三 露見
「今日のとこはこれで終いや」「今度は遊んでな」
双子に促され礼拝堂から出ると、先ほどの女が外で私を待っていたようだった。
「ああ……!試練を乗り越えられたのですね!」
「……なぜ、それが分かったんです?」
「え? 失敗したら、礼拝堂からは出て来れないからですよ?」
嫌な沈黙が何秒か続いた。
出て来られなかった人間の末路は、聞こうと思えなかった。記事のためには聞いておいた方が良いのだろうが、少なくとも今は口を噤んでおくのが賢明そうだった。余計な詮索は避けたい。
「すみません。これ、汚しちゃって」
ものの数十分で鼻血によって汚れた装束を引っ張って見せると、部屋にあるお着替えを出しますね、と言われついてくるように言われた。
「教団に入った者は、共同生活をして皆で教祖様を支えるんですよ」
こんなに光栄なことはないでしょう、女はまるで自分たちが選ばれた人間かのようにそう言った。入信の儀を介することで、自分たちが神に選ばれた特別な民であると思い込まされている。
弱っている人間は、他人から与えられる付加価値に飛びつきたがる。信じさえすれば肯定されるのだから、生きる気力を失った人間にはうってつけだろう。
それにしても、何の前触れもなく出た鼻血が気になった。あの男と目が合った時、私の体に一体何が起きたのだろう。超常現象も非科学的な事象も何一つ信じてはいまいが、彼らの姿を一目見た時からどうにも超自然的な、普通の人間とは違う気がしてならなかった。
「こちらが居室になります」
案内された別棟の部屋は、コンクリート打ちっ放しの無骨なもので、刑務所の独房の方が幾分かマシと言えるレベルだった。鉄格子のはめられた窓が一つと、三畳ほどの空間に簡素なベッドが一つ。端が欠けた木製の作業机と椅子、小さな箪笥。それ以外には何もなさそうだった。
机の上に、先ほど車に残してきたボストンバッグが置かれている。誰かがここまで持ってきたらしい。
中を見ると、ほとんどの荷物がそのままだったが、入れておいたスマートフォンと仕事用のタブレットがない。やられた、と心の中で舌打ちする。外部との接触を警戒されるだろうとは分かっていたが、まさかバッグまで漁られるとは。
「あの、スマートフォンがなくなってて、」
「回収させていただきました」
「……家族と連絡が取りたいんですが、難しいですか?」
「我々には教祖様がおられるのに、なぜ外と連絡を取る必要が?」
「それも、そうですよね……」
女が怪訝そうな顔を浮かべたので、慌てて私は口を噤んだ。
迂闊だった。編集部と連絡が取れなくなったのは痛手だ。何かあった時に助けが求められない。
自力で脱出するか、別の手段を考えなくては。
箪笥の中に替えが入っていますのでと言われ、引き出しを引くと同じものが三着ほど入っていた。普段は皆これを着て生活しているらしい。
「明日から“作業”がありますから。今日は施設を案内します。部屋の外でお待ちしていますので着替えたら出てきてください」
女が部屋を出て行ったのを見送って、私は大きく息を吐いた。
汚れた装束を脱ぐ。下着の中に隠し持っていたボイスレコーダーを取り出して録音を切った。正常通り動くのを確認してベッドのマットレスの下に捩じ込む。写真も撮るのは難しいから、とにかく音声の証拠が要る。これだけは死守しなければ。
着替えて部屋を出る。薄暗い廊下にはずらりと同じ木製のドアが並んでいた。女に連れ立って教団内を見て歩く。
教団の中は、まるで小さな社会だった。
基本的に自給自足をしていると語るそれは嘘ではないようで、広大な農地で農業と家畜の放牧が行われていた。分担を決めてそれぞれ仕事としているらしい。教祖はあまり外には出たがらないらしく、週に一回のミサ以外は顔を合わせることはなく、信者たちは自主的に一日一度朝に祈祷の時間を設けているとのことだった。そうなれば、接触の機会はかなり少ない。
どうにか近づくチャンスを得なければ。
そう考えていると、意外にもその好機は数日後に向こうから転がってきた。
□
「あなた、教祖様が部屋でお呼びです」
割り当てられた仕事を黙々とこなしていたところに、そう言って教祖の侍従を名乗る黒髪の若い女が現れた。
「は、私ですか」
「ええ、あなたです。“新入りの”あなた」
彼女の声音にはいかにも嫌味が込められていて、何か嫌われるようなことでもしたかと記憶を辿ったが、身に覚えはなかった。
たどり着いた最上階の部屋に入るように言われ、ノックして恐る恐る足を踏み入れる。侍従の女はついて来なかった。一人で入れということだろう。
「失礼、いたします……」
彼らの部屋は、信者たちのそれとはまるで打って変わって豪奢の限りを尽くして作られていた。まるで高級ホテルのスイートルームのような調度品の数々と内装に息を呑む。
信者たちの部屋があれだけ質素なのを見てしまうと、よくこれで反感を買わないものだと感心してしまう。教祖への信仰心の強さがなせる技なのだろうか。
奥の部屋に足を踏み入れると、雰囲気に不釣り合いな大きなテレビが一台、コンシューマーゲームに繋がれて置かれていた。画面にはサッカーゲームが映っている。正装らしい黒の装束を着たままの二人はコントローラーを握り対戦に勤しんでいるようだった。あまりに神聖さとはかけ離れた光景に唖然としていると、彼らはやがて私の気配に気がついた。
「おー来たか」
銀髪の方が立ち上がり、私をソファとテーブルのある応接間の方に手招きした。
「お呼びになったと伺いまして……」
「そこ、座りや。別に大層な話があるわけでもあらへんけどな」
「はあ……」
指し示されたソファに腰掛けると、双子の教祖は向かいにそれぞれ座った。
二人は顔を見合わせて、どちらが最初に口火を切るか相談しているようだった。にわかに銀髪の方が口を開いた。
「——ところでお前、俺らのこと全然信じてへんやんな」
「…………え?」
意味を理解するのに一拍遅れて、どっと冷や汗が全身の毛穴から吹き出してきた。
まだ潜入して数日なのにすでに疑われている。何か見られたか?スマートフォンもタブレットも、顔認証のロックがかかっているはず。中を見られることはまずないと思っていたが……。嫌な想像が頭の中をメリーゴーランドが如くぐるぐるとと回り続けている。
「いや、そんなことは……」
ひとまず弁解を口にしてみたが、
「目見たら分かるでさすがに」
「伊達にカミサマやってへんし」
と、自称カミサマの彼らは口々にそれを否定した。