
世界がこなごなになったって
昔から何事も一番じゃなきゃ気が済まなかったし、そもそも一番以外になったことが無い、と言った方が正しいのかもしれない。リレーで一番になれなかった時は地団太を踏んで泣き叫んでいたし、テストで百点を取れなかった暁には家に帰った瞬間不貞寝をして夕飯を取るのを逃すこともしばしばあった。だからと言って何かのために努力をすることはなかった。だって、そこまで労力をかけなくてもできるから。ちょろっと説明を聞いて、実践する。そうすれば大抵のことはできる。逆上がりも一輪車も、なんとなくバランスを掴んでものにしたし、音楽の授業では先生のお手本を聞いてきちんと歌えた。算数だって、解き方を教わって例題を解く時間になったらそのまま式に当てはめるだけ。それだけでほら、赤ペンでマルがつく。それがアタシの当たり前。だから華が、納得するまで算数の解き方を先生に質問している姿が、不思議でならなかった。
「ねえ、華、どうして毎回他の解き方のパターンもやるの?そんなの、先生の言った通りにやればすぐにできんじゃん」
さらさらと鉛筆を動かしている華のノートを覗き込むと、ページはアタシのノートの倍埋まっている。赤と青と黒の、シンプルでかつ見やすいレイアウトのそれは、アタシが一目見てもすぐにどんな内容なのかが分かる。自分で見て分かればいいと適当に書き殴ったアタシのノートとは大違いだ。
「ちゃんと自分で考えたことを実践したいの。先生に言われたまま問題を解くのは誰だってできるでしょ。そうじゃなくて、自分でも解決できる方法を試してみたかったの」
「ふうん」
努力家なんだろうな、と思う。アタシとは大違いだ。一輪車も、逆上がりも、日が沈むまでずっと練習してたっけ。彼女の頑張り具合には、頭が上がらない。そんなことをしている暇があったら、家でゲームをしていたい。だってまだ子どもだし。
「華ってさ、どうしてそこまで頑張れるの?」
「わたしは人一倍やらないとできないの。だからやってる。それだけ」
***
呻き声、泣き声、叫び声が聞こえる。ここはどこの世界だろう。本当に現実?
「ねえ、華、これ、どういうこと」
瓦礫の山。焦げ臭いにおい。親とはぐれてしまったのだろうか、小さな子どもが泣きながら一人、歩いている。一体、何が起こったというのか。
僅かに残っている看板や建物を目印に病院を目指して歩く。全身から血が吹き出ている者、やけどを負った者、この世のものではないものが周辺をうろついている。
「大丈夫だから」
アタシが目を逸らす度に華はそう声をかける。その声は、華自身に語り掛けているようにも聞こえる。
視線を落とすと目に入るのは、華の右手。爪がぼろぼろに剥がれている。いつか見たさらさらと鉛筆を動かしていたはずのそれは、原型をとどめていない。
「華、その手」
「いいから、前向いて。もうすぐ着くから」
見慣れていたはずの景色はすっかり様変わりしている。
世の中は数年 数十年単位で大きく変わっていくと、いつか華が言っていたことを思い出す。今がまさにその時だというのか。家族は無事なのか。これからどうなるのだろう。
信号機は光を失っている。いつも正常に機能しているはずのそれが動いていないことは、日常を失ったことを伝えるのには十分すぎるほどだった。
***
「助かる可能性が高い方を選んだだけ」
爛れた指。何度も聞いた「大丈夫」、子どものくせにあまりにも大人びた人生観。だけど、だけど。
そんなの、あんまりじゃないか。
これからあの子は、どうするというのか。
「葉子が気にすることじゃないよ」
神様なんて信じないけれど、だけど、この時ばかりは願わずにはいられなかった。
次もしも、世界がこなごなになることがあったら、隣にいるのはアタシがいい、と。