Walkure


とっておきのおしゃれをして





とっておきのお洒落をして




 メイクはあたしを強くしてくれる。実際に強くなったかは分からないし、メイクをしたからといって級が上がるわけでもない。いわばおまじないのようなものだけれど、化粧ノリの良い日はいつもよりも攻撃が決まる気がするし、少ない傷で帰ることができる。それにこんな地味な制服で人知れず戦うだなんて正気の沙汰じゃない。せめて少しでも明るくなれるように。だからあたしは、メイクをする。

「名前ちゃんてさ、いつも肌綺麗だよね」
 午前中の任務を終え、街中のカフェで軽めのランチを済ませたところ。あたしはコーヒーを啜り、霞はデザートのガトーショコラを口に運びながら言った。あたしは危うくむせそうになって――ほぼ飲み終わっていたのが不幸中の幸いだ――視線を霞に戻した。
「そう? これでも昔は肌荒れがひどくて色々試したの」
 ガトーショコラを食べながらあたしを見つめる霞はほぼノーメイクに近い。多分だけれど、顔の色味を整える日焼け止めと、申し訳程度の色付きリップといったところだろうか。年齢に換算すればあたしたちも高校生。今時メイクが禁止の高校なんていくらだってあるし、メイクをしていない高校生もごまんといる。それでも霞はメイクをしなくったって肌はきめが細かく、大きな瞳はくりくりしていて、道行く人は皆霞に視線が行く。今日だって任務までの道のりで霞に目を奪われた者を数人見た。ハイトーンの髪色と真っ黒の制服。それに負けないほどの白い肌。そのコントラストも相まって、霞は可愛らしさを放っている。
「すごい、私はよく分んなくて未だに水で洗顔してる」
「それでその肌ってね、霞すごく人生で得してるよ」
 きょとんとこちらを見つめる霞はやっぱり呪術界とは無縁に見えた。どこにでもいるような、朝教室で会えば話題のドラマの感想をすぐに言うような女の子が怪物と戦っているのが不釣り合いだ。彼女はこの日常と非日常をどこで切り分けているのだろうか。そして彼女のこの無防備な美しさを羨ましいとも思った。
「そうかな? 私はいつも色んな色のアイシャドウやリップを付けている名前ちゃんの方が楽しそうに見えるけどな。私も付けてみたい」
 ああずるい。アイスティーをストローで啜りながら小首を傾げて言う目の前の女の子は、メイクをしなくったってどんな子でも口説けるだろうに。だけれどメイクアップされた彼女は見てみたい。そしてあたしはそんな彼女に甘い。
「じゃあ夕方、あたしの部屋に来て。メイクしたげるから」


 夕刻、霞は約束通りあたしの部屋に来た。
「このアイシャドウのパッケージすごく可愛い!」
「それは去年のクリスマスに買ったの。すごく頑張ったから奮発しちゃった。あたしのお気に入り」
 部屋中に広げたあたしのメイクグッズを見ながら目を輝かせる霞は初めてディズニーランドに来た女の子のようで、見ているこちらも胸が高まる。あたしの気合も十分だ。
「さ、やるよ。目を閉じて。どんなメイクがいい?」
「ん〜、分からないから名前ちゃんにお任せします」
 言って、霞はあたしの前で正座した。化粧水を手に乗せ軽く肌に触れるともちもちして心地良く、どきどきしてしまう。
 肌は綺麗だからそれを活かして下地とパウダーで。アイシャドウは可愛らしいピンク系のものの上に、大粒のラメを乗せて。睫毛はビューラーで上げてブラウンのマスカラをひと塗り。素材が良いのであれやこれやとやってみたくなってしまうけれど、どうにか抑えてナチュラルメイクを心がける。リップは――
 不意に、あたしの悪戯心が芽生える。あたしのお気に入りのリップを付けた霞を見てみたい。
霞がまだ目を瞑っているのをいいことに、あたしはポーチから普段使いのリップを取り出しブラシに乗せた。形の良い唇に色が付く、耳が熱くなる。部屋がやけに静かで、何か音楽を流しておけばよかったと後悔した。このままだと呑まれてしまいそうだ。
「塗れた! 一回唇をん〜ってやって」
 唇が完全に色付いたのを見て、やはりあたしは後悔した。ほんのり赤みの入ったピンクは霞にとても似合っていて、蠱惑的に映った。そして霞のこの姿を知っているのは世界であたしだけだ。
「できたよ! はい鏡」
 霞は鏡に映った自分を見るなり溜息を洩らした。元々顔が赤くなりやすいタイプなのでチークは塗らなくて正解。恥ずかしいのか、少し顔が赤くなっている。
「すごい、こんなに変わるんだ」
「どう? 少しは見直した?」
「うん、名前ちゃん本当にすごい。あとこのリップ色がすごく可愛い!どれ使ったの?」
「ん〜、私のお気に入りのものを使ったから秘密!」
「ずるい!」
 本当は霞とお揃いでプレゼントしてあげてもいいのだけれど。
 霞のこの姿を知っているのは霞とあたしだけでいい。だから今は、内緒でいさせて。




ワンライお題「おそろい」