あの日ふわりと香ったその匂いに、何か懐かしいような、本能的なやさしさに近いものを感じたのは確かだった。


目の眩む金糸みたいな髪と、綺麗な二重の瞳。


至近距離で彼――宮侑の顔を見たのは初めてで、クラスの女の子たちが彼をカッコいいと噂する理由が分かった気がした。

私がこの“仮眠室”を使うことになったのは一年の春、体育の授業でたまたま見かけたのがきっかけだった。

保健室でたかだか30分ほどの午睡に毎日ベッドを借りるのは気が引けたし、私は体質の関係上昼寝をしなければ私の意思に関係なく勝手に眠ってしまうので、こういう隠れ家のような場所を見つけられたのは幸運だった。



昼休みに誰も来ないことを確認すると、私はそこで毎日昼寝をすることにした。目覚まし時計は昼休みが終わる五分前に設定しておいて、寝過ごすことがないようにしておく。

毎日のその変わらない循環の中に宮侑という存在が入ってきたのはつい何週間か前のこと。

私の“仮眠室”に他の誰かが入ってきたのは初めてのことだったけれど、不思議と悪い気はしなかった。


何よりも無意識のうちに包まっていたあのジャージの匂いが、どうにも忘れられなかった。

特別そういう嗜好を持っているわけではなかったけど、彼の匂いは私の中でカチリと歯車が噛み合うように嵌って、妙に落ち着くのだ。

それ以来侑くんはそれを察したのか毎日のようにジャージを貸してくれるようになった。

申し訳ないと思うのと同時に、襟元から香る匂いに安心している私がいた。

今日もそれを毛布代わりにして、少し埃っぽい倉庫の隅で身体を丸めるように横になる。
天窓からの光の熱を感じてひなたぼっこをする猫のように、微睡みの水底に身体を沈めた。

(侑くんは、どうして私なんかにジャージを貸してくれるんだろう…………)

思考は緩やかに、ほどけてきえていく。



聞き慣れた電子音が耳元で響いて私が次に目を覚ました時、そこは夕闇に包まれた教室の中だった。

昼休みが終わって帰ってきて、授業を受けて、放課後は少し自習をしようと思って…………そこから記憶は途切れている。

ホームルームが終わってからあろうことかまた眠ってしまったらしい。身体が言うことを聞いてくれないのはなんとももどかしい感覚がある。


昼寝をすればいくらか眠気が飛んでマシになるのだが、その効果が必ず出るとは限らなかった。日によってはずっと起きていられたり終始睡魔に襲われていたりまちまちで、どうやら今日は全く眠気に勝てなかったらしい。

しばらくしてまだ覚め切っていない頭をぼーっともたげて突っ伏していた上半身を机から起こした。すると肩から何かがずり落ちる感覚がある。下に落ちないように慌てて掴むと、それは一回り大きなジャージだった。

…………刺繍された名前を見ずとも、匂いで持ち主が分かってしまうなんて、私はよっぽど重症だろうか。


昼休みが終わった後に彼には返したはずなのに。

ジャージから視線を外して今度は机の方を見れば、開きっぱなしのペンケースのフタの内側に、見覚えのない付箋が貼ってあるのが目に入った。


剥がして少しガサツな字で書かれた内容を読んでみる。

“ 18時、正面玄関前 侑 ”

これは今日ということだろうか。日付が書かれていないから多分そうなのだろう。ジャージを返してくれということなのかもしれない。手元の時計は18時の4分前を指している。

私は慌てて荷物を引っかき集めて抱えると、教室を飛び出した。



「ああ、ちゃんと起きれたんか」

息を切らしてなんとかギリギリで玄関口まで走って行くと、侑くんは部活終わりだったのか肩からエナメルバッグを提げて待っていた。


「ごめんねジャージ、返したつもりで、」
「ん?ちゃんと5限前にちゃんと返してもろたで。放課後あんまりなまえがうなされとるもんやから可哀想やな、てオレが勝手にかけただけやから」


抱えていたジャージを手渡せば、彼はそんなことを言う。

三日三晩の万能感



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