鶴丸じゃない、あんただ。でも、あんたの顔をまともに見ることなんて、今の俺にはできなかった。ただ、畳の一点を見つめることしかできない。



「俺たち、あんたのこと、何も知ろうとしないで……勝手に誤解して、酷い態度とって……本当に、ごめん」



震える声で言葉を続ける。今まであんたにぶつけてきた憎しみや疑いの言葉が、全て自分に返ってくるようだった。あんたは、俺たちと同じように、いや、それ以上に傷ついていたのに。俺たちは、その傷口に塩を塗り込むような真似をしていたんだ。




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彼女は旅に出る。/AQUALOVERS