10

 真っ白な部屋に立っている。レオはこの部屋に来たことがあるような気がしていた。しかし、いつ来たのかは思い出せない。
 目の前にあるのはブラウン管タイプの古いテレビ。映し出されている映像はかなり乱れており、雑音も酷い。

『よっ!』
『おや、――様。私に会いに来てくれたのですか?』
『うん! だって――はこっちこないもん』
『あなたが望むのなら私は何処へだって行きますよ』
『あとすぐ―――とけんかするからめんどくさい』
…………
『ひていしてよー』

 何度も何度も同じ場面が繰り返される。まるでレオを責め立てるかのように、その映像は流れ続けた。






 日差しが部屋に差し込まなくなる午後、レオはひとりちゃぶ台でご飯を食べ終えた。

「ごちそうさま!」
「おう、お粗末さま」

 食べ終えた食器をレオから受け取ると、シンタローはそのまま食器を洗い始める。レオはその横で台拭きを取ると、ちゃぶ台を拭きながら口を開いた。

「パプワくんとチャッピーのごはん食べるスピード早くない? 私、1回も一緒に食べ終わったことないんだけど」
「いや、確かにあいつら食べるの早ぇけど、おまえもかなり遅いぞ」
「えっ、うそ!」

 平均的なスピードで食事を終えるシンタローからの指摘に、レオは少しだけショックを受ける。もしかして、今まで色んな人が気付いていながら、気を使ってくれたのかもしれないと思いながら。

「まぁ、いいんじゃねぇの? そんな気にしなくても」
「うーん、でも、毎回置いてかれるのは寂しいしなぁ」

 自由人なパプワはレオが食べ終わっていないからと、遊びに行くのを待ってはくれない。そんな気の向くままに生きるパプワは彼らしいとは思うけど、ちょっとだけ寂しさも感じるのは事実だ。
 もう少し意識しながら食事をとろうと、レオはこっそり決意した。

「んじゃ、私もパプワくんと遊んでくる!」
「海だっけか? 多分俺も後で行くと思う」
「うん、わかったー」

 シンタローから直接ガンマ団の話を聞いて以来、レオが1人で出掛けることについて、シンタローが止めることはなくなった。また、シンタローが知らない内に、ミヤギやトットリ、アラシヤマと知り合ったことに関しても、レオは怒られることを覚悟していたのだが、それについても言及されることはなかった。
 レオはシンタローに少し信用して貰えたようで、その事に嬉しさを感じる。

 ここ何日かで慣れてきた海岸までの道を歩く。ほとんど一本道なので迷うことはないし、仮に迷ったとしてもこの島の住人が助けてくれる。
 レオはそんなこの島が大好きだ。どこか懐かしさすら感じるこの島が、自分の故郷なら嬉しいと思うが、パプワ以外に人間の住人はいないと聞いているので、その可能性はないだろう。
 だから、自分の望み――出生について知るためにはいつかこの島を出なければいけない。そのいつかを先延ばしにしたいと思っていることに、レオは自分で気が付いていた。

「ま、そんな都合よくはいかないかぁ」

 あまり考え込むのは性にあわないので、悶々とした考え振り切るようにレオは頭を軽く振る。気を取り直して進もうとしたところで、すぐ横の茂みの奥に見覚えのない花が咲いていることに気がついた。

「うわぁ、きれー……」

 レオの顔よりも大きな花で、真っ赤な花びらに少しだけ黄色が混じっている。珍しさもあって、ふらりと道をはずれてその花に近づこうと一歩踏み出すが、その足がずぶりと音を立てて沈み込んだ。

「え、は? あれ?」

 手前に生えている草に隠れて見えなかったが、花の手前には沼が広がっていた。
 咄嗟にレオは足を引き抜こうと踏ん張るが、どんどん沈んでいきあっという間に脹脛の中程まで埋まってしまう。手を伸ばして届く範囲につかまるようなものもなく、そのまま沈み切った自分の姿を想像して、レオは青ざめた。

「嘘でしょ!? パプワくーん! チャッピー! シンタローさぁぁん!! 助けてぇぇぇー!!」

 必死に足を引き抜きながらレオは助けを求めて叫ぶが、パプワハウスと海辺のちょうど中間の位置にいるので、彼らにレオの声が届くことはなかった。
 レオの目にジワリと涙が浮かぶ。レオはシンタローにどこに危険があるかわからないからと、散々注意されていたことを思い出した。やはりお母さんの言うことに間違いはないのだと、改めてレオは確信した。

「ん? 嬢ちゃんしゃーなーか?」
「へ?」

 突然後ろから聞こえてきた声に、レオは間抜けな声を出しながら振り返ると、そこには背の高い男性が立っていた。
 シンタローよりも更に大きな体格で、かつて一度だけテレビで目にした鎧を身にまとっていた。肩より少し長い黒髪の男性は、レオの様子を見て状況を察したのか、そのまま近づいてくる。

「足がはまってしもうたのか。ちいと待っとって」

 男性は後ろからレオの脇の下に手を差し込んで、ひょいと抱き上げる。レオが必死に踏ん張ってもビクともしなかったのに、あっさりと足が抜けてしまったことに驚いてぽかんとしていると、男性は抱き上げたレオをそのまま片腕に乗せるように抱っこする。
 レオの膝の下まで真っ黒に泥で汚れた足に目をやり、口を開いた。

「足が汚れてしもうたなぁ」
「あちゃー、沼に足突っ込んでたんだもんね」
「近くに川があるけぇ、そこに連れてっちゃる」
「え、あ、ありがとう!」

 レオを抱き上げたまま歩き出したので、咄嗟に鎧の袖の部分を掴む。抱き上げられていることで、レオのすぐ真横にある男性の顔はかなり整っている。アラシヤマやミヤギのような綺麗な顔立ちとはまた違って、右目に縦に走った傷跡も含めて雄々しい顔立ちだ。
 男性の顔にまじまじと見入っていたレオは、自分がまだ名乗っていないどころか、助けてくれたことに対してお礼も伝えてないことに気が付く。

「あの、助けてくれてありがとう。私、レオっていいます」
「わしゃコージじゃ。小さいんじゃけぇ、気ぃ付けにゃあいけん」
「……うん、善処します」

 空いている手でぽんぽんと頭を撫でながら伝えられた言葉に、かなり小さい子供扱いされていることにレオ気が付いたが、まったくもってコージの言う通りであったので、大人しく頷いた。

「それにしても、シンタローの所の小僧以外に子供がおったんじゃのぉ」
「私は最近この島に流れ着いたんだ。コージさんもミヤギさんとかと同じ例のガンマ団?」
「ミヤギのことも知っとるのか。そうじゃ、わしもガンマ団の刺客の1人じゃ。っと、着いたのぅ」

 沼から川まではレオからしたら距離があるように感じていたが、コージの足だとあっという間に辿り着いた。川のぎりぎりまで近づくと、コージはレオをそっと下ろす。

「ほれ、足を洗いんさい」
「うん、ありがと」

 レオは浅瀬に歩いていくと、ざぶざぶと雑に水を掛けて泥を落とした。跳ねた川の水でズボンの裾や袖口が濡れるが、カラッと晴れた陽気なのですぐに乾くだろう。

「落ちたよ!」
「よかったのぉ。そういえば、どこぞに行くつもりじゃったんか?」
「あっ、海に行こうと思ってたんだった」
「ならこのまま連れて行っちゃる」

 コージはそう言うと、また軽々とレオを抱き上げて歩き出した。

「えっ、いや、もう大丈夫だよ! 足も綺麗になったし」
「また沼にゃあまっても困るけぇのぉ」
「うっ、なんかいまいち否定できない……」
「子供はそんなん気にしんさんな」
「さっきも思ったんだけど、私そんなに子供じゃないよ。もう15歳だよ」
「わしにとったらまだまだ子供じゃ」
 
 からからと笑うコージになんだか毒気を抜かれたレオは、そのまま大人しく抱っこされることにした。自分の視線よりも随分と高い所からみる光景は新鮮で、レオはすぐに遠慮していたことを忘れた。

「コージさんでっかいね」
「そうかのぅ。まぁ、レオもまだまだ成長期じゃけぇこれから伸びるじゃろう」
「いや、15歳はもう無理だよ。ピーク越えたよ。なんなら11歳から身長変わらないんだけど」
「女の子じゃし小そうても可愛いじゃろう。レオも小そうて可愛ええ」
「かっ」

 さらりと言われた言葉に照れて、レオの頬にさっと赤みがさす。生まれてこの方、村のおじいちゃんおばあちゃんぐらいにしか可愛いと言われたことなかったので、男前の青年に言われてなんだかどぎまぎしてしまう。子供扱いされていることはわかっているのだが。

「ん? どうかしたか?」
「ううん、なんでもない」

 照れたことを素直に告げるのも恥ずかしかったので、レオはコージのその問いには答えなかった。

「この先が浜辺じゃ」
「すごい、あっと言う間についた……」

 コージにそっと下ろされると、なんだか久しぶりに地面に足をつけたような不思議な感じがした。コージと出会ってから、そんなに長い時間を過ごしたわけではないのだが。

「ありがとね、コージさん」
「ええよ。じゃあ、わしゃ行くけぇな」
「うん! またね」

 レオの頭を軽く撫でて、コージは来た道を引き返していった。しばらくその背を見送った後、レオはパプワたちがいるであろう浜辺へ足を向けた。

 浜辺が見えてすぐに、波打ち際で遊ぶパプワとチャッピーの姿が目に入る。彼らに聞こえるように声を張りながら、レオは駈け出した。

「パプワくーん! チャッピー!!」
「わぅ!」
「遅かったな、レオ」

 レオにじゃれつくように飛び込んできたチャッピーを抱き留めると、ふわふわの頭を撫でながら、パプワのに遅くなった事情を説明する。

「いやぁ、なんかうっかり沼にはまちゃってさぁ」
「……おまえは1人だと生きていけなさそうだナ」
「……わぅ」
否定はできない

 自分よりも10歳は年下の少年と可愛い犬から向けられる呆れたような視線にレオは哀しくなるが、残念ながら事実なので反論はできなかった。

「でもね、コージさんって人に助けて貰ったよ。まだいたんだね、ガンマ団の人」
「ん? 誰だそれ」
「わぅ?」
「えっ」

 コージの口振り的にはパプワと面識がありそうな感じだったので、恐らくパプワとチャッピーが忘れてしまったのだろう。鎧を着ている人なんてかなり印象に残りそうだとレオは思ったものの、それ以上話を広げることもできそうになかったので、諦めてパプワたちとビーチバレーを始めたレオだった。

「(なんかごめん、コージさん……)」