二 アポカリプス
車は二十分ほど国道を外れた脇道を走り続け、突如視界に現れた田舎とはとても思えない白亜の壁が立ち並ぶ区画に入っていった。入口には信者と思しき警備員が複数並んで立っている。そこそこ厳重なセキュリティが敷かれているようだった。外部の人間をかなり警戒していると見える。
車を降りるように言われたのは、荘厳な雰囲気を携えた礼拝堂のような建物の前だった。汚れ一つない異様なほど白い壁で建てられたそれに、後ろから降りてきた女に入るように促される。
「こちらで、入信の儀を執り行います。教祖様にお目見えできる光栄な機会ですよ」
自己啓発セミナーと謳いながら、もう入信させるつもりでいるらしい。いささかやり方が乱暴だと思いながらも後に続く。騙し討ちのようなこんな方法で連れてきて、入信するような人間がいるのだろうか。こういう雰囲気に飲み込まれて、ついていってしまうような者だけを選別しているのだろうか?疑念は膨らむばかりだった。
元より潜入のために入信はするつもりだったが、教祖にもう会えるなんて好都合ではないか。早速その顔を拝んでやらねば。
入り口の脇にあった小さな納戸のような場所に通され、着替えるように言われた。手渡された白い装束は、女が着ているものと同じもの。その修道服に似た装束に袖を通す。
「教祖様がいらっしゃいますから、ここでお待ちください」
案内された礼拝堂の中は、まるでゴシック建築さながらの白を基調とした美しい空間が広がっていた。中はがらんとしていて、先客は誰もいないようであった。天窓に嵌め込まれた美しいステンドグラスの彫刻が、日の光を受けてさまざまな色彩を床の上に落としている。
だだっ広い空間には建具は一つもなく、一番奥の少しせり上がった舞台のような場所に、王城のような玉座がふたつ——瀟洒なビロード張りの布地が設えてあるもの——が、等間隔に並んでいた。
……椅子が、二つ?
教祖のためのものが、なぜ二つ。
首を傾げていると、
「……新入りはこれか?」
私の真後ろから、声が降ってきた。
「!」
気配など微塵も感じなかった。音もなく気がつけば背後に誰かが立っている。
恐る恐る振り返ると、そこにいたのは黒い装束を纏った眉目秀麗な男が……ふたり。二重の双眸に、はっきりと通る鼻筋。人の枠を易々と超えてしまいそうな造作のうつくしさ。まるでコピーをしたように瓜二つの顔。
「これみたいやな」
(双子……!)
予想だにしなかった展開に思わず面食らう。
確かに教祖が誰も一人だなんて口にしていなかったではないか。しかし編集長の噂に違わぬ美貌であることに間違いはなさそうだった。
しばらく双子は私を見定めるように眺めていたが、やがて金髪の方が口を開いた。
「えーと、何やっけ?……ナントカ教団にようこそ」
「……?」
「名前出てこんのかい」
銀髪の方が呆れた様子でため息を吐く。
「じゃあお前がやれや治!」
「……えー、カントカ教団へようこそ」
「お前も知らんのかい」
西の訛りで、彼らは神妙な面持ちでそんなやりとりを交わした。教祖が自分の教団の名前すら忘れるとは一体どういうことか。
「名前はどうでもええわ。教団へようこそ。えー、教祖はすべての迷える人の子を歓迎しとります……セリフこれで合っとる?」「たぶん」
いかにもな棒読みで口上を述べた彼らは、改めて私の方を向き直った。
「ほんだら早速入信の儀、やろか」
毎回やっているからもう流れ作業のようになってしまっているのだろうか。あまりにも軽いノリで話が進んでいく。疑念の芽はますます膨らむばかりだ。こんなインチキで、信者がいる方がおかし——
「ほな、“おすわり”」
しかし金髪の彼がそう告げた瞬間、体の力が一瞬抜けた。すとん、と両膝が床につき、跪くような格好となった。立ちあがろうとするも、体が動かない。重力そのものが増大しているかのように体が重い。
(一体今、何が……)
「こっち、よおく見てな」
両頬を手で挟むように押さえられて上を向かされた。強制的に虹彩の薄いアーモンド色の瞳と目が合う。目を逸らそうにも逸らせない。
一瞬だけ太陽が雲に遮られたのか、天窓からの光が翳った。その影の中で彼の目は刹那、底なし沼のような黒々したものに変貌した。眼の中に、私の顔が反射して映る。それがなぜか恐ろしくて、全身の毛が逆立つような感覚があった。鼻の奥がつん、と痛み何か液体がつー、と垂れて落ちていく。
何秒経っただろうか。彼はパッと手を離すと、傍らで見ていた双子の片割れの方を見た。
「この子、
「おお、やるなあ」
呼ばれたもう片方も私の顔を覗き込んだ。耐えた、とはどういうことだろう。入信の儀は試練のようなもので、それを耐えることが条件だったのだろうか?
何もかもお遊びで、ばからしい。
(どうせ神様なんて、どこにもいないのに)
胡乱な視線を向ければ、なぜか途端に双子の顔がぱあ、と輝き出し、再び私の顔を覗き込んだ。
「ええなあ、そのキラキラ……!」
「……え?」
「こんなん久しぶりに見たわ。最近のはみんな濁っとるし」
「な、何のお話でしょうか……」
瞼を押し上げられて、食い入るように目を見つめられれば尋ねざるを得ない。
「んー?お前のこと、気に入ったて話や」
「はあ……」
答えになっていない答えに曖昧に頷く。ここで不興を買うわけにはいくまい。
「こいつ、俺が飼うわ」
「侑、ニンゲンは“飼う”て言わへん。それはドーブツだけらしいわ」
「え?そうなん?ニンゲンはなんて言うん?」
「…………養う?」
「ヤシナウ?」
「うーん……なんか、飼うでもええか……」
頭上で勝手にテンポ良く交わされる会話に私が口を挟める余地もなく、彼らが喋り終えるのを待った。
「っちゅうわけで、改めて歓迎するで」
「ありがとうございます……」
私は安堵の息を吐いた。ここで疑われるのは避けたかったから、ひとまず第一関門は突破できたということだろう。
双子は私の頭上にそれぞれ右手を翳すと、口々にこう唱えた。
「恐れるな。我々は初めであり、」「終わりであり、」「また、生きている者である」「我々は死んだことはあるが、」「世々限りなく生きている者である」
視線を下に向ければ、シミひとつない白い装束に鼻血がぼたぼたと赤く垂れた跡があった。