09

 パプワハウスに帰ってきたレオ達は、すっかり遅くなってしまった昼食をとることとなった。冷めてしまった鍋を温め直しながら、シンタローはため息をついた。

「ふー……行っちゃたのね津軽くん」
「どんだけ落ち込むのさ、シンタローさん」

 隣で手伝いをしていたレオは、涙目ですらあるシンタローに呆れた視線を送る。割と酷い目にあった身としては同情の余地はない。パプワはとチャッピーはそんなシンタローの様子を気にも留めていないのか、先ほどからご飯を催促している。

「今日はボクのおかげで助かったんだからな! 大盛りにしろ!」
「へーい、へいへい!」

 その通りであったので、適当な返事をしながらもシンタローはパプワの器にいつもより多めに料理をよそった。そして、そんなシンタローをにんまりと微笑ましそうな顔で見ていたレオの頭を反射的に叩いた。

 全ての料理がちゃぶ台に並べ終わり、各々が昼食をとり始める。箸で料理を口に運びながら、シンタローはパプワにちらりと視線をやる。
 それにしても、とシンタローは思う。何故、彼が特殊メイクでコタローに成りすました時に、弟と同じ感じがしたのだろうか。年齢こそ同じぐらいだが、外見的にはコタローとパプワが似ている要素はひとつもない。性格も似ている所は思いつかず、一体パプワのどの部分に弟の要素を感じたのか、シンタローは全く見当がつかなかった。

「あ、シンタローさん。ご飯粒ついてるよ」
「……え? ああ、さんきゅ」
「なんか珍しいねぇ」

 けらけらと笑うレオはいつも通りで、特に変わった様子はない。しかし、ジョッカーに攻撃された時の怯えた様子は確かに本物で、改めて彼女は一般人なのだとシンタローは確信させられた。

 レオは能天気にも見えることがあるが、決して馬鹿じゃない。相手との距離の詰め方だったり、場の雰囲気の読み方をちゃんとわかっている。直感的な所もあるのだろうが。
 でなければ、どこか抜けた所があるミヤギやトットリはともかく、警戒心の強いアラシヤマと普通に接触できる訳がない。  
 今回の一連の騒動はシンタローを狙ったもので、しかもガンマ団が密接に絡んできているという事に、レオは気が付いている筈だ。もしかしたら、ミヤギ達と接触した時にはもう何か感づいていたのかもしれない。

 悶々と考えながら食事を終えたシンタローの頭に、パプワの扇子が勢いよく飛んできてぶつかった。

「あだッ! なにすんだよパプワッ」
「おまえ、レオと果物取ってこい」
「はぁ? なんでそんな急に……」
「気が済んだら帰って来いよ」

 こちらに視線を合わせないで、チャッピーをわしわしと撫でながら言ったパプワに、文句を言いかけたシンタローは口をつぐむ。かなり年下の少年に気を使われたことに気が付いたシンタローは、誤魔化すように頭を掻きながら立ち上がる。

「わぁーったよ。ほれ、行くぞレオ」
「え? あ、うん。いってきます!」

 シンタローの言葉にレオは慌てて立ち上がると、パプワとチャッピーに手を振る。その横で、シンタローは部屋の片隅に置いてある籠を背負った。

「ボクのおやつの時間には遅れるなヨ」
「はーいはいはい」

 扇子を両手に踊りだすパプワとチャッピーを背にし、シンタローとレオはパプワハウスを後にした。





 ざくざくと草を踏みしめて先を歩くシンタローの背に、レオはちらりと視線を送る。食事の時からなんだかシンタローの様子がおかしく、今も話しかけにくい雰囲気を醸し出していた。
 話しかけにくいといっても、邪険にされている訳ではなく、歩きやすいように草や枝を除けてくれたり、転びそうになるレオを受け止めてくれたりと、その辺りはいつも通りだ。
 もしかして、保留になったガンマ団の件だろうかと、レオが悩んでいる間に目的地に到着した。

 パプワハウスからそう離れていない所に、立派なりんごの木がそびえ立っている。レオが育った島にある木よりも、随分と高い木ではあるが、下に立っただけでりんごの甘い香りを感じた。
 このりんごの木は、レオが一緒に食材集めさせて貰える数少ない場所のひとつだ。といっても、下でりんごをキャッチするだけの役目ではあるが。

 今回も高いりんごの木をシンタローがするすると登り、下でレオがりんごを受け取った。そう多くはない個数だったので、あっと言う間に終わってしまう。
 高い木の上から軽々とレオの横に飛び降りてくると、シンタローは目を逸らしたまま口を開いた。

「あー……、ちょっと話してかねぇか?」

 レオの返事を聞く前に、シンタローは木の根元にどかりと座り込む。レオはシンタローに倣って、隣にちょこんと座った。

 しばらくシンタローは何も言わなかった。レオもそんなシンタローを急かすことなく、風に揺れるりんごの木をただ見つめていた。そのうち、シンタローは静かな声で話し始めた。

 ――自分の父親がガンマ団のトップ、総帥なこと。

 ――閉じ込められた弟のこと。

 ――盗み出した一族の宝、青い秘石のこと。

 ――秘石奪還のために差し向けられた刺客のこと。

 シンタローが話す間、レオはじっと黙って話を聞いていた。感情や考えていることが顔に出やすいレオだったが、今レオが何を考えているのか、シンタローにも読めなかった。

「つまりシンタローさんは……」

 レオが口を開く。シンタローはがらにもなく緊張していた。

「ボンボン?」
「はぁ?」

 今だかつてない真剣な表情をしていたレオから出た言葉に、シンタローから思わず気の抜けた声が出た。そして、段々と緊張していた自分が恥ずかしくなってきて、それを悟られないように隣に座っているレオの右頬を引っ張る。

「おまえ、俺の話聞いてたのか?」
「ご、ごめんて。ガンマ団ってなんかすごいとこって聞いてたから、そこのボスの息子ってことは金持ちなのかなーって。つい、出来心で」
「なんだそりゃ」

 あまりにも浅い理由だったので、シンタローも思わず笑ってしまう。だが、そのおかげで少し気が楽になったのも確かだった。

「今回は巻き込んで悪かったな。……怖かったろ」
「……うん、怖かったよ」

 シンタローに対して、レオは正直に答えた。シンタローは今、レオの本音が聞きたいのだと思ったから。

「私が住んでた所はさ、本当に平和だった。事件といえば猪が出たとか猿が畑荒らしたとかそのくらいで。攻撃されたり、命を狙われるなんて、そんなこと生まれて初めてで……」

 レオはあの時の光景を思い出す。攻撃されたことに恐怖し、血だらけのシンタローの姿に混乱した。パプワがいなければ、レオはもっとあの場で取り乱していただろう。

「正直、どうしたらいいのかわからなかったし、今考えてもそれはわからない」

 もしまた襲撃に遭っても、なんの対処もすることができないだろうとレオは自分でわかっていた。戦闘訓練を受けた彼らとは違って、レオはただの一般人でしかない。

 ガンマ団について教えて貰ったときのことを思い出す。

「世界でもトップクラスの殺し屋集団さ。かなりたちの悪い連中が多いって噂さ。この国は今は平和だが、どうだかわかったもんじゃねぇ。ないとは思うが絶対関わらん方がいいぞ」
「そうなんだ、気をつけるよ」


 食堂の店主の忠告に、レオは軽い気持ちで頷いた。あの時は、どこか遠い世界の話の様だと、関わることになるだなんて思いもしなかったからだ。
 ガンマ団と関わった今も、完全には彼らのことをわかっていないとレオは思っている。レオが見た姿は彼らのほんの片鱗でしかないと。

 それでも、とレオは思う。

 迷子になったレオを助けてくれたミヤギとトットリ。友達だからとレオを助けてくれたアラシヤマ。最後には心からレオに謝ってくれたジョッカー。
 そして、いつも傍にいてレオを助けてくれるシンタロー。

「怖かったよ、すごく怖かった。でも……」

 ガンマ団だから、怖かったからという理由で、彼らとの繋がりをレオは断ちたくなかった。

「ガンマ団だとか、偉い人の息子とか、そんなんじゃなくて。そんなの関係なく。――……シンタローさんが、好きなんだ」

 そう言ってレオは目を細めて笑った。

 その笑顔から、シンタローは目が離せなくなる。きちんとまとまった言葉ではないが、レオが心の底からそう思っているのだと、シンタローには確かに伝わった。
 マジックの息子としてじゃなく、こんなにも真っ直ぐに自分自身を好きだと言って貰ったことが、今まであっただろうか。
 泣きたくなるような自分を抑えて、シンタローもレオに笑い返した。

「ありがとう」

 照れくさそうに笑うレオを見て、彼女を守りたいとシンタローは心の底から思った。

 しかし、無事に和解したものの、パプワのおやつタイムに大幅に遅れて帰宅してしまい、2人で土下座して許しを請うことになるとは、レオもシンタローも思いもしなかった。