提灯
“――で、おいで”
暗闇の中で、誰かが私を手招きしている。
「…………誰?」
“美葉、こっちだよ”
知らぬ誰かが私の名を呼んだ。
私を呼んでいる者の顔はよく見えない。
ただ手元だけが彼の手にした提灯でぼんやりと浮かび上がるように照らされている。
“暗闇でよく見えないでしょ?もっとこっちにおいでよ”
「…………?」
言われるままに彼の元へ進んで行くと、彼は私よりだいぶ背丈が高いことが窺えた。
どこか懐かしいようなその声音を、私はどこかで聞いたことがあるのだろうか。
“暗いから捕まって。…………じゃあ行こうか”
言葉と共に手が差し出される。それを取るか否か私はどうも決めあぐねた。
その声は聞き覚えがあるようで、なぜか私の恐怖のようなものを煽った。
「どこに行くの?」
“どこって、――に決まってるでしょ”
「…………え?」
聞き取れなかったその言葉をもう一度聞き返そうとした、その瞬間だった。
「――そらあかんで〜」
ぐっ、と背後から腕を掴まれたかと思うと強く後ろに引かれる。
「……!?」
「今そっちに連れて行かれたらオレらが困るんや」
暗闇で、またも別の誰かが私の手を連れて行かせまいと握っている。振り返ると、それは私が先ほど噛まれた双子のうちの金髪の方だった。爛々と暗闇の中で金の双眸が光っている。
“…………ふうん、美葉はそいつらに噛まれちゃったんだね”
「そいつら?」
「久しぶりに会うたと思たら随分つれないやんけ、そんなにW愛し子Wを取られたんが悔しいか」
背後の挑発する声に、目の前の影がゆらりと揺らいだ。頬にちりりと刃物のような殺気がが掠める。しかしそれは一瞬のうちにたちまち消え失せ、また提灯の明かりだけが残る。気のせいやもしれなかった。
“……今はいいよ。オレもまだ万全じゃないしね…………でもね、美葉のことは必ず迎えに行くよ。オレ達はそういう約束だったから。違えてもらっちゃ困るんだよね”
彼の言う約束、という言葉に首を傾げる。
目の前の彼が誰だか分からないのに、約束なぞ思い出せるはずもない。
「貴方と私、どこで会ったの?私は、貴方と会ったことがあるの?…………覚えてないの。昔のことはよく思い出せなくて、ごめんなさい」
そのことを尋ねようとした矢先に、また後ろから強い力で引っ張られる。
「無駄話しとる時間はないで、ほな行こか」
「えっ、あっ、ちょっと!」
ぐいぐいと腕を引かれ、引きずられるように歩かされる。提灯の明かりがどんどん小さくなっていくが、彼は何も言わずにそこに立ったままで追ってくる気配はない。
しばらく歩いて、提灯の彼が見えなくなったところで金髪の彼が立ち止まってぼそりと前を向いたまま言葉をこぼした。
「あれについて行ったらあかんで」
「え?」
「黄泉比良坂を越えたらあかん。死にたくないやろ?…………死なれたらオレらも困るしな」
「さっきの人と知り合い?」
「…………まあそうやわ。昔と様子も全然違うけどな」
提灯の彼についてそれ以上の詮索は不要とばかりに歩き始めた彼の横を早歩きでついていく。
「貴方は私をどこに連れて行くの?」
「オレはあんたを連れ戻しに来ただけや」
「?」
「オレ達はここから“現”に戻る、それだけや。今の居場所はここやないからな」
目の前の彼は一体、何者なのだろう。
それにしてもここはどこなのだろう。
疑問は湧いて尽きることを知らなかったが、歩いているうちにだんだん視界が輪郭をはっきりと捉えられなくなってきた。睡魔に突如襲われたかのように身体が動かなくなる。
「歩くの、しんどいか?」
「うん、なんだか、ねむくて…………」
「そろそろやな。あともうちょい気張ってや――」
金髪の彼のそんな声が聞こえたが、私の意識はその時既に溶けるように宵闇の中に消えていた。