
映えるな
ゆらり、ゆらりと紫陽花が水の上で、囁くように浮かんでいる。青、白、薄紫。涼やかな色合いが、私たちを非日常へと掬い上げていく。
「花手水が見たい」 私のわがままで足を運んだ神社は、ひとっこひとりいない、ひんやりとした空気に包まれていた。緑が、湿気が、目の前の花が。私と桃が纏う邪気を払っていく。「こんなに呪いを抱えた人間がここにいたら、神様に怒られちゃうね」「何言ってんの、呪いがあるから神様もこの世にいられるんでしょ」甘露飴を転がすような声で辛辣なことを言う桃は、けれど、目の前を彩る流れに目を輝かせている。桃はスマートフォンを取り出して、カメラのアプリを立ち上げた。スマートフォンの画面いっぱいに、紫陽花の花が浮かぶ。「映えだねぇ」 言葉とは裏腹にシャッターを押せないでいる桃の表情をそっと横から、画素に収める。「ちょっと勝手に撮らないでよ!」 怒っていても、本物は億万画素。正直映えなんてどうでもいい。たった一人の同級生をこうしてひとり占めできるのなら、なんだっていい。花もいいけど、せっかくの二人なんだから私も見てよ。「ごめんごめん、ちゃんと可愛く映ってるから」 言わぬが花、知らぬが仏であろうこの気持ちをかき消すように放った言葉は、ひどく冷淡に、水の中へと溶け込んだ。
2021年6月26日 百合夢企画 #あなたとわたしの花回廊